055話 燕石
待機させてたという20人の部下は、さほど間を置かずに坂道を登ってきた。
だが倒れた頭目と、もう1人の男を見るとあっさりと降伏勧告に応じて武装解除……というほどの物も持ってなかったが、無事終了。
ミアとタロにはジローと自警団を呼びに行ってもらった。
台地の下には傭兵団が待機しているし、今から馬鹿な真似はしないだろう。
それは良いんだが。
「かぁ~負けた負けた! でだ、話があるんだが」
「本当にタフだな……話ならこっちもあるんだが、それよりなんで出血が減ってるんだ?」
「気合で傷口を閉じてんだよ。こっちは急ぎでな、そこのイーヴ……気絶してるヤツを治療してくれないか」
「自分達が何をしたか分かってて言ってるのか?」
言葉は元気だし実際出血は減って見えるが、顔色は悪いんでやせ我慢のたぐいか。
そんな状態でこんな事を言ってくるんだから、精神的にもタフ……というか図太い。
俺はこの後に村へ行くのが怖いってのに。
誰がどうなったかを、まだ聞いてないからだ。
これだけの規模で殺し合いをして、村に犠牲が出なかったなんて信じるほどバカでもない。
「当然タダとは言わん、俺の首にかかってる魔道具の使い方を教えてやる」
「魔道具……これか?」
頭目の首にかかってる貝殻を手に取る……なんだコレ?
見た目は貝殻だけど石を削って作ったもんだな。
けど、ただの魔道具というより別の力を感じる……神殿、神様関係か?
月の女神関連の物だったら受け取りを辞退したいところだ。
「祝福されてるな……しかも効果が消えない? 随分強力だな」
「おいおい……見ただけで効果が分かった? 実はあんたが目標だったのか?」
「さてね、こっちが聞きたいのはそれを命じたヤツの事だ」
父さん譲りの能力はミュリエルによってロックされて、専用の物になっている。
でも直接手に取れば、魔道具の効果くらいは分からないでもない。
所有者を制限するための手順の様な物はセキュリティが高いらしくて、ちょっと厳しいみたいだが。
「一応恩人でな、簡単には話せん。取引出来るのは俺個人の持ち物なコイツだけだ」
「まあ良いだろう、治療のポーションが1本だけある」
「お父様、その人達を救けるの⁉」
驚きの声をあげたのはミュリエルだ。
俺の腕を掴んで離さないが、見上げる目には少しばかりの非難を感じる。
俺とは違ってずっと村にいたミュリエルは、直接の被害や犠牲者を目にしてるだろうからな……。
「争いは終わった、今救けないのは殺すのと同じだ。そうする理由は無いよ」
「理由なら……っ!」
「その罪はちゃんと償わせる、この国には法律って物があるからね。例え命を奪う事になっても、それはその役目を負った人達がすべき事だ。ここで殺すのは無法者――この連中のやった事と変わりない」
ミュリエルは納得がいかない様子だが、当然だろう。
俺だってそんな理屈で納得してる訳がないし、敵に同情するような真似は危険だと思ってる。
ここにいるのがミュリエルじゃなく師匠やジローやテオドールだったなら、俺も含めて満場一致で見捨てた可能性が高い。
村人を殺しに来たこの連中を許して救けましょう、なんてのは聖人か底抜けの馬鹿か何か企んでるかのどれかだろう。
見捨てるのが正解だと思う、ミュリエルも正しい判断が出来るのが望ましい。
でもミュリエルが冷酷な人間に育って欲しい訳でもない。
この子が死にゆく人を平然と見捨てるのは嫌だ、そうなって欲しくはない。
矛盾してるが、嫌なものは嫌だ。
「俺は救ける、ミュリエルもそうしなさい……とは言わないけどね」
「……」
治療用のポーションを取り出して、意識のない男に飲ませる。
その間、ずっとミュリエルは押し黙ったままだった。
「……ありがとよ」
「礼ならこの子に言うんだな」
「だろうな、感謝する嬢ちゃん。その――スワローストーンってんだが、そいつに描かれた燕の絵をなぞりな」
「燕?」
たしかに流線型なデザインは燕に見えない事もない。
貝殻に見える石をミュリエルに手渡すと、その細い指が燕をなぞっていく。
指の動きを追う様に文様が光を放ち、わずかな時間で消えた。
「今は効果を失ってるが、1年ほどでまた使えるようになるはずだ。あとは――」
「まだあるの?」
「前の持ち主の王子様にキスして終わりだ」
むちゅ~っと唇を突き出す、刺されても殴られても平然としているおっさん。
その顔面に、うちの愛娘からトドメのパンチが突き刺さった。
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スワローストーンとやらをミュリエルの首に下げ、一応頭目のおっさんも止血くらいはしてやる。
簡単に吐く気はないと言ってたが、吐かさなきゃいけない事もあるんでしばらくは死なれちゃ困る。
それに尋問をするには余計な耳目も多い、ミュリエルも含めて。
もう気がついてるかもしれないが、自分が理由で村に犠牲者が出たと気に病むかもしれないからなあ。
そうこうしている内にやってきた自警団と一緒に捕虜を連行し、村に向かう。
途中でミュリエルが友達が居なくなってると言ってたが、ミアとタロが連れて行ったんだろう。
「……随分やられたな」
正門は完全粉砕……まあこれはミュリエルらしいが。
石造りの防壁も正門近くはかなりのひび割れが出来ているし、村の中に立てた櫓も焼け落ちてる。
道々聞いた所によると正門近くにあった自警団の詰め所や、住居なんかの他の建物も焼失したそうだ。
おまけに農地にも火が放たれたと……。
畑に関しては収穫直後で被害は少ないが、果樹園はまた一からか。
犠牲者の名前が1人ずつ増えていくごとに、やっぱり殺しときゃ良かったという気持ちがフツフツと湧いてくる。
まあ村の中には今からでも殺しにかかってくる者もいるだろう、出来ればうちの娘のいない所でやって欲しいもんだ。
「戻りましたか。頭目を捕らえたとの事、お見事です」
「下にいる傭兵団を引き連れて蹴散らしてくれたんだろう⁉ 凄いじゃないかユーマ!」
「お前がそんなに強いなんて……あっ……」
ジローは裏門に行ったらしいが、村の中央ではテオドールや村人達が勝利に湧いていた。
捕虜を連れて帰還した俺をすぐに取り囲んで来たが――。
俺を褒めそやす声が、手を繋いだ隣を見て一気にトーンダウンする。
「まずはそれについて謝罪すべきでしたね。ミュリエルを戦わせました、力及ばずに申し訳ありません」
「お父様、私が勝手にやったの。怒らないであげて?」
「仕方ない事だったと聞いてる。実際被害を見れば、そうしなければもっと犠牲が出ていただろうし」
俺の手を引いて懇願するミュリエルに微笑みかけ、テオドールに頷いてみせる。
分かっちゃいるが、ミュリエルと繋いでいない方の拳を強く握りしめる。
ここでテオドールや他の村人を責めてどうする、俺なんてミュリエルの側にいることすら出来なかったのに。
「……ミュリエルは大丈夫なのですか? 普段とは随分様子が違うようですが」
「あぁ魔力を使い過ぎたのは間違いない、すぐに休ませるつもりで……ミュリエル⁉」
「大……丈夫、ずっと……疲れてたから……」
村の中まで来て気が緩んだのか、まぶたが落ちかかっている。
抱き上げて連れて行こう――そう思い抱き寄せたその体は、火のように熱かった。
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