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城島家の悲劇

城島家の悲劇

 城島庄一郎は、中学、高校時代は教育熱心な両親のおかげで勉強に専念し、友人と深い付き合いをすることもなく過ごしていた。

 もちろん、女の子には声をかける事さえ出来なかった。

 そんな彼が、大学進学をきっかけに親元を離れ下宿生活を送ることになった。家にいたときのガンジガラメの生活から、大きな解放感を感じていた。

下宿の部屋で一人、勉強机の上に置いてあった卓上の鏡を見つめながら『ようし、俺ならできる。自分の殻を破って、新しく生まれ変わろう』と、暗示をかけた。


 その手始めとして、天文同好会を選んだ。体育会系のように上下の関係はそれほど厳しいものではない。むしろみんなフレンドリーに接してくれた。

 最初のうちは、趣味らしい趣味もなく、また普通の若者が興味を持つような、芸能界、スポーツ、ファッション、車等にも無関心であったため、同好会の仲間の話題についていけない事も多かった。

 彼は、これではダメだと奮起し、若者向けの雑誌等をドッサリ買い込み勉強した。

 その甲斐あって、数ヵ月もすると、仲間の話題に食い込んで行く事が出来るようになった。しかし、それは男たちとの関係であって、女性とは相変わらず話が出来なかった。

 女子大生ともなると、かなり着飾ってくる。最新のファッションに身を包んだ女性を前にすると、どうしても気後れしてしまうのだ。


 一方では天文に関する知識は増えた。大学の授業も面白かったし、一日も休むことなく残らず出席していた。まあ、それなりに大学生活を謳歌していたのである。

 ただし、女性に対する苦手意識はそのまま残った。それを改善しないまま2年目を迎えた。そして、この同好会にも数名の新入生が加わった。

 その中に、清楚な服装をし、素直そうな目をした女性がいた。笑った時の顔がとても可愛かった。

 庄一郎は彼女を見て、『ああ、あの女性は感じが良さそうだな』と、思ったものの自分から話しかけるほどの勇気は持っていなかった。

 ところがである、その女性がこちらに向かって歩いて来たのである。

 庄一郎は、それを見ても『まさか、自分の所へ来る筈がないだろう』と思っていた。

 ところが彼女は庄一郎の正面に立ち、にっこりと笑った。

 明らかに、庄一郎に向かって笑っている。庄一郎の鼓動は大きく早くなった。どう対処して良いか分からず、動揺を隠す事も出来なかった。

 しかし彼女は、そうした庄一郎の戸惑った様子を無視して、はっきりとした口調で言ったのである。

「あら、城島さんじゃあないですか?」

 城島は、そのあっけらかんとした声に、少しだけ自分を取り戻した。そして、自分に"落ち着け"といいきかせながら、頭の中で、この女性と会った事があるか自問してみた。しかし、彼の頭のデータベースの中に、どうしても見つけ出す事は出来なかった。

『しかし、なぜ俺の名前を知っているんだ?』

「ねえ、城島さんでしょ」、城島の反応があまり良くないので、再び聞いてきた。

 城島は戸惑いながら「えっ、まあそうですが」と言うのが精一杯であった。

 城島は訳がわからず、頭の中はパニックになっていた。

 心臓がドキドキし、顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。しかし、それをどうすることも出来ない自分が情けなかった。

「ああ、やっぱりそうだったわ。私、高校時代の後輩の純子と言います」

「はあ、高校時代のですか?」

「そうよ、でも先輩が私の事を知らないのも無理もないわ。ただ、先輩が知らなくたって皆は知っているわよ」

「どうして?」

「だって先輩は、我が校始まって以来の秀才だって言うことで有名人だったでしょ」

「俺がかい?」

「まあ、知らないのは先輩だけだったようね。それが先輩の良いところかもしれないわね」

「うーん、その話、本当なのか?」

「本当よ。先輩と同じ同好会なんてついているわ。色々と教えて下さいね」

「まあ、そういうことならまかしてくれ」とは言って見たものの、純子の言葉を完全には信じ切れなかった。

「高校時代の先輩は、何か近寄りがたい感じだったわ。でも今会って話して見ると、随分印象が違うわ。頼れる素敵なお兄さんっていう感じよ!」

 こんな事を笑顔で言われると、まんざらでもない気分になってくる。

「そうか、じゃあ今日の帰りに俺のお気に入りの喫茶店を紹介するよ。一緒に行こうぜ」

 そう言ってから、庄一郎は内心驚いていた。『なんて大胆な事を言ってしまったんだろう。どうせ、断られるに決まっている』

 ところがである、純子は以外にも快く承諾したのだ。

「ええ、いいわよ」と、眩しすぎる笑顔を向けた。

 庄一郎は心の中で思った。『この笑顔、一生忘れないだろうな』


 これをきっかけに二人は親密になっていった。

 同好会では、綺麗な星空が見える土地を目指し、大きな天体望遠鏡を持って出掛けることもよくあった。そんな時、いつも庄一郎の傍らには純子がいた。みんなから冷やかされても、おかまいなしであった。

 やがて二人は将来を誓い合う仲となった。

 そして、庄一郎、純子が共に大学を卒業した後、家庭を築いた。

 その二人の愛の結晶が士郎である。

6年後、士郎は小学校に入学した。

 庄一郎は子供をのびのびと育てたかった。勉強浸けにされた過去の反省である。

 それで、士郎の初めての夏休みに庄一郎も一週間の長期休暇をとった。庄一郎は、純子と相談して三重県岩倉峡公園にあるキャンプ場に行くことにした。

 キャンプ場で士郎は喜んだ。家での電化製品の完備した生活とは違い、スイッチ一つで何でも出来るという分けにはいかなかった。

 火も自分で起こさなければならない。飯盒でご飯を焚き、鉄板で焼きそばを作った。そして青空の下での食事だ。

 士郎は、そんな一つ一つの作業を興味津々で見たり、驚いたり、はしゃいだりした。そして、ちょっぴり手伝いもした。

 夜は綺麗な星空を見ることが出来た。都会では味わえない体験に大満足した。

 士郎を中心にして、親子三人は星空を眺め。こんな幸せがいつまでも続く事を願った。

 不意に庄一郎が星空を指差した。

「おい士郎、流れ星だぞ!」

「え、どこ?」

「ああ、消えちゃった。残念だったなあ。まあ、そんなにがっかりするな。また見えるさ」

「ほんと、父さん」

「ほんとよ、士郎。ところで流れ星を見ながら願い事を三回言うと、その夢が叶うそうよ。士郎の夢って何かなあ?」。純子は優しげな笑顔で士郎を見つめた。

「え、僕の夢! えーとねー、オリンピックで金メダルをとることさ」

「まあ素敵ね。それでどんなスポーツをやるのかな?」

「マラソンさ」

「へー、マラソンなの。じゃあ一生懸命体を鍛えないとだめよ」

「うん、分かってる」

 三人は、こんな親子の会話を楽しんだ。


 翌日、キャンプ場からさほど遠くないところにある忍者で有名な伊賀の里を見学し、忍者の演武等を楽しんだ。

その後、峡谷にかかる吊り橋を見学した。

 ギラギラと輝く太陽、蝉の声、額に吹き出る汗。

「士郎、暑いなあ。この橋を渡ったら冷たいジュースでも飲もうか?」

「うん、オレンジジュースがいいな!」

「よし分かった。じゃあもう少し頑張ろう。谷底を見ると怖いだろう。気を付けるんだよ」

「本当だ。高いなー!」

「大丈夫よ、後ろにはお母さんがいるからね」


 夏休みで、しかも忍者の里では大規模なイベントがあったため、観光客はかなりいる。

 しかしその時、この平和でのどかな空に異変が起きた。

 何の前触れもなく突然空からパーンという大きな音と、衝撃波が襲ってきた。更に"ゴー"という、耳をつんざくような轟音が響いてきた。

 観光客が騒ぎだした。

「おい、あそこを見てみろ! 飛行機だ」

「これはまずいぞ、機体から煙が出ているぞ!」

「あれは、B-29じゃあないか? 第二次大戦中の米軍の爆撃機だ」

「こっちへ向かって堕ちてくるぞ」

 観光客は右往左往し、とにかくその場からなるべく遠くへ逃げようとした。


 吊り橋の上にいた士郎は、突然の出来事に凍りついてしまった。彼らはちょうど橋の中央付近まで来ていたのだ。

 庄一郎は、士郎を抱き上げ急いで橋を渡りきろうとした。純子もその後に続いたが、前方でどこかのお爺さんがうずくまっていた。

「お爺さん、大丈夫ですか?」と叫んだが、その時には既に遅く、B-29の翼が橋に接触し無惨にも真ん中から切断された。

 城島親子は、垂れ下がった吊り橋に必死でしがみついた。

 その直後、B -29に積んであった爆弾が爆発し、純子は炎に包まれながら谷底へ落下していった。

 庄一郎は「じゅんこー」と絶叫したが、どうすることも出来なかった。それどころか自分も大変な怪我を負っていた。それでも、かろうじて左手で吊り橋につかまり、右手で士郎を抱いていた。

 士郎は、泣いてはいたものの奇跡的に無傷であった。

 また、前方にいたお爺さんの姿はどこにも見当たらなかった。

 庄一郎の体力も限界を迎えていた。何としても士郎だけは助けたいという気持ちはあるが、体がいうことをきかない。

 意識が朦朧とするなか、純子の幻を見た。

『あなた、しっかりして。士郎を守って下さい』

『おお純子か! 俺はもうダメかもしれん』

『弱音を吐かないで。士郎の為にもう少し辛抱するのよ』

『分かった、もう少しだな』

庄一郎が、純子の幻に向かって少しだけ微笑んだ。その時である、頭上から野太い声がしてきた。

「おい、大丈夫か! まず、その子を渡すんだ」

 庄一郎の目の前に男の逞しい腕が伸びてきた。

「おー、この子を頼みます。ありがとう」

 庄一郎は、力を振り絞ってその男に士郎を渡した。

「確かに受け取りましたよ。この子を引き上げたら、すぐにあなたを助けに戻りますからね」

 男は士郎を安全な場所に置き、再び庄一郎の救出に向かった。

 ところが谷を覗きこんでみると、庄一郎の姿は消えていた。彼は、力尽きていたのである。

 男は、谷底に向かって黙祷した。

 再び士郎の所へ戻り、話しかけた。

「名前は何と言うんだ?」

「僕の名前は士郎」

「そうか、よい名前だ」

「父さんと、母さんはどこ?」、悲しそうな士郎の目が、その男の胸に突き刺さる。

「父さんと母さんか。どうやら天国へ行かれたようだ」

 士郎はそれを聞くと涙がとめどもなく流れた。「もう、会えないんだね」というと、大きな声で泣き出した。

「大丈夫だ士郎、強くなれ。今日から私がお前の父さんだ。俺の名は小五郎だ」

 その言葉が耳に入ったのかどうか分からないが、士郎はなおも泣き続けた。

 実は、この小五郎は忍者の里で忍術の指導員をしている人物である。

小五郎は、数年前の自分に起きた不思議な出来事に思いを馳せていた。

『俺は元いた世界に戻れるのだろうか』

 何となく、今回のB29の事件と自分の身に起きた事とに関連があるように思えるのだった。


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