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1章 第6話

ミハイルは帰宅すると、鞄をテーブルに放り出し、ブレザーを椅子の背に掛けた。

外の雪はまだ降り続いている。だが部屋の中は異様なほど静かだった。


冷蔵庫を開け、ウォッカの瓶を取り出す。

グラスに注ぎ、わずかに口をつけた。喉を通った瞬間、冷え切った身体の奥がじわりと温まる。


感情が沈殿するのを待つように、ミハイルは鞄からノートPCを取り出し、デスクに置いた。

画面が立ち上がると、ブラウザを開き、検索ボックスに指を走らせる。


雪の境界。


最上位に表示されたのは、古い事件をまとめた地方紙のアーカイブだった。

彼はクリックし、スクロールを止める。


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【地域犯罪史アーカイブ】路地裏施設「雪の境界」過去の実態


「雪の境界」は、五年前までモスクワ中心部の裏通りに存在した複合施設で、表向きは仕立て屋として営業していた。しかし内部では密輸品の仲介、違法武器の売買、偽造書類の作成など、広範な地下取引が行われていたとされる。


取引組織の摘発は、内部関係者の告発によって始まった。匿名の協力者が当局に証拠資料を提供したことで大規模な捜査が行われ、関係者十数名が逮捕された。


摘発後、建物は閉鎖され、仕立て屋も解体。

その後、建物の外観のみが改装され、現在はバーとして営業している。

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ミハイルは目を細めた。

内部告発。摘発。解体。

事件の場所としては、あまりに象徴的すぎる。


「……逮捕者の中に、今回の犯人がいる可能性はあるな」


呟きながら、次の検索語を打ち込む。


星の路地。


ヒットしたのは、個人ブログだった。

だが内容は妙に詳しく、地域史研究者のものと思しき筆致だった。

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【都市奇景録】星の路地という不思議な場所


星の路地はモスクワ中心部に位置する細い通路で、街灯の照度が意図的に抑えられているため、夜空を見上げると街路樹の隙間から星が見えることで知られている。

また、風向きと地形の関係により落ち葉が左右に自然と分かれ、中央に一本の道ができる現象が観測されている。


この場所は30年前、地下武器庫への隠し入口として使用されていた。

当時の資料によれば、そこには軍用規格の銃器、弾薬、爆薬が保管されていたという。


しかし、運用開始からわずか三年で武器庫は放棄された。

放棄理由については公式記録が存在せず、現在でも不明のままである。


武器庫は閉鎖後すぐに埋め立てられ、十年後に土地を購入した富豪が現在の「星の路地」を整備した。

だが、その富豪は完成から二か月後に持病で急死している。


現在、星の路地は「自然が道を作る場所」として都市探訪者や写真家に人気のスポットとなっている。

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ミハイルはスクロールを止め、しばらく画面を見つめた。

武器庫。放棄理由不明。埋め立て。富豪の急死。


偶然にしては、符合点が多すぎる。


だが、雪の境界との直接的な関連は見当たらない。

彼はマウスホイールを回し、最後まで読み終えるとブラウザを閉じた。


デスクトップには整理されていないフォルダとデータファイルが無数に散らばっている。

未完の研究、解析途中のモデル、犯罪者心理のシミュレーションログ。


ミハイルは残っていたウォッカを飲み干し、グラスを机に置いた。


「雪の境界……星の路地……」


低く呟く。


「目立った関係性は、ない」


言葉とは裏腹に、胸の奥で理論モデルが動き続けていた。


その時、急激な眠気が襲った。

思考が霧に包まれるように鈍化する。


彼はPCの電源を落とし、部屋の明かりも消さずに椅子にもたれたまま目を閉じた。

研究者の理性が沈み、無意識が浮上する。


外では雪が降り続いている。

まるで都市全体を覆い隠すための白い布のように。

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