1 あっさり四人目になった女
新連載はじめました。
書き出し祭りに参加していた作品です。
アイソメトリア国の東にあるライコア領を治めるライコア侯爵家は、数年前に聖人を輩出した、直近の家門だった。
聖人とは、人でありながら神域に最も近い者を指す。
彼らは神に最も近しい存在で、地上から天へと言葉を届ける伝言役である。
滅多に生まれるものではなく、いつ現れるのかも不明。
血筋が関係しているとも言われており、聖人を輩出した一族は積極的に血を残すのが求められ、社会的地位と共に栄誉ある婚姻が斡旋される――……。
(って訳で悪名高いライコア侯爵家に嫁入りしたのがこの私!)
アイヴィー・ヴィニカリス伯爵令嬢。
癖のあるダークグリーンの髪に、同じ色の猫目。小柄で愛らしいともっぱらの噂だったアイヴィーは、ライコア侯爵の妻に選ばれた。
(といっても私、四人目なんだけどね!)
アイヴィーが嫁ぐラコニア侯爵は、これまで三回結婚して三回死別している。もうこのあたりから不良物件の匂いしかしない。
問題のニリス・ライコア侯爵は、そりゃもう絵画から飛び出したと言わんばかりの美貌を持つ青年だ。絹のような金髪に、石榴のように赤い瞳。ほの暗い影を感じるアンニュイな空気を放つ彼は、聖人様の弟君らしい。
聖人出現の法則は解明されていない。血筋かもしれないという可能性から、ライコア家の跡継ぎでもあるニリスは子を設けることを願われている……のだが……。
(三回結婚して一人も子供がいねー!)
いやわかる。子供は授かりものなので、欲しいと願うだけでできるわけではないとわかっている。
だがしかし、三回結婚して三人も嫁が来て誰一人子を生むことなく死別。
(そんな不幸が続いたら、聖人がどうとか関係なくやべぇお家って事だよねー!!)
三回目の婚姻あたりから周囲も察して、名誉ある婚姻が罰ゲームのようになっていた。
しかも案の定三人目も早世したとなれば、ライコア家に問題があるのは明らか。ライコア家が嫁を殺しているのではないかと噂されていた。
ヤベエと思ったら調査して捕まえろよ! となるが、明確な証拠は見付かっていないし聖人を輩出した家門なので犯罪者として扱いたくない……いや血筋がどうとか言われても。犯罪者は犯罪者だよ? 犯罪者かどうか知らないが、調査はしっかりして欲しい。野放しもダメだが冤罪もダメだ。
(とか思っていたら私の番!)
アイヴィーは「ヴィニカリスの叡智」と呼ばれるほど、数々の知恵を周囲に授けてきた才女だ。
あまりにも幼い頃から大人顔負けの知識量だったので聖人ではないかと騒がれもしたが、聖人の必須条件を満たしていなかったので聖人ではない。
だというのに聖人かもしれないと疑う神殿と、どっちでも良いけど才女の知識が欲しいと目を光らせる貴族達が争う所為で、婚期を逃しそうになった。というか、逃した結果お鉢が回ってきた。
(こんな事になるならまだ早いとか言わずに適当に結婚しておくべきだったー!)
前世の感覚で、二十歳以下の結婚は犯罪臭がすると嫌厭していた結果がこれである。
そう、アイヴィーには前世の記憶がある。
日本で生まれ育ち、思春期にサブカルチャーから脳を灼かれ、不治の病という名の業を背負った女の記憶があった。
前世育った国はヤバイ国だった。
貧富の差はあれど法律によって最低限の生活は保護され、食が飽和し大体どこで食べても飯が美味い。不法投棄問題はあったが基本的に綺麗な町並み。不審者による突発的犯行が横行していたが子供は元気に外を走り回っていた。
そして娯楽が充実しすぎて自宅警備が捗りすぎた。
本もアニメもゲームもピンからキリまで数多の作品が溢れかえり、一人一人のニーズに寄り添う神作品がそこかしこに存在した。それぞれの性癖に素直な布教本。自分好みの話を探して時には誤爆して。知らぬ扉を開けては性癖をねじ曲げられ、時にクリティカルヒットした作品によって絶頂感を覚える。きっと誰もが一度はわからせられた。私の性癖が、こんな形をしていたなんて……と。
エロい話はしていない。健全なオタクライフの話をしている。
ヒートアップしてしまったが、アイヴィーの前世はそんな己の性癖に向き合った健全な女だった。
娯楽が多ければ雑学も増え、雑学が多ければ自然と知恵も増える。
アイヴィーが幼い頃から発信していた知恵は、主に前世で培った物だった。
なので、聖人ではないのである。欲望に塗れた無神論者だ。罪深い。
まだ二十代前半だからいけるだろとか思わず、さっさと妥協できる男性と結婚しておくべきだった。
(そう、四人目の被害者になる前にねー!)
アイヴィー、婚姻して一ヶ月で死す。
冗談抜きで、ガチで死んだ。
油断していた。
悪名高い侯爵との婚姻も「成る程これは、旦那様に悪い噂があるけど本当は優しい人で、ヒロインだけがそれを理解して懐柔して、溺愛に持ち込む今流行りの成功結婚のお話だな?」とか考えていた。いっちょ前にヒロイン気取りで嫁いだ。初夜で白い結婚を要求されても「あるある」とか余裕ぶっこいていた。
(誤解じゃなくてガチで悪い男だったー!)
女性関係とかでなく、人として悪い男だった。
というか噂通り、侯爵は嫁いできた妻を殺害していた。
(私が何をしたって言うんだー!!)
嘆くアイヴィーだが、本当に心当たりがない。
旦那様の理解度を上げるにしてもまずは情報収集からだなーっと使用人達と距離を縮めている最中だったので、本当にわからない。なんなら旦那の侯爵とは結婚式当日と殺害時の二回しか会っていない。最後に問答したような気がするが、それだってアイヴィーに毒を飲ませている最中だ。赤ワインは苦かった。それが答えだ。
こんなことある?
(ふざけるな理不尽過ぎるだろ呪ってやるー! ……って思っていたけれど)
アイヴィーは、真っ赤に染まった胸元を見下ろした。
白いネグリジェに豪快に広がった赤。赤ワインとアイヴィーの吐血で染まり、所々黒く染まっている。
ほっそりした腕を持ち上げれば血の気が引くくらい白く……いや、向こう側がうっすら見えるくらいに透明になっている。
そう、透明に。
(転生して死んだら幽霊になるとか、思わないでしょ!!)
そこは流行りに従って死に戻れよ!! なんて思ってしまったアイヴィーだった。
言い方はおかしいが、アイヴィーが幽霊としての自分を自覚したのは、死後から数年経ってからだ。
アイヴィーの部屋は綺麗に片付けられ、侯爵家はごく普通の日常が繰り広げられていた。そう、アイヴィーが目を覚ましたのは、殺人現場の自室だった。
なんとなく書いていた日記も、集めていた小説も、家族から贈られた小物も綺麗さっぱりなくなっている。
(日記がどうなったのか、とっても気になる……燃やしてくれたかしら。ヴィニカリスの叡智が書いた日記とか、実家に送り返されていたらどうしよう。そこは燃やしてくれたわよね? 証拠の一部とか警戒して燃やすわよね? 接点全く無かったけれど!)
日記の行方からうっかり証拠隠滅を願ってしまった。
だって人に読まれる前提で書いていないから。読まれていたら羞恥心で、死んでいるけれど死んでしまう。心が。
アイヴィーは宙に浮かびながら身悶えた。
ふわふわと漂うだけのアイヴィーは、誰にも見えていない。幽霊を見える人はいないようで、誰とも視線が合わなかった。
まあそれは仕方がない。
幽霊が見える人なんて、そう沢山居るわけがない。居たとしても居るべき場所はここじゃない。
幽霊と自覚した当初は恨み辛みを抱えて侯爵に突撃して三日三晩枕元に立ってみたのだが、アイヴィーには悪霊の才能がないらしい。侯爵はいつも通りの麗しい顔で生活していた。無念である。
ならばラコニア侯爵家から出て実家に帰ります!! ができたらよかったのだが、何故か侯爵家を囲う塀から出ることができなかった。移動範囲は、侯爵家を囲う塀までが限界だった。
つまり今のアイヴィーは地縛霊。殺人現場を拠点に漂う幽霊だった。
(こんな状態で何ができるって言うのよー!)
むきーっと一人ジタバタしたアイヴィーだが、幽霊なので誰の目にも留まらない。
そんな状態から更に数ヶ月。
侯爵家が何やら忙しなくなり、殺人現場の模様替えが行われ、更に数ヶ月後……。
(ご、五人目の被害者候補が来ちゃったー!!)
来ちゃった。
五人目のお嫁さん来ちゃった。
背中を流れる真っ直ぐな赤毛に、ターコイズの丸い目をした、ほっそりとした女性が嫁いで来ちゃった。
侯爵の嫁が早世すると知っているのだろう。嫁いできた女の顔色は悪い。なんなら小刻みに震え、怯える小動物のようだった。
どこからどう見ても、幸せな花嫁には見えない。
なんて事だ。
『う、うわー! 四人も死んでいるんだから証拠不十分でもヤバイってわかるでしょー!? 聖人の血が欲しいのかもしれないけれど、子供が生まれる前に犠牲者ばかりが増えていくじゃない! これってどうなの! ヴィニカリスの叡智の犠牲で何を学んだのよ!? 誰かいい加減あの男を捕まえてー!』
「だ、誰ですか!」
思わず叫んだアイヴィーは、身を縮めて警戒する女の姿にアレッと目を丸くした。
使用人達が気を利かせて、部屋に一人残された女。寝台に座って震えていた彼女は、アイヴィーの声に反応して周囲を警戒していた。
アイヴィーの声に反応して。
『聞こえているの?』
「は、はい、聞こえています」
『本当に? 顔を上げてみてよ』
怯えながら声の主が気になったのだろう。女が恐る恐る顔を上げて……唖然と目を見開いた。
ふわふわ天井付近に浮いている、アイヴィーを見付けて。
女のターコイズとしっかり目が合ったアイヴィーも、ぽかんと口を開けて目を見開いた。
だって。
『あなた……私が見えているの!?』
見えているし聞こえている。反応からして間違いない。
幽霊として喜ばしい事だが、この世界的に大問題だ。
だって、幽霊が見えるという事は……。
(この子、聖人じゃん!)
この世を彷徨う魂を見詰める者。
それが聖人の必須条件だからだ。
とてもスピーディーに幽霊になった主人公。




