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彷徨う街は大勢の人で溢れる。何故自分が歩いているか、レイナ自身にも分からない。疲れ果てていても、レイナの容姿は男達を集める強力な磁石となる。


「彼女、一人? どこ行くの?」


「タワー……」


 相手も見ないで呟くレイナ。


「そんなら連れて行ってやるよ」


 二人の男はその茶髪と、金や銀のアクセサリーを振り乱す。


「いい……」


「そんな連れないな、歩くと遠いぜ。車で送ってやるよ」


 一人がレイナの肩に手を掛ける、振り払おうとしてもレイナの腕は宙を舞う。


「こんなにフラフラなんて、昼間っから薬かい?」


 ニヤリと笑う顔に、レイナは吐き気を催した。


「いいから乗れよ」


 車が横に止まると強引に中に引き込まれる、周囲の人々は目を合わせない様に遠くを見つめていた。横の木ではアーニャが一部始終を見ていた。


「あいつら、レイナを誰だか知ってんのかしら? 真理子が心配してたから連絡しなきゃ」


 アーニャは直ぐに真理子に連絡した。


_________________



 数人の男達が、薄暗いクラブの照明の中でニヤニヤ笑っていた。


「超が三段重ねで付く上物だな、三重さんも喜ぶぜ」


「なあ、味見しないか?」


 ソファーに座らされたレイナの透けるTシャツに、ピアスだらけの男が舌舐めずりする。


「まあ、待て直ぐに来るみたいだぜ。写メ送ったからな」


長髪の男がカウンターで、ウイスキーを飲み干した。


「お前、点数稼ぎか?」


「まぁな、これだけの上物だ。褒美は期待しな」


 男達が笑い声を同調させた。


「タワー……」


 呟いたレイナが立ち上がる。


「座ってな」


 自分では美貌に自信のある化粧の濃い女が、レイナを突き飛ばし顔を近付ける。


「今時、スッピンか」


 化粧なんてしなくても、薄暗い照明の中でもレイナは光を放つ。女としてのプライドは太刀打ちできなくても、意地となる。


 平手打ちが乾いた音で暗闇に響き、ヨロヨロと倒れる。レイナの口元から一筋の血が滴る、初めての自分の血の味、レイナはあやふやな意識の中で綾太の面影だけを追っていた。


「綾太……」


 レイナは小さく呟く。


「ほう、男の名前か?」


 女はシャドウとマスカラに占領された目で、レイナを見据えた。その時、床に倒れるレイナの左肩に、捲れたTシャツの間から金色の髑髏が顔を出す。


「何よ、派手なタトゥーじゃない」


 左腕を捻り上げ、女はライトにタトゥーを翳した。


「まさか……」


 ピアスの男の顔色が変わる。


「琥珀色の髪、金の髑髏と銀の鎌……」


 ライトには伝説の紋章が照らし出される。


「琥珀の、ディーバ……」


 長髪の男も一瞬、背筋に冷たいモノが走る。


「そんな訳無いだろ。何? こんな安物の時計、男から貰ったの?」


 女は腕時計を無理やり外し、またレイナを突き飛ばした。


「レイナちゃん!」


 女の背後から聞き覚えのある声、レイナは確かに温もりを感じた。店の入口には真理子が泣きそうな顔で立っていた。


「これはまた上物だ、少しオバサンだがな」


 長髪の男がカウンターから近付く。


「大丈夫、何もされてない?」


 そんなのは無視して真理子はレイナに近付く、女が真理子の前に立ち塞がる。ほんの少し首を傾げ、真理子は膝打ちで倒す。


「この女!」


 男達が一斉に立ち上がる。レイナの所に来た真理子は、優しく髪を撫ぜた後に振り向いた。


「王剣民、知ってるでしょ?」


「ほう、上海瑠民の王か?」


 また入口に新たな影が現れた。


「三重さん」


 三重と呼ばれた男は長躯に金髪、サングラスの奥の目は野獣だった。真理子もその目には圧倒されレイナを抱き締める、真理子の震えがレイナに伝わる。


「どうして、震えてるの?」


 消えそうなレイナの声が、やっとで真理子の耳に届く。


「レイナちゃん、やっと喋ってくれた」


 嬉しさが真理子を包み込み、涙を拭おうとはしなかった。


「泣いてる、の?」


「うん、嬉しいから」


「お前ら、上等だ。こんな上物」


 身も凍る笑みで、三重がレイナと真理子に近付く。真理子がレイナを庇い覆い被さるが、三重は真理子を引き離し床に叩き付ける。頭を強打した真理子の涙が、スローモーションでレイナの瞳に写った。


 全身に走る稲妻、腹の底からの怒り、真理子の笑顔と綾太の笑顔がレイナの脳裏で弾けた。


 レイナはゆっくりと立ち上がる、前に出たピアスの男の腕が肩を掴もうと迫るが簡単にかわすと肘打ちで拳を打つ。怯んだ男の腹に電光石火の回し蹴り、前の屈む男の後頭部に踵を思い切り落とす。


 顔から床に叩き付けられた男は、鼻が折れ血飛沫と断末魔の悲鳴を上げた。ゆっくりと顔を上げるレイナのブルーの瞳が、証明のミラーボールを反射した。


「その動きは素人じゃない、プロの動きだな」


 不敵に笑う三重、やっと立ち上がった真理子に肩を貸すレイナ。


「矢島、女を始末しな」


 三重は長髪の男に笑う、矢島は脅えながらも懐からナイフを出す。レイナはそっと真理子を下がらせると、前に出た。


 ナイフが顔面を襲う、寸前で避けると風圧がレイナの頬を横切る、瞬きもせず相手の伸びきった腕を取り、反対に捻るとナイフを奪い、そのまま壁に叩き付けて瞬間に腕を壁に押し当てナイフで壁に縫い付けた。


 悲鳴が店内に轟くと、蹴りでその悪音を沈黙させる。隅の男が銃を抜く、そのハンマーを起こす音にレイナは瞬時に移動、男を蹴り倒し銃を奪う。素早く残弾を確認し、マガジンを装填すると同時に三重に照準した。


「ダメよレイナ!」


 真理子の声にレイナは小さく頷いた。


「何がダメだぁ!撃て!」


 三重の叫びに全員がレイナに銃を向ける。真理子が瞬きする間に、構えた男達の腕から銃が宙を舞った。銃が床に落ちる音と銃声が輪唱となる、立ち尽くす三重は背筋を氷に包まれた。


「何なんだ……お前?……」


 三重が呟いた瞬間、後ろから強力な蹴りで前にふっ飛び、滑ってレイナの足元に転がった。


「何だ、もう終わりかよ?」


 そこには王が立っていた。


「真理子!」


 トイチが飛び込んで、真理子に抱き付く。


「大丈夫よトイチちゃん、レイナちゃんが助けてくれたの」


 真理子は頬から血を流しながらも、優しく微笑んだ。


「真理子を殴った奴は誰だぁ?!」


 王は雄叫びを上げ、鬼の様な表情で見渡す。


「あいつ……」


 女が三重を指さす、レイナの足元でやっと起きあがった三重に王が突進する。


「……本当なら殺してるぜ」


 胸ぐらを掴んだ王は、思い切りのパンチを見舞う。三重がのけ反ると、腹に蹴り、今度は裏拳で顔面を砕く、飛び散る血と歯が周囲の者を凍らせる。


「そのくらにしないと死んじゃうよ」


 トイチが王の背中に溜息交じりに言う。動かなくなる三重を殴り続ける王に、真理子の声が飛ぶ。


「王! もういい! やめなさい! そこの子、救急車。ほら、怪我してない人は、他の人を手当して」


 王に叫んだ後、周囲に真理子の指図が飛ぶ。王が殴るのを止めると、やっと周りが動きだした。


「レイナちゃん、銃を」


 差し出した真理子の手に、レイナは素直に銃を渡す。


「出来たね」


「うん……」


 真理子の笑顔にレイナは俯く、そしてゆっくりと顔を上げた。


「あの……お化粧……私も」


 聞き取れない程の声でレイナは呟く、真理子はレイナの服の埃を払いながら微笑んだ。


「そうね、Tシャツも着替えようか。王、車を回して」


「はいはい、行くぞトイチ」


 王はトイチに向き直ると先に車に戻る。


「確かに、そうかもね」


 呟いたトイチは、真理子や王の言う事が正しいのかもと思った。レイナの仕草や行動はマニュアルなんかじゃなくて、自然で温かみがあったから。


「返して」


 レイナはゆっくりと時計を取った女の傍に行った、怯える女は震える手で差し出す。


「よかったね。その時計、壊したりしてたらニューヨーク辺りまで吹き飛ばされていたよ」


「トイチちゃん、あんまり脅かさないの」


 座り込む女の傍でトイチがニヤニヤしながら言い、真理子が苦笑いで制す。女は喋る猫を目前にして、瞳孔が開き言葉を失った。


__________________



 ベイサイド、普通の人々が普通に行き交う。恋人達、家族連れ、仕事中の人、綾太はこれが現実なんだと自分に言い聞かす。見上げた青い空にはベイサイドタワー、公園には人々が初夏の日差しを楽しんでいた。


 周囲を見渡し自然と白いTシャツを探す。どうして来たのかは自分でも正確には答えられない、ただ気持の奥底に輝くブルーの瞳があった。大きく溜息を付き、体内の空気を入れ替えるとベンチに腰を降ろした。


 昼近くなると、平日にも関わらず人は四方から湧きだす。


「結構多いな……」


 呟くとあちこちに白いTシャツが目に飛び込む、その度に綾太の胸はキュンと痛んだ。遠く視界がぼやけ、近付くにつれ輪郭を現すと心臓の鼓動は溜息で収まった。


 時間だけが過ぎ、多くの白いTシャツを見たがどれも違うTシャツだった。綾太は探す事を諦め、人々に背を向け海に視線を流し、立ち上がると歩き出した。


 多くの人ごみの中、レイナは直ぐに綾太を見付けた。締め付けられる胸、ドキドキは奥底から止めどなく溢れる。着替えたのは真理子が選んだワンピースで、その純白は容姿とのコラボで男女問わず振り向かずにいられない雰囲気を醸し出し、憂いのある表情に人々の目線は釘付けになった。


 そして真理子がした薄化粧はその破壊力を数十倍に跳ね上げ、すれ違う人々はレイナに舞い降りた女神を見る。


 当のレイナは今すぐにでも駆け出したい衝動と、動けない身体のギャップがレイナの足をその場で固定する。サンダルは地面に縫い付けられたかの様に、歩くという自然で簡単な行動を阻害した。


 俯き加減の顔は更に下を向き、視界は黒いアスファルトに覆われた。行き交う視線が体中に刺さり続ける、その意味なんてレイナには理解出来なかった。


 ふとレイナの耳に心地よい音が届く、公園のベンチで二人の少女がギターを弾き歌っていた。曲はスローなバラードで、その歌詞は揺れるレイナの胸にそっと触れた。自然と足が少女達へと向く、人垣を掻きわけて前へと進む。


 幼さの残る歌声に、レイナはそっと耳を傾けると胸の奥に微かな痛みを感じた。

 

 アンコールでレイナはその歌を一緒に歌う、周囲は驚きの表情を向ける。少女達は、何時の間にか伴奏に回る。


 輝く声が歌を昇華させる、人々はその歌声と容姿に視覚と聴覚の両方から猛烈な刺激を受ける、だれもが自分の意思とは関係無く強力に引き寄せられる。


 高鳴る鼓動、全身の鳥肌に体を震わせ引き寄せられた人々は目に涙を浮かべた。歌い終わった後の静寂、一瞬の後に拍手の渦となる。その高揚感はレイナを全方位から包み込み、余韻は快感に近くなり、綾太の笑顔がぼんやりと浮かんだ。


 ふと違う感覚の視線、その先には小さな女の子がレイナを見ていた。ツインテールの髪をを赤いリボンで結び、ピンクのミニスカートと同じくピンクのサンダル、手にはウサギの縫いぐるみを抱いていた。


 レイナが見詰めると、女の子も真っ直ぐに見つめ返す。暫くの見つめ合いの中、女の子は小さく首を捻るとレイナに近付く。


「お姉ちゃんのお歌、さみしそう」


「……」


 何も答えられないレイナは、また俯いた。


「どうして下を向くの?」


 少女の瞳には何の躊躇いも無い、初めて接する子供にレイナの胸の奥で何かが芽生える。


「私は、レイナ……」


「あたちはっ愛莉っ!」


 途切れる小さな声のレイナに、愛莉と名乗る女の子はお日様みたいな笑顔で返事した。


「愛莉……ちゃん」


 自然と笑顔になるレイナ、綾太に逢った時に感じた胸の鼓動に似ていた。


「愛莉っ! 何してるの?」


 遠くから母親の声。


「はあ~い」


 大きな返事で愛莉は母親の元に走って行った。その小さな背中を見送ると、レイナの胸の閊ええがゆっくりと消えた。


__________________



 今なら綾太の元に行ける。そう思った瞬間、レイナのもう一つのココロに電撃が走る。瞳の色が変わった……レイナから、琥珀のディーバに。


 身体が覚えている臭い、それはタワーのから海に続く歩道から感じた。視覚迷彩で武装した018の揺らぐ影が確かに見える。


 視覚迷彩は一種の超音波を発する事で、対象を視野に入れると角膜と水晶体の屈折力を変え見えにくくするという装置である。勿論、指向性ではあるが、短時間なら広範囲に指向出来る。


 一瞬で的確な判断、作戦立案に精通した頭脳は綾太を守る為の最善策を打ち出す。レイナは瞬時に周囲を視認し、近くに止まっていたバイクの男に近付く。


「貸して」


 その透き通る声と、輝く瞳に魅入られた様に男はバイクを降りた。細く長い脚が華麗にシートを跨ぐ、ワンピースの裾が風に舞う、男は金縛りみたいに動けない。レイナは髪を掻き上げると、ウイリーでバイクを猛進させた。


 そのスピードは尋常じゃない、まさに風を追い越していた。交差点では二輪ドリフト、立ち上がりでも前輪は宙を舞った。


「何なんだ?」


 車に寄りかかっていた王が驚きの声を上げ、レイナはブレーキの爆音と猛烈なタイヤスモークで停止した。


「どうしたの?」


 直ぐに真理子も車から出て来た。


「ケースは?」


 助手席で丸くなっていたトイチに、レイナが鋭い視線が向ける。


「どの装備で行く?」


 顔を上げたトイチも、レイナの表情に事態を察知する。王がトランクからケースを出すと、レイナは鍵の認証ももどかしく開く。


「戦車とでもやれそうだ」


 覗き込んだ王が呆気にとられた。中にはサブマシンガンからRPGまで、小型だが全てが揃っていた。レイナは迷う事なく大型自動拳銃とホルスターを掴み、サブマシンガンのスリングベルトを肩に掛けると踵を返す。


「レイナ! スーツを着ろ!」


 トイチの叫びも無視し、レイナは爆音を残し疾風の様に走り去った。


「何のスーツだ?」


「戦闘用の防護スーツだよ、どんなに優れた戦闘力でもレイナは生身だからね。普通なら、一番に……」


 王の問いに、トイチの声は微かに低くなる。


「慌てたって訳か」


 確かにレイナの仕草には焦りが見えた、王はその姿に不吉な予感に包まれる。


「完璧なはずなんだ、何もかもが。でも……」


 勿論、レイナの事を知るトイチの方が遥かに驚く。


「デカい銃だったな、象でも撃つのか?」


 慌てて話題を変える王、俯くトイチの態度に真理子の顔が凍り付いていたから。


「対装甲銃だよ、あれは戦車の複合装甲でも抜けるんだ」


 王がレイナの背中を見送りながら呟くと、トイチが補足した。


「もう来たのか、奴ら?」


「そう、みたいだね……オイラ、動向を掴めなかった」


 背筋に悪寒の走る王、トイチは言葉を詰まらせ肩を落とした。


「大丈夫よね、レイナちゃん」


 泣きそうな顔の真理子が、自分に言い聞かせるみたいにトイチに問う。


「何時ものレイナなら誰も敵わないよ、でも今はハンデがある」


「まさか?……」


 沈むトイチの声に、真理子には最悪のシナリオが駆け巡った。


「そうさ、綾太だよ」


 トイチは今は何も出来ない自分を呪った。


「とにかく行くぞ」


 王の声に真理子も慌てて車に乗る。


「ダメだよ。これ以上ハンデを作ったら」


 トイチの静かな声に王はハンドルを叩き、真理子は祈った……どうか無事にと。

 


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