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3 まさかの属性過多


(今日も今日とて、隙のない格好ね)


 初夜だというのに普段通りの紳士服姿で現れた男に、浮いたまま足を組んだアイヴィーは嘆息した。


 逞しい肩を絹のように流れ落ちる金の髪。齢二十八だというのに白くきめ細やかな白い肌。石榴を彷彿とさせる赤黒い眼孔は鋭く、顰められた眉間の皺も相まって気難しい印象を受ける。

 美人の無表情は怖いが、美人の仏頂面も怖い。その美人が首も腕も太い、軍人みたいに鍛えられた体躯をしていれば尚更怖い。


(旦那様って、軍属じゃないはずなのに、軍人みたいなのよね)


 ライコア侯爵の仕事は、複数ある領地を経営する寄子達の統括。領地を守る為の軍備を揃えてはいるが、侯爵が現場に出て剣を振る事はない。よって普段は書類仕事ばかりのはずなのに、服を着ていてもわかるほど鍛えられた体躯だった。


 気の弱い女子共は、第一印象で泣くだろう。

 クインティーナが泣くのではと心配したアイヴィーだが、彼女は血の気の引いた顔をしていたがニリスから目を離さなかった。

 そもそも、今夜が初夜なら結婚式を済ませてここに居るわけで、初対面ではない。アイヴィーの心配は杞憂だった。


(そうだった。結婚してるんだったわ。あれ、つまりあれから数年だから、旦那様も二十八じゃないわ。いくつになったのかしら?)


 ちょっとどうでもいい事も脳裏を過った。


 深夜だというのに、しっかり服を着込んで現れたニリス。

 彼はガウンの下は心許ない格好をしているクインティーナを一瞥し、更に眉間に皺を寄せた。


「婚姻は滞りなくすんだが、私はあなたと子を成す気はない」

『ほら! いきなりむかつくでしょう!』


 これ、アイヴィーも言われた。


 この婚姻は、聖人の血筋を欲しがった教会が手を回して成り立った。

 花嫁側には教会から、せめて一人は子が欲しいと圧力をかけられている。少なくとも、アイヴィーの生家、ヴィニカリス伯爵家にはそう訴える神官が押しかけてきた。

 適当に笑顔で流して追い返したが、王家と同等の権威を誇る教会からそう訴えられては、無碍にできるはずがない。というか後日、王家からも手紙が送られてきた。逃げ場をなくしてきやがる。


 しかし婚姻とはそういうものだ。

 後継を産む為に、令嬢は嫁がされる。

 だというのに初夜を拒否するだけに留まらず、これからも没交渉だと表明するこの発言。


(私は前世でよく見た展開! ってテンション上がったけれど、この世界で生きてきた令嬢からすると死刑宣告に等しいわよね)


 お前なんかいらねぇよと言っているも同然だ。

 じゃあなんで反対しなかったんだと問いたい。

 一体何番目の花嫁からこの発言を繰り返しているのか知らないが、少なくともアイヴィーは被害者である。いろんな意味で。


「え、あの、では跡継ぎは……」

『ちゃんと聞けて偉い!』

「あなたは気にしなくていい。問題ない。面倒な気を興すな」

『妻が産まないのに問題ないなんて、ここじゃない他所に女が(愛人を囲って)いるのかって思うわよねー! でも居ないのよねー!』


 生前も死後も調べてみたが、ニリスに女の影はなかった。絶望的になかった。


『自分本位で理不尽な言い分だけど、旦那様の本性を考えれば願ったりなのよ』


 そう、相手は殺人鬼。

 貴族として愛のない婚姻はありだろうが、殺人鬼との婚姻は流石になしだろう。自分をいつ殺すかわからない相手の前で丸裸になれるわけもない。

 そもそも宗教的にも人道的にも、私欲での殺人は許されていない。


 そんな夫を持ってしまったのだから、妻は何も知らないまま距離をとった方がいい。親睦を深めれば、何が地雷かわからぬまま踏み抜き殺されてしまう。


(私みたいにね!)


 思わずどや顔をしてしまったが、今でも何が地雷だったのかわからない。

 マジで何が悪かった。どうして殺された。

 ゲームで言うなら選択肢三つくらいで死亡エンド。

 クソゲー過ぎる。


「あなたに子は望まないが、あなたは私の妻だ。侯爵夫人として振る舞うなら多少の散財は許す。だが、ラコニア家に泥を塗るような振る舞いは許さない。よく考えて行動しろ」

『頷くのよクインティーナ! 了承が得られたらこの男はさっさと帰るから!』


 だからとっとと頷いちゃいなさいとアイヴィーは援護した。ニリスの意見ではなく、クインティーナの安全の為。

 クインティーナは青ざめた顔で視線をうろつかせ、口を開いたが喉が枯れて上手く声が出なかった。

 はくはくと口を動かした後、グッと唇を引き結んで頷いた。


 その様子をじっと見ていたニリスの目は、頷きを了承と捉えて踵を返す。


「詳細は明日、執事長が書面をもってくる。確認して、サインをしろ。欲しい物は侍女長を通せ」


 最後にそう言って、あっさり部屋を出て行った。

 扉が閉まり、足音が遠ざかる。

 アイヴィーは閉まった扉に頭を突っ込んで、暗い廊下を重々しく歩き去って行くニリスの背中を確認した。その背中が見えなくなるまで見送って、部屋の中に引っ込む。


『よし、後はもう誰も来ないわ! よく頑張ったわね。怖かったでしょう』

「アイヴィーさん」


 青い顔のクインティーナの傍に滑空し、その隣に腰掛けるように膝を曲げた。透明だし浮いているので実際に座っている訳ではないが、クインティーナは不思議と温もりを感じた。

 それは、アイヴィーが労る表情だったからかもしれない。


『明日から、本当に遭遇しないわよ。旦那様に。食事の時も、屋敷を出歩いても、全く遭遇しないわ。あの人は基本的に執務室だし、出かける時もこちらに連絡はないから、偶然遠目に見る事はあってもばったり遭遇する事はないわ。経験者が言うのだから間違いない』

「そ、そうですか……」

『ええ。でも次に会う時が命日の可能性があるから、早急に逃げる準備を整えないと』

「え」


 アイヴィーがそうだったので、ないとは言えない。


 繰り返すが、アイヴィーにはニリスが何故妻を娶っては殺しているのかわからない。

 明確な理由があるのか、単純にそういう性癖なのか。幽霊になってから付き纏ってみたも、さっぱりわからなかった。

 だからできる限り早急に、クインティーナをこの屋敷から逃がさないと殺されてしまう。


『どうせ、教会からの圧力で結婚を断れなかったのでしょう? でなければ、すっかり悪名高い花嫁殺しのライコア家に娘を嫁がせるわけがないわ。教会へ駆け込んで、旦那様に子を成す意志がないと分からせればこの花嫁合戦も停止すると思うの。そうすればあなたも家に帰れるわ』


 侯爵家の当主として子作りに積極的でないのは怠慢とも言えるが、人には色々と事情がある。

 しかしそのつもりがないのに五回も妻を迎えるのは問題だ。

 教会側にも問題はありそうだが、既に四回妻と死別している。やりようによって周囲の同情を買う事も可能だろう。

 と言うかニリスがガチ殺人鬼なので、事情とか後回しにして早急に逃げて欲しい。


 だがクインティーナは弱々しく首を振った。


「私、逃げてはいけないのです。逃げても、帰る場所もなくて……」

『……ごめんなさい。もしかしてあなた、家族に無理矢理嫁がされたのかしら』


 脳裏を過る前世の記憶。散々読み漁った人生逆転劇。「実家から追い出されて悪名高い侯爵に嫁ぎましたが私が本物の聖人です」なんて即席タイトルがぐるぐる回った。


「いいえ、親とは幼い頃に死別しています」

『え、まさか兄弟に追い出されたの? それとも親戚に実家を乗っ取られたの?』

「ち、違います。本当は私、侯爵様の結婚相手ではないのです」

『ん?』


 青い顔をしたクインティーナは、ガウンの合わせ目をぎゅっと握りしめて俯いた。


「私は、五番目の花嫁になるのが嫌で家出したお嬢様をお止めできなかった罪で、旦那様に身代わりを命じられた、侍女です……」


 貴族ですらありません……。


 真っ青になっているクインティーナの弱々しい告白に、アイヴィーの背景が落雷で一杯になった。

 平民の侍女。

 お嬢様の身代わり。

 実は聖女。

 結婚相手は殺人鬼。

 性癖が許して奇跡が起きれば溺愛ルートも夢ではない。


(ぞ、属性過多だ! この子ヒロインだ!)


 これが物語ならこの子が主人公で間違いない!

 アイヴィーは心の底からそう思った。



今作の主人公が何か言っている。

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