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由無し一家  作者: しめ村
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誘い・2

 オルソン様が間食をもりもり召し上がっていらっしゃる間に、私たちはなんとか沐浴の後片付けを終えることができた。やっぱり三人分の手があると作業が捗る。

 続いて急いで夕ご飯の支度に移る。

 オルソン様は椅子にかけられたまま面白そうな目で私たちを観察していらっしゃる。合間にケイセイを捕まえてしばらく話し相手になさったりしていた。

「ふむ、ふむ! ケイセイ、君はたいそう幸運な少年だよ。ジェドから教えを受けられるというのはまことに貴重な経験だ。君は必ずや強くなれるだろう」

「ありがとうございます。でも、おとうさんはいつも忙しいので、ウルリカが剣や弓を教えてくれます」

「ああ、ウルリカに学ぶならさぞかし励み甲斐があるだろうね。あの子はますますきれいになって、素晴らしい目の保養だ。訓練どころではないのではないかね?」

「ぼくは、まじめに練習しています!」

「はっは、怒るな怒るな。馬鹿にしているわけではないよ、からかったんだ」

「……オルソンおじさんは、わるい大人ですか?」

「そうとも、50年も生きている間に、生まれ持った善き心が徐々に擦り切れて、君のような子供をからかう悪い部分しか残っていないのだ。だから悪い大人だとも」

 ご自分で仰るようにオルソン様はケイセイをからかっていらっしゃるらしい。純真な反応が楽しいからといっても、少々おふざけが過ぎるような気がする。私や兄様にはもっと実になることを話してくださっていた気がするんだけれど。

「でも、おとうさんも、時々ぼくがどのくらい上達しているかを見てくれます。そして、直さなくてはいけないところを教えてくれます。飛びかかって行って、転ばされます」

 稽古をつけてもらっていると言いたいらしい。

「それから、たまに、狩りをしに森の中に連れて行ってくれます」

「結構結構。なんにせよ、無様なところは見せられんよなあ。君はじつに将来が楽しみな少年だ。就職先ならいかようにも世話をするから、大人になったら連絡を寄越しなさい。勝手によそへ行って仕事を決めてはいかんよ」

 オルソン様の目は本気にしか見えない。本当に本気だとすれば青田買いも甚だしい。


 ああ、でも、そうだ。

 すっかり忘れていたけれど、シオネとケイセイ姉弟は形式としてはうちに預かりの身。こういう言い方はしたくないが、生殺与奪の権利は領主様にある。身元が明らかになるか、魔境の影響を受けておらず無害であると証立てのできるまで、私と父様は監視しなくてはならない。

 当然、勝手に我が家の縄張りの範囲外に出してもいけない。

 けれど、領主家の許しがあれば話は別。オルソン様が人材として見込みありと伝えれば、領主様もケイセイになにがしかの仕事を振り分けられることだろう。兄様がそうだったように、ケイセイも一人前になったらちゃんとした仕事を得てここを出るかもしれない。

 兄様は、いずれは我が家に戻って来られて父様の跡を継ぐ。

 ケイセイは我が家の任務とは無関係だ。引き継ぐべきものもないし、一度森を出れば、もうここに帰ってくることもなくなるかもしれない。

 シオネはどうだろう。オルソン様は今のところ、シオネには勧誘の言葉はかけていらっしゃらない。けれどシオネだっていつまでも保護監視下にいるわけではないだろう。晴れて自由の身となって、どこかへ一人立ちしてゆくのかもしれない。

 毎朝元気よく朝の挨拶をして、雪かきを終えて戻ってくるのを労い、朝夕の食事の支度を一緒にする、訓練をして日ごとの上達具合に目を細め、ごはんをおいしいと言ってもらい、勉強を見守りながら服を繕い、父様とシオネとケイセイと私と四人で就寝前の僅かな時間を暖炉の前で徒然に過ごす。

 その日常から誰かが欠けるという考えは物寂しかった。

 けれど雛は巣立つもの。仔は親から離れるものだ。

 私だっていつかは父様からここを去るよう申し渡される時が来るのかもしれない。そうしたらどうしよう。森のどこかしら、管理人がたのお邪魔にならない所を探して住まいを作って一人暮らす?

 獣なら時期が来れば連れ合いを見つけて子にも恵まれるものだが、この辺境の森では人間の侵入は厳しく取り締まられる。伴侶を見つけるのはたやすくない。いや、不可能だ。

 では森を出る? 街へ行く?……なるほど、オルソン様が仰った、街へ出て結婚するというのはそういうことだったのか。

 私はにわかに不安になった。今はいい。でも、いずれ家族がばらばらになる時が来たら、私はどのように暮らしていけばいいのだろうか。

 父様は、私の将来について、何か考えてくださっているのかしら。

 丁度そう考えていたところで、父様が帰還された。


「やあやあ、ヴォジュラが誇る優秀な魔境監視官が一日の仕事を終えて戻って来たよ。皆の者、家長の勤勉と献身を称えようじゃないか。さあ子供たち、晩餐の支度を始めよう。祝杯を持て」

 シオネとケイセイがひそひそと小声で話し合っている。彼女たちの言葉を遣う時は、彼女たちだけで意思の疎通を図りたい時だ。多分、私たちには聞かれたくないだろう内容の。

「シオネ、ケイセイ、ごはんの支度を始めましょう?」

「はい」

「オルソンどの、息災で何よりです。ただいま、子供たち」

「おかえりなさいませ」

「おかえりなさい、おとうさん」

 父様はオルソン様にご挨拶をされたが、それ以上は話を膨らませることなく手短な断りの言葉を残して身支度に引っ込んでしまわれた。

 オルソン様は「彼は変わらないね」と苦笑なさった。この方はおおらかな方なので別段お叱りを受けたことはないけれども、普通は不敬とされる態度らしい。兄様がお勤めに出られるようになってから程なくしてそのようなことを教えてくださったので、森の外にはまだまだ私の知らない複雑な掟が存在しているらしい。

 兄様とて父様と私ともなんら変わらない田舎育ちの礼儀知らずなので、領主家仕えでご苦労なさっていらっしゃらなければいいけれど。

 子供三人が慌ただしく食卓に料理を並べている間に、父様は身仕舞を済ませられ、オルソン様はお行儀よく待っていらした。

 父様に、オルソン様は形だけでも抗議してみせた。

「君はどうしてそう付き合いが悪いんだね。2年ぶりの再会を祝して全力で歓喜してもいいのではないかね。たまの機会くらい人との交流を楽しもうという気にはならんのかね?」

「便りのないのは元気の証拠と申します。お変わりなく神出鬼没で、ほれ、このとおり息災であられる。他になんと申します」

「神出鬼没とはよく言ったものだ。君が私の接近に気付かなかったことがあったかね?」

 それは私も常々感じていた。父様は外部からご自身の担当哨戒区域に入り込んだ人間を見落とすことがない。遠くからでも逐一見ているのではないかというくらい、誰がどこにいて、いつごろここに来るだろうとおわかりになる。実に遠くを見通す目をお持ちなのだ。

「2年で戻られるとは思いの他お早かった。瓢箪鯰の貴殿がとうとう、勤め人に収まる決心をされたとは驚きですよ」

「私とて自由人とは程遠い、縁故としがらみにとらわれた人間に過ぎないよ。人並みに郷里への愛着もある。実家の人手不足には太刀打ちできないさ」

 オルソン様は、諸国漫遊の旅に出られる際、兄君であられる現領主様より、気が済むまで放蕩したらヴォジュラに戻ってきて、『砦』への司令官として着任すると約束させられていたらしい。

 確か、ヴォジュラ東端にある、魔境監視点としては最大規模のもので、他領と境を接するため関所としての機能も備えていて、旅人がひっきりなしに通り、軍人さんが大勢詰めているという。

 なるほど、砦に赴任されることになればそれは忙しくおなりだろう。一度そこに行ってしまえば当分ここに遊びに来ることなどできないだろうから、都にお戻りになる前にお顔を出してくださった、ということかしら。

「実に目出たいことですな」

「悲しいことだ。君の物言いからは、どうでもよいという本音が滲み出ている。20年来の付き合いだというのになんという心ない仕打ちだろう。野の獣でさえ20年も世話をすれば心を開いてくれようものを」

「貴殿に世話をされた覚えがないからでしょうな。頭が悪いもので、すぐに忘れるのですよ」

 話好きのオルソン様に相槌を打ち続けると際限がない。父様は話を切り上げる術を心得ていらっしゃる。

 私は、オルソン様が郷里という言葉を口にした時に、シオネとケイセイが見せた表情の陰りが気になっていた。

 二人からは、今も故郷の詳しい話を聞いたことはない。習慣の違いによる認識の齟齬を確認し合うことなどはままあったが、思い出話だとか、どんなところでどんな暮らしをしていたのかといった話は、思い出させると辛いと思ってあえて深く尋ねたことはない。

 それに私の方も、尋ねられない限りは自分の昔の話などしない。

 でも、そんなものじゃないかしら。私たちの現在の生活に、昔を掘り返す必要は特にない。

 けれど、オルソン様のように、街で暮らすたくさんの人の間で責任あるお家に生まれ付いた方というのは、引き継がれてきた伝統や過去の行いや他者からの評価と切り離しては考えられないようなのだ。

 誰かの期待に応えるために頑張ろうという気持ちは私にもわかる。

 そのために、やりたくないことでもしなければならない。そしてそれは大抵、自分のやりたいやり方ではいけないらしい。または自分のやり方で行うには途方もない時間と苦労とたくさんの無理解に苦しみながらでなければならないという。

 さぞや苦しい生き方に違いない。信じられないことだ。この感じ方の隔たりが、俗に言う住む世界が違うということなのだろう。それを受け入れ事として生きていくのが、土地を治める領主様の務めであり切り離せない責なのだ。

 なんと偉大な方々に私たち一家はお仕えしているのだろうか。


「ところで、今季の蜜酒はそろそろ熟成が済んだのではないかね? どうせ碌に客も来ぬのだ、ここで大盤振る舞いと来てもいっこうに構わんだろう?」

「そのようなもの、都に戻られてから浴びるほど召し上がればよろしかろう」

 まあ、珍しく父様が出し惜しみをなさっている。

 確かに、うちでお酒を飲む人は父様と、毎月やって来られる兄様とイズリアル様くらいのもので、消費はそんなに多くはない。けれど半年が経つ頃には底を尽いている。だから父様は少しでも蜜酒を長持ちさせるために少しずつちびちびと楽しまれるのだ。加えてオルソン様はお酒が大好きなので、たくさん飲まれる。つまりオルソン様にお酒を供すると大量に減る。

「おいおい、先程言祝ぎをした舌の根も乾かぬうちにそれを口先だけのものだったと認めるのかね。旧友の門出を祝して祝杯の一つや二つ挙げようという気にならんもんかね?」

「むむ」

「まあまあ、父様。オルソン様の仰る通り、我が家にとっては稀なお客様なのです。我が家でできる限りのおもてなしをいたしましょう」

 なんとか父様を取り成し、皆で食卓を囲む。量を優先した簡単な料理ばかりだけれども、父様始めオルソン様もよくお食べになるので、量を不足させるわけにはいかない。

「旅はいかがでしたか?」

 尋ねると、鷹揚な頷きとともにお答えがあった。お話し好きのオルソン様のこと、聞かれるのを待っていらしたに違いない。

「うむ、驚異と感動に満ちていた。思えば着任以来旅行や遊興にかける時も金もなかったが、君たちこそ長らく不便をかけているね。たまには休暇が欲しくはないかね?」

「時折日報を免除していただいて、その日はゆるりと骨を休めておりますよ。長期ともなると難しいでしょうな」

「確かに、君が抜ければその穴を埋めるのは容易ではない。いつの時代もそうだが、適性ある管理人の確保は我がヴォジュラ領最大の懸案事項の一つだ。君たち親子のおかげでこの一帯はかなりマシになったが、他の拠点で欠員が出たり高齢化の波が押し寄せていたりで人材確保と育成が難しい。気になっていたのだが、君はこの少年を何に育てるつもりで教えを授けているのだね。君の薫陶を受けた子供なら、見込みある管理人となれようなあ」

「隠遁者の跡を継がせるつもりはありません。彼が強くなることを望んでいるから、生きやすいように多少口と手を出しているだけですよ」

 父様の回答はにべもない。

 せっかく機嫌よさそうに寛いでいらしたオルソン様が顔を顰められたので、私は急いでお話の続きを窺った。

「森の外はいかがです?」

「おおむね平穏だよ。魔術師絡みの事件がいくつかと、どこそこで魔物が出たという話がいくつか。多少の小競り合いや何やらはあるがね、ここまで火の粉が飛んでくるようなものはない」

「魔物はどんなものですか? 怖いですか? 盗んだり怪我をさせたりしますか? ヨーカイですか?」

 ケイセイの口から出たのは、いつぞやも聞いた、ヨーカイなる単語。彼らの言葉で魔物を表すらしいと、私も察しがついた。

 シオネがぎろりと弟を睨めかいた。

「ヨーカイとは何なのか知らぬが、魔物は怖いものだよ。出会えば怪我をしたり命が縮むものだ。窃盗をしたという話は聞いたことがないな。君は実に面白いことを言う。魔物を人間のように言うのだね。魔物を見たことはないのだね?」

「ありません」

「この家に半年住んでいて魔物に遭遇したことがないというのは、ジェドが優秀な仕事をしているという証拠だよ。優れた群れの主は自分の縄張りに外敵を侵入させぬものだ」

「おとうさんは魔物と戦っているのですか?」

「君の知らないところでね」

 ケイセイはなにやら目をキラキラさせて父様を振り仰いだ。

 父様はわざとらしくも無反応だ。好奇心いっぱいの男の子の冒険心をかきたてるとよくないと思っていらっしゃるようだ。

 兄様にはむしろ実践推奨方式で、兄様が幼い頃からお仕事にもよく同行させて、魔物と戦わせたりもしていらしたそうなのだけれど。当時の兄様と違って、今のケイセイは基本を体に叩き込んでいる段階だから、きっと慎重に頃合を量っておいでなのだろう。

 オルソン様のお話は続いている。

「我がヴォジュラ領ほどに優秀な守り手を揃えていないもので、人里にまで現れたと騒ぎになっているだけで、実際の魔物出現頻度としては低いくらいなんだがね。よその人間はいちいち大騒ぎをして組合に些細な護衛やら退治の依頼があふれかえっている有様だ。猫を獅子と言って怯えているようなもので、いっそ笑えるよ」

「それは貴殿の視点ゆえで、一般人は到底笑ってなどいられますまい。金を払って命に保険をかけるのは彼らに取れる当然の努力であり、立派な経済活動ですよ。だから私のような生業の者が存在するのです」

 ヴォジュラ領お抱えになる前は、父様は各地を渡り歩く傭兵をしていらしたのだった。組合というのは確か、傭兵のように特定の勤め先を持たず、仕事を請け負う都度雇用者が変わる環境で能力を発揮する生業の人々に、一定の規律を促す組織、だったと思う。あまり詳しく訊いたことはないのでそれ以上はよくわからない。

 そこを狙い澄ましたように、ケイセイが口を挟んだ。黒い目が先程にも増して輝いている。

「くみあいとはなんですか?」

「人々の様々な問題を取りまとめて、依頼を請け負って金銭を得る実働要員との仲立ちをして仲介料を得る組織のことだよ。腕に覚えのある者からチンピラに毛が生えた程度の者まで自称戦士と、彼らをうまく操縦して仕事を振り分ける事務方との二種類に大別される。組合に仕事を斡旋してもらうには、組合に登録して所属を明らかにしなければならないのだよ。ウルリカくらいの歳の若者も多数いるよ。活躍しているかどうかはさて置くとして」

 オルソン様のご説明の半ばくらいからケイセイはそわそわし始め、貧乏ゆすりでもするみたいに上体が弾みだした。

「ノエチャ、ギルドジャ、ギルド! ボーケンシャギルドstハンターギルドstk3;d@’! bbkptei’3.yd@’w@!」

 シオネに声を潜めて早口で話しかける口吻は興奮と感動に浮かれている。ギルドという単語がしばしば飛び出すけれども、なにか彼の知るその言葉と同じような意味合いの何かが、今の話に含まれていたのかしら。

「あー、3yqksmq@ak:eqegk3;u#? uy<3yq3¥8¥kulqey?」

「7lw¥! ハンター7LW¥!」

 ケイセイ大興奮。何を話しているのかはわからずとも、オルソン様のお話の何かが彼の興味を激しくかき立てたことは確かだ。それが何なのかすごく気になる。

「オルソンさん、くみあいには、ぼくくらいの年齢の人もいますか? ぼくは12さいです」

「君くらいの子供はさすがに見かけたことはないな。10歳前後の子供はまだ学問所や私塾に通って一般教養を学んでいる時期だ。一部の家庭や小さな村ではその余裕がなく家業の手伝いに終始する子供も多いが、それを皆無とするべく、教育の向上には我が領も力を注いでいるのだよ」

「義務の期間の勉強ですね。何歳まで勉強することになっていますか?」

「知らないのかね? 初等教育が6歳から6年、高等教育が12歳から6年だよ。高等学校はまだ一部の大都市にしか置かれていない機関だから、基本的に初等教育が終了したら家業の修業を始めるなり奉公に出るなりする子供が大半ではないかな。ああ、そうだ、ちょうど私の姪が君と同じくらいの歳だよ。魔法の才能があってね、順調に資質を伸ばしていれば、ゆくゆくは王都の高等学校にも推薦できようという子なんだよ」

 オルソン様の姪、ということは、イズリアル様の妹君でもいらっしゃる。こちらにいらしたことはないので、私はお会いしたことはない。

 イズリアル様はご自分のご家庭の内情については機密保護の観点からかあまり口外なさらない。けれど、時々はその存在を仄めかしてはいらした。私に向かって、自分の妹が君ほど聞き分けのいい妹ならなあ、といった旨の愚痴めいた軽口を。

 ケイセイと同じ年の頃ということは、イズリアル様にとっては一回りも年下のご姉妹だ。お転婆な女の子なら、少々手を焼かされるかもしれない。きっとおかわいらしい盛りの女の子なのだろう。

 姪御さまについて話されるオルソン様は目尻を細めて、ただの親戚の叔父様というお顔をなさっている。

「がっこうが終わると、くみあいに入る人はいないのですか?」

 オルソン様はもうしばらく姪御さまについて語りたかったらしいが、ケイセイの関心は組合にしかないようだ。

「……私も市井の一般家庭の大抵を知るわけではないが、組合に入る子供は滅多にない。武芸を尊ぶここヴォジュラではその傾向は弱いが、元々一般社会に適合できぬはみ出し者が腕を頼りに集うところでもあるのだよ。まともな保護者なら子供をそんなところにはやらない。血の気の多い少年の中には登録したがる子もいるようだがね、大抵は力不足で追い返される。組合とて構成員の質は一定水準を保ちたいものだからね。もっと体が大きくなって、経験も積んで、それでもまだ入りたければ出直しておいで、というわけだ」

「おとうさん! オルソンさん! ぼくはくみあいにとうろくしたいです。何年修業したらくみあいに入れますか?」

 このケイセイの発言には、みんなして驚いた。

 私は突然すぎて会話の前後の繋がりが把握できずにしばらく頭が空白になったし、父様も驚きをあらわになさっていた。オルソン様は「勝手に仕事を決めてはいかんと言ったばかりなのに」とこぼされつつも、面白そうに目をくるりと瞬かせていらした。

 なぜ突然組合? しかも即断?

 シオネだけが驚きの欠片も見せず、呆れかえった風に肩を竦めて天井を仰いだ。


 とりあえず父様と私とで森の外で自立するにはまだ早いと繰り返し言い聞かせ、オルソン様からも明日君の腕前を見せてもらいたい、まずはそれからだと提案され、ひとまずケイセイは大人しくなった。

 食事が終ったあと確認すると、案の如くオルソン様は一抱えもある壺一つ分の蜂蜜酒をほぼお一人で飲み切ってしまわれていらした。

 父様が心なしかがっかりなさっていたのがお気の毒だった。

 丸まったそのお背中にケイセイとシオネが寄って集って慰める様子が微笑ましい。

「おとうさん、元気になってください」

「おとうさん、人はお酒を飲まなくても生きていけます。でもお酒を飲みすぎると死んでしまいます」

 ……えっ、お酒って飲みすぎると死ぬの?! 大変じゃない!

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