外伝 冷戦構造
此の世界では度々世界の歴史では何度か冷戦構造と言う物が度々だが行なわれているのだ、そう一番有名な冷戦構造と言うのは此の世界での第二次世界大戦後の「キリスト教対その他の冷戦構造」が一番此の世界では有名だろうなあ
そして次に此の世界で有名な冷戦構造なのは「カルタゴ帝国対ローマ共和国連邦」の所謂地中海冷戦と言うのが此の世界では紀元前657年の7月21日から紀元前345年の5月21日まで続けられたのである
だからこそ地中海冷戦は約300年間の間続けられたものであるのだ、先程述べた地中海冷戦と言うのはカルタゴ帝国が「北アフリカの沿岸地域全土」を勢力圏に置き
そしてローマ共和国連邦の勢力圏と言うのはイベリア半島にマルタ島そしてキプロス島にイタリア半島にフランスの南西部地域、そしてシチリアにコルシカ等を支配下に置いて居たのだ
だあらこそ地中海を隔てて300年もの月日が掛かる戦争を続けて居て、まあ此の長きに渡るカルタゴでは一時期イベリア半島とフランスの南部そしてローマへの入城をする様な快挙を成し遂げていたのだ
だからこそ後世の嘗てローマ共和国連邦が支配をしていた地域主にフランスやイタリアそしてスペインでは「南の連中には気を付けろ嘗ての屈辱を忘れるな」と言う事が合言葉の様に伝えられているのだ
さて最終的に此の地中海冷戦と言うのはローマ共和国連邦側の勝利と成りカルタゴ帝国はローマ共和国連邦に土地と文化が奪われて、そしてローマ共和国連邦はカルタゴ帝国の崩壊をして4年半年後の「紀元前340年12月21日」に「ローマ帝国」と国号を買えたのだ
そして先程述べたローマ帝国は今度は「スラブ連合」と言う様な名前の新たな敵と多々時買わなければ成らなかったのだ、そして先程述べたスラブ連合の支配権又は支配勢力圏と言うのは「チェコ、スロバキア、ポーランド、旧東ドイツ、ウクライナ、ベラルーシ」等を支配下に置いて居た大勢力であったア野田
実の事を言えばローマ共和国連邦が何故先程のカルタゴ帝国を潰すのに時間を掛けていたのかは先程述べたスラブ連合と言う大勢力と2正面作戦をして、そしてスラブ連合を攻めれば逆にカルタゴ帝国が侵攻をして来て
そしてカルタゴ帝国のとられた土地の奪還をする為に動けば今度はスラブ連合に侵攻をされると言う何とも救いがたい展開をローマ共和国連邦はしていたのだ
だがローマ共和国連邦からして見れば烏合の衆であるスラブ連合が内戦状態に成り其の後に戦国時代に成ればその間戦略体制を整える事が出来るし力を蓄える事が出来るのだ
だからこそ其の間カルタゴとの戦いに準備する事が出来ると言う訳に成るのだ、そしてローマ帝国が建国をした際にスラブ連合は「戦国時代への突入」をしてしまったので有る
そしてスラブ連合は組織の結成をした紀元前532年からの組織の結成から3度に渡り戦国時代に突入をしてしまったのである
、だが冷戦構造は他にもアラビア半島+イラン+エジプト対パキスタン、アフガニスタン、北インド、バングラデシュを支配下に置いたそれぞれの勢力が冷戦状態から其の後に戦国時代が突入をしているのである




