032話 変身! 途中で攻撃してはならない!
見慣れた色の光を放つ渦が空高く伸び、周囲の魔力を強引に引き寄せる。
村が襲撃された時に、ミュリエルの友達が見たと証言していたのと同じ現象だ。
――その時と同じ、という事は。
「うわ……わわわっ⁉ ま、魔力が抜けてる⁉」
「ミア⁉」
ミアの羽は、全体を魔力で支え伸ばしていると言っていた。
羽ばたく羽からこぼれる光は魔力の残滓。
それが渦に引き寄せられ、心なしか羽自体も萎びている様に見える。
「好きにやれ」と発破をかけたミアだが、この状況は想定してなかったらしく慌てた声をだし、渦の中からミュリエルも声を上げる。
前回も友達の中に強い魔法の素質を持った子がいて、体調を崩していたと聞いている。
やれやれ……事前に何をするか言ってくれれば、もう少し早く対応できたのに。
空中で姿勢を保つことすら難しくなり、渦に飲まれそうになっているミアに駆け寄ると、バタバタと羽と手足を暴れさせながら大慌てで手を伸ばしてくる。
その体を傷つけないように手で包み、ミアの定位置になっている鞄から魔石を取り出す。
「ミュリエルこっちは気にするな! ミアは気の済むまでやれと言っただろ?」
「そうだよミュリエル! ミアはこのくらい平気だ……おぉ? 本当に平気かも?」
ミアの症状は、急激に魔力を吸い取られた事で起きた物だ。
ならそれを魔石から補填してやれば、問題は無い。
ついでにポカンと口を開けて魅入っているレティも背後にかばう。
この子も魔法の素質を持っていると言ってたからな。
手の中に魔石と共に包んだミアと共に、ミュリエルに声をかけてやると安心した様子で頷く影が見える。
光の渦に見えるその影が、俺の知っている物よりもずっと大きい。
やがて勢いを減じた渦が放つ光は薄れ、渦そのものも姿を消していく。
そこにいたのは――。
「……お父様、水を使いたいの」
「あぁ、こっちは全部任せて良い。好きにやりなさい」
外見だけであれば俺と同世代……いや、人によっては少し年上と判断するかもしれない。
髪の長さは変わらず腰に届くくらいだがその光が濃く、やや強い気がする。
集めた魔力を込めたその体は手足の先まで生命力に溢れ、外見年齢相応の膨らみや柔らかい曲線を得たようだ。
ただ、笑えば魅力的だろうその整った顔立ちが、今は構えた盾も貫くような視線で討つべき敵に怒りを向けている。
しかし……破れるかもしれないと言っていた割に、服装はちゃんと――。
おっとミュリエルの様子は気になるが、大見得を切ったからには仕事をしないとな。
ただでさえ俺の集中には時間がかかるんだ。
「あ~そっちの傭兵さん、もうちょっとこっち来て」
「は、何か……あの、お嬢さんは……」
「い~からい~から、たぶん近い方が都合が良いの。レティシアも離れないでね?」
「ねぇアレ……ミュリエル……よね?」
集中して指示を出せない俺に変わって、ミアが皆を呼び集めてくれる。
俺やミュリエルの手持ちの魔法は把握してるし、それぞれが何をやろうとしてるのか察してくれたんだろう。
光る竜巻の迫力に皆慌てて距離を取ってたから、ちょっと都合が悪かったんだ、ナイスフォロー。
「これは……一体?」
「……どうします、捕らえますか?」
何が起こったのか理解してる俺とミアがいるこちらと違って、敵連中は唐突な謎現象に呆気に取られていた。
……タロは理解してるかどうか正直分からん、魔法や魔力に縁が無いしな。
「幻覚魔法……? あの光る竜巻に攻撃力があるなら、それを使えば良いはずだ。数で優るこちらと交渉材料にでもしようと? ……どちらにせよ王女には、お戻り頂かねばならん。娘の方は抵抗するのであれば多少の手荒は許す!」
「はっ! 総員囲め!」
今となってはミュリエルよりも、レティをどちらが握るかが重要ってことか。
無理矢理にでも自分を納得させて行動に移る連中だが、正気に返るのが少しばかり遅かった。
「ミュリエル、良いぞ!」
「ありがとう、お父様!」
集中を終え、地面に意識を集中しつつ踏ん張って声をかける。
直後、ミュリエルの魔力を使って創り出した土が、俺達全員のいる足場を周りの木々よりも高く持ち上げていく。
――繋がって魔力を使って分かったが、今のミュリエルは尋常じゃない。
前回の成長は体内に保持していた魔力が、数倍にまで成長していた。
それでもとんでもなかったが、今はその時よりもさらに桁が1つ増えていると感じる。
「ちょっと! こういうのは先に教えなさいよ!」
「下を覗き込むなよ、危ないから。お前もだぞタロ」
「う~、でも下が気になるッスよ――⁉」
転んだのか、転ばないようにか四つん這いになったレティと同じ姿勢で、土の端に寄ろうとしたタロが言葉を詰まらせる。
即席で作った土の山、その木よりも高い目線でも分かる位置に大量の水が出現し、予想していなかった者から驚きの声や息を呑む音がする。
ちょっとした貯水池を満たす程の量のそれが、俺達を囲もうとしつつも遥か頭上に逃げられてまた足を止めていた、敵の頭目掛けて落下した。
……今のは、1tや5tなんて量じゃなかったぞ?
土の山を端から崩して坂を作り、そこから滑り降りる。
そして状況を見ると――これはもう、俺がする事はないな……。
30人はいた連中は、その全員が大量の水によって打ちのめされて倒れ、呻き声をあげているのだ。
頭上からの攻撃だ、何が起こったのかも分からないどころか、自分が倒れている事すら理解してなさそうな者も多い。
オマケに――。
「こりゃ派手にやったな? 敵捕縛にボーナスは出ますかね大将!」
「討ち取ったのはミュリエルだぞ団長。でも世話になった礼は考えるよ」
距離を取って様子を見ていたらしい、ウチの傭兵団が好機と見て参戦――もう終わってるが――してきた。
あっちはもう任せても良いだろう。
「ミュリエル大丈夫~? また育ったけど、服は? これどうなってるの?」
俺の手元から飛び立ったミアが、心配そうにミュリエルに声をかけている。
前回は倒れたしな、でも服も気になるのか。
「ごめんなさいミア、やっぱり破れちゃった。今見えてるのは幻覚で作った物だよ」
「あ~なるほどね? それで大きくなったのにデザインが一緒なんだ?」
「ちょっと⁉ って事は本当は裸って事⁉ 平然としてんじゃないわよ!」
「レ、レティシア?」
俺に続いて山から降りてきたミュリエルに遅れて、おっかなびっくり滑り降りて来たらしいレティが、ミュリエルの言葉を聞きつけてお怒りのご様子だ。
あの姿でも羞恥心は薄めなのか、まあ前よりはマシだが。
しかし幻覚魔法? たしかにジローに習ってたが、作る幻の映像を具体的にイメージしつつ魔法を操るのが難しくて習得したとは言い難いって話しだったが?
その辺りも体に伴った成長でクリアしたんだろうか。
「大丈夫だよ? ちゃんと幻覚で見えなくしてるから――あ、あれ?」
「そういう問題じゃ……ねぇ、なんか薄れてるわよ⁉」
「ミュリエル⁉ 魔力が抜けてるというか、自分に向けて集められてないよ⁉」
レティの頭の上に見えていた、ミュリエルの顔が一瞬考え事をしていた間に見えなくなった⁉
やっぱり急激な成長は何らかのリスクが――!
慌てて駆け寄った俺の目の前にいたのは――。
裂けて肌を隠す役目を放棄した服に身を包んだ、レティと同世代に見えるいつものミュリエルだった。
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