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悪魔達、玩具を呼び出す (2)

「なっ、何なんですかあなた達!」



教室中にヒステリックな金切り声が響き渡る。

それを発しているのはまぎれもなく自分なのに、自分の声じゃないような気がした。

それほど今の私の声はパニックでおかしなことになっていた。


いきなり数十人もの体格のいい男たちに辺りを取り囲まれたら、誰だって驚きと恐ろしさでおかしくなるに決まってる。

ましてや私はか弱い女の子なんだぞ!



「俺達は『ユリア様ファンクラブ』の会員だ。ちなみに俺は会長の吉原っていうもんだ」



私の目の前に高圧的に立ちふさがっている、坊主頭の一際体格のいい男が野太い声でそう宣言した。

細く鋭い彼の目に睨みつけられると、まるで蛇に睨まれた蛙のような気持ちになった。

ものすごく怖いんですけど…。



「安藤結衣、お前をユリア様の命により生徒会室へ強制連行する」


「えぇ!?嫌ですよ!私行きたくないです!!」



人の本音は思わぬ出来事のときに出るものだと誰かが言っていたけど、どうやらそれは本当だったらしい。

さっきまで(行きたくはないけど行かないと後が怖いから)行こうかどうしようかと、うだうだ悩んでいたけれど、こうして突拍子もない出来事に遭遇した今、思わず本音がポロリと出てしまった。

吉原さんに対する恐怖も忘れて、本当にびっくりするくらいポロリと出てしまった。



「問答無用!ユリア様の命は絶対なのだ!!」


「嫌です!!!」



一度漏れた本音は一瞬で確固たる意志へと変わっていた。

何とか逃走をしようと鉄壁の防御のように立ちふさがる男たちの間にある僅かな隙間めがけて突撃する。

思わぬ私の行動に、男たちはやや面喰ったらしくほんの少しよろけた。

私はその隙をついて、男たちの包囲網から抜け出した。


よっしゃあ!!と心の中でガッツポーズをしながら、開け放たれている教室の扉へ一目散に駆けていく。

私と扉の間を遮るものは何もない。

男たちに捕まらない自信はある。

だって、私は足が速いから。


悪魔達が日々私に仕掛ける「遊び」と称した嫌がらせの数々から逃げ回っているせいか、私はけっこう足が速い。

何てたって悪魔達の「遊び」から逃げることは私にとって生死を決するくらい命がけのことなのだから足が速くなるのは当然といえば当然のことなのかもしれない。

生物は己の身を危険から守るためなら進化していくものなのだ。


けれどおかしなことにこれまでどんなに私が進化しても悪魔達から逃れられたことはない。

いつも最後の最後で捕まって遊ばれてしまうのだ。

悪魔達の運動神経は尋常じゃないことがまず大きな原因であることは間違いない。

けれど一番の原因は、悪魔達の異常な運動神経を知りつつも「もしかして」という淡い望みのもと、逃げずにはいられない私の思いを知ってか知らずか、最後の最後までわざと捕まえないようにして「逃げ切れるかも」という一縷の希望を抱いた私を打ちのめすのを愉しむという悪魔達の悪魔的心であると思われる。

…腸が煮え繰り返るほど腹立たしい。



目標(ターゲット)が逃げたぞ!フォーメーションBだ!!」



後ろから吉原さんの野太い声が私を追いかけてくる。

けれど足音は聞こえない。

追う気がないのだろうか?

というか…


フォーメーションBって何?



了解(ラジャー)!!」



え?

今、扉の方から声が聞こえた気が…。



「えぇ?!」



突如目の前にムキムキの筋肉野郎が現れた。

まだ春だというのにこんがりと焼けた体、無駄に盛り上がる筋肉、キラリと光る白い歯…。

そんな絵に描いたようなボディービルダー風の男が目の前に…。


全力で扉を目指していた私は自分のスピードを失速させることができず、ドンッ!と思いっきりそのボディービルダー野郎にぶつかった。

厚い筋肉の体に跳ね返された私は強かに尻もちをついた。



「いっ、痛い…」


「ヌハハハハ!!思い知ったか!俺の筋肉の強さを!」



シャキーン、と切れの良い音が聞こえてきそうなほど完璧なマッスルポーズをとりながら笑うボディービルダー野郎。

正直、色々とついていけない。



「よくやったぞ、増田。これでユリア様の命を達成できる」



すぐ後ろでそう吉原さんが言ったかと思うと、不意に体が宙に浮き上がった。

一瞬の浮遊感の後、私の体が落ち着いたのは何とも信じられない場所だった。

あまりのことに驚きで声が出ない。

まさに頭の中はショート寸前だ。



「よし、行くか」


「ちょ、ちょおおおおっと待ったああ!」



何とか声が出たのはいいが、ちょっと大きく出しすぎた。

恥ずかしい。



「何だ?」



平然とした顔と声で返事をする吉原さんを私は精一杯、睨みつける。

この人はどうしてこうも何食わぬ顔で平然としてられるのか。

私をお姫様だっこしているという、何とも恥ずかしい状況であるのに。



「何だ?じゃないですよ!恥ずかしいんで降ろしてください!」


「それはできない。また逃げられたら困るからな。こうしてれば俺ががっちりと捕まえていられるし、恥ずかしさで逃げられもしないだろう?」



にやり、と細い目をもっと細くして笑う吉原さん。

何故だか睨まれるよりも数百倍恐怖を感じた。



「で、でも吉原さんは恥ずかしくないんですか?こんなお姫様だっこなんて…」


「ユリア様の命を達成するためならば恥ずかしさなどかなぐり捨ててやるわ!」



どんだけユリアのこと崇拝してんだよ!?



と、脳内でツッコミを入れつつも私はとりあえず黙ることにした。

捕まってしまった以上、生徒会室へおとなしく連れていかれるしかないだろう。

何てたってがっちり抱きしめられているし、吉原さんは怖いし、お姫様だっこは恥ずかしいしで肉体的にも精神的にも逃げる力を失っている。



「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」



吉原さんにお姫様だっこで運ばれている間、無言というのもなんなので気になっていることを聞いてみることにした。


「何だ?」


「…フォーメーションBって何なんですか?」


逃げ出そうとした時、後ろから聞こえてきた謎の言葉。

それが発された直後あのボディービルダー野郎…もとい、増田さんが現れたのが何とも気になる。



「ああ、それはなお前を捕まえるための陣形の呼び名だ」


「陣形?」


「そうだ。ユリア様がな、お前はきっとおとなしくは連行されないだろうから何パターンか捕まえる方法を用意しておいた方がいいとおっしゃったんだ。だから俺達はそのパターンをフォーメーションという陣刑で表したんだ」



ユリア…。

なんて余計な助言をしてくれちゃってるんだ。



「…そうなんですか。ちなみにそれはどんな陣形なんですか?」


「フォーメーションAは鉄壁の防御のようにお前を取り囲む陣形、BはもしもAが失敗しお前が逃げた場合、出入り口に待機させていた者に捕まえさせる陣形だ。他にも色々と考えていたんだが、幸いお前はBで捕まってくれたから最終陣形のフォーメーションJ、お姫様だっこで今連行しているところだ。他の会員は後ろからついてきている」



J?!

どんだけフォーメーション考えたんだよこの人たち!!

というか何て、何て…



「何て無駄なことしてるのかしら」



不意に、吉原先輩の右側(私の頭がある方)から聞き覚えのある涼やかな声が聞こえた。

この声は…間違いない!


「ゆうちゃん?!」


体を動かしたらバランスを崩してしまうので、そのままの姿勢で頭上(吉原さんの右側)に向かって声をかける。



「結衣、なかなか面白い体験してるわね」


「面白くなんかないよ!恥ずかしくて死にそう。助けて…」


「それは無理よ。私も連行されてるからね」


「え?!」



何でゆうちゃんまで?

というか、連行ってもしかしてゆうちゃんも…。



「私はお姫様だっこじゃないけどね」



私の脳内を覗いたかのようなゆうちゃんの言葉。

それはほんの少し悪戯っぽい響きを持っていた。

もしかして…ゆうちゃん、私のこの状況を面白がってるのか?!



「…何でゆうちゃんまで連行されてるの?」



不満を隠しつつも隠し切れていない私の声。

ああ、私ってまだまだ子供っぽい…。

いや、実際子供だけど。



「さあ?何かついてきてくれっていうから従っただけ」



のんびりとしたゆうちゃんの答えに私の不満はしぼんでいった。

ゆうちゃんのこういう「長いものには巻かれろ」的なのほほんとしたところにはいつも脱力してしまうのだ。

どんなに苛立つことがあっても、ゆうちゃんののほほんとした声と話し方に私はいつもほだされてしまうのだった。



「どうしてゆうちゃんも連行してるんですか?」



今度は吉原さんに向かって問いかける。

何度見ても、吉原さんの細く鋭い瞳は怖い。



「ユリア様が連れて来いとおっしゃったからだ」


「ユリアが…?」



何でだろう。

ものすごく嫌な予感がする。



「さあ、着いたぞ」



「生徒会室」というプレートがついた真っ白な扉。

今まで後ろにいたユリアファンクラブの会員の一人が、両手が(私をお姫様だっこしているせいで)ふさがっている吉原さんの代わりにその扉を開く。



「やあ。遅かったね、結衣」



まるでどこかの王宮のように煌びやかに装飾された広い部屋。

その中で午後の柔らかな日差しを受けながら、にっこりと艶やかな笑みで私を迎える王子様。

目の前に広がるのはまるで物語に出てくるような美しく素晴らしい世界。



「待ちくたびれちゃったよ」



けれど私は知っている。

ここは魔窟。

王子様は見目麗しき悪魔なのだと。




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