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一杯目 醤油ラーメンはいかがですか?

「お腹空いたなぁ…」

その日、アーニャにとって人生最悪の日を迎えた。猫の獣人として生まれてきて16年本当に碌なことがなかった。獣人だからと帝国では差別され最底辺の生活。両親も10の頃には流行病で無くなってしまった。それからはもっと酷い毎日だった。生活をするにも獣人ということで不当な待遇のアルバイト。ついには生家さえ手放してしまった。それでも毎日その日を過ごすのでやっとな日々。


だけど今日。獣人でも雇ってくれていた帝国でも数少ないお店をクビになった。

つまりは無職。このご時世に獣人を雇うところなどほとんどない。いや、皆無と言ってもいいだろう。だから多くの獣人は娼館や裏仕事で生活をしている。今までアーニャが最底辺でも普通の仕事が出来たのはひとえにただ運が良かっただけなのだ。だがその運も尽きた。


「はぁ…本当、これからどうしよう…。お金も銅貨1枚しかないし…。」


つまりはパン1斤分だ。


グギュるるるるるるるる


「お腹…空いた…。もう盗むしかないのかな…?いやいや!それは絶対ダメ!でもこのままだと…」


死ぬ。餓死しちゃう!


「そうだ…。あの噂…」


アーニャは頭に浮かんだ噂を信じてみることにした。一世一代の賭けだ。フラフラと帝都の下町を歩いてく。ここでの餓死者など特別珍しくない。だからと言って自分がそうなりたいわけではない。アーニャが目指すはある暖簾。その名も


「麺屋 次郎」


アーニャが聞いた噂では格安で食べたこともない不思議な食べ物を売っているという話だ。だが、屋台のため同じところに長くいなく食べれるかどうかは運次第。しかも屋台の場所はどこにあるか謎。ただ、人通りの少ないところに出店しているらしい。本当はそんなお店なんてないかもしれない。でも、アーニャはそんな僅かな望みに賭けた。そして…


「うそ…本当にあるんだ…『麺屋 次郎』」


視界に入った暖簾には確かにそうあった。噂のお店は本当にあったんだ。そう呟きアーニャは安心と疲労で意識を手放した。




「う…うん…?」


目を覚ましたアーニャの視界に入ったのは帝国で見たことのない形のテーブルだった。


こんな細長いテーブル初めて見た。


そして自分の状況を思い出す。


「そうだ…あたし気を失っちゃったんだ。はっ!?」


気を失っている間に何かされたかもしれないっ!慌てて確認。あった、たった銅貨1枚だけど大事な大事な全財産。良かった…。アーニャはほっと一息つく。落ち着いたこともあり状況を把握出来た。私は誰かに助けられた?


「気がついたかい?」


「ひゃあああぁぁぁ??!!!」


そこには男がいた。どうやら人族のようだ。年齢は30代くらい?


「うちの前で倒れてたから何事かと思ったよ。大丈夫かい?」


「あっ、はい!わざわざありがとうございます。実はお腹が空きすぎちゃって…でもお金もないし…」


グギュるるるるるるるる


未だお腹は自己主張をする。腹を満たせ!腹を満たせ!と抗議をする。


「本当にお腹空いてるんだね。じゃあうちで食べてく?ラーメンしか出せないけどね。」


男は笑ってそう言った。


「でもでも!私、お金ないし!…これ以上ご迷惑をかけるなんて…。」


グギュるるるるるるるるるる


「お腹は正直みたいだ。お代はいいよ。賄いにしようとしてたのがあるから。それでもいい?」


「…はい。」


恥ずかしくて死にたくなった。






男が厨房に立ち、おおきな鍋をかき混ぜ始めた。すると店内になんとも不思議な匂いが広がった。


「この匂いは…鯖?」


「そう、うちはカツオ節じゃなくてサバ節を使用しているんだ。サバ節の方が甘みとコクが出るんだ。まぁ味の調整はちょっと大変だけどね。」


「でもサバそれだけじゃないですね…。これは煮干し?ですか?」


「おぉ…よく分かったね。正解。このスープはサバ節と煮干しのWスープだよ。」


アーニャは猫の獣人だ。そんな彼女が魚の匂いをまちがうなどない。それ程嗅覚に優れた種族だ。


「よく分かりませんがとっても美味しそうな匂いです!」


そう、今まで嗅いだ中で一番の匂いかも知れない。でも、どこかずっと昔に嗅いだことが…。


バシッ!バシッ!


「あつッ!?」


「ごめん!湯切りのお湯が飛んじゃった。大丈夫?」


「え、はい。大丈夫です。」


「そっかなら良かった。はい、お待たせ。醤油ラーメンだよ。」


コト…とお椀を目の前に置かれた。


そこにあったのは深い赤茶のスープ、黄金色に輝く細長い棒状のなにか。緑色の細かく刻んだ野菜に…お肉?


初めて見る料理。貧乏な暮らしだったアーニャだが一般的な料理は知っているつもりだ。しかしこれは違う。一体どうやって食べるのだろう。


「あぁ…そこに割り箸とレンゲがあるからそれ使って。」


これか。スプーンはよく使うからこのレンゲも似たような使い方なのだろう。でも割り箸?木の枝?


「それを二つに割って…いや俺がやるよ」


パキッ


男は二つにそれを割ってみせた。


「さぁ冷めないうちに食べちゃって。」


二つに割られた割り箸とやらを手に取る。そしてお椀に突っ込みそのまま中の黄金の棒状の何かを口に入れる。


「!??」


衝撃が走った。分かった、これは小麦だ!秋に穂を付け大地の恵みを一身に受け祝福された黄金の化身。


そしてその味を引き立てるはこのスープだ。なんて深みのある味だろうか。鯖と煮干しの風味が香ばしい。だがそれだけじゃない。しょっぱくも感じるがよく味わうと深い甘みがあるのだ。下品な甘さなんかじゃない。全てを調律する自然な甘さ。そう野菜の甘さだ。


「あっ…」


涙が溢れる。こんなに美味しいものがあったんだ。でも、懐かしさを感じるのはなぜだろう…?


「あ、ああ…ああああ…」


思い出した。思い出した!それはお母さんの作ってくれたスープだ。大好きな魚に野菜を入れただけの簡単な料理。でも今までで一番好きだった料理…。このスープはお母さんの味に似てるはずなんてないのに。でもやっぱりお母さんの味だ…!


「ぅうう!うあああああ…!!!」


涙が止まらない。箸もレンゲも止まらない。色んな感情がせめぎあって何も分からない。いや、ひとつだけ分かる。この料理は…ラーメンというのはとってもとっても美味しいんだ。






「…ごちそうさまでした。」


ようやく落ち着いたのは食べ終えてしばらく経ってからだ。ようやく気持ちを落ち着かせることができた。


「喜んでもらえて何よりかな、それで君はこれからどうするの?」


「あぅ…」


そうだった。このままじゃまた行き倒れる。いや、次はもう本当に死んじゃうかもしれない。


「良かったらウチで働かない?」


「え?」


「いや、実は最近お客さんも増えてきたし1人で回すのが大変なんだよね。ただ、世界を回るから大変だと思うけど…着いてくる?」



嬉しかった。こんな獣人にそんな言葉を言ってくれるのが。


何より助けれてくれたこと、そしてお母さんの味を思い出させてくれた恩返しがしたい。


「お、お願いします!やらせて下さい!」


「そっか!じゃあよろしく頼むよ!えっと…」


「アーニャです。アーニャ・ソリティ」


「アーニャちゃんか。俺は武蔵次郎。これからよろしくね。」


「はい!」


その日、アーニャは人生最高の日を迎えた。


読んでいただきありがとうございます。


ラーメン好きなんで色んなラーメンを紹介出来ればと思います。

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