邪神VS魔王 6
哀れな同族を救う蜘蛛の糸を、信二は持っていなかったので、普通に事情を尋ねることにした。
「らしいというのは?」
「よくわからん……なんか気付いたらそんなことに……」
「相変わらず、なし崩し人生ですねえ。もうすこし自分ってものを持たないと、そのうち異世界とかまで連れて行かれますよ?」
「勘弁してくれ……」
「はじめまして。凪信二と申します」
「伽羅よ」
右手が差し出される。
物怖じしない人だ、と、信二は思った。
自分の外見が女性に受けるものではないことは知っているのである。
まあ、聖と交際するくらいだから、きっとすごくしっかりした女性なのだろう。
兄の信一に引き続き、聖にまで恋人ができた。
仲良し幼なじみの中で相手がいないのは琴美だけである。
指摘したら殺されちゃうから、絶対に言わないけど。
「聖兄は見た目だけは格好いいですからねぇ。中身はヘタレですけど」
握手した手を離しながら、怜悧なる魚顔が微笑する。
伽羅もにやりと返した。
「ばっか信二。そこが良いんじゃない」
「悪食ですねぇ。伽羅女史は」
笑い会う。
急速に高まってゆく親和力。
美女の瞳には、興味のような愉悦のような光がたゆたっていた。
「どうして東京駅に、という趣旨の質問をしてもいいですかね?」
底知れない深淵のようなものを感じながら信二が質問する。
だいたい予想はつくけど。
軽く肩をすくめる聖。
「たぶんお前と一緒だよ」
「出どころは違うでしょうけどねぇ」
同様のポーズを魚顔軍師が決めた。
昨夜、彼の携帯端末に澪からの救援要請がとどいた。
依田からだったら無視してやろうと思ったのだが、実剛からだった。
このまえ呼び出されてからまだ一ヶ月も経っていない。
事が多すぎ。
夏休み中とはいえ、もう少し大学生活に集中させてくれてもバチはあたらないだろう。
とはいえ、御大将から事情を聞いた軍師は、早急に帰郷する必要を感じた。
これまでの戦いと毛色は違うが、最も得体のしれない敵だ。
勝算の立てようもない、と、会議の席上で天界一の知恵者が発言したらしいが、信二も同感である。
「そんなわけで、急遽戻ることにしたわけです」
「俺の方は、総理からの命令だ」
聖は巫の眷属だが、澪陣営には所属していない。
総理大臣秘書、というのが彼の肩書きである。
澪からみれば裏切り者だ、とは、聖自身が自嘲することだ。
「ええまあ、それは判りますが」
新山総理としても、ここは澪に恩を売らなくてはいけない場面だ。
あっしには関わり合いのないことでござんす、という態度を取れば、澪との関係が悪化するから。
聖という人選も納得できるラインである。
澪はこの事態の情報を新山陣営にぺらぺら歌ったわけではないだろうが、内情はほぼ百パーセント掴まれていると考えて大過ない。
なにしろ魚顔軍師と聖剣使いの故郷は、情報統制という一点においては素人と同レベル。
そのあたりを何とかするために影豚が設立されたわけだが、創立から一ヶ月も経っていないため、まだまだ組織としては機能していない。
で、情報を掴んだ新山としては対澪特殊部隊より強いカードを切る必要に迫られた。
量産型能力者を十人二十人派遣したところで、まったく意味がない相手である。
むしろ有象無象では足を引っ張ることにもなりかねない。
であれば、新山に切れるカードは限られる。
聖だ。
この国のトップは他にも幾人か特殊能力者を抱えているが、他のカードはまだ伏せておきたいという事情もある。
千年を生きた梟よりも狡猾だとこころに評される、愛すべきタヌキ親父どのの思惑を、だが信二は正確に読みとっている。
そして新山は、読まれていることを知っている。
じつに心温まる義祖父と孫だといえるだろう。
だから疑問を持ったのは聖の行動ではなく、同行者の存在である。
公務に恋人を伴うというのは、いくら聖が流され人間のダメンズでも、ちょっとおかしい。
「……もうちょっと弁護してくれても良いんだよ? 信二」
「聖兄を弁護して、俺になんの得が?」
「ひどい……なんて親戚だよ……」
「どうせ、どうしてもついていくって押し切られたとか、そんな理由でしょ?」
「……ぅん」
ほらやっぱり。
どのあたりに弁護する余地があるのか問いたいくらいだ。
「念のために確認しますが伽羅女史。荒事になるかもしれないんですよ?」
聖が澪の異常性についてどこまで語っているか判らないため、非常にほんわかした問いかけである。
「ばっか信二。だから行くんじゃない」
「さいですか……」
なんでしょう。
この人、沙樹女史とか佐緒里嬢と同じ匂いがしますね。
埒もないことを考える魚顔軍師だった。
北の大地を目指してひた走るライトグリーンの車体。
北海道新幹線。
三人だった信二チームは、仙台から五人チームになった。
鉄心と五十鈴が合流したからである。
この二人も澪からの連絡を受け、滞在期間を一日短縮して帰町することにしたのだ。
女勇者を従えてグランクラス車両に乗り込んできた鬼の頭領に、伽羅が笑みを浮かべる。
婉然と。
「鬼と勇者のカップル。これだから現世はおもしろい」
まるで舌なめずりするような声に、鉄心が顔をしかめた。
「聖兄のカノジョだそうですよ。頭領どの」
アメリカンな仕草で両手を広げながら信二が紹介する。
苦虫を噛み潰したような表情の鉄心。
「恋をするのは自由だが、相手は選んだ方が良いぞ。お互いにな。転生者か」
「俺の扱いが雑すぎる……」
「迦楼羅。でも今生の名で呼ばれる方が好みよ。伽羅、と」
「なるほど。舞わないのか」
「舞わない舞わない」
「鉄心さま。暁貴さまの悪いところばかり真似をすると、ファンが減ってしまいますよ?」
笑いながら、五十鈴がたしなめた。
「……なあ信二、あいつらは何を言ってるんだ?」
「解説しましょうか? 聖兄」
「……いや、いい……」
「賢明な判断です」
げっそりとこたえる聖に、にやにやと笑う魚顔軍師である。
なんだか和気藹々とした空気だ。
「それにしても、頭領どのと五十鈴嬢のコンビというのは珍しいですね」
「まあ、義春どのと会う用事があったから俺がきただけだ。メインは五十鈴の料理研究の付き添いだ」
「なるほど」
納得顔で頷く信二。
町外での単独行動は避ける、という構想が見えた。
考えてみれば当たり前のことなのだが、魚顔軍師ともあろう男がまったく失念していた。
じっさい彼だって東京で一人暮らしだ。
少し落ち着いたら、護衛官の派遣を要請してみますかね。などと考える。
いささか窮屈なことではあるが、信二だって一人じゃーん、という論法でひょこひょこ単独行動をする人間が現れないとも限らないから。
「不倫旅行じゃなかったんだ」
おかしなことを言うのは伽羅だ。
まあ、事情を知らない人間には、そう見えないこともない。
渋めで筋骨隆々、けっこう格好いい中年男と、楚々たる花のようで儚げな印象の若い女性。
かなーりアブない雰囲気ではある。
「五十鈴に手を出したらファンが減るどころの騒ぎではないな。俺は澪の独身男どもに殺されるだろう」
「いえいえ。むしろ私が鉄心さまファンクラブに袋叩きにされますよ」
笑う鬼と勇者。
「けっこう良い雰囲気じゃね?」
余計な発言をした聖剣使いが、鉄心と五十鈴から同時に睨まれた。
瞬間。
幻視してしまう。
無数の矢に射抜かれてハリネズミみたいになったあげくに、巨大な爪と牙で引き裂かれる自分の姿を。
怖い。
そろそろと両手を挙げる聖である。
「その空気を読めない発言と流され癖をなんとかしないと、ろくな死に方しませんよ? 聖兄」




