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それぞれの戦い

 埠頭は記憶を蘇らせる。初めてレイナと逢った場所、歌っていた場所にレイナの幻が見えた。透き通る声、美しい髪、全てが目を閉じなくても見える。倉庫の前に積まれたパレットに腰掛け、綾太は海を見ていた。


 消えそうに小さな声や、自信なさそうな仕草に思い出し笑いした。でも次の瞬間には殺戮のディーバがレイナの存在を否定する。


「俺は……」


 どうしていいか分からず、綾太の視線は海を漂う。


「こんなとこに居て、自分から捕まるつもりなの?」


 アーニャの声が少しだけ現実に引き戻す。アーニャは綾太の肩に止まり、顔を覗き込んだ。


「分からないんだ」


 綾太はアーニャを見ないで呟く。


「アタシだって変な感じよ、組織を裏切るつもりなんて無かった。満足はしてなかったけど、不満も無かったから」


「なら、どうして?」


「そうね……真理子がいたからかな。あんなに優しい人、初めてだった。初めて会ったのに真理子はアタシを心配してくれたし、暖かく迎えてくれたから。それにね、今まで疑問も答えも必要のない世界に居た時は気付かなかったけど、あなた達と出会ってアタシ分かった気がする」


 確かに真理子の包容力は分かっていた、誰にでも優しい真理子の事が綾太だって大好きだったから。


「そうだね、真理ネェは昔からそうだったから……でも、何が分かったんだ」


 綾太を不思議な温かさが包む。


「多分、温もり。そして、繋がり、かな?」


 言葉を紡ぐようにアーニャは小さな声で言う。


「温もり、繋がり、か……」


 言われて気付く、当たり前の事。


「だって、それはとても気持ちいいもん」


 アーニャの小さな目は、また三日月になっている。


「何で、俺なんだろうね?」


 大きな溜息は気分を癒したが、直ぐに傍にある現実が綾太の気分を直ぐに重く引きずる。


「人間って不思議ね、好かれてるのに悩むなんて」


 首を傾げたアーニャがまん丸い目で見つめる、好かれているって言葉が胸に突き刺ささった。受け入れないのは自分がちっぽけだから、自信が無いから――思考はまた負の方へ落ちて行く。


「全く……」


 そのネガティブな態度に、アーニャは大きな溜息を付いた。


「ごめん」


 綾太は素直に謝る、自らの不甲斐無さを認めて。


「アタシに謝らないでよ、それよりひとまず逃げよう。あいつ等が近くまで来てるから、倉庫の横から裏通りに行くよ」


 アーニャは飛び立つと、綾太の顔の前でホバリングする。


「えっ?」


 驚いた顔の綾太は、やっと自分の置かれている立場を思い出す。


「人事みたいな顔して、早く行くよ」


 一度綾太の頭にとまり、アーニャは先に行く。ゆっくりと立ち上がった綾太も、お尻の埃を払いながら後に続いた。


_________________ 



 アクセルを開ける右腕に力が入る、フルスロットルでもまだ足りないと感じる。頭の中では綾太の笑顔だけがストップモーションで映し出され、他の事はその映像の遥か彼方に飛ばす。


 レイナは超速度を維持し埠頭へと向かう、すれ違う時の風圧で木々も大きくなびき、行き交う人々は残された爆音に残像を見るだけだった。


 先制攻撃、レイナの研ぎ澄まされた戦闘思考は状況を選択する。


「あそこ……」


 埠頭の入口、倉庫の屋根に視覚迷彩で姿をぼやかす018を視認した。すぐさま019の索敵を開始するが、視認範囲には姿を見付けられなかった。その代わり、タワーの付近に001が上空を飛行するのを確認する。


 見付けられるのは時間の問題、ハンドルから離した左手は対装甲銃を掴んで初弾を装填するとアクセル全開のまま倉庫に向かう。狙いを付け一連射、倉庫の屋根に着弾と同時に018は大きくジャンプする。


 視覚迷彩でぼやける姿にも、レイナはアクセルを放すと肩に掛けていたサブマシンガンを連射した。数多い直撃に018の視覚迷彩は機能を停止し、地面に着地した時には煙と火花を散らしていた。


 反撃する018はアサルトライフルの連射し、レイナのバイクを直撃する。間一髪で飛び降りたレイナは、空中でもサブマシンガンを放つ。爆発炎上するバイクの轟音が埠頭に響く、レイナは素早い動きで銃弾を避けられる場所に移動した。


____________________



「何だ今の爆発?」


 足を止めた綾太が後方を振り返ると、倉庫の屋根越しに黒煙が見えた。


「立ち止まらないで」


 引き返して来たアーニャが、顔の前で大きく羽ばたいた。


「レイナじゃないのか?」


「そうみたいだけど……それより早く逃げないと」


 真剣な顔の綾太に袖を引っ張るアーニャ、立ち止まったまま動かない綾太は遠く煙を見つめていた。体の奥から湧いて来る得体の知れない何か、胃の辺りが沸騰する様に熱い、頭の中が猛烈な勢いで逆回転し痛みを伴う。


 思考の隅ではレイナのぎこちない笑顔、目を閉じると浮かんでは霞む。


「俺さ……」


 言葉は繋がらなくて、すぐ先の地面に落ちた。


「言わなきゃ分かんないよ」


 肩にとまったアーニャは、小さな丸い瞳で見つめた。


「確かにな。でも自分でも分からない」


 伏せた目が綾太の混乱する気持ちを表す。


「背中を押して欲しいの?」


「……」 


 アーニャの言葉は図星かもしれない。でも綾太は前に踏み出せなくて、言葉は失われる。


「見たくないんでしょ? レイナの戦うとこ」


 プイと横を向くアーニャ。


「そうかもしれない」


 確かにその気持ちは存在する。


「誰の為なのかなぁ~」


 アーニャの言葉にハッとする。レイナは自分の為に戦っているんだと、改めて思うと胸が押し潰されそうになる。それでも走りだせないのは、綾太自身にも分からない。


「俺には、重すぎる」


 口から出たのは本音だった。アーニャはその暗い声に、首を傾げる。


「考え方次第だと思うけどな、重さなんて。だって素直に受け止めたら、きっと何も感じないと思うよ、嬉しさ以外はね」


 それが出来たら苦労しないと綾太はココロで呟く、三日月みたいな目でアーニャは笑う。


「アタシなんか真理子が一緒に居ていいって言った時、全部吹っ切れた。嬉しいって初めて実感出来たよ」


 言葉の余韻の向こうには、はにかむ様に俯くレイナの姿が霞んで見えた。


__________________



「ホバータンクが来た」


 突然凍り付く様なトイチの声。


「何だそれ?」


 王の目は険しくなり、真理子は言葉を失った。


「第六世代の戦車だよ。戦車は高価な兵器だけど歩兵の安価なRPGで簡単に撃破されるから、そこで発想の転換、防御を装甲から機動性に変えたんだ。空気とジェット噴射での超高機動で、戦車砲どころかRPGや対戦車ヘリでも補足出来ないんだ。装甲は軽量化の為に大した事ないけど、当たらないんだから支障は無いし」


 俯いた顔を上げないままで、トイチは呟く。


「人間相手に戦車を出すのか?」


 王の額に汗が流れ落ち、声が若干震えた。


「組織の認識だよ、相手がレイナだからね」


 小さな声のトイチに、王の中で理不尽が湧き出す。


「でも、そんなのが街中をやって来れるのか?」


「移動なんて簡単だよ。軽自動車ぐらいの大きさだからトラックで簡単に、しかも大量に運搬できるんだ」


「そんなのがレイナちゃん達に迫ってるの?」


 小さな声で王の質問に答えたトイチに、真理子の言葉が凍る。その様子に王はレイナのケースを探り、トイチに問う……今度の声は重くはっきりと。


「対戦車ライフルはどれだ?」


「それは有効だけど、相手が多すぎるよ。確かに装甲の貧弱さは最大の弱点だけど、それを機動性と数で補う戦法なんだ」


 トイチは王の顔を悲しい目で見た。


「それがどうした?」


 王は見返す、強い瞳で。


「どうしたって……一両や二両やっつけたってどうしようも無いんだよ。王だって生身なんだ、戦車砲弾は傍を掠めただけで肉を切り裂くんだよ」


「だから、それがどうした……今やらなければ後で必ず後悔する、だから行く、それだけだ」


 対戦車ライフルを握る王の目は、優しくトイチに語った。


「私も行く。レイナちゃんや綾太の事、心配だから」


 真理子もまた優しい瞳をトイチに向けた。


「オイラ……」


 俯くトイチは、二人の行動の意味が理解出来なかった。自らの戦闘力を考慮せず、作戦や戦略も無く、不利を承知で参戦するなんてどんなに考えてもトイチは理解出来なかった。


「トイチちゃん、理屈じゃないの。私達はただ大切なモノを守りたいだけ」


「大切な……モノ?」


 真理子の穏やかな言葉に、俯いていた顔を上げるトイチ。


「そう、だって家族だもん」


 言葉がトイチを突き抜ける。家族の意味が木霊し、綾太の笑顔が蘇る(俺達、親友になれるよ……)言葉が何度も頭の中でリフレインした。


「俺達は行く、お前は自分の思う様にすればいい……なんか似てるなお前達、綾太もお前も頑固で融通が利かないとこなんてな」


 穏やかな王の言葉、真理子も優しい笑顔で見守る。


「待って……」


 トイチが小さな声で呟く、王と真理子が同時に振り向く。


「どうした?」


「オイラ、綾太に似てるって本当?」


 俯いたまま、小さな声のトイチ。


「似てるわよ、悪いとこばかりじゃないわ。優しいとことか、思いやりのあるとことかね」


 真理子の笑顔にトイチは胸の奥に電気が走ると、急に駆け出す。


「待てよ!」


 慌てて後を追う王と真理子は、トイチに付いて近くのビルに入った。トイチはロビーのコンセントの前で、壁を背中にして王達を見上げた。


「何してんだよ?」


「無線だと奴らに傍受される恐れがあるんだ、有線でアーニャに連絡するよ」


 言うが早いか、トイチはコンセントに尻尾を突っ込む。感電したみたいに体から火花を散らし、全身の毛を逆立たせた。


「大丈夫、か?」


 王が口をポカんと開ける。


 数秒でコンセントから尻尾を抜き、煙を立ててトイチは倒れながらやっと声を出す。


「連絡が、取れたよ、車に、戻ろう」


「体に悪そうね」


 真理子が抱き上げると、まだ少し帯電してて思わずキャっと投げ出す。


「……投げないでよぉ」


「ごめんなさい!」


 地面に潰れたトイチが煙を上げ、真理子が慌てて駆け寄った。車に戻るとブルブルの後で、トイチが顔を上げた。


「ライフルに照準器がいるよ、ケースの底にある」


 王がトイチの言葉に従い、ケースを探ると大きな照準眼鏡があった。


「こいつか?」


「うん、コンピューター制御で命中力が格段に違うんだ。レイナの徹甲弾の携帯数は予備のマガジンも含めて二十一発、ホバータンクは二十輌。このままじゃ018達とは戦闘出来ないんだ。だから王が少しでも……」


「俺が戦車を削ればレイナを援護出来るんだな?」


 トイチの言葉を途中で遮り、王がニヤリと笑う。


「同じ狙撃場所で撃てるのは二発まで、直ぐに最低十メートルは移動しないと……」


 少し俯くトイチは語尾を濁す。


「移動しないと?」


 深刻な顔の真理子。


「お返しが百発ぐらい来るんだよ」


 真理子に向かい笑う王、トイチは耳を垂らす。


「人事みたいに言わないでよ。アーニャに支援を頼んだから、王はオイラの指示通りにしてよ、真理子は後方だからね」


「指示って、お前……来るのか?」


 またニヤリと王が笑う。


「当たり前だろ」


「行きましょトイチちゃん、頼りにしてる」


 トイチを抱き上げた真理子が頬ずりする、トイチは耳の端まで赤くなった。


________________



「トイチから支援の要請が来た、アタシは行くよ。綾太はこのまま地下鉄で退避して」


 急に空中で止まったアーニャは、振り返ると早口で言う。


「何かあったのか?」


 嫌な予感が綾太を襲う。


「新型のホバータンクが団体で来たの、レイナだって危ないのよ」


 綾太の予感は的中する、胃の辺りが激しく痛む。


「トイチも来るのか?」


「うん、王や真理子も来るよ。それじゃあ、アタシも行くね」


 アーニャはそう言い残し、低空を矢のように飛び去った。残された綾太は頭の中が真っ白だった、考え様にも思考は停滞し冷や汗だけが背中を伝う。反射的に携帯を出すと電源を入れる、画面にはメール着信の表示。開いて見ると、それは真理子からだった。


『私達もレイナちゃんと一緒に戦う。綾太には強制はしない、自分で決めなさい。理由なんて後から考えてもいいでしょ、何もしないと何も変わらないよ、とにかく何でもいいから動かないとね』


「真理ネェ……」


 呟いた言葉が胸に突き刺さる。真理子がトイチが王がアーニャが、そしてレイナが血に染まる光景がすぐ前の空間に浮かぶ。綾太は震える体を押さえられなくて、その場にしゃがみ込んだ。


_______________



 アーニャを直ぐに強力な気配が襲う、予知はしていたので第一撃はかわす事が出来た。小さな体を捻り、高度を稼ぐと下方に001が高速で降下して行く。


 相手は言うなら重戦闘機であり、高速で急降下性に優れ、強力な火力は鋭い爪や口ばし、軽戦闘機のアーニャが勝るのは旋回性だけだった。


「低空しかない」


 高度を取れば三次元の警戒がいるが、低高度なら警戒レベルも下げられる。地面スレスレにアーニャは飛んだ。


「チョコまかと」


 001もアーニャの機動に戸惑っていた。高度を取り急降下は地面に激突のリスクを伴う、地面スレスレでは大きな翼に揚力が保てなくて動きが制限される。しかしアーニャは逃げる事は出来ても、攻撃なんて出来るはずもなかった。


(トイチ! レイナは018と交戦中! 動きが変よ! 銃を使わない)

 

 自らも戦闘中だが、アーニャはトイチに交信する。


(ホバータンクは?!)


(まだっ! よっ!)


 アーニャの途切れる言葉に、トイチは察知した。


(無理するな! もうすぐ着くからっ!)


(なるべく、早くねっ!)


 Gに耐える様な苦しそうなアーニャの声に、トイチは王の顔を見た。


「急いで!」


「任せとけ!」


 王はアクセルを踏み付けた、後部座席の真理子は祈る様に両手を組み目を閉じた。


______________



「ここで止まって!」


 トイチの大声に王は急ブレーキを掛ける。


「真理子は車で待機! 王っ! 行くよ! 袋も持って来て!」


 トイチは助手席の窓から飛び出しながら叫ぶ、王も対戦車ライフルと言われた袋を掴むと飛び出した。ゆっくりと運転席に付いた真理子は、走って行く二人の背中を見つめ続けた。


________________ 



 レイナの戦闘に、018は不審な感覚に包まれる。接近戦でパンチや蹴りを繰り出すレイナは、確かに互角の戦いをしている。


(何かあるのか、なぜ距離を取り銃を使わない?)


 心の中で呟く018。ホルスターでは対装甲銃が光を反射しているが、レイナは触れようともしない。サブマシンガンも弾切れでもないはずなのに、撃つ事もなく同じく肩から下げたスリングベルトの先で宙を舞うだけだった。


 レイナと闘うの初めてだが、その戦闘力を理解していた018は叫んだ。


「なぜ本気で戦わない?!」


 少し睨んだレイナは何も答えない。


(もうすぐホバータンクが到着する、様子を見るんだ)


 019からの通信に018は返信する。


(経験した事のない感覚だ)


(お前らしくないな)


 言葉とは裏腹に019の中にも違和感はあった。


(そうかもしれない……それに)


 心の中を支配する感覚、それはとても不可解で気持ちが悪い。レイナの繰り出す素手の攻撃を受け流しながら、018は顔を歪めた。


(まだあるのか?)


(017の目だ、奴のこんな目を見た事はない)


(目だと?)


(ああ、とても優しい目だ)


(バカな、見間違えだ。それより作戦かもしれない、注意しろ)

 

 019の中の違和感は少しづつ大きくなった。


___________________



「この場所がいい。王、アーニャを追ってる001を狙撃して」


 埠頭の入口、倉庫の陰でトイチは王を止めた。遥か岸壁では、交戦中のレイナも霞んで見える。


「あんなのと殴り合ってるか? それに何だあの大男、鎧みたいなモノ着てるぞ」


 大男と闘うレイナに、王の胸は激しく殴打される。しかも018の装着した銀色の装甲スーツは、顔が出てなければロボットみたいにも見えた。


「それより早く!」


 トイチは王のズボンを引っ張る。伏せた王はライフルのタクティカルバイポッドを勢いよく開き銃を固定すると、照準器のスイッチを入れた。


「赤の丸と青の四角が重なって、緑になったらロックオンだよ」


 トイチの説明通り、サイトの中では二つのレチクルが踊っていた。


「あの鷹、速すぎるぞ!」


 追い付かない照準に、王の手は汗だくになる。


「オイラが動きを止める! 一瞬だからね」


 言うが早いかトイチが飛び出す。


「無茶するぜ」

 

 呟いた王はサイトを覗いたまま呟いた。トイチは一直線に001に向かう、しかし索敵能力の卓越した001は既にトイチの接近を察知していた。


(101か? どうするつもりだ?)


 心で呟いた001は、一直線に突進してくるトイチに違和感を覚える。アーニャも全速力で走って来るトイチに気付く、その目の輝きにも。


 アーニャは急旋回でトイチの方向に飛ぶ、001がやや大回りで追尾する。すれ違う寸前、トイチとアーニャの目が合う。


「トイチ!!」


 アーニャの声が風圧に流された瞬間、トイチが飛んだ。001は目前にトイチを視認すると咄嗟に羽根を広げエアブレーキで減速する、同時に攻撃の為に鋭い爪を向ける。


 トイチも爪を出すと一撃を狙う。001には勝算があったが、トイチとすれ違ったアーニャが捻り込みで方向転換し、トイチの背後に見えた。同時に二つの目標を相手にするのは不利だと一瞬で判断、体制を立て直す為に急上昇した。


 飛行状態で一番速度が落ちるのはその一瞬だった、トイチは王に叫ぶ。


「今だっ!!」


 王の見るサイトの中で、レクチルが緑に点灯した。衝撃が王の肩に食い込む、片方の翼を撃ち抜かれた001が墜落する。


「後は任せたよ、ホバータンクの動きを見張って!」


 トイチは王の元に走りながらアーニャに叫ぶ。


「任せといて!」


 アーニャは急上昇しながら、索敵位置に向かった。


___________________ 



 重い足取り、胸騒ぎは吐き気さえ催す。逃げ出したんだと言う自分と、その行為を正当化する自分が視線を落としたアスファルトの上で交差する。


「綾太さん、でしたっけ?」


 突然の声に振り向くと、包帯だらけの二人の男がいた。見覚えのある顔は趙と白で、二人共に立っているのがやっとの様子だった。


「大丈夫なんですか?」


「まあ、なんとか」


 白が引き吊った笑いを浮かべた。


「王が危ないんです、一緒に来てもらえますかね?」


 見据えた様な目で、趙が言う。


「どうしてもですか?」


「腕ずくでも」

 

 懐に手を入れ、趙が押し殺す声で言う。


「すみません、王を助ける為なら俺達は……」


 聞き覚えのある白のセリフ、このまま強引に連れて行かれたならと綾太は思う。苦しかった胸が少し楽になる、優柔不断な意気地無しだなと自分を蔑む。


「御託はいい、さっさと行くよ」


 気付けば霧子が腕組みで見ていた。


「霧子先生……」


 唖然とする綾太。


「先に言っておく。腕がもげようが脚が千切れようが生かしてやる。でもね、私は自分の患者が命を粗末にするのを許さない。だから助けた命は、最後まで目を離さない」


 白や趙を見据えたまま、霧子は強い口調で言う。


「俺達は大丈夫ですよ」


「心配症なんだから、先生」


「お黙り!」


 霧子の一括に、白も趙の背筋を伸ばす。


「出来る事をしない奴もね、あたしは許さないよ」


 今度は綾太を睨んだ。


「俺は……」


 俯く綾太。


「いい加減にしな、原因はアンタなんだ。私は真理子や王みたく優しく無いよ」


 強い口調の霧子の言葉が綾太の胸に突き刺さる、言われて初めて気付く。

 

 そもそもの始まりは、自分にあるのだと。


「分かった……行くよ」


 綾太はゆっくりと顔を上げた。


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