悪魔達、天使を閉じ込める
私は天才型の悪魔達と違って、完全なる努力型の人間である。
勉強だって運動だって努力すればそこそこの結果を出せるけれど、何もしないくせに最高の結果を出せる天才型には遠く及ばない。
けど、そう、努力さえすればある程度はクリアできるのだ。
しかし、努力をもってしてもクリアできないものはある。
人はそれを「苦手なもの」と呼ぶのである。
「何だその英文はああああああああああああああああああ!!!」
私には「苦手なもの」が色々あるけれど、その中でもトップスリーに入るほどダメなものが英語である。
どんなに勉強してもまったく理解できない。
そりゃもう周りが引くくらいに。
――――くっそおお!!ヒントが英文だなんてえげつないじゃないのおおお!!
当然ながら悪魔たちは私が英語を苦手としていることは知っている。
知っているからこそヒントを英語で出しやがったのだ。
一筋縄では解けないヒントを出すなど悪質極まりない行為である。
――――ムカつくけどこのヒントだけが頼りなんだから文句ばっか言っててもしょうがない……頑張れ私の脳味噌っ!!
とにかくこの英文のどこがヒントなのか考えなければ。
英文自体に意味があるのか。
それとも和訳された内容に意味があるのか。
この英文がもつヒントの可能性は色々とある。
――――うーん、とりあえず英語の辞書でも見つけてくるか……
教室に行けば鞄の中に電子辞書があるけど、私の教室があるのは二階だ。
この学校は全部で五階建て(+屋上)で、屋上から降りる階段であるここから教室へ向かうのには遠すぎてリスクが高い。
ならば五階にある図書館で紙の辞書を見つけた方がリスクは低いに違いない。
移動距離が短い方が鬼に見つかるリスクも低いのだから。
……まあ、鬼の数が膨大だから見つかるのは時間の問題だろうけどネ。
「よし、行くぞ!」
決意したら即行動。
私は勢いよく階段を駆け降りた。
* * * * * * * * * * * * * * * * *
「ふふっ、いいザマね~岡田優子!」
ぷっくりとした形の良い唇を持ちあげてユリアは満足気に嗤った。
腰に手を当てて見下した視線の先にいるのは、鉄製の小さめの檻に入れられた一人の少女。
切れ長の黒い瞳が特徴的な岡田優子であった。
「こんなのに人を入れるなんて悪趣味極まりないわね」
檻に入れられているというのに、穏やかな笑みを浮かべながらユリアを見上げる優子には微塵も動揺が感じられない。
むしろ寛いだ様子で檻の中に座っていた。
「ちょっとは動揺したらどうなの?ほんとムカツクわねあんた」
「動揺したら出してくれるの?」
「『お願いしますここから出して下さいユリアさま!!もう二度とあなた様の気に障るようなことはいたしません!!むしろ奴隷にでもなります!!』って泣きながら土下座して言ってくれたら出すことを考えてあげてもいいわよ」
「そんなこと虫唾が走るほど大嫌いな相手に言うわけないじゃない。そんなことも分かんないの?あなたバカ?」
「何ですって…!?」
ふるふると怒りに身を震わせるユリアを優子はおもしろそうに目を細めて眺める。
対するユリアが優子に向ける視線はそれだけで彼女を殺せそうなくらいには鋭い。
両者の間にはブリザードが吹き荒れていた。
「ぎゃははっ!ユリアが口で言い負かされてるなんて超ウケるっ!!」
「うるさいわよ千隼ッ!!まだ負けてなんていないんだからっ!!」
ユリアの横に立っていた天使のような美少年・千隼が爆笑する。
ユリアは笑われたことが許せないらしく、ますます怒りを募らせていた。
優子は切れ長の黒い瞳をすいっと動かして笑い続ける千隼を見つめた。
「ちょっとそこのおチビさん。私、いつまでこの中に居ればいいの?」
「……てめぇ、今『チビ』って言いやがったのか?」
「ええ、そうよ。あなた以外にどこに『おチビさん』がいるのかしら?」
千隼の身長は152cmと、男にしてはかなり低い方だ。
その低身長と可愛らしい顔で天使と呼ばれているのだが、本人は低身長なことを指摘されるのが大っ嫌いであった。
「あはははッ!!お、おチビさんですって!!確かにあんた意外ここにはおチビさんはいないわねっ!!」
「おい、ユリア!てめぇそれ以上笑ったらその顔ぶっ飛ばすぞッ!!女だからって容赦しねぇっ!!」
「あんただってさっき散々あたしのこと笑ったじゃないのよっ!!ぶっ飛ばせるもんならぶっ飛ばしてみろってのよ!!ああ、でもあたしの顔まで手が届くかしらねおチビさんっ!」
「この高飛車クソ女ッ!!ぶっ飛ばす!!」
「やめろ、お前ら」
ユリアと千隼が掴み合いの喧嘩を始めようとしたまさにその時。
放送をし終えて生徒会室へと戻ってきた龍司が二人を制する。
そしてそのまま二人の間へと入り、優子が入っている檻を見降ろす。
「君はなかなか口が達者なようだね、岡田さん。この二人をおちょくって楽しかったかい?」
「あら、何のことかしら。てか、その喋り方素じゃないんでしょ?本性と似合わなさ過ぎて気持ち悪いからやめてくれない?」
「へぇ、君は僕の本性とやらを知っているのかい?結衣が教えたのかな?」
「それもあるけど、私けっこう顔が広くてね。あなたについての情報も色々と知っているのよ。それに私、直感がかなり働くの。あなた達と初めて会った時、あまりにも胡散臭すぎて吐き気がしたくらいよ」
「ひどい言われようだな。このキャラけっこう人気があるんだけどね」
「暴走族の頭が真逆の性格を演じてるなんて胡散臭いとしか言いようがないでしょ?」
「そんなことまで知ってるなんて驚きだなぁ。学校では品行方正な生徒会長として上手く隠せてると思ってたのに」
「だからそのキャラやめてって言ってるでしょ。気持ち悪い」
「生憎、僕は親しくもない人間に本性を見せるようなタイプじゃないんだ。ごめんね?」
「……気がついてはいたけどあえて言うわ。あなた相当性格悪い」
「君もなかなかのものだと思うけど?結衣から聞いてた君はもっと穏やかな感じがしてたんだけどね」
微笑み会う二人の間にはただならぬ不穏な空気が漂っていた。
触れようものなら即感電死してしまうんじゃないかというくらい、ピリピリと張り詰めたこの空気を前に、ユリアと千隼は巻き込まれたらめんどうだとばかりに早々に部屋の中央に置かれている応接用の柔らかなソファにに腰を下ろして、二人のやりとりを傍観していた。
「まぁ、僕らの性格の話は今は置いとくとして。岡田さん、君にはこの特別な招待席の中で面白いものを見せてあげよう」
「あら、この最高に趣味の悪い席でどんだけつまんないものを見せてくれるって言うの?」
「ふふ、これだよ」
そう言いながら龍司は優子が入れられている檻から少し離れた正面にある応接用の大きな机に近づき、その上に置いてあったリモコンのスイッチを押す。
すると大きなスクリーンが天井から降りてくる。
そこに映し出されたのは周りを警戒しながら走っていく結衣の姿だった。
「結衣…」
「どう?よく撮れてるだろう?」
「これ、どうやって…」
「隠密、スパイ、情報屋…呼び名は色々だけど、まあそういった類の人間が僕の家にはいてね。彼らは特別な訓練を受けた優秀な人材だから、平凡な女の子一人を尾行して撮影するなんてお手のものなんだ」
「一歩間違えれば犯罪ね」
「何事もバレなければ問題は起きないものだよ」
「……」
振り向いて優しく微笑みながらそんなことを言う龍司に優子は呆れた視線を向けてから、もう一度スクリーンへと目を向ける。
何事にも一生懸命に取り組む結衣の姿は可愛らしいのだけど、今回は事情が違う。
やらされている内容がフェアではない。
「結衣からあなたたちの『遊び』の話はいくつか聞いたことがあるけど、本当にこの檻と同じくらい悪趣味なことしてるのね」
「ひどい言いようだね」
「宝箱の在処が特に悪趣味だわ」
「へぇ…そう言うってことはあの放送で君は宝箱の隠し場所が分かったってことなのかな?」
「ええ。宝箱の在処は―――――」
優子が宝箱の隠し場所を口にすると、龍司は正面に顔を戻したまま暫く口を開かなかった。
そして不意にすらりと高い体を細かく震わせ、笑い始める。
対して、ソファーに座るユリアと千隼は不機嫌さを隠そうともしないしかめっ面をしていた。
「ふふふ、岡田さん、君はなかなか頭が良いようだね。正解だよ」
くるり、と振り返り再び優子の傍へと戻ってきた龍司はその手でそっと檻を握る。
そしてその茶色い切れ長の瞳で、優子の黒い切れ長の瞳をとらえた。
「だけど岡田さん、これだけは覚えておいて。僕は無駄に頭が良くてしゃしゃり出てくるような女の子はあんまり好きじゃないんだ」
誰もが見惚れるような柔らかな微笑みを浮かべて。
誰もが聴きほれるような優しげな声音で語りかけて。
「その賢い頭と鋭い直感で、僕たちの邪魔をしようとはしないでね?」
誰もが慄くような冷たい瞳で、悪魔は天使を檻の向こうから見下した。
更新がたいっっっへん遅くなってしまって申し訳ありません!!!
しかもあまり物語が進んでいない気もしますが……少しでも楽しんでもらえると嬉しいです…!
そして感想を下さった方、本当に感謝しております!!
お待たせして申し訳ありませんでした…!