願いだらけの世界で
窓の外から外を見下ろす。今日も代わり映えのしない日常にほとほと愛想を尽かしている。
「おはよ!」
「………」
元気に挨拶してくるクラスメイト。大した返事が得られる訳じゃないのに毎日会う度に欠かさず挨拶をする。それもすっごい笑顔で。
「なんでそんなに笑顔なの?」
「今日も今日が来たから! 今日を生きてるって素晴らしいじゃん?」
よく分かんない。何がそんなに楽しいんだろうか? 何を想ってそんな笑顔なのか理解出来ない。きっと私じゃなにも理解出来ない。他人の楽しいを理解出来るほど上等な感性を持ち合わせてないから。
「めあちはなんでそんなにムスッとしてるの?」
「別に」
適当にあしらう。どうせ生きてたって良い事なんか無い。積み上げた歳月も死んだら何も残らない。死ぬことは必然なんだ。
「きっとめあちにも分かる時が来るよ。人の笑顔がいかに素晴らしいかを、人の幸せが持つ力を」
「………馬鹿馬鹿しい。そんなの私には関係ない」
「今はね。いずれ分かる日が来るんだよ」
そんな代わり映えのしない日常。今となっては狂おしいほど愛おしく感じる日常。当たり前の日常にありがたみを持てなかった。失って気付くなんてものじゃない。
「…………」
夕焼け色に染まる天に手を伸ばす。雲一つ掴めない自分の無力さが悔しかった。唇を噛み締めながら拳を握る。どうにか出来る力があれば。そんな抽象的で現実味のない願いを心の底から祈るほどだ。
「………やっぱり分かんないよ」
誰かの為だと姿を消した友だち。私には分からない。怖くて辛くてたまらない。
第一章 『人であるということ』
「ねえ、めあち!」
「その呼び方やめて」
飽きもせず休み時間になる度に話し掛けて来る。一体何なんだ? 私がどれだけ冷たい態度をとっても一切気にせず話し掛けて来る。変な奴。
「なんで私に絡んでくるの? 分かんないんだけど」
「ん~? めあちが優しい人だって知ってるからだよ!」
「意味分かんない」
私のどこを見て優しいって言ってるんだ? この子には一体何が見えてるんだろう。
「私はあなたみたいに優しく出来ない。する気も無い。大体あなたは他人に対して優しくし過ぎじゃない?」
「それが私の仕事だから……かな?」
「なにそれ? 天使にでもなるつもり?」
「ははは……まあ良いじゃん! 人に良くするのは良い事なんだし!」
どれだけ冷たくあしらっても態度を崩さない。私以外の人にも優しく出来るし力になってあげられる。この子と私には天と地の差がある。
「ねえ、めあちには叶えたい願いとか祈りとかある?」
「急になに? そんなの無いよ」
「そっか~見つかると良いね! あっ!」
何かを見つけると気ままにふわふわとどこかへ走り去ってはまた戻って来る。どこに行こうが別に興味はないけど。
「お待たせ!」
「待ってない」
人への執着なんか無い。誰かに興味も無ければ特別な誰かも居ない。私からすればただ五月蠅いだけ。満足すればどこかへ消えるだろ。
「私はね………今日と変わらない明日がすっごく愛おしく感じるんだ」
「………」
「めあちは変わり映えしないんて呆れると思うけど。でもね、今日って当たり前じゃないんだよ」
そう言い残して教室を出て行った。普段見たことのない悲しい顔を浮かべてた。気にするだけ無駄だ。どうせ明日になれば、何事も無かったかのように挨拶してくるに決まってる。
夕暮れ色に染まる放課後、下駄箱の前にその子は居た。ずっと私を待ってたみたいで、芽があった瞬間に駆け寄って来た。
「めあち」
「なに? ずっと待ってたの?」
「めあちには笑顔で居て欲しい。誰かを照らす太陽になってあげて欲しい。私には出来なかったこと」
「はぁ? 急に何? 意味分かんない」
「一方的でごめんね。あと、頼んだから」
そう言って走り去った。何も分からない。アニメの見過ぎで現実との区別付いてないんじゃないの?
「………」
もしかしたら何かが起きるんじゃないかって変な胸騒ぎがする。いつも何考えてるか分かんないのに、あんな真剣な顔初めて見た。
「………私まで変になったのかな。考えるのバカみたい」
結局、家に着くまでずっとそのことばかり考えてた。もう日も暮れて星がキラキラ輝く時間。勉強でもしてれば気でも紛れるはずだ。
この勉強もどうせ最期は意味を成さなくなる。まあ、無駄だと分かっててもやらなきゃいけないことだからやる。
「頼んだからって……別に良いなんて言ってない……」
そんなの私には出来ないし。本当に意味分かんない。こんなダメな私に何を頼むって言うの?
翌日からその子は姿を見せなくなった。学校に来なくなっただけじゃない。その子の席も下駄箱も。何もかもが元から無かったみたいに。その子が居たという証が何も残って無かった。
「………これで静かな日常が戻って来た。あ~あ、居なくなってよかっ――」
言葉が詰まる。言えない。思っても無い。こんな自分がバカみたい。どうせその子が居なくなったからって何も変わんないよ。
その子が消えた日の放課後。何となく屋上へと足を向けた。勉強で上手く行かない時とかは屋上で夕陽を眺めてリラックスするのが好きだから。
「………」
事故を防ぐための高いフェンス越しに空を見上げる。どこまでもオレンジ色に染まる空。自由に飛べたら良いのに。
「ん?」
フェンスに何かがぶつかったみたいで大きく揺れた。屋上に私以外居ることあるんだ。
「っ!? 何してるの!?」
一人の生徒がフェンスをよじ登っている。普段は人とお話するのがすっごく苦手なのに。人はパニックになるとなりふり構ってられないんだ。
「もうっ! やめなって!」
その子をフェンスから引き剥がして抑え付ける。この子、瞳に光が全くない。
「もうツラいんだよ。今までは何とか頑張って来れたけど。急に支えが無くなったみたいに。心がツラくて仕方ないんだよ」
ただ空を見上げてボロボロと大粒の涙を流してる。こんな時、どうすれば良いの? なんて声を掛けるのが正解なの? なんでこんなこと私が……
「ごめんね。退けて欲しいな」
「ダメ! ダメだよ!」
「どうして? キミとは初めましてでしょ? 何の関係もないはずだよ。目を見たら分かる。キミも人に興味が無いって顔してるもん」
「それは……っ! そんなのどうでも良い!」
なんでこんな必死になってんだ? どうせ人はいつか死ぬ。今死のうが未来に死のうが一緒だ。なんでこんな震えた声で止めてんだ? 何やってんだろ。私。
『あと、頼んだから』
分かったよ。あんたが埋めてた心の傷をどうにかしろってことでしょ? 出来ないよ! 出来ないけどやるしかないんでしょ! 勝手なこと押し付けやがって!
「話聞くから! 私、すっごい不器用で人と喋るの苦手だけど頑張るから!」
しばらく抑え付けてると抗うことを諦めてくれた。しばらくの沈黙が広がったあと、その子が話し始めた。
「独りぼっちなんだよ。私は。ずっと誰かが支えてくれてた気がするけど、そんな都合の良い存在なんて最初から居なかった。それに気付いた瞬間から生きてるのが苦しくなったの。誰も私を見てくれない。誰とも関わることも出来ずにただ隅っこで居るだけ。誰にも受け入れられない。そんな害しかない私に生きる意味なんか無いんだよ! なんで生きてんだよ私……」
空に響き渡るほどの叫び声。話を聞いてこの子のツラさは分かった。共感はしてあげられないけど何に傷付いてるかは分かった。
「生きる意味なんか要らないんだよ。どうせ人はいつか死ぬ。それが分かって生きてんだよ」
「じゃあ、今死んでも良いじゃん!」
「ダメ!」
「どうして!?」
「あぁもうっ! 知らないよ! 私だって急に言われて託されてんだよ! 別に約束とも言えない一方的な押し付けを守ってやる義理なんて無いけどな!」
私にも分からない。なんでここまで必死になってんだ。分かんない。分かんないよ。
「託された……誰に?」
「知らない。どうせ言っても通じやしない」
これで良いんでしょ? どうせどこかで私のことを見て笑ってんだろ? 柄にもないことをしてるって。
『そんなこと無いよ。ありがとう。すごく立派だよ』
「………どうなってんだよ。くそっ!」
日が沈み、空に黒色が広がっていく。その色と真逆の真っ白に輝く翼が見えた。見覚えのあるそいつがそっと微笑んでる。
「居るならあんたがやれよ……くそっ……くそっ……」
なんで私がこんなことしなきゃなんねえんだよ。無理だよ私には……今だって、人の苦しみを真正面で受け止めるだけでこんなに怖くて震えてるんだから。どれだけ強がったって怖いものは怖い。人はいつか死ぬなんて強がっても、目の前で人が死ぬのは怖い。
「誰と話してるの?」
「……独り言だよ」
「変なの」
「変だよ。自覚してる。だから私はあなたを否定しない。私はあなたの存在を認められる」
「あなたも孤独なのに。でもありがとう。私はあなたのおかげで明日も生きようと思えた」
その子は鞄を抱えて校舎へと戻って行った。あいつはいつの間にか消えてた。私が見えたのは幻だ。きっとそうだ。天使なんかこの世に居る訳無いんだから。
その翌日、この学校から別の知らない誰かがこの世を去った。毎日どこかで誰かは死んでいる。今までそんな話に興味なんて無かった。なのに、なんだこの胸の苦しさは。私に誰かを救う力なんか無いのに。もしかしたら救えたのかもなんて思ってるの? 傲慢にもほどがある。
でも、もし叶うなら……いや、後悔しても仕方ない。こんな苦しい思いをするくらいなら、失う前に私が全部受け止める。全部。苦しさを一人で背負いきって見せる。あいつが居なくなった分。心に空いた穴を埋めきって見せる。
「………」
決意を固めてから二週間が経った頃。胸が張り裂けて押し潰されそうな痛みに襲われる。初めてあいつのやってたことが分かった。それと同時に人という生き物の醜さに気付いた。いつだってそうだ。傷付いた人は反撃の牙なんて持たない。消滅する最期の瞬間まで涙を流して心を失っていくんだ。命を絶てば楽になれると思い込むほどに。
この世界ではもっと多くの人が生きることを苦しんでる。私が悩みを一緒に背負ってあげるんだ。寝る間さえ惜しい。一分一秒でも私が支えてあげるんだ。二度と後悔しないように。誰も泣かないように。
『めあちには叶えたい願いとか祈りとかある?』
あるよ。あんたに託されたことだけどな。きっとあんたなら叶えることが出来たんでしょ。でもそうしなかった。最期の最期まで人として人を救おうとしてたから。人であるから人の痛みが分かる。人であるから同じ目線で物事を共感出来る。でも今なら分かる。全部救うなんか無理だ。人には限界がある。同じ命の重さを一人で背負い続けるのは苦しいなんてものじゃない。でも、私が倒れた瞬間に失われる数が増える。
今なら何となく分かるよ。上手く言葉には出来ないけど人の笑顔ってなんか良いよね。人が感じる幸せって他の誰かを幸せに出来るんだよね。ずっと言われ続けたこと。今になってやっと理解出来た気がするよ。心に降りしきる雨雲を追い払う太陽として。あなたが言いたかったこと何となく分かるよ。
人として色んな人と触れ合った。そのほとんどが悲しみや苦しみだった。それでも心の悩みを抱えてあげることで楽になる。色々気付いたし出来ることも増えたよ。人ってね、傷付く言葉ばっかり目に映るし、心に残っちゃうんだ。応援してくれる言葉や励ましの言葉ってね救いにはなるけど、あんまり心に響かないんだよ。百の称賛より一つの批判が目立ってしまうみたい。仕方ないよね。痛いのは嫌だもん。ツラくて悲しいのは嫌だもん。
それにね、人の心や感情が色付いて見えるようになったんだよ。良い事ばかりじゃないけどね。文章や仕草で感情が伝わってくるのは思ってたよりもツラいや。
「ねえ、上手くやれてるよね? 頑張れてるよね? でも、もう限界だよ……」
今まで流したことのなかった涙が止め処なく流れて来る。これ以上苦しみ続けるのはもう嫌だよ。それでも、私が止めちゃったらみんなが居なくなっちゃう。それも嫌だ。悲しくて苦しいんだよ。人に執着してなかったあの頃が酷く愛おしいよ。
ねえ。近くに居るなら出て来てよ。もう一人じゃ立てないくらい背負ってるんだよ? 天使になったキミなら分かるでしょ? きっと願うことや叶えたいこと全部叶えられるんだよね。なりたい自分だってなれるはずでしょ? 大きな翼で人の悲しみを抱えながらどこへでも飛んで行きたい。すぐにでも駆けつけてあげたい。ねえ? 聞こえてるんだよね?
声は聞こえない。それでも返事は分かってる。人である尊さを捨ててはいけないなんて言うんだよ。人は他を慈しみ助け合える、愛を知る生き物だって。人の憎悪ばかり見て来た私でもそれは分かってるんだよ。
今は人として頑張って行くしかない。泣き言は死んだあとにでもいっぱい聞いて貰おう。それでもいつの日か、私は……めあちはあなたと同じ道を辿ると思うよ。今はまだ人の幸せを切に願えるほど余裕は無いけど。いつかきっと人の幸せや笑顔を心の底から願えるようになったら。きっと怒るだろうね。そこまで頼んでないってさ。
「泣き言は死んでから。天使になったら寿命とか無さそうだけど」
空を見上げて涙を流しながら笑顔を作る。涙も悩みも打ち消しちゃうくらいの笑顔で。
「頑張ろうっ!」




