035話 拉致事件、決着!
俺達の町の自警団では、創立時から武器を持っていない時の為に格闘術の訓練も行ってきた。
以前にマダーニとの祭りで集団拳闘の競技に参加したが、町の代表を自警団の古参メンバーで固めたのはそれが理由のひとつだ。
敵の刃物からも拳を守る硬革のグローブを握りしめ、踏み込んだ体重を乗せたパンチを腹の出た初老のクズの顔に真正面から叩き込んだ。
訓練通りなら顎でも狙うんだが、別に倒すことが目的でもない。
鼻がへし折れたのか拳は顔面にめり込み、そのまま振り抜くと自称伯爵は真後ろに吹っ飛んで尻もちを付き、さらに床に後頭部を跳ねさせた。
意識があるのかどうか知らないが、伸びているクズに指を突きつけて宣言する。
「俺の返事をくれてやる――知ったことか‼」
呆気に取られている周囲の中、最も早く反応したのは俺達の背後にいた傭兵団だ。
さすがに戦場暮らしが長いだけあって、とっさの事態にも即応できるらしい。
もっとも――。
「ヒュー! 良いぞ大将!」
「この勢いで砦ごと焼いちまいましょうぜ!」
「そりゃあ良い! 汚物は消毒だぁ!」
そんな即応は、ちょっとどうかとも思うが。
「は、伯爵様!」
次に反応したのは伯爵の側近だろう、若い男。
駆け寄って魔法に集中している所を見ると、治療系の素質を持ってるらしい。
金持ちの貴族だ、身近に1人置いているくらいは当然だろうな。
「おい、治療は待て。今元気になられるとうるさいだろう」
「そ、そんな訳には……?」
「い……いひゃい……血、血が……わらひの血だと……?」
意識はあったか。
治療師は俺の言葉で魔法を中断してるんで、上半身を起こした自称伯爵の鼻から下は大量の鼻血で真っ赤に染まっている。
「何をひている! こ、ころひぇっ! ほの無礼な平民を……っ!」
「さっきの話し合いを忘れたのか? 主力をあっさり全滅させられて、ここにいる連中だけでどうにかなるとでも? 死にたいならかかってきても良いが」
俺の視線に、伯爵の後ろにいた護衛達が躊躇を見せる。
実際にやったのはミュリエルだが、見てない連中には俺がやったように思えるだろう。
あれこれと厄介事を引き寄せる名声だが、こんな時くらいは有効活用しないと。
「部下に慕われているじゃないか自称伯爵。俺が雇った傭兵は、命がけで娘と王女を逃してくれたがな」
「きしゃま……こんな事をひて、ただでふむと……!」
「ただでは済まないだろうな」
そんな事は分かってるが、許せる訳がない。
もうこの後は大混乱を招くしかないだろう。
「ではどの様になると? この先のユーマ君の予定を聞かせてもらえるかな」
「そうですね、サビーナ様。フェリシア様にもご迷惑をおかけする事になるでしょう」
声をかけて来たのは、思ったよりも落ち着き払っているサビーナ様。
ソファに座ったまま、どうして良いか分からない様子のミュリエルとレティや、伯爵の後ろで狼狽えている連中とは様子が違う。
サビーナ様にとってもマズい状況のはずなんだが、黙っていたのは俺が暴発するのが想定内だったんじゃ?
「このままレティを連れて、国王陛下に謁見を願い出ようかと。そこで洗いざらいぶちまけます」
「なるほど、我々は国内を混乱させまいとそれを避ける方向で努力してきたのだがな」
「ひょ、ひょんなことをすれば……」
何が起こるか分からないんだったな?
国内が大混乱、治安も経済も大ダメージだろう。
前回伯爵が問答無用で斬られた時も、反乱が起きたらしいからな。
「混乱を引き起こして儲ける計画だったんだろう? 頑張るんだな」
「よ、よへ! 国中のひ場が荒れる! ひょんなもの予測ひきれん……ヒャビーナ殿! この者を……」
誰だよヒャビーナさん。
声をかけられたサビーナ様は、困った様子で首を振る。
「我々としてもそんな事は望んでおりません。それにフェリシア様からはレティシア様とユーマ・ショート、その娘ミュリエルを確実に連れ帰り保護せよ、と厳命を受けております。この様な状況は予想しておりませんでしたが」
「連れ帰るだと……? わたひにこんな事をひておいて、ただ見逃へと言うのか⁉」
口を挟む代わりに……もう一発くらい、ぶん殴っても良いかな?
――っと、服の裾がなんだかクイクイと引っ張られる感触。
振り返ったらソファから身を乗り出したレティが、裾を掴んでブンブンと首を振っていた。
珍しく声に出さないのは場に遠慮してるのか。
「伯爵閣下はこの後セヴラン殿下に、今回の件をご説明申し上げる必要があるのでは? ですが今フェリシア様の庇護下にある客人を害すれば、我が主からもさすがに御不興を買うことになりましょう。両殿下へのご説明に加えて釈明、というのは少々ご多忙に過ぎるのではありませんか?」
「ぐっ……ぬぅぅぅ……もういい! この場から全員つれていへ!」
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「はぁぁぁぁぁ……やっちまった……」
「いまさら⁉ もう1回くらい殴ろうかなって顔してたくせに⁉」
よく分かってるじゃないか、さすがは御主人様だ。
サビーナ様のおかげで、どうにか無事に砦を出られた訳だが、伯爵の恨みを買った事は間違いない。
あいつは敵だ。
それは変わらないが、今後目の敵にされる必要までは無かったはずだ。
これは俺個人の問題じゃなく、町が影響を受けるのが避けられないだろうから。
「まあまあ、誰に怒られたってミアは褒めてあげるよ? あんなヤツ殴って当然でしょ」
鞄から出てきたミアが俺の頭まで飛び、小さな手で撫でてくる。
魔石で魔力を補填したとはいえ、心配だったから少し休ませてたんだが。
「体に異常は感じないか? さっき診た時にはまだ魔力が乱れてたけど」
「ん~そろそろ大丈夫だね、ミュリエルの友達もすぐに元気になったんでしょ?」
そう言いつつも、差し出した俺の左手に座って羽を休めるミア。
ミュリエルの前だと、無理に元気な様子を見せかねないからな。
ミアには気を使って使いすぎるって事はない。
その様子を見守っていたミュリエルが、レティを手を繋いだままどちらから声をかけようかと視線で相談し、口を開く。
「お父様、私も褒め……じゃなくて、ありがとう!」
「ま、まあ? 私からもお礼を言ってあげなくもないわよ? 騎士だし、当然の役目だけどね!」
「たしかに当然の事をしたまでだな、でもお礼は受け取っておくよ」
左手はミアに貸してるんで、右手で2人をまとめて抱きしめると、嬉しそうに笑うミュリエルと顔を真赤にして騒ぐレティで対照的な反応が返ってくる。
でも、和気あいあいと出来るのはこの辺までだろう。
何しろ怖い人がまだ残ってる。
「そろそろ良いかな? 後ろ盾となっている王族にご説明申し上げる必要があるのは、ブロス伯爵だけではないのではないかな?」
そうなんだよなあ……。
こんな国知るか、混乱してしまえばいい!
とか何とか口走っちゃったし、伯爵は殴るしで――。
「怒られるッスか、ごすじん⁉」
「言葉に出すんじゃないよタロ⁉」
年下の女の子に真剣に怒られる様子を想像すると、凹むしかないわけだ。
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