大銀河帝国②
ワープアウト先は土星・第一衛星ミマスの近くだった。
「土星?太陽系内?」がっかりした声で明が言う。
「何よ。今はこれが限界。・・それより来るわよ」船のダメージは想像以上だ。
「重力震キャッチ!」
何かがワープして来る前兆だ。ワープ追跡装置で探知された。つまり追手だ。
「明、土星の環へ向かえ」啓作が指示する。
明が操縦桿を動かす。「何か策があるのか?」
啓作は無言。
「あると言ってよ」
土星。太陽系第六惑星。直径は地球の約9.5倍、木星に次ぐ大きさのガス惑星である。公転周期は約29年。木星に似た構造で、岩石や鉄やニッケル等から成る核を液体水素の層が覆い、さらにその外側は水素の大気がある。表面には凍ったアンモニアの雲が薄い縞模様を形成している。土星の最大の特徴は美しい環だ。環は氷の欠片や岩石の塵でできており、その厚みは平均数十mと薄い。
宇宙艦隊がワープアウトする。構成は戦艦1隻、巡洋艦3隻、駆逐艦9隻。
艦載機発艦。艦隊は散開する。
旗艦である戦艦の艦橋では髭面の大男が艦長席に座り前を睨んでいる。彼の名は玄武。
「やれやれ、やっかいな所に逃げ込んだものだ」
土星や木星は衛星が多い。捜索は困難だ。(2020年時点で土星の衛星は65個)
ダミーバルーンを幾つかの衛星に飛ばし、<フロンティア号>はステルスバリアーを使い土星の環の中に隠れていた。
マーチンとヨキは特殊宇宙服を着て第2第3エンジンの修理中。
シャーロットとグレイは情報収集。グレイは啓作の予備用スペーススーツを着ている。
啓作に「レースで疲れているだろうから寝とけ」と言われた明だが、とてもじゃないが眠れない。それでもシートを倒しアイマスクを付けて大人しくしている。
グレイは明をちらと見て「そうだ。目を休めとけ」作業を続ける。
シャーロットはため息をつき、「オリオン腕はどこも同じような状況みたいね。人々が突然していた事をやめて、宇宙港に行進して、宇宙船に乗り込んで・・」
「ルリウスもか?」明が尋ねる。
「ええ。ん?」明を見る。
「・・・」明は黙る。寝たふり。
「地球と月からテレパシーに似た高出力の超光速電波が発信されている。怪しいわね」
「ESP波?エスパーによるものか?それを機械の力で増幅しているのか?・・啓作が言う通り“集団催眠”だとして、じゃあ俺たちはなぜ無事なんだ?」グレイが尋ねる。
『十字星雲だ』啓作が通信で答える。
ひとりで船首のアンテナ(バリアー発生装置)で作業中。
『俺たちが十字星雲にいた時に、何かを使って集団催眠をかけた。おそらく放送電波じゃないかと思う。だが十字星雲の中では放送電波は伝わらないから、俺たちはかからなかった。そして今、超光速ESP波で指示を出して操っている』
「目的は何だ?」明が聞く。「宇宙船に人々を乗せてどこへ連れて行く気だ?」
『わからん』
「何百億の人を個別に操るなんて超高性能のコンピューターでないとできない。地球の<ガイア>が関係しているんじゃないかしら」
「<ガイア>か」グレイがつぶやく。
それは地球連邦本部の地下にあるハイパーコンピューターだ。
「じゃあそいつをぶっつぶせばいいんだな」アイマスクを取りながら明が言う。
「簡単に言うな」グレイに叱られる。「地球連邦の中枢だぞ」
「しっ!敵機接近!」
作業を中断したマーチンたちの頭上を無人偵察機が通り過ぎる。
見上げたヨキは改めてその光景に息をのむ。
視界いっぱいの土星。「すげー」
『再開するぞ』マーチンの声に我に返る。作業再開。
明は宇宙を見る。想いは光よりも速く宇宙を駆ける・・・ルリウスへ
海の見える高台にある公園。美理と麗子は桜の木の下のベンチで休む。
「はあはあ・・何とかまいたみたい」
「はあ・ここの重力は少し(地球より)強いから、はあ・試合には有利だって先輩が言ってた。でも、どうしよう、これから・・」
「あ・・(ここって明くんと初めて逢った場所だ。桜の頃だった・・今は・)金木犀か」
「この香りっていいよね。・・あ!」
麗子が突然駆け出す。隣のショッピングモールの手前、行進する人の集団がある。
「お母さん!お母さん!」
集団の中に母親を見つけた麗子は母親を呼び止める。
母親は強い力で麗子の手を振り切って歩いて行く。
「おばさん!」
美理が前に立ち塞がるが、振り払われる。
「お母さん!だめ!行かないでえ!」
信じられない力で母親はふたりを払いのけ、歩き去る。
「わあああああ・・・」
麗子は泣き叫ぶ。なぐさめる美理は、近づいて来る人影に気付く。
それは先程の黒服にサングラスの男達。目線が合うとニヤリと笑う。
ぞくっ。美理は麗子の手をひっぱり、「逃げよう!」駆け出す。
男達三人が追う。残り二人は背広から銃を出し構える。
ビシッ!
男達の手に羽根手裏剣が命中。銃が落ちる。
ピンニョは男達の周りを飛びながら羽根手裏剣を連射する。
麻酔薬が仕込まれており、男達は道の真ん中で眠る。
彼らを踏まないように避けながら人々の行進は続く。
「はあはあはあ・・」
美理と麗子はショッピングモールに逃げ込む。
そこは無人。だだっ広い空間にふたりの足音が響く。
ブティックのひとつに飛び込み、フィッティングルームへ。
「何なの?あいつら・・」
「わからない。何もかも」
「もういやあ・・ううっ・・」麗子が泣き崩れる。
こんなに取り乱した彼女を見るのは初めてだ。自分がしっかりしなくちゃ。
「(どうなるんだろう、これから)・・・」
部屋には夕日が差し込んでいる。日が暮れる。
夕暮れの中、行進はいつまでも続いていた。