誘い・5
6人もの人間が一堂に会すると、元々ウルリカ達親子だけで住んでいたログハウスの居間はいっぱいだ。
お兄さんもおっちゃんも体格良いし、イズリアルさんもいわゆる細マッチョ体形で肩幅広くて背高いし。
ここにおじさんが戻ってきたら、この台所と間続きの居間は足の踏み場すらなくなる。お兄さんが立ったまま偉い人二人の脇に控えている現在はともかく、食事時になったら椅子が足りない。そもそも椅子が足りてても椅子の置き場が足りないという不毛な事態。
とにかくスペースがないのと、人数が多いのとで、早めに夕飯の支度をしていようかと台所に退避した私とウルリカのところへ、敬清まで手伝いに来て仕込みを開始する。
確かに、今卓を囲む大人たちを取り巻く空気は、気安く同席できる雰囲気ではない。
荷の運び入れとマズリたちの世話、身繕いを済ませたお客さんたちにお茶を出して私たちが退散するなり、イズリアルさんは早速口火を切った。
「まずは、なぜ6D@GはここにEOZD’.KTお訊ねしても9えんDet? ウルストンからヴォジュラに入ったSE4-4BHFTULJ5ISStankaGJDQ。だというのにEZIUzWmms@o;ueないから、4Zwe.Kt父がFOヲQWWEJR」
半分も聞き取れないのは、私の耳が故障したからではない。
イズリアルさんが、貴族仕様のすんげえまだるっこしい言い回しをしているからだ。
「はっはは、最後に羽を伸ばそうかと思ってな」
「F,ヲKF@RQ/KD)BHJY84W@FUTZQKですか」
こうして並べて見てみると、二人はおんなじ髪と目の色をしていて、顔立ちも似ている。
もじゃもじゃのひげに覆われていてもちっとも悪びれてないと一目で見て取れるおっちゃんの笑顔に対して、イズリアルさんの顔は表情がすっぽ抜けている。口調も淡々としているし、これはおじさんと同じで、感情的に接しては負けだと思っている態度だ。私はこんな風になる人とは絶対口論したくないなあ。
ウルストンって言葉には覚えがある。確か、このヴォジュラというエリアの地図の左下の方に書いてあった地名だか街の名前だったかだ。
我が家からはヴォジュリスティの街を挟んで正反対の方向にある場所のはず……どんだけ道草食ってたのおっちゃん!
「ここで会ったed@)4、Nkt@R0:IFJELJPY。明日IF0QDSヴォジュリスティJW@MS@ZWEQQ@GJR。BKB@I69YW@Q@Q@ヲB,QLFUXO1でしょうね。NUT@HV@ヲUT@HDW待って6LJR」
「いやいや、おまえはこの後も他の拠点を回らねばならんだろう?」
「ジェオフレイに3Sヲ任せw6:f@全て1TL7H7ZWH;JR。84K4U2@TT@いてH;.Sこういった突然の事柄にもWGG@QED)W@G.KW@ありがたい」
ジェオフレイって誰だ。あ、お兄さんの名前か。
あー、お兄さんと話したいなあ。
おじいさんと出会えたから結果オーライだと思ってるけど、あの丸投げ感満載の処遇とか、あの時の脅しの意味とか、どうしてウルリカにだけは能力のことを隠しているのかとか、一応聞いておきたい! おじいさんからも聞いたけどさ!
ただその、おじいさんはやはり動物的というかなんとも散文的なので、私の凡人の頭では少々把握しづらい表現をする。そこを補足したいというか、ちゃんと納得しておきたい。
私の物問いたげな視線には気付いているだろうに、お兄さんは完璧な付き人の態度でイズリアルさんの後ろに立ちっぱである。よそ見の一つもしやがらねえ。
さっき、ウルリカの頭越しに一瞥をくれた時の薄い色の目は一瞬だけだけども面白がるように笑っていた。今は全くの無表情。
いや、社会人としては天晴な勤務態度ですよ? でも、ここ、あんたの実家ですぜ?
おっちゃんの言い逃れは続いている。
「今ケイセイに魔法の基礎を教えているところでな……」
「私がWEGWGI来るのですから、私が指導します。G)4X@EM用意します。教師が6D@GでなければUO1SE4ことはないでしょう」
「オルソンさん、ぼくにおかまいなく、オルソンさんのお仕事を一番にしてください」
ちょうど大人衆の近くに移動していた敬清が言った。
「ケイセイ! おまえはなんという心の冷たい子供なんだ! 別れを惜しんでもくれないのかね?!」
丁度近くに寄った時に自分が話の焦点になっていれば、口を挟みたくなっても仕方がないよね。
本人にはイズリアルさんへの援護射撃をしようとかおっちゃんをやりこめようとかいう穿った意図はなかったに違いない。
なんで台所に退避して来た敬清がまたしてもおっちゃんたちに近づいたのかというと、暖炉に芋をセットしに行ったのだ。
焼き芋である。アルミホイルは一応弟の荷物の中に一巻き残ってはいるけども、保存食や粘着性に影響の出る絆創膏と違って劣化しないので、もっと切実な必要性が出てくる時まで温存している。
サツマイモに似た味わいと食感の皮も中身も真っ黒な蜜芋は、生でも果実みたく中からとろりとした蜜が滲むのが特徴の、この世界の炭水化物としてはおいしい甘味だ。名前はこっちの世界で言う蜂蜜と芋を表す言葉を連ねただけというそのまんまさ。直訳して蜜芋。
前にも言ったけど、この世界、芋はおいしいんだよ。目にもどぎつい原色だったり、大きさもかぼちゃくらいのから豆みたいなのまでと様々だ。おじゃがっぽいのもあるよ!
それはともかく、我が家には、鍋が3つしかなかった。
しかし、口は増えている。
そんな中で調理の効率を上げるために、焼き物は暖炉の中で網にかけたり串に通して作ることが増えていた。だけどずっと暖炉の側について火加減を見ていられるわけじゃないので、焦げたり材料の一部が生焼けになるという事態がここのところ相次ぎ、ウルリカのお勝手の主としての矜持をいたく傷つけていたのだ。
ウルリカと私の嘆願を受けて、とうとうおじさんがドバに持たせている日報に鍋を持ってきてくださいと書き添えてくれていたので、今日ようやくお兄さんとイズリアルさんが持ってきてくれたところだった。やったね、何作ろう。
業務用かと言いたくなるような大鍋を筆頭に、入れ子状態で小さな鍋が5つばかり。鍛冶屋さんが一つ一つ手打ちして一枚板から作ったものらしい銅鍋だ。重たい。
ダッチオーブンはこの世界にはないのかなあ。ないんだろうなあ。
口が増えたといえば、食料の減りもおっちゃんが来てから早まった。
おじさんは毎日の仕事帰りに何かしら食べられる生き物を獲って持ち帰るようになったし、おじさんが仕事帰りに森の中に罠を仕掛けておいて、翌日敬清とおっちゃんが獲りに行く。
おかげさまで肉にだけは不自由していない。
最初の1、2日は、敬清は顔を青くして戻ってきていた。おっちゃんに大型動物の仕留め方や捌き方を教わったそうだ。
まずお手本を見せてもらうとかいうんじゃなく、初日からいきなり止め刺しをやれと言われてやったという。
思い切りが足りなかったのか的確に刺せなかったのか、あるいはどちらもだったのか、お腹を割いた時にはまだ心臓が動いていて、つまり絶息していない状態だったらしい。まさに生殺しだ。
生き物に手を下す時には苦しませぬよう思い切りよくすべしという教えはじいちゃんから受けちゃいたが、ナイフを深く突き込まねばならないような大型の生き物を相手にするには資格が要る国で暮らしていた私たちには、さすがにそんな経験はなかった。
オルソンのおっちゃんもあえて間違いをその時に指摘せず、敬清が失敗に気付いてショックを受けるに任せていたというんだから、この人の教師ぶりはスパルタもいいとこだ。
けどその分、敬清はどんな失敗も重ねまいと少ない実践でめきめきと腕を上げているそうな。アウトドアの延長ではなく、生活に必要不可欠の技能として、骨の髄まで刻み込もうと。その頑張りは、我が弟ながら尊いと思う。
この技能は私も覚えなきゃいかんと思っているので、いつか狩りに同行させてもらおう。
深刻なのは食物繊維!
この時期は野菜がとにかく乏しい。
我が家の小さな菜園には、このくっそ寒い環境で育ってくれる冬野菜はない。日持ちのする穀類くらいしか、定期便で持ってきてはもらえない。耐寒性の強い品種の苗なり種なりを森で気長に探してくるなり取り寄せてもらうしかなさそうだ。
「ウルリカ、春が来たら、植物を探しましょう」
私の言わんとすることをどう解釈したものか、ウルリカは小さく首を傾げた。小首を傾げただけでふんわりと空気がやわらぐようだ。かわいい。
「春に芽を出す植物は色々とありますよ。雪が減ったら皆で摘みに行きましょうね」
山菜採りのことを言っているのだと思ったらしい。山菜も魅惑的だけどね。フキノトウ、ツクシ、タラノメ、ワラビ、コシアブラ、シオデ、フキ! うああ、思い出しちゃったよ。春はじいちゃんと弟と3人で裏山に入って食材採りに精を出したものだ。食卓に上るおかずの幅がぐっと広がる時期だった。じいちゃんはツクシの甘辛煮が好きで、弟はワラビの味噌汁が好物なんだよね。私はコシアブラの天ぷら、タラの芽もいい。とにかく断然天ぷら! 山菜の天ぷら超食べたい! 味は抹茶塩でお願いします。
秋口にキノコ採りに行った時、ゼンマイみたいなのも見かけたんで、食べられるか確認できたら、あれもぜひおいしい時期に採っておきたい。保存食として非常に優秀なのだ。
「家の近くで育てられるものを生まれさせたいのです。植物、果物。安定して供給を欲しいのです。ウルリカ、食べられるものを教えてください。家の近くに埋めます」
「ああ、植え替えをするのね」
そう、栽培できそうなものを探して菜園に植えるのだよ!
おじいさんは果実も野菜もお好みではないので、この件については質問しても有意義な回答は得られなかった。地道に自分の足と調査で稼ぐしかない。
昨年の秋に森の少し奥で採ったリンゴに似ているシェラの種はとりあえず環境を変えたいくつかの場所に植えてみている。うまく苗が出来たら大事に育てるんだ。
ウルリカは以前私が作ったアップルパイもどきをいたく気に入り、シェラの種を庭に植えてみるという私の思いつきに全面的に賛成してくれた。それまで彼女には、果物は生か、乾燥させてかの2つの食べ方しかなかったらしい。料理に使うなど想定外だったようで、絶賛されてこそばゆい思いをした。
ああ、向こうの世界の家の裏に植わっていたイチジクとポットのサクランボの種だけでも持ち込んどけばよかった。どんなにど田舎でも年間通じて生産と流通が確立していた現代日本のありがたさよ。
とにかく野菜成分である。
秋に採り溜めたクルミに似た木の実や保存のきく一部の葉物と根菜を凍った土中や雪に埋めてちまちま掘り出して使ったり、燻製にして保たせたりしてはいるけど、最近の食事の比率は圧倒的に肉>植物となっていて、脚気にならないか心配だ。このところ太ってきたような気もするし、ほんとこの件に関しては来年までに対策を講じないと。
来年も今と同じようにいられるのかなって疑念がちらっと湧いたことには、気付かないふりをした。
お兄さんとイズリアルさんはいつも来た翌日には帰って行くし、オルソンのおっちゃんも明日には二人と一緒にこの家から出ていく。四人家族に逆戻りするのだ。
その送別も兼ねて、乏しい植物性食材と、もちろん肉を大量投入して用意した晩ご飯は、男性陣からは大変好評だった。私とウルリカは台所で立食しながらも給仕に忙しかったので、座る場所がないのはちょうどよかったみたいだ。
食後の片付けが済んでも、未だおじさんとお兄さんとは話すチャンスがない。狭い家に人がひしめいている状態なんだから、当然と言えば当然。せめて、同じ場にいるのがおじさんとお兄さんだけなら、気兼ねなく質問が出来るのに。
イズリアルさんとオルソンのおっちゃんが、敬清とウルリカに森の外のニュースを話している。
辺境の森の東側にある担当者の管轄では今年に入ってから三回も侵入者があったとか、軍事施設らしい場所の近くで2ケタ規模の悪者が森の中で大規模な密猟をしたとか、また別のエリアでは依頼で正式な手続きを経て辺境の森のごく浅い部分に入った組合員が立て続けに変死したとか、内容は事件の話ばっかりだった。
要は、そういう事態を取り締まる人手不足と高齢化が深刻なので、おっちゃんには早く仕事してほしいということだ。うん、するべきだね。
ウルリカは痛ましさ半分不安半分の表情で、敬清は目を輝かせて熱心に聞いている。
弟よ、おまえは森で変死するかもしれないような危険な職業に就きたいと言ってるんだぞ。ここは考えを改める場面だろう。わくわくした顔してる場合じゃないぞ?




