4-10. 後悔と希望
ヤンソンは砂漠の中を走っていた。
エイルが我を失って暴走し始めるを見て、自分が一体何をしようとしているのかを初めて実感した。
決してやってはいけない、一線を超えてしまっていると。
ここまでやるつもりはなかった。
でも手加減していては、あのロバートを止めることなんてできない。
だからこそ、身の危険を感じるような手段を使わざるを得なかったのだ。
それでも、ロバートは止まるつもりはない。
結果として危惧していた"技術の盗用"が起きてしまった。
だから教師として、自分は彼を叱らないといけなかった。
学生達に話をする時間を設けるくらい、別に良いのではと思った。
でも、何かがそれを許さなかった。
彼が忠告を聞かないことに対する苛立ちか、あるいは予期した最悪の未来が近づいたことへの恐怖か……
いずれにせよ、個人的な感情で彼を突っぱねてしまったのは確かだ。
(はは……何しているんでしょう、私は。
もう少し、彼に寄り添っても良かったのに。
だから私達の溝は、一向に埋まらないのでしょうね)
ヤンソンは下唇を噛みながら、後悔するしかなかった。
エイルの力が暴走し、ロバートが我を顧みずそれを止めようとする。
そこからどうなるのか、見ていられずに逃げてしまった。
今2人がどうしているのか、そもそも生きているのかすら分からない。
ここまで来ては、もう引き返せない。
ヤンソンは『人殺し』という重い罪を、そのか細い背中に背負うことになった。
こうなってしまえば、エイルの言う通り殺戮兵器を開発したのと変わらない。
(……いいえ !私は教師としてすべきことをしただけ!
罪人なんかではありません!
そう、そうです……私の行動は全て正しいのです!)
ヤンソンは必死に、自分の行為の正当性を言い聞かせた。
そうしないと、自分を保てそうになかったから。
でももし、アクアマリン騎士団から調査の協力依頼があれば協力しよう。
この後、学生達に遠回しに探りを入れてみるのもありだ。
それくらいが、自分が愛弟子に出来る精一杯のことだろう。
そんなことを考えながら走っていると、聞き覚えのある声に呼び止められる。
「先生! 私達はここです!!」
足を止めて振り返ると、小さな岩陰の下に学生達が全員休んでいた。
ポーションの効果で過ごしやすいとはいえ、強い日差しの下に居るのを避けたかったのだろう。
ヤンソンは平然を装って、彼らに近づいた。
「あの人達とは話がついたのですか?」
学生の一人のブリッタが、不思議そうに首を傾げた。
ロバートの様子は、誰が見ても尋常ではなかった。
にも関わらず、彼らがヤンソンに付いてこなくて疑問に思ったのだろう。
他の学生達も、一緒に不可解な顔をしていた。
ヤンソンはいつものような態度で、咄嗟に考えた言い訳を口にする。
「……ええ、少し話をして彼らの勘違いだということに気付きまして。
どうやら相当慌ていて、気が動転してしまったようです。
お2人はそのまま帰っていきましたよ」
学生たちは一斉に安堵の息を漏らした。
この中に盗みを働いた人は、本当はいなかったと思ったらしい。
みんな口々に「良かったね」と言って、笑顔を見せていた。
その様子に、ヤンソンは特に違和感を感じなかった。
むしろさっきまでの心の痛みが和らぎ、自然と笑みがこぼれてしまう。
どうやら本当に、ロバートの思い込みだったのかもしれない。
「では早速、ここで期末試験を行いましょうか。
皆さん、自作の魔導具は持ってきていますね?」
ヤンソンがそう告げると、学生たちは皆鞄や懐から各々の魔導具を取り出す。
それらはデザインやサイズ、何もかもが多種多様で世の中に出回っていないものだ。
ヤンソンは彼らの魔導具を見て、少し満足げな表情を見せる。
「試験の内容を確認しましょう。
貴方達には、この砂漠にある"ヘマタイト"を探してもらいます。
この鉱物は銀色に輝き、鉄と魔力を多く含んでいます。
この特徴を生かして、一時間以内に出来るだけ多くの量を自力で採取してください」
ヘマタイトは、world Bにはありふれたものだ。
しかし大半が砂に埋まっているため、いざ探すとなるととても大変だ。
だからこそヤンソンは、彼らがいかに自分が教えた魔導具の知識を使えるのかを判断する材料としたのだ。
「――では、始めてください」
ヤンソンが合図をかけると、学生達は我先にとヘマタイト探しを始めた。
ヤンソンは皆を見失わない位置から、彼らを観察していた。
もちろん、学生達の安全や不正を見守っているのもある。
だがそれより、ロバートの言ったことがまだ引っかかっていた。
もし本当に彼の技術を盗んだ犯人がいるなら、遠目に彼らを観察するだけである程度分かる。
ヤンソンは、ロバートの技術や癖を熟知していたからだ。
見たことのある技術があれば、その人が犯人である可能性が高い。
そう思って、彼は一人一人に目を向けた。
さっき声を掛けてくれたブリッタは、魔道具を地面の上で滑らせている。
どうやら強力な磁力を発するものを開発したようで、ヘマタイトを引き寄せているらしい。
「――うし、見つけた!」
そう言うと彼女は、魔道具についた鉱物を取り始める。
かなりの大量のようで、とても満足そうだ。
彼女の扱う技術は割とありふれたものであるため、恐らく犯人ではない。
次にヤンソンは、クラースに着目する。
彼は何かしらのセンサーを開発したそうで、必死にその場でぐるぐる回っている。
しかし、うまくいっていないようだ。
「あ、あれ……? 何で何も表示されないんだ?」
彼はどんどん青ざめ始めた。
でもどんなに努力しても、何も改善しない様子。
とうとうクラースは、しゃがみこんで地面を掘り始めた。
この調子では、最低限の評価すら上げられないかもしれない。
強いて評価できるのは、その根性くらいだろう。
だが、明らかに彼は技術の盗用なんてしていないはずだ。
そして今度は、イェリンに目を向けた。
彼女はそもそもかなり真面目だから、盗みなんてしないだろう。
実際にそのまま観察していると、彼女もうまくいっていないようだ。
「うう、どうしよ……不具合が出ちゃった……
でも、こうしたらいける……かも?」
イェリンは試行錯誤しながら自分の遺物をいじりだした。
すると何か機械が動く音が聞こえ、一定周期で音を発し始めた。
彼女がそのまま移動すると、その音の間隔が狭まっていく。
やがて高速でなるようになると、イェリンは地面からヘマタイトを掘り出す。
そのほっとした顔は、達成感が滲み出ていた。
最後にヤンソンは、ディックを見始めた。
彼の魔道具は、ヘマタイトだけを宙に浮かび上がらせていた。
そしてある程度の量を見つけると、そのまま自身のところに引き寄せる。
その技術は、この世界にはない画期的なものだった。
しかし、ここである違和感を覚えた。
(あの魔道具の中から見えているもの……遺物では?)
彼はどうやら、遺物を応用して回収しているらしい。
だがこの技術はかなり高度なものであるうえに、扱える人物はいない。
……いや、可能性のある技術師が一人だけいる。
(まさか、あれはロバート君の……!?)
その瞬間、ヤンソンの背筋が凍った。
どうやら今すぐ、事情を聞いた方がいいようだ。
疑惑が杞憂ならいいのだが、もし事実なら恐ろしいことだ。
それこそ、教師として絶対に許してはいけない行為なのだから。
ヤンソンは立ち上がり、彼の元へ歩み寄った。
そして真剣な表情で声を掛けた。
「ディック君、その魔道具……どうやって開発したんですか?」
「え? えっと、その……あ、これは――」
ディックは明らかに動揺していた。
ますます怪しい。
ヤンソンは彼を睨みつけた。
そしてさらに問い詰めようとしたその時だった。
ディックの魔道具が、いきなりおかしな挙動を始めた。
ガリガリと変な音を立て始め、小刻みに震えている。
そして周囲の砂を無尽蔵に巻き上げ、色々なところで集約を始めている。
確実に何か異常が起きているとしか思えなかった。
「ディック君、今すぐ停止させてください!!」
ヤンソンは今までに見せたことのない焦燥感を露わにした。
ディックも彼に触発されるかのように、大慌てで魔力を流すのを止めようとする。
しかし、魔道具の暴走は止まる気配がなかった。
「せ、先生! できません!!
勝手に魔力が吸われて、どうすることも……!!」
ヤンソンは咄嗟に、懐にあった小さな杖を取り出した。
「轟く雷鳴よ、我が怒りに呼応せよ。
汝の制裁を持って、敵を粛清したまえ……
『裁きの稲光』!」
ヤンソンは雷魔法を放ち、魔道具の破壊を試みた。
しかしどういう原理か、雷はまるで吸収されるかのように一か所に集約されて消え失せた。
そのせいで魔道具は無傷だ。
「あなた、一体何の遺物を組み込んだのですか!?」
「え、ええと……!
レウィタティオとコンセントラティオです!!」
レウィタティオは、ものを浮かすことのできる遺物だ。
多分砂などが宙に待っているのは、これのせいだろう。
一方のコンセントラティオは魔法なども厭わず、あらゆるものを集約してしまう。
恐らくこの遺物が、一番厄介だ。
魔道具を壊すには、コンセントラティオが集めきれない膨大な魔力で攻撃するか、物理的に壊すしかない。
(高度な魔法を行使するには、詠唱に時間がかかる……!
でもそれしか方法はありません!
早くしないと、どうなることか!!)
ヤンソンは、魔法の詠唱の準備をし始めた。
その時だった。
魔道具の暴走はさらに強まり、大きな竜巻を形成し始めた。
そして多くの場所で、砂が集まって小さな石のようなものができている。
「ぐっ――!!」
ヤンソンは思わず、準備を止めて蹲った。
油断すると、体が吹き飛ばされかねない。
あまりにも威力が強すぎて、口を開くのもやっとの状態だ。
「み、皆さん!!
至急、近くの岩場に隠れてください!!
早く!!!」
ヤンソンは必死に、近くにいる学生達に向かって叫んだ。
何とかその声は届いたようで、皆ゆっくりと避難し始めた。
そこで全員固まり、飛ばされないように切磋琢磨していた。
しかしその間も、さらに暴走は強まっていく。
ヤンソンは頭をフル回転させて対策を考えた。
だが詠唱もままならない今の状況では、打つ手がなかった。
(まずい! このままでは――!!)
そう思った矢先、ヤンソンの体が急に軽くなった。
直後足が地面から離れ、瞬く間に上空へと吹き飛ばされる。
「せ、先生っ!!」
ヤンソンは成すすべなく、竜巻に巻き込まれていた。
学生達はあたふたしながらも、彼を助ける手段を相談しあった。
だが、何も出てこない。
ヤンソンは、咄嗟に発動させた風魔法で何とか身を守っていた。
しかしそこから解放される手段はない。
ただ空中で、無様に砂と一緒に舞い上がっているしかなかった。
(あぁ……これが、教え子を信じられなかった私への罰ですか……
なんとも無様な、終わり方ですね……)
ヤンソンは全てを諦めて、静かに目を閉じた。
心の中は後悔と悲しみが入り混じり、逆に穏やかになっていた。
だが突然、何かに体を挟まれる感覚がした。
そしてそのまま竜巻の外へ連れ出され、旋回しながらゆっくりと降下していく。
「先生、大丈夫ですか?」
聞き覚えのある声だった。
ヤンソンが目を開けると、驚きと恐怖で思わず固まってしまった。
そこにあったのは、ヤンソンが最も恐れた魔道人形と教え子の姿だった。
<<ラトーの一言メモ>>
おやおや、これは魔物の戯れの騒がしさではありませんねぇ?
なんだかおもしろそうな気配はありますし、様子を見に――
んん? あっちはまさか……アインツの旦那とノスフェルでしょうか?
もしかして、一人で渡り合っていらっしゃる……?
クヒヒッ! どうやらこっちの方が面白そうですねぇ!
ちょーっとのぞき見してきましょうかぁ?




