↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/6

第1話「始まり」

一体、なんでこんなことになったんだろう。


目の前に広がる光景を見ながら、僕は何度目か分からないその疑問を、心の中でもう一度繰り返していた。


氷。


どこを見ても氷だった。


道路も。


建物も。


視界に映るそのすべてが白銀に覆われている。


だが、僕の目の前にあるものはその中でも特に異質だった。


巨大な城塞。


氷で造られた、という言葉だけでは足りない。


まるで大地そのものを凍らせ、そこから無理やり城を削り出したかのような巨大さだった。


幾重にも重なった城壁。


天を突く尖塔。


巨大な門。


そして城塞の至るところから伸びる、鋭利な氷の柱。


その規模は、もはや一人の能力者が作り出したものとは思えない。


空まで白い。


雲までもが凍りついたように見える。


吐いた息が白くなるどころか、口元から零れた瞬間に細かな氷の粒へ変わっていく。


寒い。


いや寒いなんて言葉では足りない。


身体の芯まで凍らされているような感覚だった。


そんな場所に、僕は一人で立っていた。


いや。


一人ではない。


城塞の向こう側。


巨大な氷の階段の最上段に、一人の少女が立っている。


水色と銀。


その中間を思わせる髪が、冷たい風に揺れていた。


長い髪の隙間から覗く瞳は、普段の彼女からは想像できないほど冷たい。


こちらを見下ろすその姿は、まるで――


女王だった。


氷雪を従え。


この白銀の世界そのものを支配する女王。


高嶺涼那。


僕の知っている彼女も、確かにこんな髪色だった。


そしてこんな目でこんな顔。


けれど。


今、目の前にいる彼女を見ていると、とても同じ人物には思えない。


彼女が一歩、階段を下りた。


コツ。


硬質な音が響く。


その瞬間。


彼女の足元から、薄い氷の膜が一気に広がった。


僕のいる場所まで。


一直線に。


反射的に一歩下がる。


靴の底が凍りついた。


「……っ」


まずい。


本能がそう告げていた。


冗談じゃない。


これ、本当にまずいやつだ。


僕は努めて平静を装いながら、目の前の少女を見つめ返した。


表情を崩してはいけない。


焦っていることを悟られてはいけない。


こういう時こそ、堂々としていなければならない。


だから僕は、口元だけを少し持ち上げた。


余裕があるように。


何も問題なんてないように。


「……あの時の続きを始めるとしようか」


言ってみた。


言ってから。


心の中で頭を抱えた。


何を言ってるんだ僕は!


別に始めたくない。


全然始めたくない。


できることなら、今すぐ帰りたい。


そもそも絶っ対にあの時の続きなんてしたくもない。


でも、もう言ってしまったものは仕方がない。


僕は笑顔を維持した。


涼那は何も答えない。


ただ、じっと僕を見ている。


その視線が怖い。


昔からそうだった。


彼女はあまり感情を表に出さない。


だからこそ、何を考えているのか分からない。


今も同じだ。


怒っているのか。


悲しんでいるのか。


それとも――


何も考えていないのか。


分からない。


ただ一つ分かることがある。


彼女の周囲に浮かんでいる無数の氷片。


それだけは、冗談ではない純然たる事実だ。


氷片がゆっくりと回転する。


一つ。


二つ。


三つ。


数える気にもならない。


それらすべてが、まるで意思を持っているかのように僕へと向けられていく。


「……高嶺さん」


呼びかけてみる。


返事はない。


「ちょっと話し合わない?」


沈黙。


「やっぱりダメか....」


僕は笑顔のまま、ほんの少しだけ後退した。


足元で氷が軋む。


涼那が顔を上げる。


その瞬間。


空気が変わった。


冷気が爆発する。


「――っ!」


地面から氷の柱が突き出した。


僕は横へ飛ぶ。


ほんの一瞬前まで僕の立っていた場所を、巨大な氷槍が貫いた。


轟音。


砕け散った氷の破片が舞い上がる。


僕は着地すると同時に、思わず息を呑んだ。


……本気だ。


冗談でも威嚇でもない。


高嶺涼那は。


僕を、本気で攻撃している。


「いやいやいや……」


思わず声が漏れた。


どうして。


どうしてこんなことになった。


僕はただ今回の任務を――


そこから先を考えるより早く。


涼那の姿が視界から消えた。


「――え?」


次の瞬間。


背後。


ぞくりと背筋が凍った。


振り向く。


そこにいたのは。


氷の女王。


高嶺涼那だった。


そして、その瞳には一切の迷いがなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。