16−3 加護
「狩猟大会では活躍したみたいじゃないか」
薄暗い地下の部屋で、クロードが広げた魔法道具の前でふんぞり返った。
魔道具を作るのが趣味で街に店を構えたが、どう見ても怪しげな店でしかない。その店の地下で、クロードは商品を作っていた。
「相変わらず、ひどいところだな。掃除くらいしたらどうだ」
「作業しているとどうしても汚れるんだよ。ほら、調べ終わってるよ。間違いなく、同じ加護だね」
手渡されたのはジョアンナが子供に作ったリボンと、エスターが購入したハンカチだ。念の為調べてもらったが、やはり作り手は同じ。ジョアンナだった。
ブティックで働いている形跡はない。店に出てこないが、外出している様子はなかったため、商品を作っているのだろう。レオハルトに加護を渡していたのもジョアンナで間違いない。
「狩猟大会でレオハルト・セディーンが加護を持っていなかった。前回は活躍したが、今回は獲物はなしだ」
「おやまあ。急に腕を上げたから、どうしたのかと思えば、そんなことが」
「それと、エスターがブティックで日傘を購入したが、この日傘を使うと、体感温度が下がる」
「日差しを遮っているわけじゃなく?」
「魔力的な物だ。確認した」
「それはなんていうか、奇抜なことだね。そのリボン、子供の物って言ってたけど、安全であることを祈ったのか、保護魔法の類がかけられていた。持つ者を外敵から守る。内側の病から守る、二つの魔法だよ。器用な真似をする」
「つまり、祈りによって加護の力が変わるということか?」
「そういうこと。癒しだけでなく、その用途によって祈るから、加護の種類が変わるんだろうな」
そんな気はしていが、そこまでとは思わなかった。
素晴らしいと感嘆したいところだが、事情が事情だ。
「ブティックの商品として売ってる分には、簡単には気づかれないと思うけれどね。ハンカチ、ドレス。日傘、は、少しおかしいなと思われるくらいかねえ。明らかにわかるような商品を作らない限りは、気づかれない、かな」
ジョアンナがなにかを作りながら祈ること。ハンカチはどんな気持ちを込めて作るのだろう。体調が良くなるような加護。一日が穏やかに過ごせるようにとでも祈るのだろうか。
日傘は涼しくなるように。日傘をさせば少しは涼しくなる。それを魔法だと誰が気づくだろうか。
他にはなにがあるか。
「女性の商品ねえ。ドレスは美しくなるように、で、加護がかけられたりするかな」
「あり得るな。しかし、そんなことも可能なのか?」
「魅力を上げるとかかな。そこまで影響のあるものじゃないとは思うけどね。もしくは、幸福になれるようにとか。ジョアンナ嬢が考えそうな祈りが関わるわけだから、相手を騙すような呪いのような加護はかけないだろう」
その言葉に、アルヴェールは眉を上げた。
「怒ることないだろう」
「そうじゃない。今は加護だが、逆も可能なのか?」
「可能だろうね。不幸になるような祈りをかければ、その日は不運なことばかり起きるかもしれない。ジョアンナ嬢の力はあまり例に見ない力だ。祈りをすべて魔法としてかけられるなんて、聞いたことないなあ。直近でそんな力を持ってる人はいないんじゃないかな。誰かに気づかれるのは危険だろうなあ」
ブティックの針子がそんな力を持っていると気づかれたら、どうなるか想像に難くない。
それが、父親に知られても。
握った拳に力が入る。今はまだいい。誰にも気づかれていない。しかし、なにかのきっかけで、誰かに知られたら。
ぞっとする。誰もが欲しがる力だ。無理に連れて行こうとする者も現れるだろう。
「早めに手を打った方がいいと思うね」
言われずとも、ジョアンナを危険にさらすことになる前に、手を打たなければならない。
「それより、聞いてくれよ!」
クロードはもうその話は終わったと、いきなり駄々っ子のように机を叩きはじめる。
「俺の作った攻撃の魔道具の、粗悪品が売られていたんだ! 俺の物よりひどい作りで、全部買い占めたよ。いるんだよね。俺の性能に嫉妬して、すぐに真似するやつが」
「どうせ怪しげな物を作ったのだろう」
「失礼だな。魔物を倒すには使いやすい魔道具だよ。最近多いんだよね、紛い物を作る悪徳業者が」
クロード自身が怪しげな悪徳業者に思えるのだが。
なにせ、やけに高額で、一点物だったりするため、購入する者も面白半分で購入するような貴族ばかりだ。くだらない魔道具もあるため、噂を聞いて見に来る者もいる。
「商売をする気でもないのだから、真似されてもいいんじゃないのか?」
「なに言ってるんだ。利益だけでやっているわけじゃないからって、自分の作品を真似されて許すほど心は広くないよ! しかも、安く売りやがって!」
利益だけでやってるいわけじゃかったのか。クロードは握り拳を作り、犯人を見つけたらただじゃおかないと息巻いた。粗悪品を売った店は、製作者を知らなかったようだ。次に売りにきたらすぐに知らせるように伝えてあるそうだ。
「妙な商品まで真似されるなよ」
「ちょっと、帰るのか!? もう少し俺の話を聞いてよ!」
「ほどほどにしとけよ」
怪しげな店を後にして、アルヴェールは孤児院に行くことにした。
ジョアンナは時折休みをもらえるようで、その時は必ず孤児院に訪れていた。
院長に、予定があるようなら教えてほしいと伝えてあるとは、ジョアンナには知られたくないものだ。
ここまでジョアンナが気になっている自分が、不思議だった。
今まで周囲に女性が集まることは多かったが、特に興味が持てなかった。それなのに、どうしてジョアンナにはここまで惹かれるのだろう。
それも、こんな気持ちを持ったのは最近だった。前から気にはなっていたが、ここまでではなかった。
(あの気丈な姿を見てからだろうか)
院長に涙ながらに苦しみを吐露しておきながら、扉を開いた瞬間、その弱さを見せることなく通り過ぎた。
(今まで、あんな女性は見たことがなかったかもしれない)
好きだと、愛していると、想いを吐露されて、何度も断ってきた。その中には涙ながらに乞う女性もいた。逆に恨みを持つように罵った女性もいた。その度に噂話をされたり、その兄弟や親から様子を伺われたり、それとなく相手がいないのか、いないわけがないと決めつけられて、それが誰なのか周囲を調べられたりした。
どうしてそこまでするのか。否定されたならば身を引けばいいものを。
その気持ちが理解できなかった。そんな想いを持ってなにになるのかと思っていた。どうせ結婚は契約的なものだ。貴族にとって、相手など自分が決めるものではない。そう思っていたのに。
「幼かっただけか」
人を想う心を、やっと持った。その気持ちだけで、ジョアンナを守りたいとまで想うようになったのだ。そこまで自分を変えるような想いを、初めて知った。




