作戦名はお飾りの妻!
夏ぐらいに書いて、その後、冬になっても続かないので次の夏まで寝かされます。
「最初に言っておくが君を愛することはないだろう」
本日夫になった男性が淡々と告げた。
「そ、そんな。ひどい」
対する私もひどい棒読み。
ショックを受けた演技にしてもなんかあるだろと自己嫌悪するレベルだ。
お互い目線があって、彼がまゆをきゅっと寄せたのがわかった。口元が少々ぴくついてもいる。
私も口元を手で隠して見たものの笑いが込み上げてきた。
笑ってはいけない初夜Inベッド。
初夜というものは、観客がいる。いや、観客っていうか、監視。ここは二人だけいる部屋のようで隠し部屋から見守られている特別ルームだ。
ちゃんとつつがなく、終了したか見守るという話だ。
ただの覗きでは? と思うが、替え玉とか、暗殺未遂だとかいろいろあった結果のしきたりだそうだ。あるいは白い結婚の証明にも使える。
由緒正しきお貴族様いろいろ大変。
彼は何かを話そうと口を開いたが、くっと言って背を向けた。なんか背中が揺れているので笑いの発作が抑えられなかったようだ。
見てるとこっちも笑えてくる。
「ここにくることはない。ゆっくりやすむがいい」
すこしばかり震えた声。低すぎて怒っているのかと思わせるが、たぶん、笑いを噛み殺している奴。
私はもう耐え切れず、俯いて震えた。声を出さない笑い、泣いてるのに似てる。顔が見えなきゃOK。
夫はそのまま部屋を出て行った。
私はベッドにつっぷして枕を抱えた。
本日付けで発生したミッション、お飾りの妻作戦はこうして始まったのだった。
私と夫との出会いは夜会である。
それはロマンチックさの破片もない裏庭だった。
その日の夜会というのは、いつも通りに酷かった。ドレスアップした私を踊りに誘うツワモノはおらず、よそよそしい挨拶とご令嬢の嫌味ばかり。
あまりにもひどかったので、庭に抜け出したらいちゃついているカップルがわんさかいてよろめきながら人のいない方に逃げた。
結果、裏庭である。作業の休憩用と思われるオンボロベンチがあった。これさえも素晴らしき椅子とどっかり座った。ドレスの重量を舐めてもらっては困る。歩き回るに向いてないのだ。
軽装鎧で歩き回ることに慣れている私でなければどこかで諦めて帰宅していただろう。
「あーもー、結婚したくなーいっ!」
誰もいないならばと心の雄叫びを叫んだ。
がさりと音がした。
猫かと思って見たら、人影があった。
「……すまん」
「い、いいえ。聞かなかったことに……」
「いや、俺も結婚したくないので心底同意する」
「それはそれは」
人影は男性であるようだった。声に聞き覚えもある気がしたが、姿もよく見えないため誰かはわからない。手持ちのランタンを掲げれば顔はわかるかもしれないが、無作法である。
まあ、遊びたいから結婚したくないという線もあるのでいざというときは顔を見るつもりはあるが。
ひとまずは、ベンチを半分譲った。躊躇していたようだが、見下されているようで不快といえばそれもそうかと座ってくれる。
「私、結婚したくないんです……。しかし、事情があり結婚しなきゃいけないんです」
「俺も同じだ。うちは事情があって結婚までは妥協できても子供は数年は待ってもらわねばならない。
そんな状況に耐えてくれる女性などそうそういない」
「それは大変ですね……」
はぁとため息が重なった。
「私も子供は遠慮したいんですよね」
と言って、ふと思った。利害、一致してないか? と。
彼もそう思ったのか視線が向けられているのがわかった。
運命である。
「「結婚しましょう!」」
顔も名前もしらないうちに、決めてしまったくらいには我々は追い込まれていた。そのままお互いに手を取って夜会をしている屋敷の廊下に立った。
そこで顔を見て驚いた。
「ラン殿?」
「ローデル殿。あらららら」
お互いに顔見知りだったのである。ただし、話したことはまったくない。本当に顔と誰もが知っている情報と噂を知っている程度。
そこそこいい家の子息は紹介され尽くした私ではあるが彼との縁談は来ていない。国王陛下やその他お偉いさんでもそれはちょっと……という相手だ。
それは本人の問題ではない。関係者がまずいのだ。
私の仕えるお姫様には天敵がいる。その天敵というのが、王弟殿下の娘、つまりは王女様の従姉妹だった。
彼はその従姉妹のお気に入りだった。母親同士が親族で幼馴染であることもあるだろう。
「残念ですが、やめましょうか」
私は心底もったいないと思いながらそういった。彼本人は優良な結婚相手だ。
ローデル氏は建国当時から現在まで血をつなげる候爵家の嫡男で23才。候爵位は二年ほど前に継ぎ、親族は妹のみという身の上だ。王家の信任も厚く、王弟殿下の娘であるカティエ嬢と親しいという噂があった。というのは私でも知っている情報だ。
「いえ、都合がよりよいです。
殿下に婚約を申し込まれそうなんです。父である方から早く結婚しろといわれておりまして」
「我が軍門にくだりますか?」
「よろこんで」
私の軽口に真顔で答えるくらいの追い詰められっぷりだった。
お互いに知り合いということで、別室で腹を割って話をすることにした。
私は貴族の訳ありお嬢様だった。母が男だったら、つけたいという名前をつけられた女である。生まれた瞬間、母、死にそうだったので、男の子だったよとついた優しい嘘が原因だ。
母は安心して亡くなった、というわけではなく、そのまま息を吹き返し、皆がやらかしたことに気がついても遅かった。
母が男の子に固執したのは私の上に四人も姉がいるということで。私でついに後継者を産むことができたという安堵は計り知れない。
余りに嬉しそうな母に、もう引っ込みがつかないと男で通すしかなかった。
実際は、残念ながら女だったわけだが。
言葉で偽ったところで男じゃないとすぐにばれそうだが、貴族というのは子供の世話を自分ですることはほとんどない。さらに母は山場は超えたものの体調は悪いままで短期の触れ合いしかなかった。
母の前だけ男扱いすると言うことは難しく、皆が私を女と知りながら男の子として扱うといういびつな日常は母が亡くなるまで続いた。
母は四歳くらいの時に亡くなったが、そのときに改名することなく現在もランスという名前である。
そのころには私の自認が男だったのである。女の子名前なんて嫌だと泣いて暴れたらしい。自分たちの都合で振り回した後ろめたさもあり、そのままの名でいくことにしたらしい。一応、二番目の名前もつけて。
そのまま周囲の苦悩をしらずすくすく育って七歳。やんちゃが過ぎて木登りで落下。
前世というものを思い出した。
別の世界の女性であった私とこの世界の私は混ざり合って、新生私になった。一時的な記憶の混乱があったが、頭を打ったからと医者にも解釈され性格が多少変わったのもその影響と診断された。あれこれ口走ってしまった前世知識も脳内の妄想であろうと。確かに怪しい発言である。
かわいそうな子として見られることに気がついてからは、発言は慎むことにした。幼児チートは出来んのや。と悟ったとも言う。
かわりに勉強や馬術や剣術なんてのを学ぶことに邁進した。少々の女性らしい態度に妥協した変わりにというやつである。
そこから15年の現在の私、第二王女様付き女騎士である。国王と議会による政治でこの国は回っており、王女様は王家の象徴と実務を兼ねた立場だった。二番目でもかなり忙しい。さらに護衛を必要とするような立場だった。過激ファンやストーカーもどきから姫君を守るためである。あるいは、余計な火遊びの誘いから遠ざけるために。
本来の女騎士は名目だけの名誉職で実態はお姫様の雑用係といわれていた。高位貴族のお嬢様が選ばれることが多く、そこに護衛としての実力でねじ込んで行った私は例外的である。
まあ、周囲は王女様に気に入られた下級貴族の娘という目線しか向けて来ないが。
さて、お付きの王女様は18才、花も恥じらうお年頃。婚約が正式に整いそうな話がでている。王女は国内の貴族に嫁ぐか、国外へ嫁ぐか議会が割れており、婚約者も決まっていなかったのだが、国内で相手を探すと決定された。相手はこれから打診される。
なお、王女様と同じ年頃の長子が婚約者を持たず未婚が多い。王女の夫へと名乗りをあげるために。
ご苦労なことで、と私は傍観しているつもりだった。
しかし、それに先んずる形で私に結婚せいと極秘任務が下された。以前からそれとなく男性を紹介されていたが、スルーしていた。それが、露骨な形ででてきた。
王女が信頼する私に王女の子の乳母も任せたいから早く結婚して、子供の一人でも生んでおけ、という…….。夢も希望もない。いや、出世ではあるのだけどね。二人目の時に乳母やって、乳兄弟として子の将来も安泰という。
結婚から逃げ回るために女騎士やってたのに本末転倒だ。
一応、身に余る光栄でとお断りしようとしたが、無理だった。パワハラと言いたいが、概念的にまだない。民主主義や人権意識はまだ遠いし、仕方なしに拝命することになったのである。
そもそもの話、今世の私に結婚願望がない。前世の知識と今生の能力が相乗効果として、結婚に向かない女を生成していたのである。
その私には無理ゲーであった。
正直な話、この転生先、結婚相手により人生総決まりである。相手の人格もさることながら親族がやばくないかとか、お金あるとかないとか、事業に先はありそうなのかとかそういう事情も加わる。
そして、大前提として、子供を産むものである。当主や次期当主に嫁ぐというのは、後継者を産むべしと暗黙の了解がある。
いやぁ、むりっすね、と言える雰囲気すらない。
母が、五人も期間を余り開けずに産むことになったのもこの空気感のせいだろう。これは立派なトラウマとして、姉達に刷り込まれてしまい後家、三男、修道院、後家と子供がいなくても大丈夫そうな人生を選び取っている。
私も結婚したくないし、子供もちょっと……である。好きとか嫌いとかじゃなく、子供の生存率的なものとか、自分が死ぬ確率の高さにびびっている。
我が家は幸い、姉達が一人も欠けることもなく育ち、今も健やかだが、一人二人欠けるのが普通だ。そういう前提が当たり前。
堪えられる自信はミリもない。
結婚しても、よそでお子さんをもうけてくれるならという話をしたい。
常識はずれといわれても、私は、お飾りの妻を希望する。そのため、王家から打診された結婚相手候補に愛人とかいらっしゃいます? と相手に尋ねた。ドン引きされた。俺がそういう人間だと思うんですかと怒られたこともある。しかしながら、私としては譲れない条件だったのだ。もう、真実の愛があって、そこで愛の結晶を生成していただきたい。
という気持ちで、真実の愛はあると思いますかとも尋ねた。
なに言ってんだこいつという顔をされた。
その話がどう流れたのか、愛人不可の純愛希望の女として知れ渡ることになった。清廉潔白ですとそこまで言える男性というのはそう多くはなかったらしい。
相手のほうから断れ婚活が暗礁に乗り上げ、むしろ山登ってんのかも? と思うくらいだった。
その中で、参加した夜会。腫れ物扱いである。王女様のお気に入りとはいってもあれは、という感じで珍しくドレス姿でも浮きまくり。
いたたまれず裏庭に逃亡に至る。
という話をかいつまんで話をした。もちろん、前世云々というのは抜きにして。
彼の事情というのはその一族特有の奇病である。
その奇病というのは血統に宿るものだった。一族固有の病気というのは、極稀に聞く話だ。その中でも候爵家のものはわりと有名である。私も聞いたことがあると思い出せるほどに。
この家の子共は時折、奇病を患う。発病すると体が思うように動かなくなり、治療しなければ完全に動けなくなり絶命するらしい。
陶器で作られたような滑らかな肌のままに。
それゆえに人形病といわれる。
ローデル氏の妹が今、病にかかり、完治は可能だが数年はかかるという状況らしい。しかし、治療できる薬は1人分しか用意できない。この状況で、子供が生まれ、すぐに発病してしまった場合、どちらを選ぶのかという話になる。
彼はどちらかを選ぶようなことはしたくないという。
そのため、結婚は避けていた。
ところが、避けられぬ相手から縁談を持ち込まれる寸前で結婚相手を至急探していたということだった。
その縁談を持ち込まれる寸前の相手というのがカティエ嬢であった。話を表立って言われてしまえば断りにくい。それは確かだが、仲は良いなら受けてもいいのではないかという疑問には苦い表情で首を横に振られてしまった。
カティエ嬢は楽観視していて、必ず発症するわけじゃないというらしい。いざとなれば妹のほうが譲るべきと。ローデル氏はその時点で無理と結婚候補から外し、他の相手を探していた。
ところが、どの相手でもカティエ嬢に邪魔をされてうまくいかない。相手に迷惑をかけるのも気まずく、行き詰まっていた。
お父様を説得するので待っていてねという恐ろしい宣告を受けたのが昨日の話で、猶予はいよいよないとこの夜会に賭けていたそうだ。
そこに都合よく、私がいてよかったと心底ほっとしたようにいわれた。
これは思ったより大事になりそうな予感がした。しかし、不思議とやめようという気はなかった。
少々不謹慎ながらわくわくしていたのである。
真面目過ぎて、両片思いのままに契約婚を完遂し、離婚してしまい、こ、これからどうすれば!? と右往左往する予定。




