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6-10. 水面下の動き

 その頃、ルドルフは急に落ちてきた氷の瓦礫に対して呆気にとられていた。

 すぐ近くに仲間達がいたはずなのに、その姿はこの障害物のせいで見えない。


「……! そうだ、魔物!」


 ルドルフはすぐに我に返り、周囲を見渡した。

 しかし、何もいない。

 気配すらもない。

 ここでようやく、彼は先程の敵襲を知らせる声が仲間のものではないことに気づいた。


「やられた!」


 彼は仲間たちの元へ戻るため、積もった氷に向かって大剣を振り下ろした。

 しかしすでに固まってしまったらしく、小さな破片しか飛び散らない。

 それでもルドルフは何度も武器を叩きつけたが、ヒビすら入らなかった。


「ジェイド! ロバート!!」


 瓦礫の向こうから、戦いの音がする。

 あっちの方で例の魔物が出たのだろう。

 あれらは粉砕するか、跡形もなく溶かす以外に倒す方法がない。

 近接武器とロバートの魔導具だけでは、対処しきれないだろう。


「こうなったら……一か八かでやるしかない!」


 ルドルフは一旦瓦礫から距離を取り、大剣を構え直した。

 そして焦る気持ちを一生懸命に押さえ込み、本能の奥底に眠る破壊衝動に手を伸ばした。

 やがて集中力が高まりきると、全力で武器を振り上げた。


「"愉快な(アミューズ・)——”」


「ルドルフ!!!」


 向こうから、ジェイドの叫び声が聞こえた。

 ルドルフははっとし、振り下ろそうとしていた大剣をゆっくりと下ろした。

 その後深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、彼女の呼びかけに全力で応えた。


「僕は大丈夫!!

 ちょっと離れてて!! 今そっちに行くから!!!」


「っ!? ダメ!!

 洞窟が崩れるわ!!!」


 それくらい分かっている。

 でもこのままでは、最悪向こうが全滅してしまう。

 だからこそ、賭けに出るしかないのだ。


 ジェイドはそんなルドルフの考えを読んだのか、ひと呼吸置いて少し焦り気味に話してきた。


「私達なら大丈夫!!

 魔法を使える人員もいるし、ロバートが前に出て頑張ってくれているわ!!!

 この先で落ち合いましょ!!」


「——!」


 なんと言えばいいのか分からなかった。

 ジェイドはこういう時に嘘をつくことは滅多にない。

 向こう側は見えないが、恐らく何とか立ち回れているのだろう。

 それにルドルフだけでも、あの魔物くらいなら余裕で倒せる。

 一人で居ても問題ないのだ。


 だがそれでも心配だ。

 ここは未踏の地、何が起こるかは分からない。

 もし予想外の事態に遭遇したら、皆どうなる?

 危険は覚悟の上でここに来てはいるが、それでもなるべく危機は避けたい。

 でも仲間の安全を脅かしてまで、合流する必要はあるのだろうか……



 ルドルフは結局、下唇を強く噛みながら武器をしまった。


「……分かった」


 彼は向こうにも聞こえる声量で、ぼそっと呟いた。

 そしてそのままゆっくりと背中を向け、躊躇いながらも右足を前に出した。


「ここにはノスフェルがいるわ!!

 気を付けて!!!」


「——!? うん!」


 ジェイドの最後の言葉に背中を押され、ルドルフは走り出した。

 振り返ることなく、ひたすら前を目指して。

 背中にいる仲間達が、この先で会えることを祈りながら。




***




  エイル達がworld Cに潜入している間、ルイはいつものように自分の魔法店を経営していた。

 来店した人がいればその対応を行い、時間があるときは依頼されたポーションの調合をする。

 魔導具の修理依頼が来た際は、ルイでも簡単に直せる場合以外はロバートの作業机にものと一緒に一筆添えて置いた。

 長い間不在であるとはいえ、ロバートの方が早く仕事を終わらせることができるからだ。

 そのような感じで、ルイはいつも過ごしていた。



 この日、彼は店を早く閉めた。

 ちょっとした用事があるためだ。


 日が傾き始めた頃、彼は街の大通りに向かった。

 そこも相変わらず多くの人で賑わっており、至る所から店主と客の会話が聞こえてくる。

 ルイはそんな中、比較的人気のない本屋の中に入った。

 そこですぐに最近出版されたばかりの魔法の専門書を見つけ、レジの方へと向かう。

 そこには、顔なじみの店主が天井のシミの数を数えていた。


「これを買いたい」


「……ん? あぁ、ルイさんか。

 いつもご贔屓にどうも」


 店主は値段を示し、ルイから硬貨を受け取った。

 その後彼は慣れた手つきで金額を数えて品物を梱包する間、雑談をし始めた。


「ルイさんは魔法店を経営してるんだから、魔法に詳しいんだろ?

 なんでこんな本を買ったんだ?

 店や家にいっぱいあるだろうに」


「確かに僕とアインツの本棚には、魔法の専門書が沢山ある。

 でも最新情報や近年更新された情報に関しては、新しい本を買わないと入手できない」


「あぁ、なるほど。

 あんた、学者の素質あるんじゃないか?」


「……」


 ルイは無意識にフードを深く被った。

 だが幸い店主は何も気にすることなく、買った本を差し出してくれた。

 ルイはそれを受け取ると、口を閉ざしたまま小さくお辞儀をした。

 そして早足で、その場を立ち去った。




 彼は近くの広場まで本を持ったまま歩いた。

 そこも多くの人がいるものの、中心にある時計塔はよく見える。

 今は17時くらいのようだ。


(そろそろカミルが言っていた時刻か)


 人混みの中、ルイはある人物を探していた。

 青い鎧を着ている、アクアマリン騎士団の警備隊員だ。

 彼らは定期的にこの都市内を巡回しているため、探せはどこかで見つけることができる。

 案の定、ルイは時計塔の下にその二人組を見つけた。


 ルイはフードを取り、口元に止めているボタンを外した。

 そうして顔を露わにし、先程買った本が相手によく見えるよう胸の近くでそれを抱えた。

 こうすれば、袖や裾がやたらと長いダッフルコートを着ていても不審者には見えないだろう。


「すまない」


「……?」


 警備隊員らはゆっくりと振り返った。

 2人の顔には感情がなく、まるで作り物のようだった。

 彼らは声をかけてきたルイをじっくりと観察し、相手がどんな人物か目で見極め始めた。

 ルイは構わず、嘘の要件を伝えようと小さな口を開いた。


「向こうの路地裏で、人が揉めているのが見えた」


「……」


 ルイが長い袖を垂らしながら方向を指し示しても、相手は何も言わなかった。

 恐らく、ルイが落ち着きすぎているせいだろう。

 だが彼は演技に疎いし、実際にそのような状況に陥っていても取り乱すことはない。



 ルイは人形のような無表情で美しい顔を崩さずに、そのまま首を傾げた。

 するとようやく警備隊員は彼の嘘を信じたらしく、一人が無機質な声を発した。


「人数は?」


「恐らく3人。

 だが武器を交えた暴力沙汰になっている」


「怪我人は?」


「僕が見た限り、今の所はいない」


 ルイから情報を得た隊員は、隣で黙って聞いていた仲間に目配せで何かを伝えた。

 するとその人はどこかへと走り去っていった。

 多分、応援を呼びに行ったのだろう。

 残った隊員はルイの方に向き直り、さっきと同じ声色を出した。


「協力、感謝する。

 案内を頼めるか?」


「もちろん」


 ルイはコートの長い裾を地面に引きずりながら、早足で向かうべき場所へと向かった。

 時々後ろを確認し、先程の警備隊員がついてきていることを確認しながら。


(後は、カミル次第か)

<<デニスの一言メモ>>

スキルは己が抱く願望や気持ちに呼応するように発動できる。

「殺戮がしたい」と願えば、体力強化のスキルが発動されるっていった風にな。

あの劇団の副団長は、元々問題児で倫理観が欠如していたらしい。

カミルが調教したことでだいぶ丸くなったもんだが、人の根っこの部分は早々変わらないもんだ。

……ああ見えて、ルドルフは破壊することが好きなのさ。

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