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私の話  作者: M
10/34

小学生 中学年 長男の戦い

退院し学校に登校すると、担任と保健室の先生が笑顔で迎え入れてくれた。「おかえり。待ってたよ。」

私は家では私に向けられない言葉を言われ、なんて返答をしたら良いのかわからず、うつむいてしまった。

担任が「まだ本調子じゃないよね。ゆっくりでいいからね」と言ってくれて私は頷きお辞儀をして教室に向かった。


数日たった頃、夜の家事仕事を終え私はお風呂に入ろうと思い準備をしていた。

長男がちょうどお風呂を終えて出てきたからだ。

しかしその日の長男はいつもと行動が違い、服を着用せずタオルを体に巻いて、居間の隣にある和室に扉をしめて閉じこもってしまった。

少し時間がたった頃、ガシャーンと和室から聞こえてきた。

私は何の興味もなかった。

父が和室の扉を少し開け様子を確認すると今まで聞いた事のない大声で

「○○大丈夫か!!しっかりしろ!!どうした!!」と怒鳴り声とは比にならない声量で叫んでいた。

そして母を呼び「救急車を呼ぶ準備をしろ」と怒鳴った。

私は父が誰かを心配している姿を初めて見たので、驚いて長男の様子を覗いてみた。

長男は椅子に座っていて、椅子の横に置いてあるストーブにぶつかって倒れたように思えた。

母は倒れ意識のない長男の姿に手を握り、名前を連呼しながら泣きじゃくっていた。

父は母に「頭をぶつけているかもしれないから、体を揺らすな」と怒鳴り、ぶつけた場所を探すため体を揺らさないように慎重にタオルをはがしていく。


「なんだ…この痣…」父がつぶやいた。

そして父は私に殺気に満ちた視線を向け「お前殴られた時にやり返したのか?」と。

返答を間違えれば殺されると本能が言っている。

私は首を横に振る事で精一杯だった。

そして父は「クソに○○がやられるわけないか」とつぶやき、5分待って意識が戻らなければ救急車を呼ぶ。服を着させるから用意しろと母に言ったが母は泣きじゃくるばかりで父の言葉は届いていないようだった。


救急車を呼ぶ前に長男が目を覚ました。

父は「大丈夫か?」「何があった?」「金属音が聞こえたからストーブにどこかぶつけているはずだ」「まだ動かずに横になっていろ」「救急車呼んだ方が良いか?」などとまくし立てる。

母は相変わらず長男の手を握って泣いている。


長男は「貧血だと思う。ふらふらしたから、服を着ないでこっちに来てすぐ座ったけど視界が真っ暗になった」と答え、「横になっていれば治るから救急車もいらないし大丈夫だ」と答えた。


長男と会話ができるようになった事により、父は冷静さを取り戻していった。

母と私に裸だから、和室から出ていくように言い、私はすぐに居間に戻ったが、母はこんな状態の長男から離れられないと泣きながら握った手を放そうとしなかった。


私は今自分が両親の視界に入るのは良くないと思い、お風呂に入る事にした。

お風呂につかりながら、ゆっくりと考える。

入院する前に私が倒れた時と長男が倒れた時の両親の態度の差を。

何より父の動揺が凄かったな。

普段母に怒鳴る事なんてないのに、長男が倒れるとあんなに取り乱すんだ。

私が存在する意味って何なんだろう。

考えてもわからないので、お風呂を出る事にした。


お風呂から上がり、いつもより念入りに髪をタオルドライした。

家の構造が昔の日本家屋のような作りで築年数も古かった為、洗面台は鏡と蛇口しかなくコンセントがない為、ドライヤーは居間の隣にある母の化粧台にしかなかった為だ。


もう長男は部屋に戻ってくれただろうか…

そんな事を思いながら居間に向かうと、まだ長男が居間にいて両親と話しをしていた。

貧血は落ち着いたようで、服を着て普通に座っていた。


私は今日はドライヤーをあきらめて部屋に戻って宿題をしよう。そう思い自室に向かおうとした時だった。

母が私の所に来て、横から頭を殴ってきた。私は衝撃に耐えられずに床に転がる。

母は「お兄ちゃんが大変なのになんでお風呂に入って自分の事やってられるんだよ。お前は血も涙もないのか。お兄ちゃんを心配するって気持ちが少しもないのかよ」

言いたい事を言い終えた母は長男の所に戻っていく。


私はまただ…また選択を間違えた…なんで私は正解を選べないんだろう…

そう思いながら、痛みがひくのを床で冷やしながら考えていた。


両親と長男の会話が聞こえてくる。

今日は本当にただの貧血だったようだ。

身体の痣については、当時田舎過ぎてまだヤンキーの不良グループがいくつか存在し、グループ同士での喧嘩が絶えず行われていたようだ。

そして1つの不良グループに長男が目をつけられてしまったようで、学校ですれ違う時に棒で殴られたり、階段を下っていると上から蹴り落されたりしてついた痣だと言っていた。

兄の話を聞き両親は激怒した。

母は長男の痣に湿布を貼り、時間などお構いなしに担任に電話をかけ、学校でなんで対処していないのか、どうして不良グループに入っていない自分の息子が被害にあっているか、息子が話すまで学校は隠すつもりだったのかなど、一方的な抗議を言い続けた。

父は長男に目を付けた不良グループのグループ名と実際に長男に危害を加えている人間の名前を聞きだしていた。


一通り話が終わると長男は部屋に戻っていった。

床に転がっている私に視線を向ける事はなかった。

私は気配を消して、長男の影に隠れて移動し、私も自室に戻った。


宿題を終えると両親が寝室に行ったようで会話が聞こえてくる。

明日、両親揃って長男の学校に行き父が話すという内容をしていた。


私はこの頃から性格が捻くれていったと思う。

心の中で、さすが長男様ですね。長男のためなら両親は農作業を放り出すんだね。

と悪態をついて、それ以上の会話は聞かないようにした。

濡れたままの髪で寝るのは少し寒いと感じたがもう季節が夏に近づいていたので、風邪は引かないだろうと思って眠った。


翌日私はいつも通りの日常を送っていた。

そして、長男は両親に不良グループの事を話した事によって甘えるようになったと思う。

毎日母に今日はこの部分を殴られた・蹴られた、痣が出来痛みがあるから湿布を貼って欲しいと言うようになった。

母は泣きながら、学校に話しにお父さんと行ったのに変わらないのね。何とかするからね。痛いね。可哀そうに…可哀そうに…と良い、長男に頼られることが嬉しくて仕方ないように見えた。


長男の痣に涙を流す母。

私には痣は服に隠れる場所はOKで痣があっても痛がらず普段通りに過ごせと言っていたのに、長男は痛がって良くて痣に湿布を貼って貰ったり傷口の処置をしてもらえるんだね。

長男って偉大なんですね。

そんな風に考えていた。


そして夜両親の部屋からは長男の話ばかりが聞こえてくるようになり、父は学校に話しても変わらないなら、1件ずつ俺が不良グループの家にいき親に話しをしに行く。それでもダメなら、学校に言って不良たちを呼び出してもらって俺が直接話す。といった内容を話していた。


それから両親は長男を守るために農作業そっちのけで長男中心の生活を送っていた。

私は長男に関心が全振りな分、私へのあたりが弱くなり生活しやすくなったと思っていた。


長男の担任だけだったり、担任と校長や教頭が家に数日間隔で来ていて何度も話し合いが繰り返されていた。

長男から両親に「今まで危害を加えてきた奴らが今日は何もせず素通りしていった」と告げられ、両親の奮闘もあり長男への嫌がらせはなくなったようだった。

しばらくは長男が嫌がるぐらい痣の確認や今日は何もなかったのかを聞いて両親が納得し安堵した所で解決となったようだ。


そして、長男の事が落ち着くと父が私に農作業の遅れた分を取り戻す為、お前は学校なんか行かなくて良いし女が勉強なんてしても意味ないから、農作業をしろといった。

珍しく母が反論した。

「また風邪を引けば本当に出席日数が足りなくなるよ?今回ので学んだから、風邪ひいても入院できるようになるまで、私は放置するからね。病院に連れて行っておいてくるだけの方が楽なんだから」

その言葉に父は少し考え仕方ないから学校が終わったら農作業にくるようにと言った。


翌日から私は今まで通り学校から帰ると少しの家事仕事をしてから農作業に向かったが、父と母から来るのが遅いと別々に同じ内容で罵声を浴びせられた。

なので、学校が終わるとダッシュで帰って洗濯物を走って取り込み、洗い物を急いで終わらせ自転車を爆走させて農作業に向かうように日常が少し変化した。


そんな毎日を送っている時に担任から驚く事を聞かれた。

「同級生がいないのは仕方ないけど、クラブ活動に入ってみない?先生考えてクラブ活動費がかからないようにサイクリングクラブを作ろうと思うの。近くの山の山道を自転車で登って頂上に行ってみたり海や川まで自転車で行って足だけ少し濡らす程度の水遊びをしたりを考えているんだけど、Mちゃんも参加してみない。他の先生に聞いたらお兄さん2人共クラブ活動に熱心に出ていたそうじゃない。」

私は心の中で兄達と私は違うし、早く帰らないと怒られると考え

「私は入らないです。帰りたいのでさようなら」と言い下校した。


私は担任がせっかく同級生がいない私が他の学年の子と仲良くできるようにと考えてくれた事をあっさり断った事に罪悪感を抱いていた。

夜になり、母だけが居間にいる時に一応聞いてみた。

私「今日担任からお金がかからないようにするからクラブ活動に入らないかと誘われたんだけど…」

母「馬鹿な事言わないで。お金がかからないクラブ活動なんてある訳ないでしょ」

私「サイクリングクラブだから自転車があれば良いって」

母「自転車が壊れたら?お前だけ自転車がなくなってもクラブに参加させてもらえるの?」

私は確かに…2人の兄どちらかが新しい自転車を欲しがらないと私にお古は回ってこない。

私「そうだね。断るよ」

母「あたり前だろ。無駄な会話させないで」


翌日私は担任に、親に相談したがクラブに入っても自転車が壊れたら参加できなくなるので、クラブ活動に入るのは無理そうです。と伝えた。

担任は残念そうに「わかったよ」と言った。


季節が変わり冬になる頃、学校で風邪が大流行していた。

学級閉鎖の学年が出て、学校閉鎖目前の所で私も風邪をひいてしまった。

前に母が言っていた通り私は意識が朦朧とし動くのもギリギリな状態まで放置された。

そして、入院道具を用意し病院に向かった。

しかし、今回は地元の病院ではなく、遠くの地方にある大きい総合病院に連れていかれた。

点滴をされ少し話せるようになり、病室が決まるのを待っている間に母に尋ねる

「どうしてこんな遠くの病院に来たの?前と変わらない風邪だよ?」

母「地元の病院だとお見舞いに行かないとか周りの目があるんだよ。距離があれば病院も親が来なくても納得するだろ」

私「そっか」

地元は田舎だからみんな知り合いだもんね。ここまで距離があれば見つからないし、同級生がいないからバレる事もないもんね。と思った。


また1ヵ月以上の入院となり、入院中母が病院に来たのは入院・退院含め3回のみだった。

そして私は病気を患うと必ず遠くに病院に連れていかれるのが当たり前になった。


この頃に日本に記録的な災害レベルの台風が上陸した。

日本中殆どの農作物はダメになり不作の年となり、価格が高騰したのだ。

地形的に働いたのか一部を除いてうちの作物はノーダメージで豊作となった。


父は歓喜し、「国なんかに取られてたまるか」と言い祖父と現金で〇万円ずつきっちり半分の金額をたんす預金として申告せずに脱税をした。

父が受け取った金額は、脱税局が来てもバレない隠し場所を長男と2人で祖父母の敷地内に作り隠したようだった。祖父はどうしたのか知らない。


私は心の中でバレてはいけないお金を目の届かない、しかも自分の土地ではない場所に隠すのは危険だと幼いながらに思っていた。


そして数か月がたった頃、私の予感は的中するのだ。

父が夜になる前に珍しく帰宅してきたのだ。しかし様子がおかしく、玄関から2階に届く大声で長男を呼んだ。長男が玄関に行くと何かを話し、慌てて2人で家から出て行った。

夜になっても帰ってこず、初めて父を待たず、次男と2人だけで夜ご飯を先に食べた。

私はいつもとルーティーンが崩れてしまった為、先に宿題を終わらせ父達の帰宅を待った。

真っ暗な夜になってから父達が帰ってきた。

父は烈火のごとく怒っていた。

なんと半分にした現金を祖父に盗まれてしまったという事だった。

私は祖父ならありえるなと思い冷静にだから自分の土地に隠せばよかったのに…と思っていた。

私は表情に出してしまっていたのだと思う。父から殴られ蹴られボコボコにされた。

そして父が私に問う「クソがジジィに場所を教えたのか?どうなんだよ!!」

私「そもそも隠し場所を知らないし、お金の話なんておじいちゃんとしたことないよ」

父「じゃぁなんでクソだけ驚いた顔をしなかったんだ。おかしいだろ!!」

私「おじいちゃんなら見つけたら取りそうだと思っただけだよ」


ここで父は長男に優しく遅くまで付き合わせたな。飯にしよう。といい終わった。


母から今日の洗い物と米の準備は自分がやるから、一歩も部屋から出てくるなと言われたので、その通りにした。


いつもよりも早い時間に父が寝室に行ったようでテレビの音が聞こえてきた。

壁に向かって物を投げつける音も聞こえる。

かなり深酒をしているようだった。

父は深酒をすると喧嘩したり物に当たり散らす人だった。

騒音を聞きながら、今日だけで何個壁の穴が増えたんだろう…お願いだから、私の部屋と両親の寝室の壁は貫通させないで…そう願っていた。


いつの間にか眠っていたようで、目覚まし時計の音で目が覚めた。

私はいつも通り家事仕事をして、学校へ行く準備をしていた。

最後に居間にランドセルを持っていこうと持ち上げた時だった。


ビチャ……


初めての感覚と音がした。

そっとランドセルを開けてみる。中からは強烈なアルコールとアンモニア臭がし水が入っていた。

私はやられた…

そう思いながら、仕事に出かける前に母に伝えないとと思い走った。

ギリギリ母の出発に間に合った。

母は何事かと私に「お兄ちゃん達どうかしたの?」と聞いてきたが、私は無視して言いたい事だけ伝えた。

「寝ている間にお父さんが私のランドセルの中におしっこをしたみたい。今日の用意済ませてあったからランドセルの中に入っているのは今日必要な物しか入っていないの。どうしたらいい…」

母は驚き「さすがに学校のものには手を出さないでしょうが」そういいながら、車のエンジンを止め、家に戻ってくれた。

私の部屋に直行しランドセルを母が確認すると、母は「なんで学校のものに手を出したんだ」と父への怒りを独り言のようにブツブツと言っていた。

お風呂場にもっていき、教科書やノート筆箱は兄のお古のリュックにタオルで拭きながら入替えてくれた。

そして、とりあえず学校に行け。ランドセルなくてもリュックで通えるだろ。

私は「おしっこまみれの教科書とノートを学校に持っていくの?アルコールの匂いもするし教室が臭くなっちゃうよ。」

母は少し考えて、ノートは捨てて新品を購入しろ。教科書はないんだからこれを使うしかないだろ。

そう言われてしまい、仕方なく、ノートのみリュックから取り出し、手を洗って登校した。

学校は田舎過ぎて文房具も車がないと買えない距離な為、文房具は職員室の中に購買コーナーがあり、ノートや消しゴムを買える仕組みになっていた。


ページをめくりたくても、一度濡れた紙は破くように開かないとめくれず、先生が教科書の〇ページを開いて下さい。と言っても滲んで見えず、めくった際に破れて読めない文章もあった。

ただの水没だったら良かったが、これが父の尿だと思うと教科書を触る事じたい気持ち悪かった。

私は残りの期間、その時ランドセルに入っていた教科書はおしっこまみれの教科書で学年を終える事になった。

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