なんでも屋稼業その2 岩風呂にて
士郎は夜遅くなって、ある旅館の前にたどり着いた。
チェックインの時間はとっくに過ぎているが、何とか頼み込もうとしていた。
玄関は開いている。
ガラガラと引き戸を開けてから大きな声で「ごめんくださーい」と叫んでみた。
すると、奥から「はーい」という声がし、若い娘が小走りでやってきた。
士郎はその娘の姿を見て、これなら泊めてくれそうだと直感した。
士郎の前まで来ると、丁寧にお辞儀をし、「いらっしゃいませ」と透き通るような声で言う。
士郎の体はイカツクできている。何とか警戒心を持たれないように、ソフトな雰囲気を出そうと懸命に努力する。
「あのう、泊めてもらえませんか?」と言い、ぎこちなく笑う。
「予約されていたお客様ですか?」
「いやあ、それが・・・・・」と頭を掻く。
「ああそうですか、じゃあ、お母さん、あっいや、女将さんに聞いてくるわね」と、はにかみながら言う。
その娘の後ろ姿を見ながら、『こりゃあ大丈夫だ』と、確信した。
暫くすると、さっきの娘と女将さんが一緒にやってきた。
「ようこそいらっしゃいました。お部屋は空いておりますから、どうぞお泊りください」と、年の頃40代後半と見られる、落ち着いて上品な感じの女将が言った。
「いやあ、助かります」
「先に、お食事にしますか、それともお風呂にされますか?」
「そうだな、じゃあまずお風呂だ」
「承知いたしました。じゃあ理香ちゃん、案内してあげて」
士郎は、こんなにスムーズに行くとは思っていなかった。
この旅館には岩風呂がある。士郎は理香という娘に部屋を案内された後、すぐにその岩風呂へ向かった。
ナノマシーンは肌身離さず持っていなければならないので、例のナップサックに入れた物を肩に掛けたまま風呂に入る。このナップサックは防水仕様である。
夜も遅いので誰も岩風呂にいないと思ったのだが、一人だけ30代前後と思われる男が湯につかっていた。湯に入るとき目が合ったので、会釈する。
湯はちょうど良い湯加減である。じんわりとした暖かさが体中に染み渡っていく。目をつぶっていると、今日あった事が走馬灯のようによみがえる。
すると突然「おい、君!」という言葉が聞こえて我に帰った。
湯気の中から、ぬっと現れた顔は先ほどから一人で湯に入っていた男だ。
「何か用でも!」
「そうじゃあない。君は湯に入る時でも、そんなものを背負って入るのか?」男は親しげに話してきた。
「おっ、これか。これは大丈夫だ。防水になっているからね」
「そんな事を聞いているんじゃあない。そんなものを背負っていたら、ゆっくり出来ないだろう」
「ああそういう事か、こりゃあ大事なものだからこうしている。仕事だから仕方が無い」
「ほう、それが君の仕事か?」
「そういう事」士郎もちょっと面倒くさくなって目をつぶった。
男もそれっきり話さなくなった。
だが士郎は思った。『この男、何処かで見たような気がするなあ。テレビで見たのかなあ? 俳優? 芸人? はて誰だろう? まあいいか、例のベンツの男じゃあなさそうだしな』
士郎は風呂から出た後、腹いっぱい夕食を食べてから横になった。
ナノマシーンは枕元に置いてある。
やはり疲れていたのだろう。数分もすると直ぐに眠りに入り、軽くいびきを立てた。




