邪神VS魔王 8
戦場となるのは町営野球場。
相手の戦力はハスターと、ビヤーキーが十体。
「場所も数も判ってる。普通に考えりゃ、こんなラクな話はねえんだがな」
紫煙とともにストレスを吐き出す暁貴。
「まあね。だから戦争じゃなくて試合って表現で正しいんだけど」
こころが童顔に苦笑を浮かべる。
戦ではない。
それは事実だが、負けられないというのもまた事実である。
ワールドカップに出るサッカー日本代表、という程度の可愛らしい話ではなく。
なんだかんだいって、あれはスポーツだ。
負けたって命までは取られない。
一九九八年のフランスワールドカップ。
予選リーグ三戦全敗という成績で帰国した日本代表の選手に、水の入ったペットボトルが投げつけられた。
その行為自体は非常に恥ずべきものだし、死力を尽くして戦った選手たちに対してやっていいことでは絶対にない。
ただまあ、大会前は絶対に負けられないとか予選リーグ突破は確実とか、騒ぐだけ騒いでおいて、事件が起こるとたかがサッカーの試合結果でムキになるなよと報道するマスコミも、たいがい恥知らずではあるが。
ともあれ、これはスポーツとは違う。
敗北すれば、正直どうなるのか想像もつかないのだ。
この程度の力しかないなら、ほっといてもいいじゃーん、となってくれれば良い。
だが、この程度の力なら滅ぼしても大過ないよねって結論になってしまうと澪の血族どころか、その存在を知る者すべてが消されかねない。
具体的には日本消滅とか、そういう次元だ。
「しかも相手は手加減してくれるって判ってるのに、その手加減攻撃でこっちは死ぬかもしれねーってんだから、笑い話にもならんぜ」
「だねぇ」
実戦データはイタクァとの一戦のものだけ。
しかもあれは戦闘要員ではなく、移動用の宇宙船が擬態したもので、こちらを殺すつもりで戦っていたわけではないというオチまで付いている。
逃亡のための時間稼ぎで、光則と佐緒里という特殊能力者たちの攻撃を凌ぎきり、猪八戒と沙悟浄を叩きのめした。
ハスター自身や戦闘ユニットのビヤーキーが、それより弱いわけがない。
「美鶴と楓が中心になって作戦を立案中だけどねぇ」
「どんな塩梅だ、と訊くのは、ちと可哀想だやな」
肩をすくめあう知恵者と魔王。
量産型能力者たちを投入することはできない。戦闘力的に。
御劔や鋼、紀舟陸曹長あたりで、ぎりぎり戦えるか戦えないかというレベルだろう。
五十鈴などは完全にレッドゾーンだ。
もちろん忍者隊や童子隊も同じ。
これは厳しい。
「現実さ、PKランスや五十鈴の弓矢の支援攻撃があるかないかってだけで、もっのすごい戦術の幅がちがってくるからね」
「だな。量産型が投入できねえなら、特殊能力者だけで当たるしかねえ。つーことは肉弾戦オンリーってこった」
暁貴は戦術に詳しいわけではない。
信二やこころの足元にも及ばないだろう。
だが、さすがに近接戦闘を得意とするメンバーだけで戦うというのが難しいということくらいは判る。
「イタクァとの戦いを考えると、西遊記チームも厳しいだろうしね」
「や、でも回復役は必要だべよ?」
「だよ? だから彼らは救護班として使うことになるんじゃないかな?」
三蔵法師の転生者であるゆかり、それと准吾を、何人かで守りつつ本陣を形成する。
あるいはもっと流動的に用いるか。
こと回復に関してだけでも、けっこう悩みどころだ。
沙樹や絵梨佳をそちら側で使うような余力は、たぶんない。
大人チーム最強と子供チーム最強は、もちろん最前線ということになるだろう。
「けどそーなるとさ。暁貴さんと実剛のガードはどーするのかって話になるんだよね」
「うがぁ! わけわからなくなってきたぞ!」
がりがりと暁貴が頭を掻く。
ちゃんと作戦を立てるとか、やったことのない魔王なのである。
くすりとこころが笑った。
「もうすぐ信二が戻ってくるよ。暁貴さんは細かいこと考えなくて良いから、どーんと構えていなよ。実剛もだけどね」
どーんと構えていなくてはいけないもう一人の男、実剛の姿は町営野球場にあった。
もちろん戦場の下見である。
この戦いは彼も当然のように参陣しなくてはならない。
敵将たるハスターが戦場に出てくるのだから、実剛や暁貴が姿を見せないというわけにはいかないのだ。
澪の血族の力を見る、というのもハスターの目的のひとつだろうし。
戦う術を持たない彼だが、安全な場所から観戦というのはNGである。
「うーむ。もういっそ野球対決とかにしてくれればラクなのに」
「だめですよー 野球だったらわたしルール知らないですもんー」
横に立った少女が笑う。
もちろん絵梨佳だ。
「僕としては、絵梨佳ちゃんを前線に出すよりずっと安心だよ」
手を伸ばし、恋人の髪に触れる。
くすぐったそうに目を細める絵梨佳。
「実剛さんは心配性ですねぇ」
「そりゃあ今回は相手が相手だし。ていうかどんな相手でも、僕の絵梨佳ちゃんを戦わせたくはないんだけどさ」
言ってから苦笑を浮かべる。
ただのワガママだ。
誰だから戦わなくて良い、というものではない。
絵梨佳が戦うのはNGで光則が戦うのはOKというのは、そもそもおかしい。
恋人だから安全な場所にいて欲しいと願うのは、まさに自分勝手以外のなにものでもない。
彼女は戦士である。
その誇りを奪うことはできないのだ。
「まー わたし的には、べつにどっちでもいいんですけどねー」
にゃはははと笑う。
釣られるように実剛も微笑した。
これだ。
戦士の誇り云々を考えたそばから、これである。
思考が平和的というか、流され型というか。
積極攻撃型の光や佐緒里などとは大きく異なる。
基本的に、実剛のそばにいられればなんでも良いのである。
「このへんが本陣になるかな?」
次期魔王が視線を送るのは外野スタンドだ。
暁貴や実剛が陣取る場所。
軍師たちもともにあって指揮を執ることになるから、ある程度の高さがないと全体が見えなくなってしまう。
「ですねー ここなら大暴れしたって、町に被害は出ないですしー」
郊外である。
この先には町営のスキー場しかない。
壊しちゃっても問題ないのである。もちろん、町を壊すのに比べれば、という話だが。
「ゆーて、壊したら直さないといけないからね。できればお手柔らかにお願いしたいかな」
「メンバーを考えたら難しいんじゃないですー?」
「いえてる」
笑いあう恋人たち。
各地から集まってくる援軍。
そうそうたるメンバーだが、なんというか、手加減とかはしないような人ばっかりだ。
「信二さんもくるんですよね?」
「うん。先輩には申し訳ないけどね」
封神演義の神仙たちが攻め込んでから、まだ三週間くらいである。
えらく短いサイクルで澪と東京をいったりきたりしている魚顔軍師の苦労を思えば、次期魔王でなくても申し訳ないという気持ちがわいてくるだろう。
「良いじゃないですか。東京なんかに置いといても良いことありませんって。浮気とかされたら楓が泣いちゃいますよ」
「そこは心配ないと思うけどね」
信二だけでなく、実剛だって、目がさめるような美少女を恋人にしているのだ。
外見のみならず中身だってピカイチ。
絵梨佳は気だても良くて料理上手だし、楓は凛としていて頭も良い。
こんな恋人がいるのに他の女の子に目移りするほど、実剛にも信二にも甲斐性はない。
「いやいや。それでも男は浮気するんですってー DHAに刻まれたしゅくめーなんですよー」
「うん。DNAだね」
ドコサヘキサエン酸には、そんな遺伝情報は組み込まれていないだろう。
きっと。
「知ってましたー 試したんですー」
むーと頬を膨らませる絵梨佳だった。
穏やかに微笑して、実剛が愛しい少女の髪を撫でる。
決戦は、四日後に迫っていた。




