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四幕~進化~

 熱い夜は幕を開けた――。


 すでに洋服は脱がされ、下着一枚のまま、私は西園君の体温を必死に感じようと、激しく抱きつく。それに答えるように、西園君の舌が私の首筋をなぞる。

 欲望の赴くまま、私達はお互いを求める。

 唇が重なりあい、唾液がツツーっと二人の舌を行き来する。

 そうすると、西園君は何故か私の横で仰向けになり、天井を指差し、


「今の様子も、ちゃんと記録されているのかな? 後で俺にも映像を見せてくれよ」


「――な、何の事?」


 私の気は動転した。

 西園君は電気傘に設置した監視カメラに気付いている――?

 隣に居る、おそらく……嫌、間違いなく悪魔の表情をした男に、声をかける事が出来ない。

 悪魔はフウッ……と甘い吐息を私の耳に吹きかけ、冷たい手を、そっと首にあててきた。


「……」


 声を出すことも、息をする事もままならず、ただ、天井の電気傘を見つめる。

 監視カメラには、私の無様な顔が映ってる事だろう。

 悪魔は私の首に右手をかけたまま、馬乗りになった。

 光る両眼が、私の意識の奥を捉える。


 ――これが、相良の言っていた西園京星。


 恐ろしい……。

 今まで、私はこの人の何を見てきたのだろう……。

 そんな思いにかられながら、繊細で儚げな顔をした悪魔こと、西園君を見た。

 

「ねぇ、返事はしてくれないのかい? 俺の気持ち、知ってるだろう?」


「よく……わかったわね……確かに監視カメラは電気傘の中心部に仕掛けてあるわ。でも、よく気が付いたわね……貴方はあれから、一度も電気傘の蛍光灯など替える事などなかったのに。何故、気が付いたの……?」


 目の前の悪魔に、私は攻撃を仕掛けた。

 悪魔は嗤い、


「気が付くのも当然さ。君が買った監視カメラを外に持ち出してどこに設置するかと思いきや、何と僕の部屋に仕掛けていた。あれは、流石の俺も参ったね。君には惚れるしかなかったよ……」


 その悪魔の声が脳内で拡散し――。


「貴方、まさか私の家に監視カメラを仕掛けてあったの!? 一体、いつから……」


 その言葉を聞いた悪魔は嬉しそうに口元を歪め、


「この街に引っ越してきてからすぐさ……でも、それはお互い様だろ?」


 そして、悪魔はもう一度私の唇に自分の唇を重ねた。

 二人はしばらくの間、見つめ合い、


「いつ、仕掛けたのよ……私の部屋にカメラを……」


 私は悪魔に問う、


「カメラを仕掛けた日……あぁ、それは、あの白猫が死んだ日の翌日だね」


「あの、白猫……?」


 悪魔は私の横に身体を倒し、少し乾いた声で囁いた。

 隣の悪魔の声に耳を傾け、その言葉を聞いた。

 悪魔が言った白猫というのは、私が公園で世話をしていたクロの先代の猫、シロだったらしい。悪魔はシロが交通事故で死んだ前日、私の隣のマンションに引っ越して来た。その時、悪魔は私の素顔を見たらしい。


「馬鹿ね。最後まで哀れだったわ……」


 その言葉を偶然聞いてしまった悪魔は、心に刺激が走ったらしい。

 動物が死ぬ様を見ながら醜悪に嗤うこの女の闇を見たい――と。

 それから悪魔はわざと私が気になる行動をし、私が悪魔を意識しなければならない状況を作って行ったみたいだ。

 そして話は、悪魔の過去の話になった。

 

 

 

 昔、彼は一匹の猫を飼っていた。

 だが、その猫は外で飼っていた猫で、自分のおやつなどを与えて育てていたらしい。彼は小学校の授業が終わり次第、近くの公園のトイレの上で飼っていたその猫に会いに行っていた。彼も猫も人見知りをする性格だった為、彼はその猫と居る時だけは心が安らいだらしい。そんな日々がしばらく続いたある日、事件は起きた。

 彼がたまたま小学校から帰るのが遅れ、急いで猫に会いに行くと、いつものトイレの上に姿が見当たらなかった。夕日が沈んで暗くなる公園内を彼は必死に探した。すると、手を血で真っ赤に染めた同年代の少女を見つけた。少女は笑いながら彼の横を通り過ぎたらしい。嫌な予感がした彼は、その少女が歩いてきた方向に向けて走った。すると、草むらの茂みの中に、それはあった。


 その瞬間、彼は闇に心を喰われた――。


 そして、心を闇に囚われたまま彼は転校でこの街を去り、高校生になった今、再びこの街に戻って来た。

 全ては猫を殺した少女に復讐する為に。

 彼はその少女、相良栄子に近づき、惚れさせて、一つに結ばれようとした瞬間に、全てを話した。

 そして、相良は潰れ、彼の復讐は終わった。

 だが、彼は相良を殺すつもりだった。

 何故、彼は相良を殺せなかったのか――?


 それは、私の存在が影響したらしい。

 私がシロとクロの墓を作り、埋めてあげた事で、彼の心は癒されたみたいだ。

 何故自分には復讐の事ばかり考えて、そんな単純な事も出来なかったのか?

 彼は自分自身の愚かさに苦悩した。

 寒さに震えながら朽ちていくあの猫を弔ってやる事もせず、ただ自分の事した考えていなかった愚かさに。

 そして彼は私を意識し、今現在、私の隣で悪魔のような天使のような顔でささやいている。





 全てを聞き終わった後、悪魔は天井を見上げた。

 私も天井を見上げ、二人の間に沈黙が流れる。

 そして、ふと込み上げる思いがあった。


 私は、恋をした。


 この、悪魔のように用意周到な西園京星に、もう一度恋をした――。

 それはとても鮮烈だった。一筋の涙が、私の頬をつたう。

 そして、西園君は、その涙を拭ってくれて、


「泣かれても困るな。好きな女に泣かれるのは辛いよ」


「――! 泣かしたのは貴方でしょう!? 本当に、西園君って意地悪っ!」


「知ってて好きになったくせに」


「五月蝿いっ!」


 私は感情的に、西園を攻めた。

 思えば、こんな自然な会話は初めてかもしれない。

 私の瞳に、素顔の西園君が映っていた。

 仮面の無い、西園京星が。

 そんな私の髪をなでながら西園君は、


「似た者同士、これからも仲良くしようよ。愛しているよ、瑞樹……」


 初めて名前を呼ばれたような気がした私は、急に裸でいる事が恥ずかしくなった。

 そんな私の気持ちを察するように、西園君は私を抱き締めた。


「離れないし、離さない……お前は俺の唯一無二の女だ。俺のそばを、離れるな」


 私のあごをツイと持ち上げ、西園君は言った。

 その言葉に私は、


「もう、離れられないわ……。だって、私達は共犯者でしょ? 私も貴方も、お互いの存在が無ければ成り立たない。今日の今から、私達は仮面を棄て、新しい世界に飛び出しましょう」


「あぁ、新しい世界に目を向け、頑張っていこう。二人で……」


 私達はお互いの唇を求め、抱き合った。

 その時、私は一つの疑問を思い出し、


「……一つ聞いていい? なんで相良の時はレモンティーを出して、私の時はアップルティーだったの?」


「それは、一緒に甘い時を過ごしたい人間だけに出す飲み物だからさ。甘い、甘い、アップルティーのようにね……」


 二人は微笑み合い、更に強く抱きしめあった。

 その日から、私と西園君の本当の人生は始まった。

 暗い世界から光の世界へ。

 二人でなら、きっと未来は明るいだろう。

 そう信じながら、長い夜は幕を閉じた。



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