162. ベレッタとの思い出〜鉄太〜
ここから物語が新しい展開を迎え、5章のクライマックスに差し掛かります。
佐久間鉄太が義妹である輝星と不本意な異世界転移をしてから、苦労の連続だった。
なんの準備もなく、常識も全く異なる世界に突然投げ出されたのだ。苦労という言葉では足りない。並の神経では発狂してしまう。それは前向きングを自称する鉄太とて例外ではない。
しかし、それでも人目があるときは笑顔を絶やさず、誰も見ていないときは歯を食いしばって頑張れたのは、義妹の輝星を不安にさせないため。
そして、精神的にも経済的にも救いを与えてくれた、ベレッタ・レーナスのおかげである。
転移したばかりで途方に暮れていた時、輝星に笑顔で「なんとかなるっちゃ」と嘯いていたが、所詮虚勢でしかない。
そんな時、救いの手を差し出してくれたベレッタに鉄太は心を奪われた。
日本ではお目にかかれない、本物の貴族令嬢ならではの上品さや美しい顔立ちということだけでなく、何より彼女の心優しさに惹かれたのだ。
ベレッタにしてみれば年の近い女性である輝星を不憫に思っての行動だろうが、使用人である兄妹に、自らこの世界の常識や文字を教えたり、不安に落ち込みそうな時は手作りのお菓子を差し入れに励ましに来てくれたり、鉄太がこの世界で史上最年少で類爵という地位に昇ることができたのは、ベレッタの存在が大きい。
当初は爵位に興味などなかった鉄太である。しかし爵位があればベレッタと釣り合いが取れる。だから鉄太は一心不乱に爵位を求め、叶えるに至ったのだ。
独立してレーナス家を出てからも手紙でやり取りしていたとはいえ、鉄太はいまや立派な貴族である。他貴族の令嬢と気軽に会うのも気が引けていた。
いつしか令爵以上の貴族になったときにベレッタに思いを告げることを夢見て、思いを募らせながら事業を拡大していった。
そんな中、ベレッタが指名手配されたとの情報を受けた鉄太は気が気でなかった。
個人的に懇意にしている情報屋がリオネス王国でも指折りだったこともあり、彼女からベレッタの無事を知らされた。どうやらベレッタは友人たちに上手く匿われているらしい、と。
そういえば───と、鉄太は思い出した。いつかベレッタが学園で起こった出来事を楽しそうに語ってくれていたことを。
『私の一番大好きな友達で、鉄太さんに似たすごく前向きな方がいるんですよ。女性なんですけれど』
その時はものすごく遠回しに告白されたのかと一瞬だけ浮かれたが、いま思えばゼフィーリアのことを言っていたのだ。
ベレッタが信頼する仲間なら大丈夫だろうと鉄太はひとまず安心し、同時に何かあればベレッタのために全力を尽くすことを決心した。
色々なトラブルや成功がありつつも事業に奮闘していると、ユーゴやその仲間たちという非常に濃い面々との出会いがあり、生活がいっそう賑やかになった。
そうこうしているうちにベレッタと再会が叶い、こうして笑って話すことができた。
その嬉しさが隠しきれず顔に滲み出てしまっていることに、浮かれた鉄太は気づいていない。
ましてや、義妹が横目で睨んでいることも。
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「……なぁネル?」
「なんでしょう、ユーゴさん?」
ユーゴは輝星の様子を見て、思いついたことをこっそりとネルに尋ねることにした。
「もしやとは思うが、輝星は鉄太のことが好きなのか? 男としてって意味だが」
「……え。もしかして、いまごろ気づいたのですか?」
ネルは心底驚いた顔でユーゴを見た。
「いまごろ気付いたな。でも大丈夫なのか? あいつら兄妹だろ」
「まさかユーゴさん、あのお二人が血の繋がらない義理のご兄妹だということもご存知ではなかったのですか?」
「ご存知じゃなかったな。同い年っていうから、顔の似てない双子だなー、でも二卵性だろうしそんなもんかなーとか思ってた」
「鈍すぎだな、ユーゴ。気づいていないのは、お前くらいじゃないか?」
話に割り込んできたフィールエルに、ユーゴはとある人物を指差す。
「俺以外にも、あそこにむちゃくちゃ驚いてるヤツがいるが?」
指を向けた先には、真っ赤な顔で目をまん丸にして両手で口元を隠しているパレアがいた。ツインテールも逆立っている。
「……パレアはともかく、ユーゴはもう少し女の子の気持ちに敏感になってもいいと思う」
「余計なお世話だ。まぁ少し驚いたが、人の恋路に首を突っ込むのも野暮だな。ってことで、この話はこれで終わり。俺はいまからフィールエルたちをグラーニャに送って、その後で少し下調べをする。何もないと思うが、この店のことは頼んだぞ、雪」
雪は艶やかな黒髪が前方に垂れるほど、深々とお辞儀をした。
「お任せください、旦那様。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
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その夜、調査が終わり宿に戻ってきたユーゴのもとへ、鉄太が酒瓶を抱えてやってきた。ユーゴの好きな銘柄だ。
「久しぶりにユーゴさんと飲みたいと思ってっスね」
「いいのか? 明日は二号店オープンの大事な日だろ」
「まぁ、ちょっとだけっスよ」
なにかの肉のジャーキーを肴に、ユーゴたちは酒を酌み交わす。
しばらくして鉄太がポツリと呟いた。
「ユーゴさん、ありがとうございます」
「なんだよ、やぶから棒に。なんのことだ?」
「ベレッタお嬢様のことっスよ」
「ああ……、まぁ乗りかかった船ってやつだ。それに以前も言ったが、礼を言うのはこっちの方だ。この世界に迷い込んで早数ヶ月。まさかここまで脱出の目途が立たないとは思わなかった。その間、アイツらが平穏な暮らしができているのは、鉄太のお陰だからな」
「持ちつ持たれつっスよ。情けは人の為ならず。まず与えよ。ギブ・アンド・ギブの精神っスね」
「なるほど、商売人の鉄太らしい発想だな。まぁベレッタの件は任せてくれ。すぐに片を付ける」
「それはありがたい。よろしくっス」
それから二人はしばらくのあいだ無言で呑み続け、鉄太は引き上げていった。
その翌日、めいでぃっしゅ二号店はオープンした。
ユーゴは邪魔にならないよう、店の裏口から入って様子を見ていくことにした。
ゼフィーリアもマルガレーテも忙しく動き回り、一生懸命汗を流していた。
ロイたち五人も客として来店しているようで、ゼフィーリアもマルガレーテも照れくさそうに接客している。
どうやら今のところ、異常はなさそうだ。
己の仕事に取り掛かる為めいでぃっしゅを出ていこうとしたユーゴに、雪が声をかける。
「あの、旦那様。支配人がお戻りにならないのですが」
「鉄太が? どういうことだ」
聞けば、開店まで間もなくという時間に役所からの使者が訪ねてきたらしい。
用件はめいでぃっしゅ二号店出店に関する書類に不備があったとのことで、鉄太は訂正するために使者に同行して役所に赴き、そのまま戻らないということだ。
それからもう二時間。
ユーゴは嫌な予感がした。




