5章 第1話
ミハイルは机の上に広げた紙をもう一度見つめた。
そこには、先ほど判明したばかりの住所が書かれている。
ロシア連邦
モスクワ市
スタロヴォルスカヤ通り 19
ビル 9
115419
ミハイルは小さく息を吐いた。
すぐにでも向かうつもりで、鞄に荷物を詰め始める。
財布。
スマートフォン。
身分証。
ノート。
だが、その手が途中で止まった。
ふと、時計に目が向く。
深夜。
電車の時間を頭の中で思い出す。
そして——気づいた。
「……終電か」
小さく呟く。
モスクワの地下鉄はすでに運行を終えている時間だった。
ミハイルはしばらく立ったまま考えていたが、やがて荷物を机に戻した。
そしてベッドへ腰を下ろす。
再び紙を手に取った。
そこに書かれた住所。
スタロヴォルスカヤ通り 19。
ビル 9。
この住所には、心当たりがあった。
ミハイルの学生の一人。
その両親が住んでいるマンションだった。
偶然とは思えない。
だが——
連絡すべきなのか。
ミハイルはスマートフォンを手に取る。
時刻を見る。
深夜。
この時間に連絡すれば、相手からすれば迷惑でしかない。
しかも内容は、ただの確認では済まないかもしれない。
ミハイルはしばらく考えた末、スマートフォンを机に戻した。
「……明日だな」
小さく呟く。
始発の電車に乗る。
そして直接、確認する。
それが一番確実だった。
ミハイルは部屋の明かりを消し、ベッドに横になった。
だが、すぐには眠れない。
頭の中で、あの住所が何度も繰り返される。
スタロヴォルスカヤ通り。
ビル9。
そして、学生の顔。
やがて長い時間が過ぎたあと、
ミハイルはようやく、浅い眠りに落ちた。
明日の出来事をまだ知らないまま。




