士郎、大学ヘ
一方、士郎は逞しく成長していた。
リンと野山を駆け回り、小五郎からは忍術の手ほどきを受けていた。
武道も、剣道、柔道、空手、更には古武道まで修得する。
小五郎も、士郎の見事な成長ぶりに喜んだ。
ある時、こんな事があった。
影丸と飛影が、庭に五つの的を置き、クナイを飛ばして、その命中率を競っていた。
今まで2人は何度も対戦していて、影丸の8勝7敗で、ほぼ拮抗していた。
ところが、この日は影丸のクナイが微妙にずれる。
「はっはっは、影丸、今日は随分と調子が悪いようだな。耄碌でもしたか?」
「チッ、もう一度やろう!」
「へへ、今日は何度やっても俺の勝ちだぜ」
「つべこべ言わずに準備をしろ!」、そこにいるのはいつもの冷静な影丸では無かった。
「はいはい、仰せの通りに!」
準備は整った。
影丸は、乱れた気持ちを落ち着かせる為に深呼吸した。
そして素早く右腕を振り、二本のクナイが2つの的に向かって飛んで行く。
今度こそ、的の中心を射抜くかに思えた。だが、結果は微妙にずれている。
「影丸よ、やはりだめだな!」、飛影が勝ち誇ったように言う。
影丸は、飛影の言葉には反応しないで何か考えている。
どうやら、クナイの飛び方に不自然さを感じたようだ。
暫くの無言の後に、「ふん、なるほどな!」とだけ言った。
影丸はニヤリとし、「ふふ、そうは思い通りにはいかんぞ!」と、言い放った途端、クナイを飛ばす。
しかもそれは、あらぬ方向へ飛んで行く。
その方向には一本の大木が多くの葉を欝らせて立っている。クナイはその中へ消えて行った。
飛影が訳も分からずに見ていると、その中から何かが飛び降りた。
人である。カーキ色の軍服姿の男だ。
スラットしていて、身長は180を楽々超えているだろう。
その男が、二人を見ながら大声を発した。
「先輩、危ないじゃあないですか。おちおち木の上で昼寝もできゃあしないよ!」、と言いながら、ニコニコして歩いて来る。
凛として、溌剌とした声だ。
手には影丸の放ったクナイを握っている。彼は、それをヒョイっと的へ向かって投げた。ただし、目は影丸の方を向いたままだ。
それは恐ろしいほどのスピードで的の中心を射抜いた。
影丸と飛影は、それを見て度肝を抜かれたが、それを表情には出さないで笑っていた。先輩としての面子もあるだろう。
「よう士郎じゃあないか。いつからそこにいるんだ?」と動揺を隠しながら影丸が言う。
「ああ、一時間ほど前からね。先輩達の勝負を木の上で見守っていたのさ」と、屈託の無い笑顔を見せる。
「ふん、ただ見守っていただけじゃあ無いだろう。相変わらず食えない奴だ」
「何の事かなあ?」
「こいつ、何をとぼけているんだ!」
「やだなあ先輩、バレていたんですか?」と、わざとあどけない表情をする。
「当たり前だ、バレバレだよ」と、やや険を帯びた表情をする影丸。
士郎は、頭を掻いて照れ笑いをした。
実は士郎は、影丸が投げたクナイに向かって、小さな石を投げ、微妙に方向を狂わせていたのだ。これは相当の腕の持ち主で無ければ出来ない芸当である。
小五郎は、こんな士郎を見て誇りに思ったが、更に完璧な人間にするために、教養を身に付けさせようと思った。
それで士郎に向かって、「これからの忍者は教養も必要だ。大学ヘ行って勉強して来い!」と言った。
士郎は、大学が自分にとってそれ程必要だとは感じていなかったが、小五郎の執拗な説得もあり、従う事にした。