017話 村から町へ、名前はどうしましょう?
「ご息女はお連れにならなかったのですね……とても残念です」
「いえ、王都には来てるんですが、レティシア様に会いまして。楽しそうにしていたのでどうも引き離し辛くてですね」
「レティシアが? 楽しそう……ですか。そう、なら仕方ありませんね」
季節の定期報告。
今回はフェリシア様の要望もあって、ミュリエルも一緒だった。
でもこの執務室にはいない、ミアとタロもそっち側だ。
実のところレティが楽しそうだったというのは嘘なんだが、ミュリエルを偉い人に会わせるというのは相手がフェリシア様とはいえ不安がある。
なので、途中で顔を合わせたのを幸いと押し付けてきたのだ。
双子の妹が原因となれば、約束を反故にしても怒られないだろうって魂胆で。
外見は同年代に見えるし、意外と本当に仲良くなってるかもしれないしな。
それが上手くいったのか、フェリシア様は目を細めて俺をまっすぐに見つめ、口元に手をやってご機嫌な様子でクスクスと笑っている。
しかしこの執務室はフェリシア様用に作った物ではないのか、大きな机の向こうの椅子にちょこんと座ったフェリシア様はいつもより小さい子に見えてしまうな。
胸から上しか見えてないし、おませな子が親の仕事部屋でごっこ遊びをしてるって風情だ。
「楽しそうなレティシアの顔は、わたくしも是非見てみたかったですわ。ご息女と会った時の表情を想像すると本当に……ごめんなさい、本当におかしくて」
「い、いえ……お気になさらず」
フェリシア様でも、ツボに入って笑いが止まらないなんて事あるんだな。
おかげで少し落ち着いて、報告を頭の中でまとめ直す時間が出来た。
今季の大きな内容としてはマダーニの街との和解、そして傭兵団との契約だ。
「傭兵団……今回は騎兵だけでなく、団を丸ごと雇われたのですね?」
「えぇ村の防衛というよりは、運送事業の方で活躍してもらえればと思いまして」
「駐留する傭兵団だけでも100人ですか、とても村とは呼べませんね。これからは町を名乗りましょう」
とうとう町か、まあ規模だけなら結構前からそんなもんだけど。
王女様のお墨付きを頂くと感慨深いな。
「そうなるといつまでも『追放者の村』という呼び名ではいけませんね。そもそも失礼な蔑称ですし」
「フェリシア様の領地と知ったら、言葉を濁して呼ばれるようになってましたけどね。いっそフェリシア様のお名前ではいけませんか?」
国内で人気のある王女様の名前だ。
それを冠すれば村の権威はうなぎ登り、領主様だって事を周知も出来る。
……眉を寄せて思案顔って事はお気に召さないか。
まあ俺だって「ここはユーマの町だよ!」とか言われてたら落ち着かないけど。
「わたくしは村の運営について、何も口出しをしてきませんでした。ですのにフェリシアの町などと名乗らせるのは、これまで運営に当たり、また厳しい土地で生活してきた住民に対して失礼というものです」
「いえ、そこまでの事でもないとおもうのですが……」
領民だしな? 決定された事を基本的には受け入れるだけの存在だ。
フェリシア様は時々、村の住民に対して敬意を払う様な事を言われるが、王族にそこまでされてると知ったら皆困惑するだろう。
「そうでしょうか? ではユーマさんの娘――ミュリエルさんをわたくしの傍で教育し、いずれ近侍してもらいます。帰られる前にもう一度お連れになってください」
突然何を⁉
ミュリエルと離れたくないというのは勿論あるが、それ以上に王宮なんて場所にミュリエルを置きたくない。
遺跡の中にいた特異な娘というのがバレたら、どうなるか分からないんだ。
自分の身を守れるようになるまでは、出来る限り側に置いておきたい。
「できません、領主であるフェリシア様のご命令でもそれだけは――」
「……事情のある方でも、王族の命とあればそうそう断らないものです。ユーマさんにとっては帝国の栄光も王家の権威も、利用する物でしか無いという事ですね」
「そんな事は……⁉」
ある、か?
そもそも権威って物に触れたのは実家の山を出てからだ。
敬うべき物って感覚が、俺には足りてないのかも知れない。
「先程の発言は全て冗談です、忘れてください。以前も言った様に、わたくしはユーマさんを好ましく思っています。ご自分を卑下なさる必要はありませんよ?」
そんな事を言われてもなあ。
権威を便利な物としか思ってなかったとしても、上辺は従っていなければ社会的に死んでしまう事くらいは理解してる。
というか、本当の意味で死んでしまう事だってあるだろう。
「神竜討伐の依頼も断ったと聞いて、わたくし少しがっかりしたくらいです」
「え? 噂とかになってるんですか?」
あの内容を知ってるのは俺とミュリエル、それに話をしたテオドールとジロー後は……ミア、タロそのくらいか?
断って関わりを持ってないという事になってるから、ミアやタロが重大な内容だと思わずに口を滑らせた可能性もない事はないかも知れないが。
「依頼者の少女はその後、いくつかの街を周って王都へも来たのです。あれだけの報酬と新竜討伐という内容の重大性から、今は然るべき場所で保護されているそうですわ」
「保護されたんですか、それは良かった」
なるほど、本人からだったか。
しかし当然ながら受ける人間はいないよなあ……。
「一部貴族が私兵を出すなどと噂を聞きますが、おそらくは周りが止めるでしょう。どうも報酬に釣られて浮ついた空気があるとも聞きます、ユーマさんも気をつけてくださいね?」
「一度断ったというだけの関わりですから、さすがに何かに巻き込まれるなんて事は無いと思いたいですね」
浮ついた空気か。
あの娘を襲って……とかそういう事かなあ。
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