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悪魔達、玩具を呼び出す (3)

「皆さん、ご苦労様です。もう帰って下さって結構ですよ」



王子様がそういいながら『ユリアファンクラブ』の会員たちに柔らかく微笑みかける。

相変わらず儚くも輝かしい完璧な「王子様スマイル」。

後ろの方で次々と息を呑む密やかな音が聞こえる。

同性にも効果抜群だなんて、この「王子様スマイル」は本当にとんでもない代物だ。



「か、会長…僕達帰ってもいいんでしょうか…?それにその、これでユリア様からの命令は達成されたことになるんでしょうか?」



会員の一人が後ろから恐る恐る吉原さんに確認をとる。

とりあえず、「王子様スマイル」にやられながらも「ユリアファンクラブ」としての自覚はちゃんと残ってたらしい。



「…大丈夫だ。会長の言う通りにしとけ」


「は、はい!」



何故だか分からないけど、吉原さんの声には妙な緊張感が漂っていた。

会員たちもそれを感じ取ったのか、言われた通り速やかに生徒会室を出て行った。

最後に出て行った会員がドアを閉める音が室内にやけに大きく響いた。


王子様は相変わらず「王子様スマイル」を浮かべてこちらを見ている。

そんな王子様を吉原さんは額に汗を滲ませながら緊張した面持ちで見返している。

蛇のような細い瞳には、私を見るときにあった真っ直ぐな鋭い光は無く、代わりに微かに揺れる弱々しい光が滲んでいた。


何だか今の吉原さんの瞳は泣き出しそうな幼い子供の瞳とよく似ている。

そのせいか「慰めたい!」という衝動に駆られずにはいられなかった。

見事に輝くその坊主頭を「大丈夫だよ」と撫でてあげたい…。


そんなことを考えていたせいで、気がつけば吉原さんの頭に向かって手を伸ばしかけていた。

もう少しで手が届く―――…



何て思ったまさにその瞬間。



「吉原ァ、てめぇ結衣を連れてくんのにどんだけ時間かかってんだよ?」



耳に響くは乱れた言葉遣いの低く鋭い冷徹な声。


その声に恐る恐る王子様の方へと視線を向けると、そこには「王子様」の仮面を脱ぎ捨てた見目麗しき「龍司」という名の悪魔がいた。



「俺は10分以内に結衣を連れて来いっつったよなァ?ああ?」


「はい…そうおっしゃいました」



体格のいい吉原さんがまるで仔ウサギのように小さく震えている。

見事な坊主頭は尋常じゃないほどの汗で豆電球のように光り輝き、ちゃんと前が見えているのだろうかと心配になるほど瞳がおろおろと揺れている。



「だったらどうして15分もかかってんだァ?それともてめぇにとっては10分以内だとでも言うのか?」


「いいえ、そんなことは…!申し訳ありませんでした!」



吉原さんが思いっきり頭を下げる。

ものすごい勢いで迫ってきた吉原さんの顔を私はのけ反るようにして何とか交わした。

謝るのに必死で吉原さんは私をお姫様だっこしていることをすっかり忘れていたようだ。

気がつくのがあと一瞬遅かったら私は確実に吉原さんとキスしていたことだろう。

吉原さんには失礼だけれどこんなことでファーストキスを失いたくなんてない。



「つーかよ、てめぇいつまで結衣のことそうやって抱いてるつもりだ?」



龍司のその一言に吉原さんは人形のようにすべての動きをピタリと停止させた。

そしてその一瞬後にものすごい速さで私をその腕から投げ出すようにして解放した。

急に投げ出されたので、私は受け身をとることができず、強かにお尻を床に打ちつけて着地した。

痛みのあまり涙で視界が歪む。



「すまん!大丈夫か!?」



声にならない呻き声を洩らしながら痛がる私の様子に、吉原さんが慌てて近づいてこようしたが、何故だか途中でピタリと凍りついたように動きを止めた。



「無様な姿だなァ、結衣?」



いつの間に移動したのか、龍司が私のすぐそばにしゃがみ込んでいた。

おまけに、さも面白い玩具を見つけたかのような満面の笑みを浮かべている。

楽しくて楽しくてしょうがないといったその笑顔は、獲物を目の前にした野獣が浮かべる悦楽の表情に似ていた。

いっそ残忍ともいえる喜びの顔だ。



「…あんた、完全におもしろがてるでしょ?」


「心外だな。心配してわざわざそばまで来てやってるっていうのによ」


「わざわざって…たった数歩の距離じゃない!それに、心配してるならそんな満面の笑顔なんて浮かべないでしょ!?もっとちゃんと心配そうな表情しなさ…」


「こんな風に?」


「え?」



一瞬にして龍司の端正な顔に浮かんでいた悦楽の表情が掻き消え、代わりに憂いを帯びた苦しげな表情へと変わる。

微かに潤む切れ長の瞳が妙に色っぽくて、本性を知っているにもかかわらず見惚れてしまった。



「結衣、どこか痛いところはない?大丈夫?」



そっと両手で顔を包まれる。

優しいその手と色っぽい瞳に捕らわれて、視線を反らせない。

どんどんと龍司の端正な顔が近づいてくる。



「ねえ、結衣…?」



顔を通り過ぎ、耳元へとたどり着いた龍司の唇が微かな溜息とともに囁きを洩らす。

低くて甘い魔性の声で。



「…あっ」



思わず声が出てしまった。

しかもその声は今まで出したこともないような甘く縋るような声だった。



耳元で、ふふ、と軽やかに笑う声が聞こえた。

耳をくすぐるようなその笑い声が何だかとても心地よかった。



「―――感じちゃった?」



言われてすぐにはその言葉の意味に気が付けなかった。

2、3秒置いて、ようやく気付く。



「んなっ!?」



顔がどんどんと熱くなっていく。

恥ずかしすぎてそのこと以外何も考えられず、言葉が出てこない。

とにかく顔を包んでいる悪魔の手から逃れようとするが、ものすごい力で挟まれ返されて逃れられない。

そんな風に挟まれて、私の顔はきっととんでもなく面白い顔になっているに違いない。

痛いやら恥ずかしいやらで涙が零れそうだ。



「そうか、そうか。結衣はこういう感じが好きなのか〜」



悪魔の顔にはまた満面の笑みが浮かべられていた。

今度はその笑みの中に意地の悪さが滲み出ている。



「お前の弱点、一個増えたな」



そう言って、にやりと一際意地の悪い笑みを浮かべてから悪魔はようやく私の頬を解放した。

恥ずかしさと、弱点を知られた屈辱感のあまりそれ以上悪魔の顔を見ていることができなくて、思いっきり顔をそむけるしかなかった。

弱点なんてたくさん知られているけれど、こんなに恥ずかしい思いをさせられて知られた弱点はこれが初めてだ。



「あれ…?吉原さん…?」



そむけた先で目に映ったのは、指先まできちんと伸びっきった直立不動の吉原さん。

よほど力を入れて直立しているのか体が微かに震えている。

相変わらず見事な坊主頭は汗で光り輝き、目線は斜め上を睨むようにして見つめている。

明らかに不自然だ。



「吉原さん?大丈夫ですか?」



立ち上がり、吉原さんの元へ行って声をかけてみたが応答ナシ。

本当に、どうしたというのだろう?



「吉原ァ、そんなとこにつっ立ってねぇでさっさと千隼とユリア呼んで来い」


「はい!了解しました!!」



龍司の一言に、吉原さんは直立不動だったのが嘘のように瞬時にドアの向こうへと消えて行った。


私のことは無視したくせに、何で悪魔の言うことは聞くのだろう?

…そういえば、最初から吉原さんはおかしなくらいこの悪魔に低姿勢だったような…。


しかも、色々ありすぎてスルーしてたけど悪魔は吉原さんの前で本性を隠していなかった。

学校では(というか本性を知っている人達の前以外は)いつも徹底的に本性を隠して「王子様」として過ごしているはずなのに。



「龍司、あんた吉原さんと知り合いなの?」


「知り合いっつーか、アイツは俺のチームのナンバー2だ」


「ええ!?」



「チーム」とは龍司がトップを張ってる暴走族「ドラゴン」のことだ。

そこのナンバー2ってことはつまり、吉原さんは――ー…



「龍司の次にチーム内で強いってこと?」


「まあ、そういうことだな」



ナンバー2の人でさえ、あんなに低姿勢で接するなんてコイツの実力はどれほどのものなんだろう…。



「そんなことよりもよ、ユリアと千隼が来たら始めるからな」


「え?」



改めて龍司の悪魔的強さに恐ろしさを感じたところでかけられた一言。

一気に夢の中から現実に引き戻されたような気がする。

夢と言っても、今までのことは悪夢のようなものなのでどのみち最悪なのは変わりがないのだけれど。



「始めるって…何を?」



わざととぼけてみる。

答えなんて分かっているけど、1分でも1秒でもこの現実から目をそむけていたい。




「分かってんだろ?」



悪魔が嗤う。

恍惚にも似た邪悪な笑みを浮かべて、容赦なく現実を突きつけようとする。

その姿はまるで舌なめずりをする猫のように卑しくて、それでいて美しい。



「俺達とこれから楽しい楽しい『遊び』を始めんだよ」



悪魔は嗤い続ける。

密やかに、鮮やかに。




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