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ナノライト  作者: かざぐるま
第七章 Only Two Remain.
55/57

第六十三話 灰神

 



 ◆ 十三年前、某日。


「お前、迷子か?」

「…ア? マイゴ?」


 当時十四歳の駆け出し游蕩士は、彼と出会った。

 素っ裸であるにも関わらず一切の恥じらいを持たず、

 愛想の悪い三白眼でジロりと睨んで来る、灰髪の少年。


「名前は?」

「……ナマエ?」


 青髪の游蕩士は、それはもう困惑していた。

 場所は森の中、相手は同年代くらいの男の子。

 相手にはまるで常識が無く、風貌は野生人そのものだ。

 まだ游蕩士に就いて間もない彼にとって、初めてぶち当たる未知の壁だった。


 そうして、うんうんと悩み抜いた挙句…。


「あー、んー。…とりあえずおいでよ。」


 街へと連れ帰ることを決意したのだ。

 これが灰の少年とアオタ、彼ら二人の邂逅であった。

 後に何が起こるのか、並んで歩く少年達は知る由も無い。




 ---




 壊死病罹患者との戦闘は苛烈を極めていた。

 向こうは精神を破壊され妖力を底上げされた生物達。

 中には化物も一定数居るが…、やはり大多数は元人間だ。

 私達游蕩士は、出来る限り殺傷を行わない様に立ち回らなければならなかった。


「…ッ! 悪いリエルちゃん! 頼む!」

「はいっ…! 頑張ってくださいっ!」


 最も厄介なのは、壊死病の接触感染だ。

 指先一つ、髪の毛一本…。壊死病に侵された細胞に健常者が一瞬でも触れてしまえば、それだけで病状が進行する。一度感染したら最後、灰の種は辺りの物質を手当たり次第に喰い漁り、際限の無い加速度的な拡大を行ってしまう。それを防ぐ為には『封』の効果を『癒』で打ち消すしか無く、現状数少ない癒術の使い手である私とキュペは、息つく暇も無く戦場を駆け回っていた。


 だが、それが辛いことだとは思わない。

 私は今、皆から必要とされているのだから。

 何をすることも出来なかったあの頃とは違うのだから。


「モズクさん! 後ろ!!」

「っ、《稲妻(いなづま)》ァッ!!!」


 それに、結局一番大変なのは剣を握る彼らの方だ。

 私は所詮援護役、依然護られる側なのは変わりない。


「――《紙散(しさん)》。」


 灰に侵された牛型の化物が三匹、同時に絶命する。

 鬼気迫る雰囲気で敵の本陣を切り抜けるフヅキさんは、

 遂に単身でアッシュさんの元にまで辿り着いてしまった。

 かつては同じ一味の仲間として行動を共にしていた二人。

 背中を預け、食卓を囲み、共に幾つもの死地を乗り越えて来た筈の二人…。


「アッシュ、私です。九年前貴方と…」

『知らナイって言ってルダロ、消エろ。』


 …何故、彼らが戦わなければならないのだ。

 恐らく壊死病の素であろう、灰塵の集合体が創造される。

 身の危険を感じ、地上へ降り立ち後退を始めるフヅキを、

 まるで生きているかの様に蠢く灰塊が追い掛け始めた。


 正に二人だけの戦場、あの争いに介入出来る者は居ない。

 数分を経てもお互いに一発たりとも被弾していない事が、

 両者が有する戦闘力の高さをはっきりと示していた。


「ぁ…、クソが、離れ、ろッ!!」


 ――私が目を離した隙に、此方では大きな動きがあった。

 壊死病を患い身体を操られた人間達が数名、徒党を組んで一人の男に襲い掛かったのだ。男は『風』の妖術などで包囲網を何とか撥ね退けていた様だが、…遂に限界を迎えてしまった。堤防が決壊し、水が街へと溢れ返る様に。壊死病患者達が独りの男へと雪崩れ込んだ。腕を掴まれ、頬を撫でられ、脚に憑かれ、腹を抱かれて――。案の定と云うべきか。他の游蕩士達の救助活動が入った頃には、揉みくちゃにされていた男の身体は、節々が灰に染まり痛々しい亀裂を生み出していた。


 すぐ後ろで控えていた私は、即座に治療を開始する。

 大丈夫、今日だけで何人もの仲間を救って来たんだ。

 目に付いた場所を、片っ端から。細胞を再生させる。

 …が、それまで順調に妖術を使用していた私の手は或る箇所で停止してしまう。


「…ダメだ、右腕だけは、もう…。」

「……………。」


 彼の片腕は、半分以上が灰となって消失していた。

 私の力は飽くまでも『自然な流れを進める』だけ。

 喪失した部位を創り直す程の効力は、持ち得なかった。

 己の置かれた状況を理解したのか、眼前の彼は押し黙る。


「…リエルっち、ちょっと目瞑っててな?」


 だが、彼は何かを決心した様な表情で私に笑い掛けた。

 そして、付近に居た男を呼び止め、剣を引き抜かせて、

 石台の上に罅割れた上腕部を乗せて、歯を食い縛って…。


 その時になって、私はようやっと彼の目論見を理解した。


 壊死病は、皮膚などに生じた灰塵が細胞から細胞に広がることで、罹患者の肉体を徐々に蝕んで行くという特殊な病気だ。そしてその性質上、灰素が伝わるのは必ず隣り合わせの器官であるから、患部が突発的に転移するという症状は起こり得ない。患者の体表に現れる不規則な亀裂も、じっくりと観察して見れば全て連なっているのが確認出来ると思う。


 九年前、医者である私の両親が実行した治療法。

 病の拡大を防ぐのに最も効果的な方法は…切除だ。


「……う"ッ……ありがとな、これで、イケる。」


 次に私が目を開いた時、――視界から右腕は消えていた。

 最大限の配慮だろうか、斬り落とす瞬間の声は控えめで。

 隻腕となった男は、まず私の精神状態を気遣ってくれる。


 早鐘を鳴らす心臓を抑え付けながら、私は首を横に振る。

 それを見て安心したのか、男はすぐに前線へ向かった。


「………っ……、」


 弱音を吐きそうになるが、舌を噛み何とか堪える。

 救えなかった。腕を失わせてしまった。一生癒えぬ傷だ。

 けれど、これが戦いだ。負傷者も、死者も、防げない。

 此処が、ヒシさん達の立っていた、私が立ちたいと願っていた、戦地なのだ。



 だから、だから。もう現実から目を逸らすな。




 ---




 ◆


「それで、結局連れて来ちゃった、と?」

「バカだねー、放って置けばよかったのに。」


 リソルディアに在る游蕩士御用達の食事処にて、

 四人の少年少女が同じ木製の机を囲んで座っていた。

 更にその内の二人が、呆れた様な顔で対面の者を眺める。


 一人は黒縁の眼鏡を掛けた短髪の少年。

 名前は『ウェブス』、アオタの幼馴染である。


 一人は二つ結びの髪を揺らす少女。

 名前は『ララン』、アオタ達と出会ったのはつい最近だ。


「いやでも、無視はできないだろ!?」

「名前も年齢も素性も不明、怪しすぎるだろ。」

「それはホラ、こいつにも色々と事情があっての…。」

「その事情とやらを私達は聞きたいんだけど、ねっ?」


「……ジジョウ?」


「言葉すら通じないんじゃ、さすがにねぇ…。」


 困り果てた様子で、ウェブスとラランは溜め息を吐いた。

 当の本人である灰髪の少年は、自分が彼ら二人の悩みの種となっていることなど露程も知らない雰囲気で、机上に並べられた料理を手当たり次第に平らげていたが。数時間前の全裸状態とは一転、今の彼は身体を大き目の外套で覆い隠している。元より孤児が多い街だ、子供がみすぼらしい恰好をしていたとて誰の目にも留まらない。言語の操れぬ彼の代わりに、店員などの会話は他の三人が担当。肉料理や汁物などを素手で食べているのは、…まぁ何とか許容範囲。兎に角、現状は野生児なりに人間社会へ溶け込むことが出来ていると云えるだろう。


 だが将来のことを考えると…無理が出て来るのは明白だ。


「なぁアオタ、僕たちは游蕩士になって何ヶ月だ?」

「…一カ月と、三日。」

「今の生活を一言で言うなら?」

「その日暮らし。」

「食べ盛りの子供一人養えるか?」

「無理。」

「そういうことだ。そいつを今すぐ捨ててこい。」

「うん、分かっ……いやダメだってば!」


 ウェブスに言い包められそうになったアオタは、しかし寸前で理性を取り戻した様に頭を振った。計略が失敗に終わり舌打ちを鳴らすウェブス。構わず料理を掻き込み続ける灰髪の少年。『まだ食べんの?』と心の中で訴え掛けるララン。短期の沈黙を経て、再びウェブスが口を開いた。


「いいか、アオタ。僕は自分達のことだけを考えて言ってるんじゃないんだ。いくら森の中に独りで居たからって、そいつが人間である以上、絶対に生みの親と育ての親が居るはずだろ? 見た感じの年齢は僕たちとそこまで変わらないし、まぁ十歳は超えてるってことにしよう。つまり、十年、そいつに心血と愛情を注いできた親御さんが居る訳だ。で、お前はそいつを考え無しに連れ帰って来た。はっきり言って、誘拐だ。お前は冷酷無情な誘拐犯、そいつは何も知らない哀れな被害者ってことになる。」


 ウェブスの発言を聞き終えたアオタはげっそりしている。

 良かれと思って行った行為が、友から全否定されたのだ。

 おまけに『犯罪者』という烙印まで押されて…。


「けど、今ならまだ間に合う。そいつを森に帰そう。

 そこでそいつの親に頭を下げて謝れば丸く収まるだろ?」

「う"ぅ、ぐぬぬ……。」


 言い方に多少の棘は有れども、内容自体は正論だ。

 アオタに反論の言は無く、歯軋りをして黙ってしまう。

 そんな折に、思い掛けぬ場所から助け船が出された。


「まぁ、親が居るなら名前ぐらい付けそうだけどね。」


 頬杖を突きながらラランはそう呟く。

 瞬間、アオタの顔がパァァっと分かり易く輝いた。


「だよな、だよな! ってことは親は居ないよな!」

「…いやだから、少なくともこいつを生んだ人間は…」

「それはアレだ、育児放棄ってやつ!」

「森に捨てられた赤ちゃんが独りで十歳まで生きたって?」

「そうそう、世の中にはそういうこともあり得るだろ!」

「…だとしても、ペットを拾うのとは訳が違うぞ。」


 ウェブスが懸念しているのは、やはり未来の話。

 金無し学無し常識無し。人間社会では生き残れない。


「まぁ、あのおばさんなら受け入れそうだけどね。」


 議論の難航を救う様に、再度ラランの力添えが入る。


「おいララン、お前はどっちの味方だ?」

「ま、中立かな。最終判断は二人に任せるし。」


 咎める様に睨むウェブスだが、ラランは何処吹く風。

 そして、アオタに関しては今にも飛び出しそうな勢いだ。


「よっしゃお前ら、今すぐギルド本部行くぞ!

 この時間ならリーダーも仕事してるし、会えるはず!」

「待て待て待て、早まるな。もう少し考えてから――」


 訂正。灰髪少年の手を引いて既に店を飛び出していた。




 ---




 人は簡単に死ぬ。そんなこと、痛い程よく分かっていた。

 壊死病で、<鱗片の陰>で、シセルケトで、邪神(ダーク)戦で。

 何人も、何人も。大勢の人が死ぬ瞬間を見て来たから。

 …けど、それに慣れられるかどうかはまた別問題だ。


「………………。」


 一人、また一人と。壊死病に侵されては死んで行く。

 いや、最早この感染症を壊死病(かいしびょう)と称すべきでは無いのかも知れない。九年前猛威を振るったあの病は、肉体が端から順番に瓦解して行くだけの症状だったのだから。今の様に、操り人形にする為の病気では無かった。今の様に、人間の尊厳を貶める病気では無かった。今の様に、かつての仲間にすら牙を剥かせる病気では無かった。


 『灰死病(かいしびょう)』――私ならばそう名付ける。


「遠征隊最高責任者の名の下に、彼らの殺害を許可します!

 殲滅戦への移行を宣言。また、状況に応じて戦線離脱…」

『戦闘中にベラベラと喋ルナ。』

「っ…、――《紙散(しさん)》ッ!!!」


 フヅキさんからは、灰死病患者達への殺傷行為を正式に認めるという旨の指令が飛ばされた。戦いの火蓋が切られる直前までは敢えてその点をぼかしていた覚えが有るが、此処まで被害が拡大しているのだ。そんなことを気にしている余裕など既に無い。アッシュさんと差しで戦り合っているフヅキさんも、これまでに見たことの無いレベルの真剣顔で死闘に臨んでいた。


 フヅキさんの能力強化は、全てをキュペに任せている。

 私では、あの戦いを眼で追うことすら出来ないからだ。

 恥ずかしい話ではあるが、…この感情は今必要無い。

 私は、私が出来ることを徹底して頑張るしかないから。




 ---




 ◆


「まぁ、游蕩士なら無戸籍でも住所不定でも良いし。

 ある程度の身体能力があるなら仕事も無くならないし。

 僕たちの監視下にも置けるし、お金も掛からないし…。」


「そろそろ諦めたら?」

「だから今自分を納得させてる最中だろがっ!」

「なら良いけど。あのバカはウェブスほど考えてないよ。」


「やったー! お前もこれで仲間だ!」「ヤッター、?」


「ほら、見るからに能天気って顔してる。」

「リーダーも普通あんな簡単に許可するか?」

「おばさんはそういう人だし、分かり切ってたでしょ。」

「…確かに、僕たちが加入する時も一瞬だったな…。」


 両手を天井に翳すアオタ、それを真似る灰髪の少年。

 喫茶店の椅子に座り軽口を交わし合うウェブスとララン。

 彼ら四人の胸元には、同形状の紫色ペンダントが在った。


 当時のリソルディアに本部を構えていた游蕩士のギルドは二つ。一つは、最強の男として名高いヒューガが率いる『雄黄(ゆうおう)鼓吹(こすい)』。もう一つが、彼ら新人游蕩士が所属する『紫雲(しうん)均整(きんせい)』である。基本的には少数精鋭な雄黄とは対照的に、紫雲はかなり大規模なギルドだ。まぁ、庇護欲の強いギルドリーダーに起因する状況なのだが…。アオタが引き連れて来た灰髪の少年を視るなり、ありとあらゆる雑務を撥ね退けて世話を焼き始めたという一幕を眼にすれば、誰であろうと彼女の性癖の片鱗を感じ取ることが出来ると思う。何はともあれ、紫雲リーダーの権限により灰髪の少年は数分足らずで職業&衣服&住居を獲得。既に人間の街で生きるだけの土台は築き終わったと云える。


 紫雲リーダーの指名により、或いは本人たっての希望で。

 常識知らずな野生児の教育係にはアオタが抜擢された。

 勿論、彼の仲間であるウェブスとラランも付いている。


「アオタの教育とか、受ける側に悪影響でそうだね。」

「何だかんだB組上位だし、バカでは無いんだけどなぁ。」

「しかも両親がS組の医者でしょ? エリート一家だね。」

「まぁ如何せん本人の性格がアレっていう…。」

「ねー、前のめり過ぎっていうか。長所でもあるけど。」


 アオタが家を出て游蕩士に成るに当たって、彼の両親は一つの条件を出していた。それは、ユルドースの学校にてB組としての教育を受けること。研究者としての卵であるA組や、自身の専門分野に人生を投じるS組とは違い、B組やC組で履修する科目は普遍的で大衆的な物が殆どだ。けれど、決して生易しい内容では無い。十二歳という若さでB組の上位を張っていたアオタとウェブスは、充分過ぎる程の秀才だと評すべきだろう。


「これが、犬。」

「イヌ。」

「猫だよバカ。」


 …世間から少しズレている感は否めないが。

 間違った知識を植え付けようとするアオタへと、

 溜息を混じりなウェブスの突っ込みが飛ばされた。


 灰髪の少年に関する諸々の用事を片付け終わった彼らは、リソルディアに在る特殊な喫茶店の中で休息を取っていた。木を基調とした暖かみのある雰囲気の店内には、百数体の可愛らしい小動物達が放し飼いにされているのだ。それもただの生物では無く、洩れなく体内に妖石を持った眷属体だ。店長である男が直々に収集した化物達らしく、その安全性は街からも保証されているので、来店客は動物と触れ合いながらゆったりとしたひと時を過ごせていた。


「アオタ、本格的に関わるなら名前は必要じゃない?」


 近くに居た梟型の化物を撫でつつラランが訊く。

 確かに、代名詞や抽象表現だけで会話をするのは大変だ。

 名付けは『存在の承認』。共に生きるのなら必須だろう。


「あ、名前なら俺がもう決めてる!」


 だが、提案を受けたアオタは鼻高々に挙手をした。


「――お前は、『アッシュ』だ!」


 指を差された灰髪の少年は、与えられた名を復唱する。

 …その様子を、喫茶店の主である男は静かに眺めていた。




 ---




 灰死病による死者は増加の一途を辿っている。

 そして、それは同時に敵方の戦力増強を意味していた。

 幾ら死んでるとは云え、幾ら操られているとは云え…。

 相手は人間なのだ。自分の手に掛けることをそう淡々と割り切れる者は居ない。


 減らない敵、減る味方。身体と精神は擦り減る一方。

 そんな私達を更に絶望へ追い込もうとしているのか。

 此処に来て、とても受け入れ難い新事実が判明する。


「…!!!??? 気を付けろ、コイツら――()()しやがる!」


 全身に灰の断片を浴びながら、前線の男がそう警告した。

 彼が助かる見込みはゼロで、…本人もその現実を悟っているのだろう。だからこそ、死の間際に残る仲間達へせめてもの情報を置いて逝こうと言葉を発したのだ。感謝と敬意の籠った大勢の視線が向けられる中、紺糸の一員である男性は灰素に呑まれた。数秒後、彼を覆っていた灰の霧が晴れた時――其処には肉体を支配された動く死体だけが存在していた。


「自爆って、妖術…!?」

「っ、妖石埋め込まれた奴らが居るみてェだ!」


 精神を乗っ取られている人は妖術を扱えない。

 これが私達の共通見解であり、唯一の希望でもあった。

 故に、『それだけは駄目だろう』と言わせて欲しい。


 ――彼らは、炸裂弾(さくれつだん)の様な自爆特攻を仕掛けて来る。


 つい先程大量の灰素を食らい敗北した男性、そしてその後のモズクさんの発言を顧みるに。灰死病患者の中には一定数、体内に妖石を有している者が居る。彼ら特殊個体は他の一般個体に紛れて私達へと接近すると、一世一代の凄まじい妖術を行使するのだ。元より、灰死病の副作用で保有する妖力量を底上げされている者達だ。妖力も妖石をも使い捨てて発動する最期の妖術が、馬鹿げた威力の一撃と成ることは当然の帰結と云えるだろう。


 だが私達が恐れているのはその技により飛び散る破片だ。

 灰に侵された彼らの肉体は小間切れとして周囲に放たれ…

 標的とされた人間に付着し、屍の世界へと誘ってしまう。

 その場合の末路は、目の前に広がる惨状を見ての通りだ。


「がハッ…あ"ぁ"ッ!!!」

「………クソっ、しくじったな…。」


 最初の捨て身特攻を皮切りに、自爆が連鎖し始める。

 妖術の属性は『火』から『水』、『風』まで多種多様。

 だが、無差別に灰素が撒き散らされるという非道で悪辣で残酷な結果は同じだ。


「……あぁ……。」


 徐々に、救えない命が増えて行く。

 断ち斬ることの出来ぬ悪い流れが迫って来る。

 口には出さずとも、皆が頭の奥底で勘付き始めていた。



 ――この戦いはもう、敗色濃厚であると。




 ---




 ◆ 十一年前、某日。


「……お前はまた、面倒事を拾って来やがって…。」

「この子が勝手に付いて来ただけ、俺、悪くない!」

「今回はどんな場所から、どんな手口での誘拐だ?」

「違う、違う、俺、してない、無罪!」


 心底軽蔑した様な視線で幼馴染の彼を見つめるウェブス。

 冷や汗をダラダラ流しながらも無罪を主張するアオタ。

 目の前の事にまるで興味が無いように天を仰ぐアッシュ。

 身体を屈めて新たな仲間の髪をわしゃわしゃするララン。


「フヅキ、八歳です。戦闘でも雑用でも何でもやります。」


 真面目な顔付きで淡々と自己紹介を行う、フヅキ。

 大通りの片隅で五人の少年少女達は顔を見合わせていた。

 …格好から見ても、明らかにフヅキだけが浮いているが。


 紫雲に所属するアオタ達四人が共に活動を始めてから、約二年。体も心も成長した彼らは、もう立派な中堅游蕩士と名乗れる程の実力を身に付けていた。その日暮らしを嘆いていたあの頃とは違い、貯金を始めてからは金銭的余裕も充分。今日も今日とて化物討伐依頼に勤しむことにしようか、…フヅキという名の幼い少女が突如として現れたのはそんな折だった。


「えー、あー、ん-。お母さんお父さんは?」

「許可はもらってきているので、大丈夫です。」

「けど、お兄さん達の仕事はすごい危ない物で…、」

「それなら、死亡は自己責任という誓約書をかきます。」

「なぁこの子本当に八歳!? 受け答えが大人過ぎるわ!」


 フヅキに視線を合わせ諭す様に話し掛けるウェブスだが、

 彼女の芯が通り過ぎている返事にはドン引きしていた。

 確かに、子供の皮を被った大人という表現がピッタリだ。

 何が何でも仲間には入れてもらうぞ――そんな固い意思がヒシヒシと伝わる。


「フヅキちゃんは游蕩士になりたいの?」

「はい、その為にこの方へ声をかけました。」

「志望理由は?」

「社会経験を積みたくて。」

「うわー、可愛い子じゃんか。」

「「 どこがだよ! 」」


 ラランの発言に、アオタとウェブスが食って掛かる。

 まぁ、容姿は兎にも角にも中身が可愛くないのは同意だ。

『社会経験』と口にする八歳児はあまり視たくない。


「別に放っテ置けバ良いダロ。」


 と、此処に来てこれまで無関心を貫いていた男が言う。

 最近になり急激に言葉が上手くなった、アッシュである。


「放って置く、と云いますと?」

「後を付イテ来るナラ勝手ニさせとけばイイ。」

「お前そっち側かよ、てっきり僕の味方かと思ったわ。」


 恨めしそうなウェブスの視線がアッシュを突き刺す。

 人の感情の機微には鈍い彼に、その真意は伝わらないが。

 そして、便乗する様にしてラランが自身の意見を述べる。


「ハイっ、うちも受け入れる側に一票。」


 これで二票。ゆっくりとウェブスの顔が青褪めて行く。

 彼らパーティーが揉めた時の方針は、基本多数決である。

 更に今までの経験上、アオタは面白そうと感じた方向に舵を切る傾向がある。


「――よし、とりあえずリーダーの所行くか!」


 つまり、既にフヅキの加入は決まった様な物だった。




 ---




 ……残り、三人。加えて眷属が一匹。

 今も灰に侵されずに無事なのは、これだけだった。

 逆に云えばフィルド迷宮攻略隊の五十七人は死んだのだ。

 ダストアグ調査隊の犠牲者も合わせるのならば、小規模なギルドが出来る人数。


 大勢の仲間が、灰塵に呑まれ、肉体を乗っ取られている。

 私達をも廃人へ引き摺り込もうと、ゆっくり迫って来る。

 分かっている、彼らの心臓はもう止まっているのだ。

 彼らは正気では無く、私は戦わなければならないのだ。

 彼らを殺めなければ、命を落とすのは私の方なのだ。


 分かっている、分かっている。よく、分かっている。


「……っ、無理だよ………!!」


 けど、出来る訳が無いじゃないか。


 この男性は、私のことを何度も励ましてくれた。

 この女性は、私にも親し気に話し掛けてくれた。

 この青年は、私が攻撃を受けそうな時に庇ってくれた。

 この少女は、私の隣に並んで長い旅路を歩いてくれた。


 一週間、或いはもっと前から、関係を育んで来たのだ。

 打ち解けて来て、もっともっと仲良くなる筈だったのだ。

 一つとして、こんな所で失われて良い命は無かったのだ。


「、殺せるわけ、ないじゃんかっ…!」


 ねぇ、神様。いつになったら、この戦いは終わるの?




 ---




 ◆ 十年前、某日。


 それは突然のことだった。

 久しぶりに街へアオタの妹が遊びに来ると言うから、

 どうせならば皆で迎えに行こうという話になったのだ。

 そして彼らが目撃したのは、落下する屋根瓦の真下に倒れ込む少女の姿だった。


「っ、リエル…!??!!!!」


 いち早く事態に気付き、血相を変えて走り出すアオタ。

 咄嗟に掴んだ妖石を介し、灰素を創造するアッシュ。

 行動の素早い彼らを追う様にして他の面々も飛び出した。


 だが、彼らの心配は幸運にも杞憂に終わる。


「――――んっ、」


 『光』を纏った幼い少年が、破片を蹴り飛ばしたのだ。

 空中で軌道を逸らされた石の塊は少女の真隣に落下する。

 安堵した様に後列の三人は走る速度を緩め、アッシュは静かに妖術を解除した。


「リエルぅうー!! 怪我はないかああぁぁ!!」


 アオタだけは、己が妹の元へと全力で駆け続けていたが。

 そんな青年に気付き黄髪の少年はそっとその場を離れた。

 自分はもう必要無いな…と、心の中で悟ったのだろう。


「無事か? 頭打ってないか? あ、膝擦り剥いてるな、」


 鞄の中から応急手当て用の道具を次々と取り出すアオタ。

 だが、彼から治療を受ける側である水髪の少女の視線は、

 自身を救ってくれた少年が去って行った方向へと注がれ続けていた。


「何者だ? あの子、リエルと同じくらいの歳だよな。」

「さあねー、バリバリ妖術使ってたように見えたけど。」

「あの輝きは『光』ですよね、中々珍しい属性ですが…。」


 ウェブス、ララン、フヅキの順で、感嘆の声を洩らす。

 彼らの注目を受けていた黄髪の少年は、路地裏へ入った。

 奇妙な子供だが、わざわざ追い掛ける程でも無いだろう。


 …そんなことよりも、アッシュの気を引く人物が居た。


「ガハハッ、もう一軒ぐらい行っとくかぁ!」

「リーダー飲み過ぎですって! まだ昼っすよ!?」


 体格の良い大男だった。未だ成長期に立っているとは云え、それでも随分と身長が伸びたアッシュですら、その顔を拝む為には見上げねばならない程に。男性にしてはかなり長い黄金色の髪を振り回し、類似色の分厚い髭は好き勝手に生えていた。けれどそれらが似合ってない訳では無い。むしろその逆、彼の彫りが深い顔には合致した雰囲気を作り上げている。隣の優男に苦言を呈されながらも、酔っている様子のその男は豪快な仕草で大通りの中心を突き進んで行く。


「……獅子カ?」

「人間だわ。けど、アッシュは見るの初めてか。

 あの人は雄黄のリーダー、ヒューガさんだよ。

 基本遠征してるから僕も見掛けることは滅多に無い。」

「ソウカ、あの男ガ…。」


 ウェブスは簡易的な他己紹介を行った。

 目を細めるアッシュは、じっくりと対象を観察する。


「どう見てモ強いナ。」

「そりゃねー、"最強"って言われるくらいだし。」


 ラランが補足で説明を入れた時、丁度アオタが彼らの元へと帰って来た。彼の両腕には未だ放心状態のリエルが抱えられている。たった数分前に死に掛けたばかりだ、幼い彼女にとっては暫く残る心の傷になっても可笑しくは無い出来事だろう。何にせよ、身体的には大きな怪我とならなかったことが幸いだ。


「てか、独りでこの街まで来たんだね。」

「この時期は親父もお袋も忙しいだろうしな。

 それに、リエルは賢いから。一人でも大丈夫!」

「トラブルはあったけど…さっきのは不慮の事故か。」


 白藍色の美しい髪を撫でながらラランが独りごちる。


「とりあえず昼メシにしようぜ! 皆何食べたい?」

「肉系。」

「野菜系。」

「何デモ良い。」

「皆さんに合わせます。」

「お前らいっつもそんなんだよなぁ…。リエルは?」


 声を掛けられ、少女の意識はようやく帰って来た様だ。

 数瞬の思考、しかしすぐに答えは出て、表情を輝かせて…


「えっとね、オムライス!」


 未来は決まったと云わんばかりに、アオタの顔が綻ぶ。

 今日の食事処は、ララン行きつけのレストランの様だ。


「……先行っててクレ、後で合流スル。」

「ん、何か用事でもあるのですか?」

「アァ、ただの野暮用ダ。」


 アッシュだけが、仲間の輪からそっと離れた――。



 ◇



 洒落た木の扉を叩いて中に入ると、化物達に囲まれた。

 既に慣れっこなアッシュは構って欲し気な彼ら愛玩動物を軽く相手取りながら、家主に許可を取ることも無くカウンターの奥へと入り込み、更にその奥に隠された地下室への階段を下りて行く。辿り着いたのは、現代風な雰囲気を醸し出していた階上の喫茶店とは正反対な、四方を石の壁に囲まれた冷たい閉鎖空間であった。教会風の狭い講堂であり、正面に打ち付けられているのは逆十字の飾り物。賑やかなリソルディアの地下にまさか此の様に怪し気な一室が設けられているとは、例え現街長のダイダロであろうとも与り知らない事実だろう。


「おや、ようこそアッシュ君。」

「相変わラず悪趣味な研究所ダナ。」

「趣が有って良いでしょう?」

「感性ノ違イってヤツか。」


 アッシュの元へ、柔らかな笑みを浮かべる男が近寄る。

 人類で唯一、眷属放し飼いカフェを営む奇抜な経営者――ジェゴクだ。エプロンは外しているものの、着ている衣服は仕事用の清潔な制服である。また、その腕には束となった大量の文献が抱えられており、アッシュの言った通り此処がジェゴクの個人研究所であることを事実として示していた。二人が初めて会ったのは三年前、丁度上階に在る喫茶店での巡り会いであった。見知らぬ人物からの突然の接触を受けたアッシュは最初こそ酷く警戒していたものの、やがてジェゴクという男が自身にとってかなり有益な存在であるということを理解し、今では二週間に一回の頻度で此処を訪れる程の関係性となっていた。


 アッシュを椅子に座らせ、ジェゴクも対面に腰掛ける。

 研究所よりも、診療所の方が言葉として合っていそうだ。


「身体の調子はどうですか?」

「悪くナイ、灰モ腕の一部だけダ。」

「素晴らしいです、完治の兆しも見えてきましたね。」


 そう励ましながら、ジェゴクはピンセットを取り出した。

 袖を捲ったアッシュの腕へ、丁寧に処置を施して始める。

 一切れ一切れゆっくりと、灰素を取り除いているのだ。

 順調に、無色透明なシャーレの上へ灰が積もって行く…。


「灰素に侵される病…。やはり不可思議な物だ。」

「そういう体質なんダ、オレも苦労していル。」

「えぇ、しかし私もアッシュ君には感謝しているのです。

 お陰様で『封』の研究も目覚ましい進歩を遂げました。」


 そう話しながら、ジェゴクは一本の注射器を打ち込んだ。

 アッシュとジェゴクの関係性を繋ぐ物は或る特異体質だった。それは、アッシュが生まれつき与えられ、彼を支える柱とも彼を苦しめる枷とも成っている病気。個々の生物には必ず保有可能な妖力量が定められている。もしも限界値を超える妖力を体内に溜め込んだ場合、身体には段階的な悪影響が生じ始めるのだ。アッシュを苛むその病気は、『妖力を強制的に溜め込ませる』という作用を有する物であった。本来受け入れられる以上の妖力を宿し、器が壊れる病。結果として、時間が経つにつれてアッシュの肉体には亀裂や破損が現れてしまうのだ。


 それを防ぐ為の保全作業を申し出たのがジェゴクである。


 学校のA組を卒業しているこの男は、喫茶店を経営する傍らで自身の研究に対する努力も惜しまなかった。また眷属収集の旅を乗り越えた恩恵か、その観察眼も一級品へと成長している。現に三年前のあの日、アッシュのことを一目見ただけで彼の抱える問題を看破して見せたのだ。私が貴方の身体を治して見せましょう、なので私の研究にも協力して頂けませんか――ジェゴクが持ち掛けた契約はこの様な物だった。双方に利益のある妥当な内容であると云えるだろう。


「…はい、これでお終いです。また二週間後に。」

「アァ、分かっタ。」


 無愛想に返事をするアッシュは階段を登って行く。

 そんな背中を眺めながら、ジェゴクは小さく呟いた。


「――模倣者(アンノウン)。」


 瞬間、一匹の幻妖が纏っていた偽装妖術を解除した。

 ジェゴクは隣のそいつに受け皿上の灰素を手渡して…。


 …また一つ、絶望に向けての準備が進んだ様だ。




 ---




 キュペの首元へ、灰に染まった五指が迫って行く。

 その光景を遠くから眺めながらも、私は動けなかった。

 私を囲う十人程の灰死病患者達がそれを許さなかった。

 ほんの数メートル先で大切な眷属が殺されようとしているのに、救えない。


「……きゅぺ…っ…!」


 私は、無力だ。私はただの小娘でしか無い。

 オミナスの言った通り、他人に寄生するだけの女だ。

 自分では何も成し得ない、才能の欠片も無い人間だ。

 …そうだ。結局は、大した信念も無く游蕩士という道に逃げ込んだだけなのだ。



「――《稲妻(いなづま)》ッ!!!!!!」



 降り落ちたその雷光は、眩暈がする程に輝いて見えた。

 大量に寄り集まっていた罹患者達が一瞬で蹴散らされる。

 その隙に、術者の男はキュペを窮地から救出して見せた。


『 Kyuii…? 』

「っ、モズクさん…! ありがとう!!」


 潤んだ瞳で目の前の奇跡に対して感謝を述べる。

 昔までのモズクさんは、いつも自信無さ気だった印象が有る。ミドルさんを筆頭に色々な人からからかわれて、本人もそれを否定しながらも何処か受け入れていた様に見えたのだ。実際、戦闘力的な面で云えば私よりも一段階上程度で、とても第一線に立つ様な游蕩士では無かった。それがどうだ。この戦いでは他の仲間達に勝るとも劣らない活躍を見せ、生存者がたったの三人になった今でも諦めずに掛け続けている。私と少し似ている? 同じ後方支援系游蕩士としてシンパシーを感じる? …ふざけるな、ふざけるな。烏滸がましい、身の程知らずも甚だしい。惨めだ、忸怩たる思いだ。彼は自分の弱さを知って、それでも自分で前に進んだ人間だ。階段を駆け上がる周りの天才達に囲まれながらも、一歩一歩確実に地面を踏み締めて高みに辿り着いた游蕩士だ。勉強も両親も将来も投げ捨てて、独りで家を逃げ出した私とは大違いの存在だ。私が偉そうに語って良い男では無いのだ。


 あぁ、この涙は、キュペが無事だったことによる安堵か。

 それとも、何も出来ずに停滞している自らへの慙愧(ざんき)か。


 ―――違う。


 違う、違う。負けるな、折れるな、呑まれるな。

 決めたんだ、ヒシさんの隣に見合う様な人間に成るって。

 なら、泣いている場合では無い。頭を回せ、体を動かせ。


 私は右袖で乱暴に涙を拭き取った。


「モズクさん! キュペをお願いっ!!!」

「……あぁ、此処を…フヅキを、頼む!!」


 先程の『雷』で注目を買ったのか、多くの灰死病人達はモズクさんの方へと気を向けていた。それを理解した上で、更に煽り付ける様に。もう一発派手な雷鳴を轟かせたモズクさんが、キュペを抱えたまま戦闘の輪を外れて廃墟の陰へと走り去って行く。或る意味での間引き、極力私達への負担を削減させた上で彼は戦線を離脱したのだ。結果として残った罹患者は元の三割程であるが――そんな彼らも突如として吹き荒れた『風』により遥か遠くへと追い遣られた。


「リエル、遠慮は要りません。…全力の支援を。」

「うん、――――んっ!!」


 私の傍らへ着地したフヅキさんへ『癒』の加護を与える。

 筋力増強、妖力孔の開放、妖術強化、切れ味増加…。

 正直どれほどの副作用が後に降り掛かるかは分からない。

 けれど、やらないという選択肢だけは存在しなかった。


 …アッシュさんは、静かに私達を見下ろしている。




 ---




 ◆ 九年間、春。


「皆さんは知っていますか? とある流行り病について。」


 夕暮れ時、思い出したかの様にフヅキが口にした。

 依頼を終え、妖石の換金も終え、飯屋でも行くかと。

 大通りを五人で団子となって歩いている最中の話である。


「知らねえ。」

「初メテ聞いタ。」

「僕も聞いて無いな。」

「男性陣はそういうの疎そうだねー。」


 物知り顔でラランが笑う。


「何でも、身体の一部から灰みたいに崩れるらしいよ?」

「うへぇぇ。人間が、ってことだろ? グロいな。

 アッシュが化物に対して使う妖術みたいなもんか?」

「…オレは人間ニ対してそんな力使わナイぞ。」

「分かってるって、それは俺らも信用してる!」


 アオタの例えを馬鹿真面目に弾き返すアッシュ。

 軽口や冗談があまり伝わらないのも変わらずである。


「まぁ怖い病気だから、皆も気を付ける様にね。」

「それ、僕たちが気を付けてどうにかなる代物なのか?」

「それはうちに訊かないでよ、……あっ、ごめんなさい、」


 ふと、ラランの肩が対面から来ていた通行人とぶつかる。

 フードを被った相手の若者は、謝罪も無く歩いて行った。

 そのことを怪訝に思いながらも、ラランは尾を引かせる様な発言をしなかった。


 その様子をじっくりと窺っていたフヅキは思い返す。

 フードの中から視えた灰色の髪、三白眼、顔の骨格。

 相手の若者が何故かアッシュそっくりだったな…、と。

 だが、本人が横を歩いているのだ。人違いなのは確実。


 幸か不幸か。ラランと同じく、彼女も静かな少女だった。




 ---




 ◆ 九年前、夏。


「今日はどうだった?」

「中々の成果かな、フヅキも大分戦える様になって来たし。

 パーティの中ではもう僕が一番弱いぐらいなんだよな。」

「ウェブスは下準備とかで充分に役立ってるでしょ。」

「はいはい、フォローどうも。」

「褒め言葉を素直に受け取れないもんかなぁ。」

「…良いから、早く元気になって戻って来いよ。」

「うちもそうしたいのは山々なんだけどねー。」


 狭い一室だった。まるで隔離されているかの様な。

 壁際に寄り掛かって佇むのはアオタ、アッシュ、フヅキ。

 寝台の側に屈み込んで少女の左手を握るのは、ウェブス。


「この腕じゃなぁ…。」


 崩壊して散って逝った自らの右腕を眺めるのは、ララン。


 壊死病と名付けられたその流行病に感染してしまったラランは、既に游蕩士として働くことが出来る様な身体では無くなってしまっていた。右腕の喪失ということを考えると、今まで通りの日常生活を送ることすら困難かも知れない。加えて、彼女の症状は未だ悪化を続けているのだ。最初は右肩から始まった灰素の侵食は、やがて右腕を繋ぎ留めていた骨と肉を破壊し、今となっては彼女の胸部にまで伝搬を推し進めている。痛みは全くと言って良いほど無いらしいが、故にこそ着々と自身の身体を蝕む灰塵への恐怖は計り知れない。一切の自覚をする事無く、昨日は上腕骨を、今日は小胸筋を、明日は心臓を灰に替えられているのかも知れないのだ。


「…俺達は出るか。」


 ぼそりと、アオタが両脇の仲間へと指示を出す。

 現状、壊死病の感染経路は不明だ。飛沫かも、接触かも、空気かも分からない。ウェブスは普段からラランとの距離が近く、今回も身の回りの世話などを自分から申し出た為、彼女の真隣で手を握り話をすることを許されていたが、その特別枠から外れるアオタ達は患者と或る程度の距離を取ることを義務付けられていた。学校を卒業後、一年程両親の助手役として病院に勤めていたアオタは、無用な感染リスクを負うべきでは無いと冷静な判断能力を有していた。


 …或いは、その場に居た堪れなくなったか…。

 身体の端からボロボロと朽ちて行くかつての仲間を、

 それ以上見つめている事が辛くなった可能性も在る。

 本人は、絶対にその様なことを口に出さないだろうが。


「「「 …………。」」」


 閑散とした大通りを歩く三人は、終始無言であった。

 こんな状況で何を話せば良いのか、分からないのだろう。


「………ッ…!!??」


 だが突然、跳ねる様してアオタが後ろを振り返る。

 警戒心は最高潮、今にも剣を引き抜いて振り払いそうだ。


「どうかされましたか…?」

「いや、何か、誰かに触られた様な気がして…。」

「お前モ疲レてるんだロ、今日ハ解散でも良イぞ。」


 通りには、見渡す限りでも四人程度の人影しか無い。

 当然、アオタの真後ろに誰かが居る筈も無かった。

 アッシュとフヅキは心配そうに彼の顔を覗き込んでいる。


「…そうさせてもらう、ごめん。」


 大丈夫、疲れているだけだ。ただの幻覚だ。

 そう自分に言い聞かせながら、アオタは歩き始める。


 ――右太腿と左手首に、気色の悪い感覚を残しながら。




 ---




 ◆ 九年前、秋。


「…ラランが今日死んダ。ウェブスが看取っタらしイ。」


「紫雲はリーダーとサブリーダーも罹っテ、崩壊寸前ダ。」


「フヅキは両親ト弟を失っタ、最近ハ顔を見てなイ。」


「アオタ、お前ハ……後、ドレぐらい持つんダ?」


 小さな病室の中で、アッシュがアオタに訊いた。

 …右脚を失い、左腕をも失ったアオタに問い掛けた。


「どうだろうなぁ、中枢神経がやられたら終わりだけど。」

「笑イ事ジャ無いだロ…。」

「笑ってねえとやってられないって感じだわ!」

「アオタは、灰ノ切除手術しないのカ。」


 壊死病治療の為ユルドースからリソルディアへ派遣された医者達や学者達は、この数カ月間で様々な対処法を模索していた。自然由来の漢方薬による体力増強を推奨する者や、歴史書をイチから読み漁り過去の感染症特攻薬を模した新薬を開発した者。アオタの母親であるケシミなどは妖術の効力に目を付け、寝る間も惜しんで研究を続けることに拠って、遂には当時の人類で唯一『癒』を操れる人物とまで呼ばれるに至った。だが、所詮は医者。保有する妖力量の問題で、灰素の進行を多少食い止める程度の効果しか発揮しなかった。そんな先の視えぬ研究に勤しむ間にも、犠牲者の数は加速度的に増え続け…。


 結局最も効果的とされたのは、灰素の物理的除去だ。

 最初期から提案されていた原始的な治療法ではあるが、

 故に抱える問題も大きい。…主に、後遺症に関する点で。


「二箇所、それも体の内部に相当食い込んでる。」

「切除をシタ後ノ方が危険、そういう話カ。」


 勿論、罹患直後に灰素を切り捨てることによって生き延びた患者達は沢山居る。後に壊死病を患い片足を失ったウェブスなどは良い例だろう。だが当時、切除をした後に他の部位から再び灰素が生まれてこないという保証はされていなかった。ならば、灰素が生じる度にその組織を斬り落とすのか? 両脚も両腕も捨てて、皮膚も削いで。不格好な達磨の様に成っても生に執着し続けるのか? …そんな自身が辿るかも知れない悲惨な未来を想像した上で、それでも尚手術に踏み切れる人間がどれぐらい居るだろうか。大半は、多少の尻込みをする事だろう。そして数日躊躇えば最後、灰は患者の肉体の根幹部分へと入り込む。そうして、アオタの様にただ死を待つばかりの罹患者が生まれるのだ。


 すっかり弱り切って、それでも輝く笑顔を見せる。

 己を拾ってくれた親友の姿を視て、彼は何を思ったか。

 アッシュは厳かに、ゆっくりと。自身の口を開いた。


「…ナァ、アオタ。俺、本当ハ、」


「――お兄ちゃん! 開けてもだいじょうぶ?」


 …だが、その言葉はノックされた扉音により遮られる。

 アオタが了承の返事をすると、少女が部屋に入って来た。


「…あ、アッシュさん。ごめんね、じゃましちゃった?」

「イヤ、オレの方が邪魔だロ。…またナ、アオタ。」

「うん、またいつでも来てな! 待ってるわ!」


 快活に笑うアオタを視ながら、アッシュは部屋を出る。

 そして誰も居ない廊下の端で、自身の長い袖を捲った。

 現れた、枝の様に細い、肉付きの悪い腕を見る。


 ――血の気の無い、灰素が付着した腕を見る。




 ---




 ◆ 九年前、冬。


 喫茶店の地下、教会の中には大勢の人が佇んでいた。

 目の前で執り行われる儀式を、うっとりと眺めていた。

 中にはタドクの両親の姿が在り、壁際には面白がる様な模倣者(アンノウン)の姿も有る。


「…オレが従えバ、コレ以上の被害ハ出ないんダナ?」

「えぇアッシュ君、その通りです。さぁ、これを。」


 祭服を着たジェゴクは、アッシュに数個の妖石を手渡す。

 それを受け取ったアッシュは己の腕を直線に切り裂き…

 まるで体内へ詰め込むかの様に、妖石達を取り込んだ。


「………………。」


 大人っぽさが有った三白眼から、光彩が失われて行く。

 彼の中に、ジェゴクの眷属達の意思が入り込んだのだ。

 その様子を見届けた信者達から、落ち着いた拍手と歓声が飛ばされる。


「――五月蝿いですよ。」


 だが、ジェゴクのお気には召さなかった様だ。

 一瞬にして講堂内が灰塵によって埋め尽くされる。

 為したのはジェゴクに精神を支配されたアッシュだ。

 次に灰の霧が退いた時、…其処に正常な肉体と意思を持つ人間は居なかった。


「それでは参りましょうか、アッシュ()。」


 祭服を翻し、ジェゴクが世界征服への旅へ出る。

 彼に付き従うのは、一匹の幻妖と、大勢の信者達と…



 神へと至ることを強制された、独りの青年だけだった。




 ---




 生物は、戦えば戦う程に強くなる。

 身体の扱いに慣れ、筋肉も成長し、有する戦術も増え。

 何よりも、敵から奪い取った妖力の恩恵が在るからだ。

 つまり、満八歳で游蕩士になり戦い続けているフヅキさんは、凄い強さの人だ。


 それなりに経験を積んでいる游蕩士は、或る地点で妖具の有用性に気付くことが多い。少ない妖力で最大限の効果を発揮してくれる使い捨て型の妖具は正に起死回生の一手であり、時には戦闘自体の勝敗を左右することになるからだ。だが前以て用意した妖具の数に限りが在るのは当然であり、特に遠征ともなれば途中段階で使い切ってしまうことも屡々(しばしば)だ。だからこそ、私達游蕩士は妖石を現地調達する癖を付けている。時には設置型の罠として、時には遠距離用の飛び道具として。更に、戦場に化物が居る限り無くならないというオマケ付き。任意のタイミングで妖術を発動する為の小道具として、無加工の妖石は非常に使い勝手が良いのだ。


「………。」


 例に洩れず、フヅキさんも流動的な戦いが得意だった。

 私が施した移動速度上昇の妖術を存分に活かしながら、彼女は縦横無尽に戦場を駆け回っている。後を追い掛けるのは、灰素が寄り集まって形成された奇怪な塊だ。一歩躓けば、一瞬足を緩めれば…フヅキさんの身体は灰に飲み込まれてしまう。そんな極限状態の中でも彼女は至って冷静に、地面に散らばっている妖石を回収していた。それらは数分前に狩り尽くされた、灰死病により操られていた化物達が遺した物だ。


「ふっ、」


 『風』を溜め込んだ妖石が次々と投擲される。

 放物線を描きながら背後の灰塊へ飲み込まれたそれらは、

 数秒と経たない内に暴風を創り、灰塵群を吹き飛ばした。

 …だが、相手はただの集合体だ。散らしたとてすぐに再度の結集をしてしまう。


 けれどもフヅキさんは淡々とその作業を行う。

 一見無意味なその行為に、何かの意義を見出した様に。


「……っ…ん…!」


 心が折れ掛けていたのは私の方である。

 『癒』を極めた精霊であるキュペですら、フヅキさんの支援を行う為に半端では無い集中力を有していたのだ。四ヶ月前に突然その属性を使えるようになっただけの凡人が、何の苦労も無く遂行出来る仕事では無かった。フヅキさんの頬に幾つかの亀裂が入っているのが視える。あれは、流れ込む妖力が彼女の器を超えたという証明であり警告だ。つまり、妖力孔の調整が上手く行っていないぞと、彼女の肉体が術者である私を咎めて来ているのだ。


 …けれど、私が怖気付けば彼女はそちらを叱るだろう。

 遠慮は要らないと云われたのだ。ならば、それが礼儀。

 私の妖術が、彼女の命運を、勝負の行方を、握っている。

 温存はするな、度胸を見せろ。この戦いに、勝つ為に。


 フヅキさんを、アッシュさんを、救う為に。


「貴方が昔言っていたこと、私は覚えてますよ。」


 ぽつり、ぽつりと。フヅキさんが言葉を放ち始める。

 彼女にしては珍しく、様々な感情を含ませた声色だった。

 だがその根底に在るのは、仲間に対する信頼と尊敬だ。


「灰の操作は、精神を擦り減らすんでしたよね。」


 何度も、何度も。フヅキさんの『風』が爆発する。

 その度に吹き散らされた灰素群は集合を繰り返した。

 …空中を駆け回るそれらの速度は、明らかに落ちている。


「…長時間の行使は、酷く疲れるんでしたよね。」


 疲労の色を濃く表すアッシュさんを視ながらそう言う。

 フヅキさんは、最後の妖石を拾い上げて投げ飛ばした。

 四方八方へ舞い散る灰素、再び集合する雰囲気は無い。

 それを確認したフヅキさんは、灰を浴びるのも厭わずに地面を思い切り蹴った。


 たったの一秒でアッシュさんへ肉薄した彼女は、



「―――《紙散(しさん)》」



 精確に、彼の腕だけを深く切り裂いた。

 既に灰の侵食を受けているからか、血は出ない。

 だが、幾つかの妖石達を()()することは出来た様だ。


 跳躍した際の勢いが失われたのか、彼女は落下を始める。

 美しい受け身で無事に着地し、私の隣にまで戻って来た。

 肩で息をしているが、その顔には確かな自信が有った。

 これで彼女の目的は達成だ。諸悪の根源は、一つ残らず絶つことが出来た。


『…………。』


 瓦礫の上に立つアッシュさんは、硬直している。

 だが、その瞳からは鈍い曇りが晴れた様に視えた。

 彼の意識に根を下ろしていた物が消えた様に感じられた。


 トンっと、飛び降りた灰髪の青年が地面に着地する。


 荒れ果てた周囲の光景を物珍しそうに見渡しながら。


 正面の私達へ向けて懐かしむ様な眼差しを飛ばしながら。


 ゆっくりと近付いて来た彼は私達の目の前で立ち止まり、


 倒れ込むフヅキさんと、膝を付く私とを何度か見比べ、




 ―――フヅキさんを、大量の灰素で押し潰した。




 声が出ない。思考が纏まらない。泣くことも出来ない。


 ただただ、今行われた行為に茫然とするだけだった。


 だって、彼の支配はもう解けてて、正気に戻った筈で…、


 何で、何で、フヅキさんを殺す必要があったの…?


「……ぁ、…ぁぁ……、」


『……………………。』


 過去の仲間に背を向けた灰神(アッシュ)は、街の外へと歩み出した。




 ---




 ダストアグ大将戦。幻妖 アッシュ vs 褐礫 フヅキ。



 ――勝者、アッシュ。死者多数、…災厄は解放された。




 ---




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