20.ヒーローは遅れて登場するものです
「さっき無駄だって言っただろ!」
少年は心底呆れたように言葉をつづける。
「この塔は物理的な破壊も魔術的な破壊も受け付けないんだよ――俺のための特別製だから」
間近に迫った声の主の姿を見て、私は、あんぐりと口を開けた。
アルさんとはタイプが違うけど、これまた絶世の美少年。いや美少女。どっちだ、この子。
丸く大きな瞳の色は、宝石のような深紫。パツッと肩口で切りそろえられた髪の色は白銀――しかもサラサラとした髪の一本一本が、淡く紫がかった輝きをまとっている。
たぶん私より歳下――幻術姿のアルさんよりは歳上に見えるけど。15歳くらいかな。
眩しいほどキラッキラの……美少女……いや美少年……? 神秘的な子供が羽織る焼けこげた外套の襟元や袖口からは、いかにも高級ですって雰囲気の装飾まみれの布地がのぞいていた。
うわ絶対いいところの子じゃん! しかも袖の膨らみが聖国っぽいんだよなあの服……なんか焼けこげてるけど。
「貧乏くさい目でジロジロ見るのやめろ」
「んなぁ!?」
キラキラ美少年が毒を吐いた。
「そのローブ、学園の学生だろう。だったらこのくらい見慣れて……ああ、剣術専攻か」
「召喚専攻だよ! あんな脳筋どもと一緒にするな!」
剣の方がまだ使えるという悲しい事実は棚に上げて全力で否定する。
「召喚術?」
美少年は、初めて私にわずかな期待を向けた。
道端のゴミから利用価値のあるゴミに格上げされたような声色だった。
「それは試してなかったな。なあ、契約済みの召喚獣とか――」
「そうだアルさん!」
私は『奥の手』の存在を思い出した。
「どうせ大したことないやつだろうけど、いいよ。外に繋がりさえすれば、この俺がどうとでも」
「召喚……どうすれば……」
「おい、馬鹿?」
普通の召喚はだめだ、なぜなら私はポンコツ術師だから。
うっかり、もう一人の契約対象であるユラを喚び出してしまったら、目も当てられない。
……だって、あいつ犯人だろ。確実に。いや『犯神』か。
とにかく全部ユラが悪いに決まってる。ユーリ兄さまに裏切られた可能性など私は認めない。
「聞いてる? 顔色ヤバいけど」
「どうにか……門を……」
確実にアルトゥールを引き当てるためには、『門』だ。『門』がいる。
彼のいる場所と、私のいる場所を繋ぐ『門』。
この塔とやらがどこにあるのかまったくわからないけど。
アルさんが今どうしてるかまったくわからないけど。
同室者の忠告に従わず、まんまと攫われておきながら、とにかく『門』さえ開けばアルトゥールが来てくれると私は信じて疑わなかった。
だって、あのひと、真面目だもん。
見捨てればいいのに、気にしなきゃいいのに、ひとりで全部抱え込もうとするくらい、馬鹿真面目だもん。
赤の他人を案じ、狂獣に堕ちた『雪豹』を追いかけて、躊躇いもなく不審な『門』をくぐる人なのだ。
ある意味、私よりも馬鹿である。ブリザード浴びせられるから絶対言わないけど。
思い浮かべるは、あの日の召喚――いや召門陣。
「扉……鍵……」
魔術はイメージ。
そこに錠前さえあれば、『クラヴィス』はぶち破れる。
ぐるりと部屋の中を見渡す。三百六十度、どこを見ても石壁オンリー。窓も、扉も、錠も、鍵穴も見当たらない。ないはずがない。隠されているのだ。
幻術。それを施したのが、ユラなのだとしたら。
――私が、触れれば?
穏やかな植物学者(であるという説明を私はまだ信じたい)ユリアヌス=ウンブラの身体は、魔力も体力も少ない。
ユラの虚言詠唱の中身も、ほとんどが消費の少ない身体強化魔術だった。
膨大な魔力を使った『鏡光のフォノン』の幻術が破れて、たかが自称神の幻術が破れないわけ、ないだろう。
「こ、れ、だぁぁぁぁぁああああ」
壁面を撫でまわし、冷たい鉄扉の感触を探り当てた瞬間、私の手元に隠された魔法錠の本体が現れ――。
「繋がれ!!!!!」
強く念じた途端、世界がガラリと塗り替わった。
まず目に入ったのは、天井近くまで積み重なった、無数の本と書きつけ。古びた魔道具の山。ぶちまけられたインク。
――なんだこれ、追い込まれた研究者の家?
上から何度も重ね書きしたのか、散らばっている紙はどれも真っ黒でぐちゃぐちゃ。まともに読み取れる文字列は全然ない。そんな異様な圧力を感じる不気味な紙たちに、床だけでなく、壁面までみっちりと埋めている。
趣味が悪いというか、空気の悪い部屋だった。
長年放置されていた埃まみれの書庫みたいな空気。聖狼召喚に使った地下牢の方がよっぽどマシだ。なのに人がいた痕跡があるんだよなあ。
申し訳程度に置かれた調度品は朽ちかけていて、さっきまでの無駄に豪奢な部屋の内装と全然違う。なにしてんのユラ。こんな大掛かりな幻術いらないだろうに……あ、もしかしてここ『門』の中か。
「ここ、は……」
後ろを振り向くと、そこには、ついさっきまで大口を叩いていたキラキラ美少年が、こころなしか疲れたような顔で立っていた。
なんか、ちょっと見ないうちに老けた? さっき私が無視しまくったせいか、もしかして。
「あー、遅くなってごめん」
美少年は、どこか呆然とした様子で呟く。
「……メルフィ?」
あれ、私、この子に名乗ったっけ?
「まいっか。なにしてんの行くよ!」
「え、あ……」
突然の展開に戸惑っているのか、やけに素直な美少年の手を引く。
なんだか予想外のことが起こってしまった気もするけど、いつものことだ。いい加減に慣れてきた。ユラに見つかる前に、とにかく『門』の外へ出なくては。
「ああ、……そういう、ことか」
「ちょっと、なに立ち止まって――」
美少年は、満面の笑みを浮かべて言った。
「まだ行けない」
私の手を振り払って、美少年は後ろに下がりながら『門』を指し示した。
その中に映る景色は見慣れた古の城郭――ポルタ=スコラだ。よかった、ちゃんと繋がってたんだ!
「あとでね、メルフィ。俺、やらなきゃいけないことがあるから」
あ、こら、ワガママ言うな。
反論しようとしたとき、私の背筋にぞぞっと悪寒が走る。私の生理的嫌悪感がユラの接近警報を奏でていた。時間がない。奴が来る。
「あーもう、後悔しても知らないからな!」
やむをえず、私は美少年を『門』の中に置いていくことにした。
また聖域だか神域だかヤバいとこに繋がってそうな気がするけど、まあ、アルさんが自力で抜けられたんだ、どうにかなるでしょ。ユラは私を追ってくるだろうし。
「しないよ。ここまで繋げてくれてありがとう」
妙に素直にお礼を言われてしまい、なんだか調子が狂うような気もしながら、私は『門』の出口へ向かって全力疾走した。
意外と、遠い……。狭い部屋から外の空間に駆け出したはずなのに、すぐそこに見えている学園までの距離がなかなか縮まらない。
数歩先に浮かぶ出口の他、周りの景色は真っ白に染まって、次第に何も見えなくなっていく。後ろが気になっても振り返れない。あの子はどこに行ったのだろう。
ユラの気配はどんどん近づいてくる。声も音もないのにわかる。このまま逃げたところで私一人ならすぐ捕まるだろうけど――。
そのとき、私は見つけた。
後ろ姿でもわかる。
もう一人の『神に愛された美少年』を。
「ッアルさん……!」
なぜか直感的にわかっていた。
ここが一体どこなのか、今どうなっているのか、わからないけれど、たぶん。
彼に見つけてもらわなければ、私は戻れない。
「アル……アルト……」
とにかく必死で叫んで――
「アールートゥーーーりゅ!!!!」
盛大に噛んだ。
舌に激痛が走った次の瞬間、ため息とともに向こう側から伸びてきた手が、私の手首を掴んだ。
力強く身体を引かれて、勢い余って転がりながら、ドサリと地面に倒れ込む。――地面。地面の感触がある。ということは、ここは!
ガバリ、と身を起こすと、天色の瞳。
「……偽名、という言葉の意味を知っているか? メルフィズ」
「ただいま! アルさん」
眉間に皺を寄せた同室者に向けて、へらりと笑う。
帰って来れた。帰って来てくれた。元通りの日常に。当たり前になりつつあった関係に。
「って、知らないわけがないだろ。『メルフィズ』も偽名みたいなもんなんだから。あ、もしかして、本名で呼んだの怒ってる? 大丈夫でしょ、トムみたいにバレバレの通り名で通ってる学生なんていくらでも」
しかし次の瞬間、アルトゥールの奥に立つ人物を見つけて、私はピシリと固まった。
「ごきげんよう、メルフィズ。これは、どういうことなのでしょうね」
メガネの奥で吊り上がった目尻。撫でつけるようにまとめ上げられた前髪のないブルネットヘアは、白と黒のスカーフ状の被り物にきっちりと収められている。
修道服の腰元には、聖書と教鞭。身体の前で上品に両手を組み、背筋を凛と伸ばした立ち姿はまさに、悪しきを裁く厳格なシスター。
人呼んで『浄光』の――。
「かる、ろった……さま……」
頭が真っ白で何も考えられない。カルロッタさまにバレた。なにが? 私の偽名が? 性別が? そんなことはどうでもいい。フォノンさまとジェラールさまが認めた、公然の秘密みたいなものだ。
問題は私じゃなくて――。
「貴方に尋ねてもよいのですよ。アルトゥール=ゼノア――神聖なる学舎に、またもや穢れた民が足を踏み入れようとは」
そうなるか、なるよな。そりゃそうなるよな私の馬鹿ァァァアア!
カルロッタさまは、聖レガリア皇国出身。
血の祝祭を主導した聖教のシスターである。
すなわちフォノンさまが多重幻術を施した最大の理由。
絶対に見つかってはいけない、アルトゥールの天敵だった。




