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邪神襲来!? ~潮騒の街から パート3~  作者: 南野 雪花
第6章 The marriage of Hastur
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The marriage of Hastur 2


 秋のグルメイベントに出品されるメニューが実剛たちに示されたのは、試合の翌日である。


 烤乳猪(かおるぅじゅう)

 子豚の丸焼き。


「豪勢ですね! 五十鈴さん」


 思わず次期魔王が声をあげたくらい、それは派手な料理だ。

 そして、家庭料理の大家(たいか)とは思えない発想だった。


 イベント会場に(かま)を作り、巨大な串に刺した澪豚をぐるぐると回しながら焼き上げる。

 これは目にも楽しい。


 いやまあ、残酷だーとか言う人もいるだろうけど、それはいまさらである。

 調理過程が見えていようといまいと、食べるという事実は動かないのだから。


「あとは、ピザを焼くのも実演したいんですが」

「それは俺に任せてもらおう」


 五十鈴の言葉にどんと胸を叩くのは光則だ。

 砂を操る特殊能力者。石窯(いしがま)だって簡単に作れちゃう。


「今回は、とことん見せるのにこだわるのだな。我が師薄五十鈴」

「そうですね。佐緒里さん。素材勝負、料理勝負で負けた経験が、私たちにありますから」


 その経験を活かさない手はない、と、女勇者が笑う。


 昨年のB級グルメ選手権のことだ。

 満腔(まんこう)の自信を持って挑んだ『澪豚ざんぎ丼』は、あえなく敗北した。

 優勝どころか、ベストテンにも入れない惨敗だった。


 好敵手たる寒河江の『牛タン網焼き重』も、江別の高校生たちも、入賞すらできなかった。


 素材で劣っていたわけではない。

 料理の味で劣ったわけでも、もちろんない。


 負けたのは演出やパフォーマンスの部分だ。

 客に興味をもたせる、という一点において、完敗を喫した。


「美味しいものを作ればお客さんがきてくれる、なんて甘いことを考えていたからね。あのころは」


 やれやれと肩をすくめる実剛。

 絵梨佳も同様のポーズをとる。


「でもま、私たちには戦訓(せんくん)があるのも事実よね」


 美鶴が言った。

 北斗の耶子陣営や、八雲が持っていないものだ。

 そしてそれが、澪の唯一の勝機。


「僕たちには、僕たちが歩んできた歴史があるってことだね」

「そういうことよ。兄さん。素材で負けてるなら、それ以外のところで勝てば良いだけ。うちには五十鈴さんも山田さんもいるし、戦ってきた経験もあるもの」

「おっけ。ここはど派手なパフォーマンスで……」


 と、妹の言葉に頷きかけた実剛のポケットで、携帯端末が震える。


 画面を確認すると役場からだ。

 これはさすがに無視するわけにはいかないため、仲間たちに右手で謝罪してから通話アイコンにふれる。


「実剛です。ええ。はい。絵梨佳ちゃんも一緒ですよ? へ? あ、いや、ちょっと待ってください。多数決て、それただの数の暴力じゃないですか!」


 なんか電話口でヒートアップしている。

 万事に鷹揚(おうよう)な次期魔王にしては、めずらしいことだ。


 首をかしげる仲間たち。

 名前を出された絵梨佳すらきょとんとしている。


「く……判りましたけど、公務扱いにしてくださいね? さすがに私費でそれはいやですよ? はい。それじゃみんなに話してみます」


 通話を終え、くそれ魔王め……とか怨嗟の声を漏らしている。


「どうしたの? 兄さん。凶報?」

「凶報っていうか、ものすごくばかばかしい命令がきた」


 大きなため息。


「こころさんとハスターがデートするから、ダブルデートのかたちで子供チームから一組ついていけって」


 もっのすごく疲れたように、次期魔王が言った。






 そもそも、なんでそんな話になっているかといえば、こころがデートなんかしたことがないと告白したからである。

 男性との交際経験はあるとか言ってたくせに。


 それが嘘か見栄かの議論はともかくとして、東京出身である彼女に北海道……この場合は函館のデートコースをエスコートなんぞできるはずもない。


 白羽の矢が立ったのは子供チーム。


 だってほら、高木と沙樹はパートナーが近くにいないし、鉄心は夫婦仲が冷え切ってるし、暁貴とキクがエスコートするくらいなら、いっそだれも付けない方がマシだし。


「ひっでえ理由だな……」


 光則のセリフだ。

 怒るというより呆れちゃう。


 ちなみに子供チームにカップルは四組。

 実剛と絵梨佳、光則と佐緒里、美鶴と光、信二と楓だ。


 このうち信二はすぐに東京に帰還するため除外するとして、美鶴たちはデートといっても食ってるだけなので、こいつらがエスコートしたって食い倒れ道中になるだけ。

 となれば、光則か実剛という話になる。


「まあ、普通に考えて実剛たちなんだけどな」

「光則ぃぃぃ……」

「そもそも役場からの指名はお前だべ? 俺らも巻き込もうとしたんだろうけどよ」

「う」


 図星を突かれた次期魔王。

 まあ、電話の受け答えをみれば一目瞭然なのである。


 白羽の矢が立ったのは子供チームではなく、実剛と絵梨佳のカップルだ。

 エスコートされる相手を考えれば、むしろ当然だといって良いだろう。


 ハスターと行動をともにするのだから、魔王かその代理を務められる人間でなくては容儀が軽すぎる。

 まして実剛はハスターと言葉を交わした経験もあるし。


「あたしはべつに行ってもかまわないが。リーンをもらった恩もあるから」


 しれっと佐緒里が言い放つ。

 恩義を感じてるらしい。

 びっくりである。


「それはありがたいけど……」


 じっと鬼姫を見る。

 うん。無理。

 考えてみれば、光則に押しつけるってことは、佐緒里と光則でハスターたちと遊ぶってことである。


 安心感がなさすぎる。

 むしろ不安しかない。


「気持ちだけいただいておくよ。絵梨佳ちゃん、申し訳ないけど」


 セリフの後半は婚約者に向けたものだ。


「お金出るなら、いいとこ行きましょうよー せっかくだしー」


 けっこうのりのりの絵梨佳だった。

 なにしろ費用は役場持ちである。

 ここで贅沢をしないでいつするんだって感じだ。


 くすりと微笑する実剛。

 絵梨佳ちゃんは僕よりメンタルが強いんじゃないかな、とか思いながら。


「そもそも、なんでハスターとこころさんがデートするのよ?」


 わりと根本的な質問を美鶴がした。

 降って湧いた話にしても、降って湧きすぎである。


「詳しくは聞いてないけど、たぶん和平工作の一環じゃないかな?」

「なんでよりによってこころさんなのよ……」


 げっそりと呟くものの、次席軍師にも町幹部の構想は読める。

 他に人がいないのだ。

 智者、という意味において。


 ただたんに妙齢の女性というのであれば、人材不足の澪にだってそれなりの数はいる。

 既婚者の沙樹やキクはダメだとしても、琴美、水晶、ニキサチっていう十九歳のぴちぴちトリオだっているのだ。


 しかし彼女らではハスターとの腹の探り合いができない。

 ニキサチは言うに及ばず、琴美や水晶だってまだまだ修行不足である。

 もちろんノエルや葉月だって無理。

 自然、候補者は限られてくるのだ。


「ゆーて、痛いところを突きすぎて、相手が機嫌を悪くしちゃうとか、考えなかったのかしら」

「それはあるかもね」


 苦笑する実剛である。

 天界一の知恵者は人間関係の機微に疎いため、けっこう正論をずばずば口にする。

 そして正論ってのは、だいたい耳が痛いものと相場が決まっているのだ。


「わたしたちがフォローするってことですかねー?」

「できるかなぁ?」

「できますよー わたし、こころさんを論破してるじゃないですかー」

「ろんぱ……だと……」


 婚約者の言葉と自信に恐れおののく実剛。


 あれ論破かなあ。

 ただひたすら駄々をこねただけじゃないかなぁ。

 理路整然と澪から手を引くように促した天界一の知恵者を、しらねーよバーカ、的なことをいって追い払っただけ。


 議論でもなんでもない。

 本当に大丈夫なんだろうか。


「まあ、行くなともいえないけど。くれぐれも気を付けてね。兄さん。絵梨佳姉さん」


 一抹の不安を抱きつつ、兄の腰を叩いてやる第二軍師だった。


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