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第14話:ヒバナ《下》

長いね、ごめんね……!

 人質――それは、御剣に対して逆効果だ。力無き者達の守護者、それが来栖家の掲げる大義。そして僕ら御剣は、その大義を果たすためならば剣として万全に機能する(・・・・・・・)


「御剣、貴方は理央――いえ、白狗を見捨てるの……?」


 白狗の少女は怯えるように、僕の腕を掴む。人質を前に「一撃で決める」と言えば、人質を無視して強行するように聞こえたか。必要があればそうするが、今回の目的は「瑠璃様が安全な場所まで離脱する時間を稼ぐこと」である。その依頼が達成された今、僕が人質である白狗をどうしようと関係ないわけで。


 つまり。


「助けますよ、勿論」


 手繰り寄せる結果は最善であるべきだ。何より、彼女達は来栖家の庇護下にいる社会的弱者である。ならば、助けるのは道理だ。


「――御剣」

「任せて下さい」


 それは安堵か。抱えた白狗はもう、守る必要はない。どうせ次の一撃で全て決まるのだ。僕は彼女を静かに下ろすと、ガスマスク野郎を見つめる。


 一撃でガスマスク野郎を伸して、同時に捕らわれた白狗の少女――理央、と言ったか。彼女も救う。文章にしてしまえば簡単だが、さて。出来るかどうかは別問題――まあ、『いつも通り』やれば問題ないだろう。


 ……その『いつも通り』の中にメイド服を着用するという旨の記載はないのだが。


「吐いた唾は飲み込めないぞ、御剣。まあ、そいつらを守るために死ねれば本望だろう? 私にとっても有難い話ではあるがな」

「減らない口だな……御剣を相手に、そんなことを言える余裕なんて君には無いんだよ?」


 とは言え。今の僕は非常に遺憾ではあるが、壱式の性能頼りの面が多い。まだまだ椿姉や楓姉の域に達するほどの経験を僕は積んでいない。


 未熟者。その言葉は、どのような刃物よりも僕を傷つけるナイフだ。――ああ、わかっているとも。亜種能力者程度、能力を使わずとも倒さねば御剣の次期当主という看板を背負うことは出来ない。だというのに、僕は目の前のガスマスク野郎相手に時間を使っている。

 

 言い訳をするつもりはないが、ガスマスク野郎自体の技量は大したことは無い。ヒバナの一撃を止めているのは、常にあの黒い靄だ。さらに、僕の高速移動を処理しているのも常に奴の能力である。本来であれば、壱式の加速装置で振り切れるはずだが、黒い靄が奴の体に纏わりついて奴自身に大きな浮力をもたらしている。


 奴の能力は自己強化の完結型か――だが、その程度であれば亜種と指定されるはずがない。やはり、黒い靄に触れるのが危険なのだろうか。だとすれば、その能力が奴の売りなのだろう。


 いや、と思う。それならば一つ、おかしな話がある。


「ふん、どうやら上の連中も貴様らを過大評価しているきらいがあるな。御剣がこの程度(・・・・)とは。いかに平和を説こうと、力無き弱者の戯言に付き合うほど我らは暇ではない。――ここで死ね、来栖の飼い犬」

「……」


 挑発にしては二流だ。だが、それに負ければ三流である。そして、そのどちらに身を置くことを僕は許されていない。

 

 完膚なきまで叩きのめす。その結果、どちらに転んでも、それが一番効率的(・・・)だ。


「――気が変わった。売られた喧嘩は買い叩いてあげる。御剣を見くびったツケは払ってもらうよ」


 真っ白な手袋をはめなおす。僕の推測が正しければ、これが奴の弱点だ。


◇◇◇◇◇◇


 来栖家が横を走り抜けていくのを確認したのは、随分前の話だ。楓は両手で二つ丸を作り、双眼鏡を覗くように棗と黒い獣――今は中身のガスマスクを装着した人物の激闘を観戦していた。

 しかし、それも少し過ぎた頃か。両者の動きが止まる。その様子を楓はおや、と思い、耳をそばだてる。常人の聴力では到底聞くこともできない距離であるにも関わらず、彼女は難なく両者の会話を頭に入れていた。


「おいおい、どうするよぉ。棗のやつ、完全にスイッチが入っちまったぞ」


 独り言のように呟く。勿論、彼女の周囲に人はいない。しかし、その言葉に返す者が遙か遠くにいることを楓は知っている。


『……まあ、想定していなかったと言えば嘘になるが。しかし厄介なタイミングで地雷を踏まれたな。やはり向こうの狙いは御剣の能力の観察だったか、やれやれ完全に裏目に出たぞ』


 その声は、台詞とは裏腹に落ち着いた声音で楓にそう言った。

 椿である御剣家の一室から、棗の戦闘を逐一記録している彼女が現状を把握していないわけがない。旗色が悪い、と判断するにはあまりにも早計だが、棗の実力を知る楓は僅かに苛立ちを感じていた。


 素手で殴った方が早い。


 楓の感想はそれである。メイド服の機能はいい。なにせ、棗が可愛くなるのだ、ならば多少の機能が付いていようとも、あのだぼだぼのジャージよりは何百倍もマシである。

 だが、あのヒバナという武器は駄目だ。見た目だけが立派で、無駄に派手だ。総評として、棗には不要――それどころか、棗が本来持つ徒手格闘の技能を全て殺す(・・・・)ための得物にしか思えない。


「無用の長物だなぁ、あのヒバナとかいう武器はよぉ」

『それが狙いだからな』


 楓はその様子に「またか」と内心で独り言ち、その言葉を口にする。


「おい椿、あのメイド服の仕掛け、棗に伝えたやつが全てじゃないな?」


 いつもの間延びした声音は鳴りを潜め、楓はドスのきいた声で通信機に語り掛ける。


『当然だろう。たかだが、加速装置の連続使用で戦闘継続の出来ない欠陥品など、私が棗に渡すものか。今、壱式が稼働している状態は10%と言ったところだな。解除している機能はヒバナを操作するのに必要な膂力の補助と加速装置、あとは棗の能力を使用させないための保護装置だ。もっと言えば、保護装置を除いてそれらの機能も限定的に解除しているに過ぎん』


 態々、手間をかけて椿は棗を弱くしている。その狙いは幾つが心当たりがあるが、楓は椿にその先を促した。


『薄々気付いているだろうに。楓、私達は強すぎるんだ(・・・・・・)

「……何を今更」

『ああ、今更だ。いや、今だからこそ、私達――御剣が弱いと印象を与える必要がある』

「その必要性は何だよ」

『来栖家には御剣という武力を掲げるのではなく、来栖家が平和を望むという意思を示す必要がある。いいか、私達は言わばゲーム盤の上に出したら勝つ最強の駒だ。少なくとも、能力を使えばな。その駒を握っている状態では来栖家がするゲームは永遠にワンサイドだ。そんな奴が宣う平和なんて、仮初のものでしかない』


 その言い分は尤もである。だが、その物言い、もっと言えば、その台詞を語る視点が、どうにも楓には納得できなかった。いや、この視点で平和を語る唯一の人物を楓は知っていた。


「それは、千草の願いだろう?」

『そうだが?』


 ずず、とコーヒーを啜る音が聞こえる。だからどうした、と言わんばかりの姉の豪胆さに、流石の楓も辟易とする。


「なるほど。お前の棗の守り方は相変わらず分かりにくいな」

『私のやり方は分かりずらい方がいい。あの子の能力は使われないことがベストだ。だが万が一、それが使われるときがあるとすれば、それは棗ではなく来栖家の次女――瑠璃という少女に判断が委ねられる』


 ふん、と楓は鼻を鳴らす。合理的に物事を判断する姉が瑠璃という少女に棗を託すという、何とも呆気ない結論を出したことに彼女は失望していたのだ。


「……私には来栖の次女が棗を使いこなせるとは思えないな。こうなった手前、鬼婆や母さんに歯向かおうとは思わないが、納得は出来ないぞ」

『結論を急ぐな、愚妹よ。今の瑠璃様に棗を渡すことはできないが、これから三年間ある。それだけあれば、千草の爪の垢を煎じて飲むくらいの時間はあるだろう?』


 悠長な話だ――楓は懐にあった保存食を齧りながら、傍らに置かれた魔法瓶のカップに手を付ける。


「瑠璃は千草と違うぞ」

『わかっているとも』


 燃費の悪い体を癒すように、水で口の中身を胃に押し込む。嫌な考えは、いつもそうして自分の中へ流し込んでいた楓にとって、それは慣れたものであった。


◇◇◇◇◇◇


 鬱陶しい黒い靄は、やはり僕の動きに対応してきた。どうやら、是が非でも御剣に繋がる情報が欲しいようだ。その攻撃の執拗さは目に見えて上がっている。


 だが、それも見飽きた。


 ヒバナに仕込まれた引き金を再び引く。振るわれたヒバナは吠えるように歯車を回転させ、再び黒い靄へと噛みついた。


「馬鹿の一つ覚えが……!」


 ここで仕掛けるとは思わなかったようだ。ガスマスク野郎は、僅かに焦るが難なくヒバナを対処する。だが、これで納得がいった。


「何を焦っているのさ。それ(・・)なら防げるんでしょ?」

「……!」


 目は口程に物を言う。ガスマスクの二つのレンズ越しに映る双眸が覗かせた色は、まさしく驚愕。やはり、ガスマスク野郎の虎の子はそれ(・・)だったようだ。


 それ――僕が確認したのは、黒い靄から覗く金属の巨大な刃物だ。その全貌はまだ見えないが、刀剣の部類で間違いはないだろう。何も知らずに黒い靄に触れていれば五体満足で生還できたか怪しい。

 つまり視認性の悪い夜の中、さらに黒い靄の中で奴はこの武器を隠しつつ、さも黒い靄自体に何かしら仕掛けがあるように見せかけていたのだ。


「そのガスマスク姿で騙されたよ。亜種能力者なんて大仰な名札をぶら下げているもんだから、てっきり無差別に毒ガスでもばら撒く能力かと思ったけれど、蓋を開ければ只の手品師か。――がっかりだよ」


 散々、御剣をこき下ろした実力者がこの程度――確かに、黒い靄に隠された暗器に気付けなければ手こずるだろう。だが、種が明かされてしまえばどうということは無い。


「まずは白狗を開放してもらうよ」

「……やれるものなら、やってみろ!」


 牽制するように振るったヒバナを防ぐため、奴は大げさに巨大な刀剣で防ぐ。傍らの白狗に意識を向ける暇を僕は与えない。僕はそのまま加速して、対処する隙を与えぬまま白狗を確保した。


「――ッ!」

「遅いよ!」


 加速を殺すことなく、僕は体を捻ってガスマスク野郎の右肩に蹴りを叩き込む。強烈な蹴りは加速というエネルギーを伴い、奴の右肩で爆発した。どうやら、想像以上の破壊力があったらしい、足の先から伝わる感触が、奴の肩を破壊したことを如実に伝えてきた。

 

 本当に手応えがない。初めての亜種能力者とあって、緊張していたのが馬鹿みたいだ。

 ぐったりとした白狗を下ろすと、仲間の白狗が駆け寄ってくる。


「理央!」

「大丈夫、息はしています」


 すぅすぅと、その白狗の胸はしっかりと上下している。命に別状はないということを確認するとともに、やはりあのガスマスク野郎の能力による黒い靄に危険性がないことを確信する。

 役割を終えた壱式はヒバナを格納した後に、短かったスカートを伸ばし、つい数刻前まで着用していたメイド服――つまりは待機状態へと戻ってしまう。だが、ここまで来ればチェックメイトだ。壱式の機能に頼ることはないだろう。


「悪足掻きはもう終わりですか? なら、二度と来栖家にちょっかいを出そうと考えない程度に痛めつける程度で許してあげますよ」


 溜息混じりに僕はガスマスク野郎に告げる。言わば克服勧告だ、幸いなことに瑠璃様の命に別状はない。少々手痛い結果にはなったが、御剣が掲げているのは来栖家の大義を果たすための武だ。甘えかもしれないが、僕はあまり殺したくないというのもある。


「――本当に未熟だな。御剣の……三女か? 確かに戦い方は歴戦のそれだな。だが、能力者……それも亜種能力者は初めてだな?」

「……そこまで行くと見苦しいよ。その肩じゃ、立つのも辛いでしょ? この期に及んで君にできることなんて、つまらない手品の種明かしくらいだよ」


 よろよろと立ち上がる姿は、なんとも哀愁を誘う。まだ生まれたての小鹿のほうがしっかりと立つだろうに。

 だが、それでもガスマスク野郎の纏う不穏な雰囲気に僕は僅かに身構える。


「ははは、それもいい。ならば種明かしといこうか。まず初めに私の能力だ――《黒い霧は君を惑わす(ブラック・ミスト)》!」


 は、と一瞬だけ奴の大げさな口ぶりに気を取られたのが運の尽きだった。

 首筋に鋭い何かが食い込み、僕の肌を引き裂く。生暖かいそれが鼻息であることを理解するのに時間はいらなかった。背中に掛かる重さは、少女の体重くらいだろう。前振りのない、突然の強襲に僕は襲撃者を振り払うこともできず、その一撃を受けた。

 

 襲撃者は、つい先ほど助けた白狗の少女、理央だ。


 ――まずい、血を舐められた。


「惑わし、隠す。これが私の能力の本質でね。その白狗の理性を惑わして、一時的に私の手駒にさせてもらった。……吸引させる量を誤れば廃人化してしまうのが玉に瑕だが、それを除けば便利な能力でね。お陰でこちらも最後まで欺けたようだ」


 黒い靄が完全に晴れる。刀剣の部類と判断していた奴の暗器が、その全貌を現した。

 僕が刀剣と判断したのは、半分正解であった。そこには鈍色の刀剣が月光に晒されて光っている。だが、そのもう半分――いや、もっと言えば刀剣を支える全てが、僕の想像を超える構造をしていた。

 複数の筒状の何かが円を描くように纏まり、さらに大きな円柱を作り上げている。こちらも刀身と変わらず無骨な装飾であるが、それが何よりも恐怖心を煽る。僕という標的を見つけたその円柱は、歓喜を表すかのようにクルクルと回転を開始した。

 

 僕の記憶の中で、その武器を表す名称は一つ――ガトリング砲だ。

 

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