悪魔達、敵に出会う (2)
ゆうちゃんに初めて悪魔達を会わせたのは入学式の日のことだった。
正確には会わせたというよりも、会ってしまったという感じなのだけれど。
悪魔達は入学式の時から同級生はおろか、先輩達までその外見の美しさの虜にし、早くも彼らの独壇場を作り上げていた。
その凄さたるや、彼らのファンクラブが入学式の次の日には出来上がってたというほどである。
そんな目立ちまくりの彼らと幼稚園も小学校も中学校も一緒だった私は、高校生活は地味に目立たず、安穏なものにしたいと思っていた。
それを手に入れるためには悪魔達と同じ高校へ行かないようにするのが前提条件だった。
悪魔達と過ごしてきたこれまでの日々の経験から、幼馴染だというだけで目立つことになり、僻みや妬みの対象となったり、彼らとの仲を取り持つ存在としていいように利用されたりすることが分かっていたからだった。
おまけに悪魔達によって玩具にされて様々なことをさせられるので、目立つも目立つ、むしろ悪目立ちしていく一方だった。
目立つことで、今までショックを受ける程の仕打ちに合ったことはなかったけれど、それでも僻みや妬み、そして利用してやろうという気配は否応なく感じてきた。
だからこそ、高校は悪魔達と別の学校へ入ろうと思いつく限りのあらゆる手を尽くし、悪魔達に知られないようにして密かに入学したこのがこの学校だったのだが、どうしてだか入学式に悪魔達が私と同じ新入生としてこの学校に来ていた。
その姿を見た時、私はショック死するんじゃないかと思うほどの衝撃が体を突き抜けるのを感じた。
そして本当に気を失って倒れた。
次に意識を取り戻した時、私の目に飛び込んできたのは真っ白な天上だった。
しばらくぼんやりとその白さを見つめていると、横から涼やかな声に話しかけられた。
「気がついた?」
声がした方を向くと、切れ長の目が美しい、整った顔の女の子が椅子に座ってこちらを見ていた。
これがゆうちゃんである。
「ここは?」
「保健室。あなた入学式が始まる直前に倒れたのよ」
「あなたは?」
「私?私は岡田優子っていうの。周りには「ゆうちゃん」なんて呼ばれてる。たまたまあなたの隣にいたから、私がここまであなたを運んできたの」
「えっ?!あなたが?!」
私はまじまじと彼女を見た。
どう見ても、意識を失って重たいはずの私のここまで運ぶほど力があるようには思えない。
「そう。私が運んできたの。しかもお姫様だっこでね。これでもけっこう力持ちなのよ」
そう言って悪戯っぽく笑う彼女は、クールそうに見える外見とは裏腹にとても人懐っこく見え、何だか安心した。
安心しすぎて、お姫様だっこされながら連れてこられたという衝撃の出来事に対するツッコミを入れるのを忘れていた。
「でも、重かったでしょう?ごめんね」
「平気、平気。むしろ入学式なんてかったるいもの抜け出せてラッキーだったよ」
「ずっと、側にいてくれたの?」
「そりゃ、ほっとけないでしょ」
「…ありがとう」
のほほんと笑う彼女のその笑顔と心の温かさに、思わず涙が出そうになった。
私は感動しやすく、泣き虫なのである。
「やだ、泣かないでよ」
「ごめん、嬉しくて…」
「あはは。あなた、カワイイね。ねぇ、名前は?」
「安藤結衣です」
「結衣ちゃんか。これからよろしくね」
「うん!」
思いがけない出会いで出来た友達に有頂天になった瞬間、保健室の扉が開く音がした。
見ると、悪魔達が揃いも揃ってこちらに向かってくるところだった。
有頂天だった気持ちは音をたてて崩れ落ち、消え去った。
「ゆいー、倒れてんだってぇ?大丈夫ぅ?」
千隼が甘ったるい声を出しながら抱きついてくる。
この声を聞く度に、千隼の猫かぶり声を主成分としたハチミツがあるとしたら、甘すぎて食べれないだろうなぁ、なんて考えが頭をよぎる。
「どこか悪いのかい?」
龍司が憂いを帯びた顔で覗きこんでくる。
夜はこの顔が暴走族同士の勢力争いで、血に濡れるのだから恐ろしい。
「倒れるなんて、だらしないわね」
ユリアが腕を組みながら、高飛車に言う。
まるで兵士を叱咤する女王のようだ。
倒れた理由はお前達のせいだと言ってやりたいけど、一介の兵士の声は女王には届かないのでが相場である。
この時、ユリアは素が女王様キャラなのでいつも通りだったけれど、千隼と龍司はゆうちゃんがいたので猫を被っていた。
「君は?」
それぞれ言いたいことを言い終えると、龍司がゆうちゃんに問いかけた。
その問いかけには私が答えた。
「彼女は岡田優子ちゃん。私を運んでくれて、しかも今まで付き添ってくれてたんだ。友達にもなったの」
「へぇ…」
一瞬、龍司の顔が警戒するように曇った気がしたけれど、すぐに猫かぶり中の優しい王子風の顔に戻り、にっこりとゆうちゃんに笑いかける。
あの、誰もを魅了する王子スマイルだ。
「それは結衣がお世話になって。どうもありがとう」
「いいえ。べつに結衣ちゃんはあなたのものじゃないんだから、あなたにお礼言われる筋合いはありませんし。それに、その作り笑いやめて下さい。不快です」
のほほんとした柔らかな笑顔と声で放たれたゆうちゃんの言葉は、明らかに喧嘩を売っていた。
空気が凍るような音がして、龍司の笑顔が、固まった。
私も、驚いてゆうちゃんを見つめる。
今まで、龍司の笑顔にほだされず、ましてや喧嘩を売る女の子なんて初めてだった。
「ちょっと、なによその言い方。別にお礼言うくらい、いいじゃない」
ユリアが噛みつくように、言い返す。
それに対してもゆうちゃんは柔らかな笑顔と声で棘のある言葉を吐いた。
ユリアの美しさと言葉のキツさにたじろかずに言い返す女の子も初めてだった。
「私はあなたじゃなくて、こちらに言っているんです。口を挟まないでもらえませんか?それとその高飛車な態度、気に障るんでやめてくれません?」
「なっ!?」
ユリアの金色の瞳に、怒りの炎が灯り、爛々と輝く。
美人が起こると普通の人より、迫力があるのだとこの時初めて知った。
「まあまあ。落ち着こうよぅ、二人とも。ねっ?」
「天使の笑顔」と呼ばれる甘く愛らしい笑顔で場をおさめようとする千隼に対しても、ゆうちゃんは龍司とユリアに対するのと同じような態度をとった。
「その嘘くさい甘ったるい口調と笑顔、今すぐ引っ込めてくれません?寒気がします」
千隼も龍司と同様に、笑顔のまま固まった。
千隼の笑顔に蕩けなかった子も初めてだった。
急激に保管室内の温度が下がっていく気がして、思わず私は身震いしていた。
龍司と千隼とゆうちゃんは笑顔で向かい合い、ユリアは怒りで燃え上がった視線をゆうちゃんに向け、私はぽかんとした顔でただゆうちゃんと悪魔達の無言のやり合いを見ている…。
それはほんの数分かあるいは数秒のことだったけれど、私には恐ろしく長い時間に思えた。
そして、この無言のやり合いに終止符を打ったのは、保健の先生だった。
「あら、たくさん人がいるわね」
再び扉が開く音がしたと思ったら、黒ぶち眼鏡がよく似合う、理知的な顔立ちの若い女の先生がそう言いながら入ってきた。
真っ白な白衣を身につけているので、一目で保健の先生だと分かった。
「具合はどう?」
彼女は無言のやり合いをするゆうちゃんと悪魔達との間の空気にはまったく気がつかなかったらしく、バッサリとその空気を断ち切るようにして真っ直ぐに私のもとにやって来た。
鈍感とはいかに恐ろしく、それでいて幸運なものでもあるのだとこのときほど感じたことはなかった。
「あ…はい。大丈夫です」
「そう。それなら良かった」
柔らかく微笑むと、保険医は辺りをくるりと見回した。
「あなたたち、新入生でしょう?皆もうとっくに帰ってるわよ。あなたたちも早く帰りなさい」
その言葉に対する返答をゆうちゃんも、悪魔達もする気配がなかったので、私が代わりに小さく「はい」と答えておいた。
それに満足したのか、軽く頷くと保険医は備品の整理を始めた。
ゴソゴソと、保険医が動く音だけが部屋に響く。
「…それじゃあ、私はもう帰るね」
軽く息を吐き出すと、ゆうちゃんは椅子から立ち上がり私に向かってほほ笑んだ。
「鞄はここに置いてあるから。また明日ね、結衣ちゃん」
「あっ、うん。また明日ね…ゆうちゃん!」
少々のためらいの後、愛称で呼ぶと、ゆうちゃんは嬉しそうに笑って保健室を出て行った。
その姿を悪魔達は無言で見送っていた。
これがゆうちゃんと悪魔達の出会い、さらには私とゆうちゃんの出会いでもあるのだが、この後、不機嫌になった悪魔達の玩具にされたのは言うまでもない。
この入学式があった日は、悪魔達のことを愚痴れて、さらに彼らと言い合えることができるという私にとっては天使のようなかけがえのない友を得た素晴らしい一日だったのだが、悪魔達にしてみれば彼らの思い通りにならない初めての「敵」に出会った最悪な一日だったのかもしれない。