表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/31

第17話:年頃(同年代)の女の子はわかりません!

 そこに立っていたのは、来栖瑠璃――来栖家の次女にして、次期当主。その人だ。

 にこり、と笑うその姿は、とても気品のあるものだ。教養、とでも言おうか。とてもではないが、我が家では彼女のようなお淑やかな性質を持つ女子はいない。頭髪にも、全く遊びがなく、やや小麦色に映えるロングヘアーは、きちんと手入れされており、ボサボサに伸ばし放題の椿姉や伸びたと思ったらすぐに切る楓姉とは全く違う。

 まあ、我が家の戦闘系女子を来栖家のお嬢様と比較するのは酷というものだろう。そもそも、立っている土俵が違う。

 

 だが、それだけだ。一見すれば、格のある家柄に生まれた才女だろうが、その裏側はただの女の子だ。楓姉や僕は、人に言うのも憚られるような裏の仕事を熟していた。故に疲労を隠すこともできるし、そもそも楓姉に至っては疲労すら感じていないだろう。

 だが、彼女は違う。恐らく、昨日の事件で襲撃というものを初めて経験したに違いない。笑顔を絶やしてはいないが、化粧で隠した目の隈を僕は見逃さなかった。

 

 僕の目の前に立っているのは、ただの女の子だ。本当に、ただの女の子なのだ。


「な? 言ったろぉ、ただの女の子だって」

「……そういうことなのね。これは、僕の方が下手に緊張していたら瑠璃様の負担になるかな」


 肩の力を抜く。七瀬さんの言う通りだ。僕の仕事はこの三年間、瑠璃様が安心して学業に専念――否、普通の女の子の生活に専念できるように守ること。そんな彼女に、御剣である僕が緊張していると悟られれば余計な負担になるのは間違いない。

 ……御剣の力は荒事向きだというのに、まさか一人の女の子を守りきるために武力以外の能力が求められるとは。

 だが、やるしかない。これは御剣家の次期当主である僕だけが出来る仕事なのだから。


「……アンタが御剣棗ね」


 ぼんやりと瑠璃様を観察していると、彼女の傍に立っていた女の子がずいっと僕の視界に入って来た。その人物の眉は不機嫌そうに曲がっており、口もへの字。笑えば可愛いのだろうと、容易に想像のつく相貌はどこか僕に対して不快感を露わにしていた。

 彼女の名前は知っている。一ノ瀬紗綾――僕と同じ、護衛メイドで瑠璃様と同い年である。つまりは、僕と同じ彼女の学業の合間を守る最終防衛ラインに立つ子だ。 

 椿姉から渡されていた資料には、当然彼女に関しての記載もあった。亜人ではないものの、御剣家の人間と同じ、世間一般には能力者と呼ばれる存在だ。

 ただ、彼女の戦闘に対する技量は難あり。千草様が次期当主であった時は彼女一人付けていれば、周囲の護衛メイドだけで十分であったが、千草様が病に倒れた今、彼らだけでは荷が勝ちすぎている。

 だから、そのために僕が呼ばれた。今までの環境が激変し、僕という異物を受け入れるのは彼女にとって耐え難い屈辱なのか、それとも他の何かなのか。当事者ではない僕には想像がつかないけれども、恐らく彼女が不機嫌なのは、きっと僕に理由があるのだろう。


「はい、先ほどはどうも。一ノ瀬さん」


 ゆえに、(つと)めて笑顔で。これからは瑠璃様の傍で共に働く仲間である。ならば、少しでも良い関係で働きたいと思うのが人間の性というものだ。


「……暗部の超人、その妹って話には聞いていたけれど。大したことなさそうね」


 暗部の超人。それは隣にいる楓姉のことだろう。来栖家の暗部……公表されることのない、戦闘におけるエリート集団。その中でも超人の名を冠するのは、僕の姉である楓姉だけだ。

 ……比較されることは重々承知だ。そして、劣っていると評価されることも。経験も、地力を埋めるだけの修練も、何もかもが楓姉に負けているのだから。

 しかし、人の家族を目の前でよくもまあ、罵れるものだ。そう思い、楓姉の方をちらりと見ると、唇に指を当てていたずらを仕掛けた子供のような笑みを浮かべる。

 ああ、なるほど。どうやら、一ノ瀬さんには暗部の情報はあまり与えられていないらしい。まあ、好き好んで彼らの仕事の内容を知る者はいないだろうし、知らない者は少ない方が良いのも事実だ。来栖家のために働くエリート集団――それだけを彼女が知っていれば良いと、来栖家のご当主は考えたのだろう。


「ええ、一ノ瀬さんの先日の仕事振りには到底及びません。ありがとうございました」


 彼女が瑠璃様を守ってくれていたからこそ、白狗の少女を守りながら正面からぶつかることが出来た。もし仮に、あの車が走行不能になれば瑠璃様を抱えて離脱するしかなかっただろう。

 だというのに、僕はあのガスマスク野郎を取り逃がしてしまった。これは咎められるべき失態だ。彼女の言葉に棘が含まれるのも仕方のないことだろう。


「馬鹿にしてッ……!」


 感謝の言葉を述べたのだが、どうやら一ノ瀬さんには侮辱ととられたらしい。……助けて、楓姉。年頃の女の子はよくわからないです。

 

「紗綾? まあ、昨日の……」


 談笑というには、あまりにも剣呑な雰囲気を(一方的に)放たれながら続こうとした会話は、瑠璃様の声で中断した。

 なるべく、こういった禍根は早く摘みたいのだが、瑠璃様を蔑ろにすることなど出来るはずもなく。僕はすぐさま背筋を伸ばし、


「おはようございます、瑠璃様。本日より正式に瑠璃様の護衛メイドとして部隊に配属されました。御剣棗です」


 背筋を伸ばして頭を下げる。当然、彼女を相手に礼節を欠いてはならない。たとえ、中身が普通の女の子といえど、来栖家の次期当主。


「昨日はありがとう、棗ちゃん。おかげで助かりました」


 ……棗、ちゃん? ああ、なるほど。僕は今、メイド服を着た女の子。そう呼ばれることも、まあ、あるだろう。同年代の女子の、それも、瑠璃様に! 女装を見せつけ! それだけでは飽き足らずちゃん付け呼ばわり!


 ……僕は変態じゃない。何度でも言うが、僕の名誉のためにこれだけははっきりとさせておこう。僕は決してこの状況を楽しんではいないし、脱げるのなら、このメイド服を今すぐにでも脱いでジャージに着替えたいほどだ。


 まずい、これ以上は僕の精神ががりがりと削られる。何より、後ろで肩を震わせながら笑いを堪える楓姉に対する怒りは留まるところを知らない。後で母さんにあることないことでっち上げておこう。


「も、申し訳ありませんが瑠璃様。僕のことは棗とお呼びください」


 ただでさえ、女装をしているという罪悪感を抱きながら職務を全うしているのだ。心の中で母の姿をした悪魔が「棗ちゃん、背徳感として楽しめば楽になるわよ?」と見知らぬ境地へ僕を誘おうとするが、黙殺。天使の姿をした葵が「お兄ちゃんでも、お姉ちゃんになっても、私は葵お兄ちゃんのこと、好きだよ?」――ってちょっと待って。それ、切り落とす話じゃないよね?


「まあ、それなら、私のことも瑠璃、とお呼びくださいね」

「ちょっと、瑠璃ッ!?」


 ははは、瑠璃様もご冗談がうまい。げらげらと笑う楓姉は絶対に許さないとして、これは少々まずいことになりそうだ。


「えっと――」

「瑠璃様、歓談中に悪いが、そろそろ学校に行かないと遅刻になりそうだ。紗綾、お前もさっさと車に乗れ。御剣の――棗様とそちらは足があるか?」


 僕がしどろもどろとしていると、玄関から声が掛かって来た。ああ、送迎車の運転手である経島不動さんだ。先の襲撃時には、見事なハンドル捌きで瑠璃様を守り抜いた男である。

 今の僕には彼が救世主に見えてならない。この居た堪れない空間から一秒でも抜け出せるならば、喜んで仕事をしよう。


「こっちは任せろってぇ。この様子じゃあ、少し難しいんだろぉ?」


 何が難しいというのだろうか。別に僕は経島さんの車に乗ったところで、何ら不便は感じないが。寧ろ、座り心地の悪い楓姉のバイクよりは、来栖家の送迎車のシートの方がお尻に優しいだろう。僕がどちらに乗りたいかなど、火を見るよりも明らかだ。


「すまんな。助かる」


 そういう経島さんの視線は、ちらりと一度だけ一ノ瀬さんを向いただけで、すぐさま瞼によって遮られた。


 一体、なんだというのか……。今の僕には、まるでわからない問題であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ