The marriage of Hastur 3
函館。
北海道でも屈指のロマンチックな街である。
訪れる観光客も多い。
あと、バンパイアパンデミックが起こったり、アメリカ艦隊が攻めてきたりと、災厄も多かったりする。
実剛と絵梨佳、こころとハスターのダブルデートの場所に選ばれるのは、むしろ当然といっていいだろう。
そもそも澪の町内でデートといっても、どこで遊ぶというのか。
「場所のチョイスには自信があるんですよ」
げっそりと呟く次期魔王。
プランとしてはテッパンというかベーシックだ。
五稜郭公園を散策し、再建された函館奉行所を見学し、昼食は道南といえばこれってくらい有名なファストフードを楽しむ。
そのあとはベイエリアに移動して、金森倉庫街などで遊び、しめはロープウェイで函館山に登り、百万ドルの夜景といわれる夜景を眺める。
夕食は創業明治十二年という老舗のレストランでコース料理。
思いっきり贅沢に、一番高いコースなんかを予約しちゃった。
自腹じゃないから!
ここまでは良い。
絵梨佳と一緒に考えたプランは、新味はないものの堅実で誰もが楽しめるものだといって良いだろう。
「問題は、なんで公用車できてるんだって話ですよねー」
けらけらと笑う絵梨佳。
澪町と車体に書かれた国産コンパクトカーの後部座席で。
じつに素敵なドライブデートである。
どこのバカが、デートに公用車を使うというのか。
「しかたないだろ。私は車なんて持ってないんだから」
運転席のこころが、さも当然のように応える。
田舎町に暮らしている若者としては希有なことに、こころは自家用車を保有していない。
まあ住んでる官舎から職場までは歩いて五分だし、スーパーもコンビニも銀行も徒歩圏内にある。
ドライブとかを趣味にしているわけでもないので、車を買う意味は、あんまりない。
で、これこそが澪が発展しつつあるという最大の証拠だ。
生活が便利になればなるほど、機動力は必要なくなってくるものだから。
「いやいやこころさん。他にも選択肢はありますよね? レンタカーを借りるとか」
料金的な部分は心配する必要がない。
公費でまかなわれるのだから。
仮に自腹だとしても、こんなこっぱずかしい車を使うよりはマシというものだろう。
「べつになんだって良いだろ。ハスターさんが気にするとも思えないし」
「ああ。私は気にしないよ。ココロ」
にこにこと監察官が笑う。
まあ、彼にしてみれば、ど辺境の未開惑星の原始人が使ってる移動手段だ。
高級スポーツカーだろうが公用のコンパクトカーだろうが軽自動車だろうが、全部一緒だろう。
「化石燃料を推進力としている機械というのも、なかなかに新鮮さ」
「そりゃあ、水で動くような宇宙船に乗ってるひとからみればね」
「水は優秀だよ。そもそもこいつがなくても生きられる生命体ってものを、私は知らないくらいだね」
「なにを当たり前のことを。私が気にしたのは、どうやって水なんかを推進力にできるのかって話だよ」
「水素を核融合して……て、これは君たちにはまだはやい技術だったかな」
「原子力エネルギーは地球でも登場しているよ。核分裂の方だけどね」
運転中のこころと、助手席のハスターが会話を楽しんでいる。
色っぽくは、まったくない。
後部座席で顔を見合わせる実剛と絵梨佳だった。
なんというか、デートってのはもう少し真面目にやるものだと思うよ。
「実剛さん。わたしあの二人の言ってること、ぜんぜんわかんないんですけどー」
「大丈夫だよ絵梨佳ちゃん。僕もほとんどわからないから」
なんだ? 核融合と核分裂って。
ちんぷんかんぷんすぎて、受け流すしか方法がない。
「おっと。すまないね。実剛、絵梨佳。子供にはまだはやい話だったかな」
「大人でも判りませんて」
こころの話についてこれる大人など、澪に何人いるというのか。
しかも、軍師連中ってちゃんと説明しないから。
たとえば信二とこころの会話なんて、ひどいものである。
お互いに十手先二十手先を読みながら話しているせいで、周囲にいる人間は何を喋っているかさっぱり判らないのだ。
「ふむ。きみたちには年齢差があるのかな? ココロ、サネタカ」
「私の方が年下だと思ったかい? ハスターさん」
やや剣呑な気配を含むこころの声。
幼い外見を、それなりには気にしているのである。
「いや。正直に言って見分けがつかないのだよ。なんとか個体認識はできるようになってきたけどね。たとえばきみのことは地球人の女性にしかみえない」
運転中の知恵者をじっと見ながら言う。
「じゃあ絵梨佳のことは?」
言われて後部座席に視線を投げる。
「地球人の女性だね」
「なら、あなたがパンチ一発でのしちゃった沙樹さんのことは?」
「地球人の女性だね」
「全部一緒じゃないか」
沙樹は四十三歳。こころは二十六歳。絵梨佳は十六歳である。
容姿だってだいぶ違う。
「個体識別はできるようになってきたよ。きみがココロなのは判るし、エリカも見分けられる、と、思う」
断言できないのはご愛敬だ。
そもそもハスターは地球人ではないのである。
外国人が日本人の顔を見分けられない、なんて可愛らしいレベルの話ではないだろう。
柴犬の顔を一匹ずつ見分けろと言われているようなもので、ここまで判るだけでもたいしたものなのだ。
さらに年齢まで判れというのは、なんぼなんでも無茶な要求すぎる。
「そんな状態で、よく私にプロポーズなんてしたものだと思うよ」
「ココロは面白いからね。それに美しいとも思うよ。あと二千年もしたらすごい美人になるだろう」
「だから、そんなには生きられないって」
くすくすと笑いながらハンドルを操る。
彼女のほどの人でも、美しいと言われて悪い気はしないらしい。
「政略結婚なんじゃないんですかー?」
身を乗り出すようした絵梨佳が身も蓋もないような質問をした。
こういうのをためらわない少女なのである。
若いのである。
「そういう要素は否定できないよ。エリカ。けれど私がココロを魅力的な女性だと思っていることは虚偽じゃない」
笑いながら説明してくれるハスター。
彼が太陽系を担当する監察官であり続けるためには、逆説的ながら地球人の伴侶を得るのが最も良いのだということを。
「地球人と結婚するなら、ココロが良いと思った。けれど私は地球人のことをあまりにもしらなすぎるんだよ」
だから、まずはデートしてみようという話にも乗らせてもらった、と。
「デートって概念は知っていたんですね」
「調べたからね。サネタカ」
研究熱心なことである。
「それでは行ってきます。楓」
恋人の細い腰を抱きよせ、ごく軽い口づけを交わす。
「いってらっしゃいませ。信二さま」
新函館北斗駅のホーム。
愛しみあう恋人たちの、しばしの別れのシーンだ。
見送りにきたのは、楓の他には信一と清水飛鳥。
ようするに信二の双子の兄である魚顔筋肉と、その恋人にして第三軍師のメイドである。
お邪魔虫、ではない。
家族に等しい人々だ。
それにまあ、信一が車を出してくれたので、移動が楽だったというのもある。
澪からJRで新函館北斗へ、というプロセスが省略できたから。
「兄。清水女史。楓のことを頼みます」
「お任せ下さい」
「心配なら、とっとと修行を終わらせて帰ってきやがれ」
メイドが深々と頭をさげ、筋肉がとんと胸を小突く。
東京大学で武者修行ならぬ智者修行。
そんなものが魚顔軍師に必要なのかという意見はけっこうあったが、いかに信二といえども学んでいないことは判らない。
見聞を広げるのは、幾重にも大事なことなのである。
それに、教員免許だって欲しいし。
なにしろ魚眼軍師の夢は、孤児院の子供たちの教師になることなのだから。
「判ってますよ。あ、そうだ楓」
「はい?」
「俺に護衛官をつけるよう、働きかけてくれませんか?」
「それはどういう……あ、いえ。承知いたしましたわ」
質問しかけて、第三軍師が大きく頷く。
簡単に訊いてはいけない。
どうして信二に護衛が必要なのか、まずそこから考えて、答えを導かなくてはいけないのだ。
宿題である。
「アテにしてますよ。楓」
くすりと気持ちの悪い微笑を浮かべた魚が、もう一度、恋人に口づけした。
乗車を促すアナウンスが流れる。
美少女とシンデレラエクスプレスごっこやってんじゃねえぞ、この魚野郎。
という理由のものではなく、ごく普通に発車時刻が迫っていたからだ。
たぶん。




