婚約破棄王子~真実の愛
「婚約破棄王子~?」
私のあだ名を聞いて従妹のリアは笑い声をあげた。
15年前、彼女は隣国の王弟に嫁いでいた。夫が死んで喪があけたので帰ってきたのだ。
15年前には、まだ私に『婚約破棄王子』のあだ名はなかった。
まあ、婚約破棄は何回もしてたけど・・・。
彼女と去年他界した夫は50歳の年の差で、まあ、夫婦というより人質だった。
当時は今より、隣国との間には緊張があって戦すらなかったもののそれなりに敵対していた。
ちょっとした関税でもめて、このままでは戦もありえるかというときに、先方から和平の条件に王家の血縁を嫁に・・・と望まれた。
どんなスケベジジイだと父王陛下もご立腹で、可愛い姪っ子をそんなところにやりたくないと他の方法を探っていたが、従妹が自ら『嫁ぎます』と申し出て、泣く泣く嫁にだした。
彼女のお陰で、隣国との関係は改善され、数年前には王子がこちらへ留学するほどになった。
その王子に当時の私の何番目だったかの婚約者が盗られたんだけどね・・・。
「しばらくは楽にしていたらいいよ。望むなら再婚先、探してあげるからさ。」
私はこの従妹をかなり気に入っていたので帰ってきてくれてうれしい。
幸せになってもらいたい。
彼女は隣国でおとなしく人質として過ごしていたわけでなく、いろいろと政にも手を出し、口を出し、やりたいようにやっていたようだ。彼女のおかげで今では隣国とは友好的に文化交流なんぞも行われている。
「そうねえ・・・というか、オータック殿下は人の心配している場合じゃないんでしょ?」
「まあね。今の婚約者はちょっと長く続いてるよ。あと6ヶ月で3年だからこのままだったら彼女と結婚かな。」
「・・・・そ、そうなの?-良かったわね。どんな方?」
え?ノーマをどんなかって・・?
「変な人?」
「ちょっと、殿下!あれはないわ。」
今日も、リアが私に怒鳴り込んできた。
ノーマとリアはとことん合わないらしく、特にリアのノーマへのあたりはキツイ。
「そもそも、何で第一王子の婚約者にたかだか子爵家?」
「なんであの令嬢はまともな礼儀作法ができないの?」
「まあまあ、リア。さすがに16人目ともなるとあのレベルまで相手が落ちちゃうんだよね。」
私の物言いもひどいかもしれないが、本当にノーマはわざとか?!というほど『デキが悪い。』
しかし、その『デキの悪さ』が新鮮なのか私のまわりは彼女に甘い。
あの厳しい宰相ですら『まあまあ』とか言って、いろいろ許してしまっている。
一番甘いのは他の令嬢にはそこそこきびしい第二王子妃だ。
『ノーマは元気なのがいいのよね。』
21にもなって元気しか取り得がないってひどくない?
第二王子妃は私の2番目の婚約者で弟と一目ぼれ同士。
思いあっちゃったというので婚約破棄した相手なのだが、気にするほどの交流もないままに婚約破棄したので弟の妃であるという意外は特に私に思うところはない。
そんな中でリアだけがノーマに厳しいので少し、浮いてしまっているらしい。
「リア様がノーマ様にイヤミを言って困ります。」
「どんなことを?」
「名乗るときは家名も名乗りなさい常識に欠けますとか笑うときは扇で口元を隠すものですよ。品のない。とかです。」
「いや、それ、イヤミじゃないよね。事実じゃん。」
「殿下はどちらのお味方ですか!ノーマ様はご婚約者でしょう?」
「そうだけど、ノーマがいろいろひどいからなあ・・・」
「殿下・・・」
リアが帰ってきてから、ノーマの出来の悪さが目につくようになった。
可哀相だと思わなくもない。
リアは完璧な令嬢だから比較したら気の毒かも。あっ未亡人だった。
ある日、事件は起こった。
リアがノーマを階段から突き落としたというのだ。
「いや、どうせ、ノーマが自分でうっかり落ちちゃったんでしょ?」
「オータック殿下・・・」
階段から突き落とされたという割りにノーマの怪我は軽い。
うっかり落ちたらこの程度という感じだ。
悪意をもって突き落とされたなら加重もかかるのでもっとひどい怪我になるはずだ。
と、いうか、そもそもリアがそんなことするわけないんだよなあ。
「オータック殿下・・・私はっ」
涙ぐむノーマに数人の女性が寄り添う。
百合?百合なの・・・違うか。
しかし、みんな見たことのある女性ばかりだ。
「ああ、みんな私の元婚約者たちだね。久しぶり、みんな元気?」
のんきに声をかけたらにらまれた。
なんで?
「オータック殿下。貴方は婚約者をないがしろにしすぎです。貴方をこんなに慕っていますのに、なんでノーマ嬢に冷たいのですか?」
「そうです。半年後には妻となる女性でしょう。」
「リア様にいろいろ言われてノーマ嬢はいつも涙を浮かべているのですよ?」
いや、そんなこと言われても・・・絶対リアの方が正しいしなあ。
「泣くひまがあるのならば、礼儀作法や常識を学べばいいのよ!」
震えるこぶしを握りながらリアが言った。
正論だ。
「大体、なんで、オータック殿下がそんなレベルの低い女を妻にしなくちゃいけないの?みなさん、失礼にもほどがあります。殿下はこの国の第一王子なんですよ。いずれはこの国の王となられるお方です。あんな子爵令嬢に王妃が勤まりますか?周辺他国の笑いものです。殿下を本当にお慕いしているというのなら殿下の婚約者として恥ぬよう努力すべきです。彼女ががんばっているところを見たことがありませんよ。」
いや、がんばって私にまとわりついているんだよ。政務の邪魔だけど。
「貴女方も貴女方です。どうして殿下を裏切っておいて平気で殿下の御前に顔をだせるのですか?しかも、殿下に意見するなど・・・」
激昂しながら、リアは涙を流し始めた・・・
「どうして、どうして貴女方のような女性が殿下の婚約者になれて・・・私が隣国に嫁ぐしかなかったの・・・?」
「リア様・・・・」
「皆様はオータック殿下をバカにしすぎです。勝手の他の男性を好きになって殿下の優しさに甘えて、殿下をないがしろにして、あげくあんなレベルの低い女の味方をして殿下を貶めている。」
「殿下を貶めてなどいませんわ・・・私たちは殿下にお幸せになって頂きたくて。」
「そうですわ。ノーマと結婚すれば殿下はお幸せになれるのですもの。」
そうかなあ・・・落ち着かない生活がまっているんだろうなあ・・ノーマに外交できるかなあ・・・
他国の言語とか覚えられないだろうしなあ。
あんな刺繍では功績を挙げた騎士への褒美とかムリだよな。
普通は功績をあげた騎士への褒美として王妃や王太子妃が刺繍したハンカチとか与えるんだよね・・・
私はまだ王太子に正式になっていないけど、結婚したら一応は王太子になるだろうしねえ・・・
「どうして、結婚がイコール幸せなんですか?!」
「リア?」
「結婚なんて愛し合ってなければそのまま幸せになんかなれません。」
「リア・・・君は・・君の結婚は不幸だったの?」
「想う人を諦めて、想う人のためにした結婚が幸せなわけない。夫は優しい人だったけれど、夫婦にはなれなかった。・・・」
あ~
さすがに鈍い私もわかっちゃった・・・
リアは・・・私を好いてくれていたのだ。
あの時、戦になれば私の初陣だった。
平和なこの国で私はまだ、一度も出兵したことがなかった・・・今もだけど。
「どうして殿下があんな令嬢で我慢して、結婚しなくちゃいけないの・・・?殿下にはもっと、殿下に相応しい優れた妃を・・・」
ああ、そうか。
私のせいだ。
私が怒らないといけなかったのか。
なんで私という婚約者がいながら他の男と・・・とか、私の婚約者にこんなデキの悪い令嬢をあてがうとは皆はどれだけ私をバカにしているのか・・・とか、ね。
それを早々に諦めていたのは私だ。
私自身が私をバカにしていたのだ・・・。
「ノーマ、貴女との婚約を破棄しよう。」
「で・・・でん・・殿下っ・・・そんな・・・」
「すまないね、今度は相手の令嬢ではなく、私が『真実の愛』に出会ったようだ。」
私のために怒ってくれた完璧な令嬢の手をとる。
彼女は再婚であることなど、気にならないほど優秀だ。
何より、私のことを愛してくれている。
彼女の言葉で私は目が覚めたのだ。
そうとも、私は、私が幸せにならないといけないのだ。
同じように涙を流す、リアとノーマのどちらの涙を拭って笑顔にしたいかといえばリアだ。
リアの笑顔が私を幸せにする。
「リア、私と婚約を・・・いや、結婚して欲しい。3年も待てないよ。」
「オータック殿下。でも、私は一度は嫁いだ身です・・・王子妃には相応しくない。」
「まさか!君ほど相応しい女性はいないよ。白い結婚など、無効にできる。」
リアが目を瞠った。
「知っていらした・・・」
隣国の王弟が不能だというのは実はオトコはみんな知っていた。
だからこその人質だったので・・・
リアは純潔で嫁ぎ、その高潔な精神は夫ではないオトコとの性交などありえないだろう。
こうして私は最後で16回目の婚約破棄をした。
父王陛下が隠居を宣言し、私を王に指名したのはそのすぐ後。
新王の誕生を祝い、3年婚約の決まりが改定された。
互いに愛し合っていれば、婚約期間は定めない。
もちろん、私とリアは最短の婚約期間で結婚した。
かわいいは正義とノーマを持ち上げておきながら、こんなですが、国を背負う王子の嫁がかわいいだけでいいわけないんですよ・・・