悪魔達、遊びを決める
「おっまたせー!!」
勢いよく背後の扉が開かれ、甘ったるい声が聞こえた。
その声で振り返らなくても誰が来たのかなんて分かったけれど、一応振り返ってみる。
どうか思い描いた人でありませんように、なんて儚い願いを込めて…。
「今日はどんな『遊び』をしようか、ゆい?」
儚い夢は無残にも打ち砕かれた。
振り返った先にいたのは思い描いた通りの人物、千隼だった。
「あれえ、なんでそんな元気ない顔してんの?僕に会えて嬉しくないの、ゆい?」
大きな瞳を子犬のようにくりくりと輝かせて近づいてきた千隼を私はぼんやりと見つめる。
本当に外見だけは天使のように無邪気で愛らしい。
思わず抱きしめて頬ずりしたくなってしまうほどだ。
背後に金色のオーラさえ見える気がするよ…。
「おい、俺がここまでサービスしてやってんだからいい加減そのしょぼくれた顔やめろよ。辛気くせぇったらありゃしねー」
「あんたねぇ…」
愛らしい天使の顔は一瞬にして美しくもガラの悪い悪魔の顔となった。
背後に見えた気がした金色のオーラは、今やどす黒いオーラとなってこの目にはっきりと見える。
「本当よねー。こっちまで気分が暗くなるっつーの。そんな顔してるとブスな顔が余計にブスになるわよ」
遅れて生徒会室に入ってきたユリアが千隼の言葉に賛同する。
きゅっ、と引き締まった腰に手を当てて不快そうな表情を私に向けてくる。
ユリアはいつでも誰に対してもこんな態度だけど…その言葉はひどい。
いくら本当のことだって、「ブス」なんて言葉は乙女に向かって言ってはいけない!
「ちょっとユリア!ブスはいくらなんでもひどいんじゃないの!?」
「あら?本当のこと言ってあげただけよ。それとも何、あんた自分が美人だとでも思ってんの?この私を目の前にして?」
ユリアの完璧な顔が目の前に迫って来る。
相変わらず透けるように白い綺麗な肌してるし、目は大きいし、鼻筋は通ってるし…こんなのと私の顔が比べられるはずがない!
悔しく思いながら押し黙るしかなかった。
そんな私を見て、ユリアは満足そうに微笑む。
女神のような容姿をしながら、その微笑みは悪魔のようにえげつない。
「あははっ!結衣がユリアに顔で勝つなんて無理だよ。男の僕にだって勝てないのにさあ」
にやにやといやらしい笑みを浮かべた千隼がユリアの横に立つ。
そしてにやにや笑いを引っ込めると、蜂蜜のように甘ったるい笑みを浮かべた。
ファンの間で騒がれている「天使の微笑み」というやつだ。
その顔は男とは思えないほど愛らしい…。
完全に負けてるよ、私!!
チッキショー!!!!!
「千隼、ユリアそれくらいにしとけ。『遊び』の時間が短くなる」
後ろから龍司に窘められ、二人はにやにや笑いを浮かべながら龍司の側へと移動する。
悪魔三人が揃うとやっぱり迫力がある。
ああ、何で私みたいな平凡な子が彼等と幼馴染なのか…。
「それじゃ『遊び』を始めようか、結衣?」
龍司が微笑みながら問いかけてくる。
もちろんその問いに対する私の拒否権なんてない。
拒否したって、受け入れるまで悪魔達は私を解放しないのだ。
その恐ろしくキレる頭脳と驚異的な身体能力、そして息を呑むほど美しいその容姿をフルに使って私を玩具にして遊ぶことを何よりの愉しみとしているのだから。
「今回の『遊び』は『鬼ごっこ&宝探し』だ」
「『鬼ごっこ&宝探し』?」
「そう。お前は鬼から逃げて校内のどこかに隠されている宝箱を見つけてくるんだ」
「何だか幼稚園児がするような遊びだなー」なんて思って侮ってはいけない。
彼等が考えだす遊びは、たとえ子供がするようなものであっても常にハイレベルなのだ。
それこそ(私にとっては)命懸けの。
「宝箱…それってどんな形してるの?」
「宝箱そのものってカンジの形だ」
「何それ?」
いい加減な答えに顔を顰めると、千隼がクスクスと笑いだした。
人の顔見て笑うなんて失礼だぞ!
「大丈夫だって。おバカさんな結衣にも一目で分かるようなものにしておいたからさあ」
「なっ!?」
「私達って優しいでしょう?結衣のためを思ってわざわざ「宝箱!」ってカンジのものを探して買ってきたのよ?」
そう言ってユリアはふう、っと憂いを帯びた顔で溜息を吐く。
その姿を見てユリアの虜にならない者は私を除いて他にはいないだろう。
けれど彼女の本性を知っている私は騙されない。
「どうせファンクラブ員にでも買いに行かせたんでしょ?」
「結衣ったら!!そんなこと言うなんて酷いわ!!」
よよよ、と艶やかに泣くユリアを私は呆れた思いで見ていた。
誰がそんなウソ臭い泣き方に騙されるか!
「…何よ、もっとノリを合わせなさいよね。ったく、これだから空気読めないおバカさんは困っちゃうわ」
何の反応もしなかった私にふてぶてしく文句を言うユリア。
まったくどこまで自己中心的な女王様なんだか。
「…とにかく鬼から逃げて宝箱を探せばいいのね?」
ご機嫌ナナメの女王様はほっといて、話を進める。
拒否権がないのならさっさと済ませて家に帰りたい。
この地球上で唯一彼らの干渉がないのはきっと我が家だけだから。
「その通り」
にっこりと王子様スマイルで微笑む龍司。
コイツが私に向かってそんな笑顔をする時は、誰か(龍司の本性を知らない人)が側にいる時か、何か思惑がある時だけだ。
嫌な汗が背中を伝う。
「ねえ…そう言えば、鬼って誰?」
恐る恐る気になっていたことを問う。
さっきから宝箱の話はしても鬼の話はしなかった。
嫌な予感がする。
「鬼はこの学校に残っている全校生徒だ」
「ええっ!?」
あんまり嬉しいことではないけど、私の嫌な予感は大抵当る。
悲しくも、今回も当たってしまったようだ…。
「そんな、いくらなんでも人数が多すぎるよ!!残っているだけっていったって、うちの学校の部活加入率ハンパなく多いんだから、ほぼ全校生徒が鬼になるようなもんじゃない!!」
「でも、全校生徒じゃないだろう?いくらなんでも全校生徒は多すぎて可哀想だからってわざわざ放課後に残ってる生徒だけにしてやったんだから、感謝しろよ」
「なっ!?」
薄ら笑を浮かべながら白々しくそう言う龍司は明らかに愉しんでいた。
千隼とユリアも同じような笑みを浮かべて私を見ている。
三人の背中に黒くて立派な翼が見えような気がした。
「拒否権は…?」
無いとは知りながらも思わず問うていた。
今までにも鬼ごっこめいた『遊び』をさせられたことはあったけど、こんなに大勢の鬼を相手にしたことはない。
逃げ腰になるのも無理ないよね…?
「あるよぉ?」
しかし千隼から返ってきた答えは意外なものだった。
拒否権がある!?
いまだかつてあり得なかったことだ!!
「え…じゃあ、拒否してもいいの…?」
「いいけどお、でも拒否したら代わりにこの鬼ごっこを別の人がやることになるけどねぇ」
「別の人…?」
凄まじく嫌な予感がする。
そもそも千隼が人前で見せてるブリっ子キャラで話しかけてきてるところからして、嫌な予感が漂いまくっているのだ。
龍司と同様、千隼がブリっ子キャラを私の前で演じるのは誰か(千隼の本性を知らない人)が側にいる時か、何か思惑がある時だけだ。
「そお。別の人」
「だから、別の人って誰よ?」
ふふっ、と愛らしい笑顔を浮かべると千隼がユリアに目配せをする。
するとそれに答えるようにユリアが妖艶な笑みを浮かべて制服のポケットから携帯電話を取り出す。
そして素早くボタンを押すと、耳にあてて「連れてきてちょうだい」と一言話して通話を終えた。
意味が分からなくて戸惑う私を悪魔三人は艶やかな笑顔を浮かべて見つめる。
「ねえ、今の何?」と聞いても誰も答えてくれない。
ただ、愉しそうに微笑んでいるだけだった。
それがひどく不気味だったけど、とりあえず彼等が何かを待っているようだったので、私も待っているしかなかった。
「失礼します」
暫くして、ノックの音とともに背後の扉から誰かが生徒会室に入ってきた。
振り返るとそこには筋肉野郎――もとい、増田さんとゆうちゃんが立っていた。
そう言えば生徒会室に入るまでは一緒にいたのに、気がつけばいなくなっていた。
「ゆうちゃん!?」
「あら、久しぶりね結衣。それに悪魔さんたちも」
ふんわりと柔らかな笑みを浮かべているゆうちゃんは相変わらずのんびりとしていた。
あんな筋肉野郎に拉致られたうえに、こんな訳わかんない状況に巻き込まれているにもかかわらず落ち着いているゆうちゃんはやっぱりただ者じゃない。
―――というか今、「悪魔さん達」って言った!?
この三人を目の前にして堂々と「悪魔」なんて言葉を使うなんてあなたは勇者だよ、ゆうちゃん!!
「悪魔…?」
ゆうちゃんの言葉に真っ先に反応したのはユリアだった。
背中からユリアの殺気の籠った怒りが感じられる。
ヤバいよこりゃ…。
「あら、ごめんなさい。口が滑っちゃったわ。でも「悪魔」って言葉あなた達にピッタリだと思うけど」
「どういう意味よ…?」
ゆうちゃんは相変わらず柔らかく微笑んでいるけれど、目が笑ってないのが分かる。
ユリアの殺気めいた怒りは背中が嫌というほど感じ取っている。
ああ、本当にヤバいよこのままじゃ!!
「ユリア、止めとけ。時間の無駄だ」
マジで天使VS悪魔戦争勃発一秒前で、龍司がユリアを窘めた。
そこでようやくユリアの怒りが背中から消えた。
まだ微妙に残ってはいるけどさっきよりはマシだ。
そうしてやっと私は悪魔達の方を見ることができた。
「もしかして別の人って…ゆうちゃん?」
「そうだ」
「うそ…」
それじゃ、結局私は拒否することできないじゃん!!
親友を悪魔達の『遊び』の餌食にするわけにはいかないし…。
拒否権があるみたいな言い方して、結局私が拒否できないような仕組みになっている。
あるはずのない希望に喜んで、そしてどん底に落とされる私はなんて滑稽なんだろう。
そしてこんなことをする彼らはなんて、なんて、悪魔的なんだろう。
「…わかったわよ。やればいいんでしょっ!やれば!!!」
投げやりに言う私を、悪魔達は満足そうに見つめた。
そして形の良い唇を歪めて悪魔達が順々に囁く。
―――さあ、『遊び』の始まりだ。
―――思いっきり俺達を愉しませてね。
―――逃げちゃだめよ?
私は、完全に悪魔達の掌の上。