The marriage of Hastur 2
秋のグルメイベントに出品されるメニューが実剛たちに示されたのは、試合の翌日である。
烤乳猪。
子豚の丸焼き。
「豪勢ですね! 五十鈴さん」
思わず次期魔王が声をあげたくらい、それは派手な料理だ。
そして、家庭料理の大家とは思えない発想だった。
イベント会場に窯を作り、巨大な串に刺した澪豚をぐるぐると回しながら焼き上げる。
これは目にも楽しい。
いやまあ、残酷だーとか言う人もいるだろうけど、それはいまさらである。
調理過程が見えていようといまいと、食べるという事実は動かないのだから。
「あとは、ピザを焼くのも実演したいんですが」
「それは俺に任せてもらおう」
五十鈴の言葉にどんと胸を叩くのは光則だ。
砂を操る特殊能力者。石窯だって簡単に作れちゃう。
「今回は、とことん見せるのにこだわるのだな。我が師薄五十鈴」
「そうですね。佐緒里さん。素材勝負、料理勝負で負けた経験が、私たちにありますから」
その経験を活かさない手はない、と、女勇者が笑う。
昨年のB級グルメ選手権のことだ。
満腔の自信を持って挑んだ『澪豚ざんぎ丼』は、あえなく敗北した。
優勝どころか、ベストテンにも入れない惨敗だった。
好敵手たる寒河江の『牛タン網焼き重』も、江別の高校生たちも、入賞すらできなかった。
素材で劣っていたわけではない。
料理の味で劣ったわけでも、もちろんない。
負けたのは演出やパフォーマンスの部分だ。
客に興味をもたせる、という一点において、完敗を喫した。
「美味しいものを作ればお客さんがきてくれる、なんて甘いことを考えていたからね。あのころは」
やれやれと肩をすくめる実剛。
絵梨佳も同様のポーズをとる。
「でもま、私たちには戦訓があるのも事実よね」
美鶴が言った。
北斗の耶子陣営や、八雲が持っていないものだ。
そしてそれが、澪の唯一の勝機。
「僕たちには、僕たちが歩んできた歴史があるってことだね」
「そういうことよ。兄さん。素材で負けてるなら、それ以外のところで勝てば良いだけ。うちには五十鈴さんも山田さんもいるし、戦ってきた経験もあるもの」
「おっけ。ここはど派手なパフォーマンスで……」
と、妹の言葉に頷きかけた実剛のポケットで、携帯端末が震える。
画面を確認すると役場からだ。
これはさすがに無視するわけにはいかないため、仲間たちに右手で謝罪してから通話アイコンにふれる。
「実剛です。ええ。はい。絵梨佳ちゃんも一緒ですよ? へ? あ、いや、ちょっと待ってください。多数決て、それただの数の暴力じゃないですか!」
なんか電話口でヒートアップしている。
万事に鷹揚な次期魔王にしては、めずらしいことだ。
首をかしげる仲間たち。
名前を出された絵梨佳すらきょとんとしている。
「く……判りましたけど、公務扱いにしてくださいね? さすがに私費でそれはいやですよ? はい。それじゃみんなに話してみます」
通話を終え、くそれ魔王め……とか怨嗟の声を漏らしている。
「どうしたの? 兄さん。凶報?」
「凶報っていうか、ものすごくばかばかしい命令がきた」
大きなため息。
「こころさんとハスターがデートするから、ダブルデートのかたちで子供チームから一組ついていけって」
もっのすごく疲れたように、次期魔王が言った。
そもそも、なんでそんな話になっているかといえば、こころがデートなんかしたことがないと告白したからである。
男性との交際経験はあるとか言ってたくせに。
それが嘘か見栄かの議論はともかくとして、東京出身である彼女に北海道……この場合は函館のデートコースをエスコートなんぞできるはずもない。
白羽の矢が立ったのは子供チーム。
だってほら、高木と沙樹はパートナーが近くにいないし、鉄心は夫婦仲が冷え切ってるし、暁貴とキクがエスコートするくらいなら、いっそだれも付けない方がマシだし。
「ひっでえ理由だな……」
光則のセリフだ。
怒るというより呆れちゃう。
ちなみに子供チームにカップルは四組。
実剛と絵梨佳、光則と佐緒里、美鶴と光、信二と楓だ。
このうち信二はすぐに東京に帰還するため除外するとして、美鶴たちはデートといっても食ってるだけなので、こいつらがエスコートしたって食い倒れ道中になるだけ。
となれば、光則か実剛という話になる。
「まあ、普通に考えて実剛たちなんだけどな」
「光則ぃぃぃ……」
「そもそも役場からの指名はお前だべ? 俺らも巻き込もうとしたんだろうけどよ」
「う」
図星を突かれた次期魔王。
まあ、電話の受け答えをみれば一目瞭然なのである。
白羽の矢が立ったのは子供チームではなく、実剛と絵梨佳のカップルだ。
エスコートされる相手を考えれば、むしろ当然だといって良いだろう。
ハスターと行動をともにするのだから、魔王かその代理を務められる人間でなくては容儀が軽すぎる。
まして実剛はハスターと言葉を交わした経験もあるし。
「あたしはべつに行ってもかまわないが。リーンをもらった恩もあるから」
しれっと佐緒里が言い放つ。
恩義を感じてるらしい。
びっくりである。
「それはありがたいけど……」
じっと鬼姫を見る。
うん。無理。
考えてみれば、光則に押しつけるってことは、佐緒里と光則でハスターたちと遊ぶってことである。
安心感がなさすぎる。
むしろ不安しかない。
「気持ちだけいただいておくよ。絵梨佳ちゃん、申し訳ないけど」
セリフの後半は婚約者に向けたものだ。
「お金出るなら、いいとこ行きましょうよー せっかくだしー」
けっこうのりのりの絵梨佳だった。
なにしろ費用は役場持ちである。
ここで贅沢をしないでいつするんだって感じだ。
くすりと微笑する実剛。
絵梨佳ちゃんは僕よりメンタルが強いんじゃないかな、とか思いながら。
「そもそも、なんでハスターとこころさんがデートするのよ?」
わりと根本的な質問を美鶴がした。
降って湧いた話にしても、降って湧きすぎである。
「詳しくは聞いてないけど、たぶん和平工作の一環じゃないかな?」
「なんでよりによってこころさんなのよ……」
げっそりと呟くものの、次席軍師にも町幹部の構想は読める。
他に人がいないのだ。
智者、という意味において。
ただたんに妙齢の女性というのであれば、人材不足の澪にだってそれなりの数はいる。
既婚者の沙樹やキクはダメだとしても、琴美、水晶、ニキサチっていう十九歳のぴちぴちトリオだっているのだ。
しかし彼女らではハスターとの腹の探り合いができない。
ニキサチは言うに及ばず、琴美や水晶だってまだまだ修行不足である。
もちろんノエルや葉月だって無理。
自然、候補者は限られてくるのだ。
「ゆーて、痛いところを突きすぎて、相手が機嫌を悪くしちゃうとか、考えなかったのかしら」
「それはあるかもね」
苦笑する実剛である。
天界一の知恵者は人間関係の機微に疎いため、けっこう正論をずばずば口にする。
そして正論ってのは、だいたい耳が痛いものと相場が決まっているのだ。
「わたしたちがフォローするってことですかねー?」
「できるかなぁ?」
「できますよー わたし、こころさんを論破してるじゃないですかー」
「ろんぱ……だと……」
婚約者の言葉と自信に恐れおののく実剛。
あれ論破かなあ。
ただひたすら駄々をこねただけじゃないかなぁ。
理路整然と澪から手を引くように促した天界一の知恵者を、しらねーよバーカ、的なことをいって追い払っただけ。
議論でもなんでもない。
本当に大丈夫なんだろうか。
「まあ、行くなともいえないけど。くれぐれも気を付けてね。兄さん。絵梨佳姉さん」
一抹の不安を抱きつつ、兄の腰を叩いてやる第二軍師だった。




