邪神VS魔王 7
マンションのガレージ。
愛車のRV車に荷物を放り込んでいると客があった。
「いくんだね。秀人」
かけられる声は、まだ年若い女性のもの。
「……すまない。ひな」
振り返った視線の先に立っているのは女子高生である。肩までの黒髪と切れ長の瞳。
まず美人と称して良いが、希少価値を主張するほどでもない。
服装は涼しげなワンピース。
制服を着ているわけでもないのに女子高生だと判ったのは、彼女が稲積秀人の恋人だからである。
那須比奈子。
北海道を守護する主神の一柱、少彦名の転生者だ。
所属するのはもちろん北海道神宮陣営であり、稲積もまた同じ。
滅び去った澪の血族、稲津の血を引く若者は、北海道神宮の神々に与した。
「どうしてって、訊いても良い?」
三歩ほどの距離が、恋人たちの間に横たわる溝か。
心の。
北海道神宮が、澪で起きようとしている騒動に関わる理由は存在しない。
立ち位置的にも、もちろん政略的にも。
澪の血族が消滅するというのなら、むしろ望むところといっても良い。
「暁貴さんにはさ。父になって欲しかったんだよ。本当に」
紡がれる言葉。
母親とふたり社会の底辺で逼塞していた少年の頃、彼に出会った。
力の使い方、隠し方を教わった。
大学を卒業するまでの資金援助までしてくれた。
返しても返しきれないほどの恩がある。
「だから俺は、あの人を助けたい」
「頼まれてもいないのに?」
「口が裂けたって、暁貴さんは俺に助けを求めたりしないよ。ひな」
微笑。
少しだけ寂しそうだ、と、比奈子は思った。
求められたら、何をおいても馳せ参じるのに。
澪の魔王はけっして求めたりしない。稲積を自分の陣営に引き込もうともしない。
澪の血に縛られるな、と。
自分の道を歩け、と。
「まあ、そういう人たちだよね」
少女がくすりと笑う。
それから、後ろ手に隠していた荷物を、稲積に向かって放り投げた。
「ひな!?」
思わず受け止めてしまう。
「御大将もさ。そういうとこあるじゃん。だったらこっちが気を利かせて動いてあげないとね」
冬の札幌。
雪祭り会場において実剛たちは途方に暮れていた。
客が詰めかけすぎ、スタッフも食材も調理器具さえも足りなくなってしまったのだ。
そこに駆けつけたのが、比奈子を中心とした高校生たちである。
頼まれてなどいない。
そうしたいから、そうしただけだ。
「今回も一緒でしょ?」
呆然とする稲積をよそに、さっさと助手席に乗り込んでしまう。
こういう恋人だ。
帰りをおとなしく待っているようなタマじゃない。
がりがりと頭を掻きながら、警察官僚が運転席のドアを開く。
「ったく。たまちゃんの許可はとったのかよ」
「勝手に動こうとしたのは、私じゃなくて秀人じゃない」
苦笑して、一度言葉を切る。
「我らと澪との関係は、どうにも借入超過じゃからの。この際に返してしまおうかの。ついでに少し貸し付けてやっても良いぞ。だってさ」
相変わらず、まったく似てない声真似だった。
「かなわないな。きみたちには」
「泣いて止めたって止まらないようなバカだからね。秀人は。だったら、ついてくしかないじゃん」
からからと笑う。
「一言もないよ」
エンジンに火を入れる稲積。
ぶおん、と、車体が唸った。
武者震いするかのように。
「いきたいいきたいいきたーい!!」
じたばたと暴れる金髪娘。
深雪である。
草たちからの情報によって、澪に迫る戦いを知った寒河江屋敷。
澪と同盟関係にある彼らに、援軍を出さないなどいう選択肢は存在しない。
とんでもない強敵との決戦だ。
当主の義春自らが精鋭を率いて駆けつけたいくらいである。
さすがにできないけど。
そんな馬鹿な真似。
澪にとって、寒河江というのは最大のスポンサーだ。
その当主がやってきたら、かなり本格的な護衛体制を敷かなくてはいけない。
万が一のことがあったら大変だから。
護衛などいらんと言ったところで、澪としてはそうしないわけにはいかないのである。
ようするにそれは戦力を割くことになり、強敵と戦うときに不利を抱え込むことになってしまう。
だから義春は動けない。
戦力外というのも屈辱だが、足を引っ張るなど絶対に御免だ。
「うっせ。俺だって我慢してんだ。我慢しろ」
暴れる愛娘に、逆エビ固めをかけて黙らせる。
「いたいいたいいたーい! 痛いっていってんだろ! このくそオヤジ!!」
パワーだけで父親を吹き飛ばす娘。
もっのすごい音を立てて、義春が壁に激突した。
ヒビひとつ入らない。
さすが寒河江屋敷、頑丈である。
「家じゃなくて俺の心配をしろ!」
一瞬で立ち直りファイティングポーズを取る。
もちろん深雪も起きあがっている。
ふかーふかーと睨み合う父娘。
「楽しそうだな……ふたりとも……」
なまあたたかい目で、安寺雄三が見つめていた。
こいつが、寒河江父娘に代わって援軍として派遣される戦力だ。
たった一人だし、量産型能力者にすぎないのだが、その戦闘力は折り紙付きである。
なにしろ、蒼銀の魔女たる沙樹の夫だ。
それだけでもタダモノでないことは良く判るだろう。
「……そこはまったく関係ないと思うがな」
「だれに文句言ってるの? ゆうぞっち」
「さあ? 運命とかそういうやつにだな」
肩をすくめる中年。
量産型能力者を生み出す霊薬を創り出した開発主任にして、琴美や佐緒里といった特殊能力者を連破した男。
戦闘力を比較すれば、御劔などを凌ぐほどだろう。
「仕方ないから花道はゆうぞっちに譲るけどさー ボクがいきたかったなー」
「それは無理だろう。深雪。きみに何かあったら洒落にならない」
寒河江の姫、という要素の重要度は、じっさいのところ当主とほとんど変わらない。
澪に嫁ぐことになっていることを考えれば、へたをしたら義春よりVIPだ。
前線になど、出られるわけがないのである。
「とはいえ、お前も無理をするなよ。雄三」
ファイティングポーズを解いた義春が口を開く。
寒河江を代表しての参戦だが、それは死んでこいという意味ではない。
「当然です」
「そおかぁ? 蒼銀の魔女がピンチになったら、なんかお前すぐブチ切れそうなんだよなぁ」
「まさか」
はっはっは、と手を振る雄三。
「琴美がピンチになってもブチ切れますよ。私は」
付け加えたりして。
「おそろしいわっ もっとわるいわっ」
愛妻家の上に愛娘家。
処置なしなのだ。
単身赴任のせいであんまり澪の自宅に帰れないものだから、ますますこじらせちゃっている。
「俺たちは鬼だから、基本的には死に狂いだ。けどお前は違うからな。女房子供のためにもちゃんと生き残らないとだめだぜ?」
右手が差し出される。
「ですな。琴美がカレシを連れてきたらボコってやるって野望を果たしてませんし、まだまだ死ねません」
しっかりと握りかえしながらの返答。
「そーゆーフラグくさいやりとりって、どーなんだよ思うよ。ボクとしては」
深雪が笑う。
つられるように中年男たちも笑った。
「ぞくぞくと救援表明がきてますよ。副町長」
「ありがてえこったが、巻き込むのも申し訳ねえって気持ちもあるんだよなぁ」
いつもの副町長室。
すぱすぱとタバコをやりながら、腹心との会話を楽しんでいる。
が、その表情ほどに暁貴には余裕はない。
「なにしろ未知との遭遇だからねぇ」
詰めているこころの言葉だ。
町立病院改革の方は、いったんは葉月にすべて委ねている。
彼女もノエルも戦闘員だから。
「ノエルっていえば、ジャンヌと神の戦士もきてくれるって?」
「ん。ぎり間に合いそうだよ」
「同盟直後に戦とか、申し訳ないとしか言いようがないんだよな」
次々と援軍がやってくる。
暁貴がいうように有り難いことこの上ないが、未知の存在に対してどこまで戦えるか、文字通り未知数だ。
数が増えたと喜んでばかりもいられないのである。
「報酬とか恩賞的なものも出さないといけませんしね」
苦笑いで首を振る高木。
これはまあ当然のことだ。
善意の救援だって、タダ働きさせるわけにはいかないのである。
とはいえ、
「そりゃ勝ったあとの話だぜ? おたかは俺より肝が太いな」
魔王が笑う。
なにしろ人面鬼は、もう勝ったつもりでいやがる。




