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17 贈り物

「やあ!」

「やるな。うまいぞ。振り上げすぎて振るのが少し遅いから、素振りの練習をするといい」

「そろそろ休憩されたらいかがですか? おやつですよ」


 ジョアンナが声をかけると、子供たちは大きな返事をした。アルヴェールが練習はここまでだと言うと、一斉に家に入ってくる。


「手を洗って。ちゃんとみんなの分はあるから、急がなくても大丈夫よ」

 後ろから声をかけつつ、ジョアンナは持っていたタオルを騎士たちに配った。剣を相手にしたり、追いかけっこをしたりと子供たちの相手をしていたからだ。今日は少し日差しもあるので暑かっただろう。


「アルヴェール様、どうぞ」

「ありがとう」


 手渡したタオルを使ってもらえて安堵する。贈り物でもなんでもないのに、渡すのに緊張してしまった。

 アルヴェールは暇ではないだろうに、時間を見つけては子供たちの相手をしにきていた。ギルメット家の騎士たちも連れてくるので、庭で子供たちが楽しそうに相手をしてもらっていた。

 ジョアンナも暇はないのだが、息抜きはしてほしいとモニカに言われて、休みのたびにここに訪れていた。

 良い息抜きになっているので、休みをくれるのはありがたい。


(それに、アルヴェール様もいらっしゃるし)

 最初は妹を殺そうとした姉と指を差されるのではないかと恐れていたが、特になにか言われることもなかった。

 今では、どこか会えるのを楽しみにしている自分がいる。


(子供たちに教えているだけで、やけに褒めてもらえるからかしら)

 そんなことで嬉しがるなんて、まるで子供のようだ。ブティックで褒められることも多いが、それともまた違う嬉しさがあった。それがなぜなのか、ジョアンナにはよくわからなかったが。

 首を傾げつつ、アルヴェールが子供に引っ張られて椅子に座る様を眺める。


「ジョアンナおねえちゃんと作ったクッキーよ。はい、あーん」

「まあ、アルヴェール様は食べてくれるかしら」

 院長が冗談混じりに言えば、女の子は頬を膨らませた。


 貴族に対してまずいのではないか。ジョアンナはおろおろとしてしまったが、アルヴェールは問題ないと、女の子の手からクッキーを口にする。

「うまいな。こんなに美味しく作れるなんて、すごいぞ」

「そうでしょー」

 そんなことで怒る人ではなかった。つい肩を下ろす。


 社交界で見かけるアルヴェールとは別人だ。終始人を寄せ付けないような雰囲気を持っているのに、孤児院にいると穏やかな男性に見える。

(お優しい方だわ。素敵よね)

 ふと、顔が赤くなった気がした。

(なにを考えているの。いえ、優しくて素敵な方ってことだけよ。ただそれだけ)


 自分に言い聞かせるようにして、頬を押さえる。ただそれだけ。それ以上でもそれ以下でない。そう思っただけだ。

 もう貴族として社交界に出ることなどない。戻ってもアルヴェールと話せるような身分ではない。妹を殺そうとしたという汚名がある限り。

(未練なんてないわ。私はこのまま、こうやって生きていく方が性に合っているもの)


「ジョアンナさん」

「はいっ!」

 急にアルヴェールに呼ばれて、飛び上がりそうになる。

 今考えていたことが顔に出ていないだろうか。なにもなかったように装ってみるが、アルヴェールに見つめられて、頬が熱くなるのを感じた。じっと見つめてくるので、体温が上がってくる気がする。


「な、なんでしょう?」

「これを、どうぞ」

「これは……?」

 それはブレスレットのようで、小さな石が嵌め込まれていた。高価な宝石ではなかったが、愛らしいブレスレットだ。


「よければ、もらってくれるか?」

「え!? 私にですか??」

 どうして、そんな物を。平民だからと高価な宝石を贈ってきたわけではないようだが、なぜ贈り物をくれるのかわからなかった。


「いらないのであれば、捨てるが」

「捨てる!?」

「他に使い道はないからな」


 言って、肩で視線を促した。女の子たちが皆、似たような髪飾りをしている。子供たちの物の方が子供向けで、ジョアンナの物とは違うが、男の子にもおもちゃのようなナイフをあげていた。

 皆にあげているのか。そう気づいて、また顔が熱くなってきた。自分だけに贈り物をくれたのだと勘違いしてしまった。

 当然ではないか。どうしてジョアンナに贈り物などするというのだろう。


「いただきます。ありがとうございます」

「着けられるか?」


 アルヴェールはジョアンナの手を取ると、着けにくいからか手袋をとって、ジョアンナの腕にそのブレスレットを着けてくれた。触れられた手に温もりが残って、気恥ずかしい。素肌の手に、男性から触れられるなど、初めてな気がする。


「この石はお守りだから、肌身離さず着けているといい」

「お守りですか?」

「危険を回避する力があるんだ」

「危険……」

「町を歩くときになにかあってはいけないからな」

「ありがとうございます」


 騎士を付けて移動しているわけではないため、なにかあってもおかしくない。ありがたくいただいて、そのブレスレットをまじまじ見つめた。オレンジ色の石が煌めいている。ほのかに温かさを感じる気がするのは、お守りの力だろうか。


「今度、なにかお礼を」

「ならば、ハンカチをくれないか?」

「そのような物でよろしければ、すぐに作ってまいります」


 即答すると、アルヴェールが朗らかに微笑んだ。

 その顔を見て、心臓が弾けそうな気がした。鋭い痛みのような、激しい動悸も感じる。

(なんだか、変だわ。私)


「わあっ!」

 心臓を押さえていると、外で子供たちの声が悲鳴が聞こえた。

「どうしたの!?」

 院長が急いで外に出る。ジョアンナもその後に続いた。


 外で遊んでいた男の子たちが集まって、一人の子を囲んでいる。そこを割って入れば、一人の男の子がぐったりとしたまま地面に倒れ込んでいた。


「木から落ちたんだ」

「木って」

 ジョアンナが見上げた木の枝は、ジョアンナの身長よりずっと高いところにあった。2階くらいの高さから落ちたというのか。


「お医者様を呼んでちょうだい! ベッドの用意をして!」

「待て、院長! 動かすな!」

「アルヴェール様!? 部屋に連れて行きませんと」

「頭を打っているんだ。動かさない方がいい。急いで医者を呼べ」


 アルヴェールが騎士に命令を出してから、子供たちを家に入れるように指示する。泣き出す子たちもいて騒がしくなっていたからだ。ジョアンナもどうしていいのかわからなくて、右往左往しながら子供たちを部屋に連れて行こうとした。ちらりと倒れた子供を見やれば、先ほどより顔色が悪くなっている。


「顔色が……」

「ジョアンナさん、こちらに」

 アルヴェールが手招いて、ジョアンナを呼んだ。


「君には加護を与える力があると言った。ハンカチに加護をかけるように、この子に祈りをささげられないか?」

「祈りを、ですか? そんなことをして、なにが」

「治療できるかもしれない」

「私がですか??」

 加護を与えることができると言われて、ジョアンナは半信半疑なのに、治療とは。


「そんなこと、できるわけが」

「子供の顔色がひどくなっている。医者を待っていられない!」

 アルヴェールの言う通り、子供の顔色は青から白へと変わっている。血の気のない、真っ白な顔。息もしているのか、ぴくりとも動かない。


「ジョアンナ!」

「ど、どうすれば!?」

「ハンカチを作っている時はなにを考えている!? 誰かに贈り物を作る時に、子供たちにリボンや手袋を作っている時は、なにを考えている!?」


 子供たちになにかを作る時。リボンならば、気に入ってもらえるように。可愛らしい女の子たちが、穏やかに過ごせるように。男の子たちに贈ったのはベルトがわりの編み紐で、走り回る時に怪我をしないように、元気で過ごせるようにと。

 子供たちが、幸福であるようにと。

 手の中に、光が灯った気がした。


「う、あれ? どうしたの?」

 男の子がむくりと起き上がる。真っ白だった顔色が血が通ったように血色の良い顔色に変わった。


「ジョアンナ……。よくやった」

「信じられません……」

「木から滑った気がしたけど、どこも痛くないや」

「気をつけないと、大怪我をするところだったんだぞ。あまり無茶をするんじゃない」

「ジョアンナねえちゃんに、花をとろうとしただけだよ」


 男の子の手の中に、手折れた白色の小さな花が握られていた。木から滑った時に握り潰してしまったのか、花びらがひらりと落ちる。


「危なかったということだな。ほら、もうあんな高いところに登るなよ」

「はあい」

 男の子は何事もなかったように走って家の中に入っていく。驚いた院長が大声を上げていた。

 元気なった男の子を見ても、信じられない。ジョアンナは自分のひらを見つめたが、普段と変わりない自分の手だった。


「君の力だ」

「私の、力」

 加護を作ったように祈りを捧げる。そんな話、冗談にしか聞こえなかったのに。

 実際目の当たりにしても、信じられない。しかし、アルヴェールを見上げれば、にこりと微笑む。


「もしも君に力がなければ、もしかしたらあの子供は死んでしまったかもしれない。かなり危険な状態だっただろう。君は今まで、多くの物に加護をかけてきたはずだ。とても珍しい力だ。無意識に行なって、多くの加護を与えてきたのだろうな。うまく使えるようになれば、子供たちの怪我や風邪も治せるようになるだろう。しかし、君の魔力を使うから、体調が悪くなるかもしれない。あまり急いで使うのだけはやめておくといい」

「アルヴェール様、そろそろ時間です」

「ああ、今行く。子供は念の為医者に見せるといい。それで問題なければ、君の力が間違いのないものだとわかるだろう。誰かに話すことなどしないから、安心するといい」


 アルヴェールはそう言って馬車へと歩く。もう帰らなければならない時間なのだ。

 医者がやってきて、急いで家に入っていく。男の子はケロリとしていたが、実際大丈夫なのだろうか。それを横目にして、アルヴェールの背を見送った。


(本当に、私が?)

 にわかには信じられない。加護の話ですら眉唾物だというのに、治療できる力があるなど。

 けれど、何事もないと先ほどの男の子が家から飛び出してくる。院長が慌てて男の子を追いかけて捕まえた。医者も飛び出してきて、大丈夫なのか確認する。


 もしも、ジョアンナに力がなければ、あの男の子はどうなっていたのか。


「アルヴェール様、アルヴェール様!」

 馬車に乗って出発しそうなところを、ジョアンナは走って追いかけた。馬車が動きはじめて、ジョアンナの声にアルヴェールが停めるように御者を呼ぶ。


「ジョアンナさん? どうした?」

「あの、前に言っていた、私に、魔法の使い方を教えてくださると」

「あ、ああ」

「教えてください。私、この力を使いこなしたいです! 子供たちになにかあったら、対処できるように!」

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