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悪魔達、お昼を食べる

麗らかなとある春の日の午後。

青く澄み渡った空の下の中庭に広げられた五段重ねの重箱に入ったお弁当。

そのお弁当を作ってきた私は、こんな春の日には似つかわしくないほどげんなりした顔で深い深い溜息を吐いていた。

溜息の原因は、私が作ってきたこの5段重ねの重箱弁当を食べている悪魔達のせいだ。

とゆうか、私が溜息を吐くとしたら99%彼らのせいだ。



「ねぇ、結衣。どおしてたこさんウインナーじゃないの?」



鈴のような愛らしい声と共に、ケチャップで炒められたウインナーが目の前に突き出された。

青い箸でつままれたそのウインナーの向こう側に、可愛らしく小首をかしげながら薄桃色の唇をとがらせている悪魔その1が見えた。

男の子なのに女の子のような可愛らしい顔立ちと私よりも頭一つ分小さい身長、さらに明るい茶色であるが故に日に照らされると金色っぽく光るふわふわの髪と大きな瞳を持つ悪魔その1は、ファンから「天使」と呼ばれるほど可愛い外見をしている。

そのせいで、おもに上級生の女子から絶大な人気を得ており、彼のファンクラブはほとんどが年上のお姉さまにより構成されている。

そんな「可愛いい系」の悪魔その1は、その外見からは結びつかないほど腹黒い。

まさに、「天使の顔をした悪魔」なのである。


そんなことなど露知らず、彼から少し離れた後ろの方で同じようにお弁当を広げてこっそりとこちらをうかがっている「千隼ファンクラブ」の女子達が「かわいい!」と騒ぎ始めた。

うるさいったらありゃしない。



「千隼、あんたってたこさんウインナー好きだったっけ?」



彼のファンクラブ達の騒ぎ声に紛れてこっそりと問う。


昔、悪魔達のためのお弁当にたこさんウインナーを初めて入れてみた時。

悪魔その1こと千隼は、今と同じようにウインナーを箸でつまむと、

「こんな形にして、何の意味があんの?」と、鼻で笑った。

あの時の何とも微妙な屈辱感は忘れられない。

彼の必要以上に愛らしい顔に浮かべられた嘲りの表情は、些細なことでも屈辱感というものを他人に感じさせられるのだ。

とは言っても、千隼は通常その本性を隠したブリっこキャラでいるので、彼の本性を知っているのは悪魔その2、その3を含んだ私達幼馴染だけだ。

なのでこの屈辱感はそうそう他人と分かち合えない。



「ファンサービスってやつだよ。そうじゃなかったら、誰があんなバカらしい形のもの食べたがるかよ」



摘まんだウインナーを弁当箱に戻しながら、そういい返してきた千隼の顔にはまさに悪魔のようなふてぶてしさと嘲りを含んだ笑みが浮かべられていた。



というか、一度摘まんだものを戻すなよ…。

それに戻されたウインナーが何だか可哀想に見えてきちゃったじゃないの…。



そんなことを思いながら千隼の顔に視線を戻すと、大きな瞳を涙で潤ませ、捨てられた子犬のような可愛らしくも悲しげな「天使」の顔が飛び込んできた。


私はその顔を小さな溜息とともに見つめ返す。


男女問わず多くの人々を虜にしてしまう彼の「天使」の顔も、彼の本性を知る私にとっては何の効力もない。

むしろ、本性とのあまりの違いに恐怖と呆れを感じてしまうのだった。



「たこさんウインナーじゃないならいらないもん」



そう言うと千隼はぷいっと横を向いた。


その瞬間、彼のファンによるラブコールの嵐が吹き荒れた。

自然の力によって起こる本物の嵐にさえも打ち勝ってしまうんじゃないかと思うほどの吹き荒れようだ。

私の意識も吹き飛ばされてしまうんじゃないだろうか…。




「うるさい!!」



「千隼ファンクラブ」によるラブコールの嵐の中を、よく通る凛とした声が駆け抜けていく。

一瞬にして、さっきとは同じ場所とは思えないほどの静寂に包まれる。



「さっきからうるさいのよ。そんなに興奮して、あんたたちは発情期のサルかっつーの」



そんな毒気たっぷりの言葉を私の左隣りで吐き出しているのが悪魔その2ことユリアである。

彼女のよく通る凛とした声は、他を制する威圧感と吐き出された言葉が持つ毒気をさらに毒々しくさせる効果があるので、この空間は完全に彼女の独壇場と化していた。



「だいたいね、そんなに騒いだら周りに迷惑がかかるとか思わないわけ?思わないとしたら、あんたたちの知能レベルは、ブンブンと汚らしく飛び回るハエと同じね」



ハッ、と鼻で笑って締めくくると、ユリアはスッキリとした顔でお茶を飲み始めた。

ユリアの毒々しい言葉の対象となっていた千隼ファン達は、ユリアの声が持つ威圧感にしばらく茫然としていたが、ユリアが再びお弁当を食べ始めると我に返ったのか苦々しい表情を浮かべながら、リーダー格の子が反論してきた。



「な、何様のつもりよあんた。美人だからって、調子乗ってんじゃないわよ!」



確かにユリアは美人だった。

それもそん所そこらの美人とは比にならないほどだ。

ロシア人の父と日本人の母の間に生まれたユリアはいわゆるハーフというものなのだが、彼女の外見におよそ日本人らしい部分は見当たらない。

すらり通った鼻筋に、濃密な長いまつげに縁取られた大きな金色の瞳、ぷっくりと膨らんだ唇、透き通るほど白い肌に、ウエーブがかった金色混じりの栗色の髪の毛、そしてしなやかに伸びる手足に、細い体のわりに豊かな胸。

父親の方の血を色濃く受け継いだらしい彼女の、人形のようにどこをとっても完璧な美しさに勝る人を私は見たことがない。

彼女と張り合えるのは、かの有名なアニメのフジコちゃんくらいだと私は思う。



「常識的な問題に容姿で何癖付けるなんて、あんたたちの知能はハエ以下だわ」



冷たい嘲りの微笑みを浮かべながら、千隼のファンをまっすぐ見つめる彼女は、まさに悪魔的だった。



「だいたいさ、容姿で何癖付けるならあたしより美人になってからにしてくれる?不細工に言われると説得力無いのよね。ま、あたしより美しくなるなんて有り得ない話だけど」



あはは、と高らかに笑うユリアは悪魔的ではなく悪魔そのものだった。

邪悪なオーラさえ見える。



「美人は性格に難あり」とはよく言ったもので、ユリアはその典型的タイプだった。

彼女ほどの美人を見たことがないのと同様に、彼女ほど底意地の悪い女も見たことがない。

自分の美しさを十分理解しているのだから尚更たちが悪い。


あまりの自信満々さに、千隼ファンも黙り込むしかないようだった。

しかし、彼女たちの目にはまだ憎々しげな光が宿ったままだった。

そんな彼女たちの瞳から発せられる視線に、ユリアは思わず見惚れてしまいそうなほどの艶やかな笑みで対応する。

すごすぎる…。



「ユリア様、さすがッス!痺れる〜!!!」



地響きのような声援が、ユリアの後ろの方から聞こえてくる。

この学校の男子がほとんど入会しているという「ユリアファンクラブ」によるものだ。

このファンクラブでは、ユリアは「女王様」として祭りたてられている。

美しくも底意地の悪いユリアにはピッタリな祭りたてられ方だと思う。



「うるさいって言ってんでしょうが!このバカどもが!!!」



ユリアは自分のファンクラブ員には特別に厳しい。

そうなる気持ちも少しわかる。

なにせ、女王様のようなユリアを同性別の女子たちが快く思うはずもなく、当然ながらユリアのファンクラブは男だけで構成されており、それはそれは暑苦しくむさ苦しいファンクラブなのである。

正直、「千隼ファンクラブ」の方がうるさいけれどマシな気がする。



「ユリア様に怒られた…!幸せすぎる!!!」



しかも「ユリアファンクラブ」は基本、マゾなのである。

大勢の男たちがユリアの叱責に恍惚とした表情を浮かべるのはなんとも気持ちが悪いものだった。

それにしても、これではうちの学校の男子のほとんどがマゾだということになる。

…複雑だ。



「ユリア、それくらいにしておきなよ。君はいつも刺々しすぎる」



右隣から低く柔らかな声で悪魔その3がユリアをたしなめた。



「何よ龍司。偉そうに。あたし、間違ったこと言ってないわよ」


「確かにそうかもしれないけど、言い方がいけないって言ってるんだ。自分のファンにはもっと優しくしないと。それに、彼女たちは不細工じゃないよ。」



そう言うと、悪魔その3こと龍司はにっこりと「千隼ファンクラブ」に微笑みかけた。

微笑みかけられた彼女達は、さっきまでユリアを憎々しく睨みつけていた顔から一転して、慎ましげに頬を染めていた。



「龍司さんったら、なんてお優しいのかしら…!」



龍司の後ろで静かにお昼を食べていた「龍司ファンクラブ」がおしとやかに騒ぎ始めた。


落ち着いた茶色の髪に、切れ長の瞳が印象的な整った顔立ち、程よい筋肉がついたバランスの良い体に、柔らかな物腰と笑顔の龍司はファンクラブ員達には「王子様」扱いされている。

そのせいかファンクラブ員には下級生の女子が多い。

「王子様」である龍司にふさわしくあるために、日々おしとやかでいることが「龍司ファンクラブ」の掟にあるらしい。


しかし、龍司が本当は「ドラゴン」というこの地域一帯を占める暴走族のトップというバリバリの不良であり、学校では生徒会長であるから王子様のように振舞っているに過ぎないということを彼女達は知らない。




「それにしても、千隼さんのファンクラブ員であるにもかかわらず、龍司さんの笑顔に頬を染めるなんて…はしたない人たちですね」



龍司が「千隼ファンクラブ」員に優しくしたのが気に食わなかったのか、「龍司ファンクラブ」のリーダー格の子が「千隼ファンクラブ」に喧嘩を売った。



「はしたない!?お上品ぶってるけど、あんた達だって千隼くんが涙目になってふてくされた時、「かわいい!」って小さくはしゃいでたじゃない!見てたのよ!」


「そっ、そんなことありませんわ!妙な言いがかりをつけないで下さい!」


「おい、お前たち!うるさいぞ!ユリア様が静かにしろと言っていただろうが!」


「マゾは黙ってなさいよ!!」



3つのファンクラブが、互いに揉め始めた。

この学校の生徒は必ずこの3つのうちのファンクラブのどれかに所属しているらしいので、この中庭には現在、全校生徒がいるということになる。

騒々しさは半端ない。



「ちょっと龍司。あんたのファンクラブが売った喧嘩のせいでこんなことになってんだから、あんたがどうにかしなさいよ」


ウインナーを口に放り込みながら、ユリアが龍司に責任をなすりつける。

この騒ぎの引き金の大元に自分も関係していることを完璧に無視している。



「もとはてめぇが千隼のファンに喧嘩売ったのがいけねぇんだろうが。俺はそれを丸くおさめてやろうとしただけだ。てめぇがなんとかしろ」


柔らかな微笑みを浮かべたまま、不良丸出しの口調で言い返す龍司の目は冷たい光を浮かべて責任をユリアに戻す。

冷酷な悪魔を思い起こさせる笑顔だ。

けれど、そんな悪魔的な笑顔に似合わず食べているのは卵焼きだ。



「だってあれは、千隼のファンが常識をわきまえていないからいけないのよ。千隼がファンのしつけをきちんとしていたらならなかったことだわ」



ユリアがミニハンバーグを齧りながら、責任を千隼に回す。



「俺は関係ないだろ。それより、龍司がおれのファンを横取りしようとして笑顔を振りまいたからいけないんじゃないのぉ?」



鮭のおにぎり片手にミートボールをほおばりながら、千隼がさらに責任を龍司に回す。



「誰がてめぇのバカ丸出しのファンなんか欲しがるかよ。あの笑顔はあの場を丸くおさめるためだっつったろーが。」


「お前のお上品ぶってるファンよりはマシだろ。あのお上品ぶりは気持ち悪くて笑える」


「いや、てめぇのブリっこの方が気持ち悪いだろ」


「ユリアの性格ブスよりはマシでしょ」


「龍司の「王子様」ぶりの方が気持ち悪くて反吐が出るわ」


「…」


「…」


「…」



いつの間にやら、ファン達の騒ぎの責任なすりつけ合いから話がずれている。

悪魔達は互いの欠点をけなし合うと、途端に無言になってお弁当を食べ始めた。

周りでファン達がまだ揉めている騒がしさの中心で、妙に静かなこの場の雰囲気が怖くて私はバカみたいにお茶をガブ飲みしているしかなかった。



「てゆうかさ、この騒ぎの責任は結衣にあるんじゃない?」


「は!?」


沈黙を破った千隼の言葉の突拍子のなさに、驚く。

危うくお茶を吐きだすところだった。


「…どうして私にあるのよ!どう考えても私は関係ないでしょ!?」


「だってさ、結衣の作ってきた弁当に入ってたウインナーがたこの形じゃなかったから俺はファンサービスを思いついちゃったわけ。そこから俺のファンが騒ぎだして、ユリアとケンカして、龍司が丸くおさめようとして、それに龍司のファンが嫉妬しちゃって…。ほら、元は結衣のせいだ」


「なっ、何よそれ!言いがかりじゃない!」



どうしてそうなるのか理解できない。

しかも、お弁当を作ってもらってる立場のくせに、何て言い草なんだ!



「確かにそうかもしんねぇな」


「あたしもそう思う」



龍司とユリアが千隼の突拍子もない言葉に納得する。

さっきまで、お互いに責任をなすりつけ合っていたのにこんな突拍子もない意見に納得するなんて、同じ悪魔同士、凡人の私には理解できない何かがあるのかもしれない。



…なんて変に納得してる場合じゃない!!!



「何、納得してんのよ!絶対に私のせいじゃない!!私は関係ない!!」



「いや、結衣のせいだね」


「ああ、結衣のせいだな」


「結衣のせいよ」



3人の悪魔達は、誰もを魅了する艶やかな笑みを浮かべて私を見る。

普通なら、思わずとろけてしまいそうなほど美しく完璧な笑み。



しかし、私は冷や汗が背中に流れるのを感じながら引きつった笑みを浮かべていた。

私は知っているのだ。

彼らの笑みが真に意味していることを…。



「お仕置きが必要だね、結衣」


千隼が可愛らしい声と笑顔で恐ろしい言葉を口にする。



「今回はどんなことさせようかしら?」


ユリアが優しげな微笑みで毒気たっぷりの考えを呟く。



「今回も楽しませろよ」


龍司がにっこりと王子様スマイルで邪悪な思いを吐き出す。




心の底から楽しそうに笑う彼らを前に、私は固まっているしかなった。

いつの間にか、五段重ねの重箱に詰めてきたお弁当は作ってきた私が一口も食べないうちに跡形もなくなっていた。


いつもこうなのだ。

毎日毎日大食いの悪魔達のお弁当を作らされて、彼らのファンの騒ぎに囲まれて、最終的にはその騒ぎの原因を私のせいにされて、気がつけば私は自分で作ってきたお弁当を一口も食べられないまま、「お仕置き」と称した彼らの遊びの玩具にされるのだ。





私は溜息をつくと、憎たらしいくらい清々しく晴れた春の空を見上げ、その空のどこかにいるとされている神様に向かって、心の中で叫んだ。



どうか、私をこの悪魔達から救ってください!!!!!



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