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ハズレスキル《記録》で追放された僕は、消された真実を暴いて成り上がる  作者: ビッグサム


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メモ32 捨てられた場所の臭い

 薬師組合の小部屋を出るころには、昼の光が少し傾き始めていた。


 机の上に残された下書きの文字が、レオンの目の裏にまだ残っている。


 子 二 女 一。

 受け側 村神……


 名前はない。

 でも、人数だけはある。


 それが余計に嫌だった。


 人はいた。

 子どもが二人。女の人が一人。

 誰かが、どこかからエルハ村方面へ移された。


 なのに、名前だけがない。


「顔、ひどいぞ」


 横を歩くエドが言った。


「エドに言われたくない」 「それ、最近雑に使いすぎだろ」 「便利だから」 「便利で返すな」


 軽口はいつも通りだった。

 けれど、エドの声も少しだけ低い。いつもの雑さの奥に、何を言っていいか分からない感じが混じっている。


 前を歩くセイルは、何も言わない。

 ミアは薬師組合から借りた地図を折りたたみながら歩いている。ボイルとネスは少し離れて周囲を見ていた。さっきから二人とも、いつもより口数が少ない。


 保護院跡は、西外れのさらに先にある。


 町の柵を抜け、薬師小屋へ向かう道を途中で外れる。荷車道ではない。昔は道だったのだろうが、今は草が伸び、轍もほとんど消えている。人が通らなくなった道は、こんなふうにすぐ細くなるのかと、レオンは思った。


「こっちで合ってるのか」  ボイルが槍で草を払いながら言う。 「地図だと合ってる」  ミアが答える。 「古い地図だけどね」 「古い地図を信用していいのか?」 「信用しすぎないために、レオンがいるんでしょ」


 急に振られて、レオンは顔を上げる。


「僕?」 「道のずれとか、見えるんでしょ」 「見えることもあります」 「出た」  エドが言う。 「出たな」  ボイルも言う。 「何がですか」 「腹立つけど頼りになる返事」  ネスが淡々と言った。


 褒めているのか、よく分からない。

 でも、少しだけ肩の力が抜けた。


 レオンは道端を見る。


 草の倒れ方。

 古い石の位置。

 半分埋もれた木杭。

 そして、道の右側にだけ続く、小さな白い欠片。


「昔はこっちが道だったみたいです」  レオンは右へ視線を向ける。 「白い欠片が続いてる」 「何の欠片?」  ミアが聞く。 「たぶん石灰です。ぬかるみ止めに撒いた跡」 「保護院へ薬や荷を運ぶ道か」  ネスが言う。 「今の道より少し北へずれてるな」


 セイルが短くうなずく。


「そちらへ行く」


 草を踏み分けて進む。


 しばらくすると、空気が変わった。


 風は吹いているのに、匂いが動かない。湿った木と、古い土と、ずっと閉じられていたものの匂い。ハルムが言っていた。


 捨てられた場所の臭い。


 それがどんなものか分からなかったのに、今なら分かる気がした。


「……嫌な場所だな」  エドが小さく言う。


 誰も否定しなかった。


 木々の間に、壊れかけた石門が見えた。


 門、と呼ぶには低く、半分は崩れている。片側の柱だけが残り、もう片方は土に沈んでいた。その奥に、屋根の落ちた建物がある。壁はまだ残っているが、窓枠は外れ、扉は斜めに傾いている。


 保護院跡。


 そこは、誰かが住んでいた場所ではなく、誰かが置かれていた場所に見えた。


「入るぞ」  ボイルが先に進もうとする。


「待って」


 レオンの声が出た。


 ボイルが止まる。


「何だ」 「門の下」


 門柱の足元に、細い線がある。

 草で隠れていて見えにくいが、地面が浅く掘られている。古いものではない。最近、誰かが足で草をどけた跡だ。


「誰か来てます」 「いつ」  セイルが問う。


 レオンはしゃがみ込み、土を指先でつまむ。


「新しいです。昨日か、今日」 「またかよ」  ボイルが低く言う。


 ネスは弓へ手をかけた。


「中にいる可能性は?」 「分かりません」  レオンは建物を見る。 「でも、出入りした跡はあります」


 門の内側へ進む。


 中庭だった場所には、背の高い草が伸びていた。中央に古い井戸。井戸の脇には倒れた桶。左手に大きな建物。右手に小さな納屋。納屋の扉だけが、妙に新しく動いた跡を残している。


「納屋」  レオンが言う。


 セイルもすぐに見た。


「行く」


 納屋の扉は、外から見ると閉まっていた。だが閂は古く、錆びている。最近使われたのは、戸の下だった。草が左右に押し分けられ、土に細い引き跡がある。


 ボイルが扉を押す。


 ぎい、と嫌な音がした。


 中は薄暗い。

 乾いた草の匂い。古い木箱。壊れた寝台の脚。端に積まれた布袋。


 その布袋のひとつだけ、埃が薄い。


「開けるな」  セイルが言う。 「まず見る」


 レオンは中へ一歩入った。


 床板が軋む。

 その音が、妙に大きく響く。


 布袋の横に、小さな足跡があった。大人ではない。子どもでもない。足の小さい大人か、少年くらい。だが靴底の模様は町でよく見るものではない。神殿の下働きが履く、安い革靴の底に少し似ていた。


「白い袖の人かもしれません」 「根拠は」  ミアが聞く。


「靴底の横線が細い。村で見た神殿の下働きと似てます」 「そんなところまで覚えてるの?」 「見てしまったので」 「……本当に腹立つくらい便利ね」


 褒められているのだろう。

 たぶん。


 セイルが布袋をそっと開ける。


 中から出てきたのは、古い布ではなかった。


 紙束だ。


 いや、紙束だったもの、だ。


 半分は濡れて固まり、半分は破られている。古い紙と新しい紙が混ざっている。上から雑に泥をかけ、隠したつもりなのだろう。


 ミアが息を呑む。


「ここにも持ち込んでたの」 「処分場にしたんだろう」  セイルが低く言う。 「抜いた記録のうち、要らない部分をここで捨てた」


 レオンは紙束を見つめる。


 捨てられた紙。

 捨てられた場所。

 捨てられた人の記録。


 全部が、嫌なほど似ていた。


「触ってもいいですか」 「端だけだ」  セイルが言う。


 レオンは一番上の破れ紙を、そっと持ち上げる。


 文字は滲んでいる。

 だが、まだ読める部分があった。


 保護院閉鎖時 残留者……

 年少二名 女一名……

 移送先変更……


 胸が鳴る。


 同じだ。


 ユルグの下書きと同じ人数。


「これ」  レオンの声がかすれる。 「同じ記録です」 「読めるのか」  ボイルが問う。


「全部は無理です。でも、年少二名、女一名。移送先変更。さっきの下書きと合います」 「名前は」  ミアが聞く。


 レオンは紙をもう少しだけ持ち上げた。


 破れている。

 名前の欄だけ、狙ったように失われている。


「ありません」 「またか」  エドが小さく吐き捨てる。


 でも、レオンの目はそこで止まらなかった。


 紙の下に、別の紙がある。

 そこには名前欄ではなく、備考欄が残っていた。


 女一名 高熱後、記憶混濁。名乗り不明。

 年少者二名、女に付随。片方、右手首に赤紐。


 赤紐。


 レオンは息を止めた。


 母の針箱の中に、赤い紐があった。

 母はそれを、古い約束の紐だと言っていた。


 何の約束か聞いても、いつも笑ってごまかした。


「レオン」  エドが呼ぶ。


 返事ができなかった。


 赤紐。

 女一名。

 年少二名。

 名乗り不明。

 エルハ村方面。


 頭の中で、見たものが勝手に並んでいく。

 並んでしまう。


 そして、その並びが怖かった。


「……続きは」  ようやく声を出す。 「続きの紙はどこですか」


 セイルが布袋の中を覗く。

 ハルムはいない。ユルグもいない。ここにいるのは、町で出会った仲間たちだけだ。


 セイルは、濡れた紙束の底から、小さな木札を取り出した。


 文字はかすれている。

 けれど、読めた。


 受入先 エルハ村神殿


 その瞬間、風が納屋の隙間を抜けた。


 古い紙が、かさりと鳴る。


 レオンの胸元で、祝福の日にもらった証明書が、やけに硬く感じられた。


 村神殿。

 やはり、そこだ。

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