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邪神襲来!? ~潮騒の街から パート3~  作者: 南野 雪花
第6章 The marriage of Hastur
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The marriage of Hastur 4


 五稜郭では、とくに問題は起きなかった。

 せいぜい、幕末史マニアの実剛の語りが止まらなくなり、こころに蹴られた程度である。


 そりゃね。

 五稜郭とか函館奉行所とか、こいつ連れてったらどうなるか判るよねって話だ。


 むしろ問題だったのは昼食である。

 函館にきたらこれを食え! ってくらい有名なファストフード店なのだが、名物の鶏肉を甘辛く揚げたものを挟んだバーガーに、ハスターがため息をついてしまった。

 一口二口たべて。


「お気に召さなかったかい? 蓮田さん」


 これまた名物のオムライスを食べながら、こころが小首をかしげた。

 無関係な人も多くいるなかでハスターと呼ぶのは避けて、蓮田(はすた)っていう偽名で統一している。


「いや、揚げた肉なら澪豚ざんぎの方が美味しかったな、と」

「それは比べるものが悪いよ」

「そうなのかい?」

「暁の女神亭で出してる料理は、ちょっと格が違うからね。そんじょそこらの料理屋と比べられたら困るってもんさ」


 ふふんと鼻を鳴らしたりして。

 五十鈴と山田という二大シェフの作る料理だ。

 誇りたくなる気持ちも判らなくはないが、実剛が肩をすくめる。


 天界一の知恵者は澪陣営に所属しているわけではない。

 少なくとも本人は中立を謳っている。

 なんで、代表者みたいな顔で澪豚料理を語っているんだか。


「こころさんも、もう完全に澪の人だね」

「ですねー 初めて会ったときは、すっごい嫌なやつだったのにー」


 感慨深げな次期魔王と芝の姫である。

 本当に、敵としてこれほど手強かった相手はいない。


 同時に味方としてこれほど頼もしい知恵者も、ちょっといないだろう。

 軍師連中では信二と同格。

 むしろ彼女がいてくれるから、魚顔軍師が安心して澪を離れられるといっても良いくらいだ。


「……だからさ、こういう庶民的な料理だと、なかなか澪の上はいけないと思うよ」

「なるほどね。しかしその角煮まんというのは、私も食べてみたかったな」


 実剛と絵梨佳の感慨をよそに、こころたちは盛り上がっている。

 雪祭りで提供した料理の話をしているようだ。

 蓮田さん、興味津々である。


「冬になったら、また登場するかもね」


 言ってスプーンを置くこころ。

 お腹いっぱい。


 まだ皿の上のオムライスは三分の二ほど残っている。

 彼女が小食なのではなく、この店はボリュームがありすぎるのだ。


 絵梨佳も注文したカツ丼を食べきれずに、半分ほど残してしまったため、実剛が食べてあげている。

 さすがは食欲魔神の兄。

 けっこう細いくせによく食べる。

 ちらりと横目で確認した蓮田。


「私が食べてあげよう。ココロ」

「悪いよ。ここの料理、あんまり気に入らなかったんだろう?」

「それは事実だけど、サネタカだって頑張っているからね」


 恋人が残したら食べてあげるものなのだろう、と、片目をつむってみせたりして。

 なかなか頼り甲斐のあることだ。

 彼自身は一円の負担もしていないけど。


「そういうことを言わないで頑張れば、もっと好感度はあがったよ。蓮田さん」


 くすくすと笑いながら、こころが皿を押し出した。


「一気に上げようとしない。こつこつと積み上げるのが大事だって、メン○ノ○ノに書いてあったよ」

「なんでファッション誌読んでるんだよ……」

「デート前に予習しておこうと思ってね」

「謎すぎるよ。異星人」


 地球のことを知るために最初に読むのがファッション雑誌とか。

 新機軸すぎる。







「ポークシャドウより本部。ターゲットは昼食を終え移動開始。監視を継続する。以上(オーヴァー)


 漆黒のヘルメットの下、佐緒里の声が報告する。

 素敵な公用車からやや距離を置き、追尾を開始する黒い車体。


 運転しているのは光則だ。

 普段であれば影豚と銀の飾り文字で描かれた単車を操るのは実剛だが、じつは正規の搭乗員は彼ではない。

 光則と佐緒里である。


 偵察や伝令として運用されるポークシャドウを、戦闘力皆無の実剛が乗り回してどうするんだって話だ。

 いまは能力が覚醒したといっても、御大将が自ら偵察とか、謎すぎるだろう。


 本来は、砂使いと鬼姫のコンビが使うはずだったのである。

 ただ、実剛自身が、一方的に守られることを気に病んでいたため、平時は自由にさせていた、という事情だ。

 ストレスを溜めすぎないように。


 鋼のメンタルを持つ次期魔王でも、自分だけが戦う力がないというのは、けっこう重かったらしい。

 もちろん戦えるようになったからといって、大将が前線に出るとかはありえないのだが。


「こういうのも悪くないな。光則」


 恋人の背中にしがみついた佐緒里。

 そこまでべったりくっつかなくても、インカムを通してちゃんと声は砂使いに届いている。


「だな。俺らも今度、シャドウでデートしようか」


 なにしろこいつは公用車みたいに、町名のロゴとか入ってないし。

 ただまあ、さすがに私用に使ったら怒られるけど。


「リーンに乗って空中デートという手もある」

「もっと怒られるんじゃね?」


 そもそもリーンは澪の領域内においてのみ運用する、という約束だ。

 あれで札幌とか遊びに行っちゃいけないのです。


「是非もない」


 残念そうな佐緒里たんであった。


「次の目的地はベイエリアだったかな」

「捻りもなにもないデートコース。さすが巫実剛」

「そういってやるなよぅ。あいつ東京人だから函館詳しくないって」


 親友を弁護する砂使いであった。

 現在デート中の二組四名のうち、ふたりは東京出身である。

 さらに、ひとりは異星人である。

 そして澪育ちの絵梨佳は、基本的に流され型なので、自分からなにかを提案したりしない。


 これでは観光客のような動きになるのは当然だ。

 逆にコアスポットとか知っていたらびっくりである。


「光則みたいに、見晴(みはらし)公園を散策しようとか言ってくれるようなセンスが必要」


 佐緒里さんべた褒めだ。


 明治時代の富豪である岩船(いわふね)氏が造成し、昭和の初めころから市民に無料で開放していた香雪園(こうせつえん)という庭園を、函館市が譲り受けて公園にしたものである。

 国の名勝(めいしょう)に指定されるほど閑雅(かんが)な公園だが、爆発的に増えている中国人観光客が興味を示すような場所ではないため、ゆっくりと恋人と散策を楽しむなら、これ以上ないだろうってくらいのベストスポットといえるだろう。


 こういうチョイスができるのが光則なのだ。

 みんなが食べるような美味いものを食って、みんなが行くような観光地に行って、みたいな、つまらないことはしない。


「褒めすぎだって。俺は、佐緒里と一緒に行きたいとこはどこかなって考えただけなんだから」


 ヘルメットの中、砂使いが頬を染める。


「知ってる。だから光則が好きだと言っている」


 えらく尊大なラブラブ宣言だ。

 背中越しに伝わる苦笑の気配。


「さすがに付いていくだけは疲れるな。先回りするか」


 二人乗り(タンデム)とはいえ、ずっと小回りがきくのだ。

 スロットルを回す光則。


「是非もない」


 ぎゅっとしがみつく鬼の姫であった。







「信二さんが護衛を要求したのは、べつに難しい話じゃないと思うわ」

「ですよね。町外での単独行動は避けるべきというのは、健常な判断かと」


 第二軍師と第三軍師が言葉を交わす。


「問題は、人選をどうするかって部分じゃないかな? お姉ちゃん」


 ほたるちゃんが小首をかしげた。


 澪孤児院である。

 魚顔軍師がおいていった宿題(・・)を、頭脳集団が検討している。


 現実問題として、町幹部には護衛をつけるべきなのだ。

 まさか信二に限って変なことに首を突っ込まないとは思うが、そのまさかという気持ちこそが危険なのだから。


 ただ、ほたるちゃんの言うように、人選が問題なのである。

 特殊能力者を充てるというのは剣呑すぎるし、そもそも人が足りていない。

 となれば量産型能力者しかいないのだが、町外での常駐というのは澪としても初めての経験である。


 誰がその任を担うか。

 まず、ここが思案のしどころなのだ。



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