最速の名の下に~風をも切り裂く鬼の咆哮~
~文Side~
「さて、改めて行きますよ。萃香さん」
「今から戦うってのに、馬鹿丁寧なもんじゃないか」
「えぇ、だってここからは、対等に戦いますからね」
「たかだか3人で対等?冗談が上手くなったねぇ」
「あややや、我々も軽く見られたものですね」
「まぁ、実際それだけ強いんですよね。さっきのでよく分かりましたし」
「でも、私たちだってさっきまでみたいには行きませんよ!」
「そう来なくちゃねぇ。さ、そろそろ本当に始めようか」
「もちろんです。お二人は私のバックアップを!」
「「はい!!」」
話をするのも束の間、一気に空気が張り詰める。こちらの二人もさっきまでと違い、表情を引き締めている。確かに鬼であるあの人は強い。ですが、こちらは3人、まだ戦える。まずは・・・
「はっ!!」
「おっ!っと、さっき近接攻撃は止めた方がって言わなかったかい?」
「それはさっきのお話ですよ!」
「せいっ!」
「おお?連携を使って来たか!でも、そんなもんじゃあ足りないよ!」
「分かってますよ!椛!合わせなさい!」
「はい!文様!」
一気に後ろに回りこんで蹴りを突き出す。萃香さんはこれにしっかり反応して掌で掴むも、その掴んだ腕目掛けて椛が剣を振り下ろす。咄嗟に手を離して避けるも、そのまま手を引いた反動で後ろ回し蹴りを放ってくる。椛とそれぞれ逆方向に飛び退き、萃香さんが体勢を整える間を与えずもう一度踏み込む。今度は蹴りから下ろした先の足に向けてスライディング気味の下段蹴り。これを今度は跳んでかわされるも、そこは想定通り。跳び上がった萃香さんに高さを合わせ、胴に向けて剣を横に薙ぐ。しかし、これも読まれたのか、後ろから迫る剣を見事にバク宙で避けてみせる。ここまでとは・・・
「連携が来ると分かってりゃ、避けられないもんじゃ無いねぇ」
「あややや。これは口が滑ってしまいましたかね」
「あんな体勢で避けるなんて・・・」
「で、早苗の方は何もしないのかい?」
「私はお三方みたいに動けませんからね。しっかりと状況を見てるんです」
「へぇ・・・それで?勝てそうな策はありそうかい?」
「それは・・・」
「何普通に話そうとしてるんですか!!」
「え?あ、あぁ!!そうだ!萃香さん敵じゃないですかぁ!!」
「あんたら、本当に大丈夫かい?」
「大丈夫と言い切れないかもですかね・・・」
さっき表情を引き締めてるだなんて思ってましたけど。見当違いだったのかもしれませんね・・・。しかし、この状況、どうしたものでしょうかね・・・。椛と連携しようにも、連携が読まれるのであれば攻撃は当てられず、かと言って一人ずつではまず勝てない。早苗さんとの連携をしようにも、それを口にすればまた避けられてしまう・・・。
「戦闘の最中に考え事とは、ずいぶん余裕じゃないかい?」
「っ!?私としたことが、少し考え過ぎましたか!」
「文様!!」
「おっと、アンタが助けに入るのも読んでるよ!」
「なっ!?」
作戦を考えている最中、突如萃香さんが目の前に現れて拳を突き出す。突然のことに反応が間に合わず、避けれずに左腕で受けてしまう。鈍い痛みが腕に走る。鬼の攻撃は受けてはいけない・・・。分かってはいたけど、やってしまった。気付いた椛が急いで横から剣を振るも、あっさりとかわされ一気に距離を取られる。やってしまいましたね・・・
「さっきあんだけ大口叩いてて、不意打ちを食らうわ、部下に助けられるわ・・・。なんて様だい?天狗のガキ」
「これは返す言葉もありませんねぇ・・・」
「文様!?大丈夫ですか!?」
「椛、私は平気です。それよりも、ここからは私は可能な限り指示は出しません。いけますね?」
「文様・・・はい!やってみせます!!」
「いい返事です。早苗さん。多く喋るほど不利になります。なので一言だけ。私たち皆の力で勝ちます。いいですね?」
「はい!分かってますよ!!」
「なんだい?もうちょっと相談してくれててもよかったんだよ?」
「いえいえ、これ以上お待たせできませんからね。それに、手の内が全部分かった戦いなんて、面白くないでしょう?」
「それもそうだ!!さぁ!もっと楽しませな!」
言うや否や、萃香さんは一気にこちらに走りこんで来る。上に飛んでそれを避けるも、こちらに見向きもせずに早苗さんの下へと突っ込む。早苗さんは弾幕で牽制をしつつ距離を取り、逆の手にスペカを握る。それでも尚怯むこと無く萃香さんは詰め寄り、後5歩といったところまで近付く。と、そこで足を止め、横から割って入る椛に備える。
「何度も何度も同じようなタイミングばかりで、裏をかいたりしないのかい?」
「私には便利なスペカなんかがありませんからね!そういうのは文様と早苗さんにお任せするんですよ!」
「おっ、っと。でも、そんなやわな動きじゃあ陽動にもならないんじゃないかい?そら!」
「ぐっ・・・!!確かにそれもそうかもしれませんね。それじゃあ、少し驚いてもらいましょうか・・・ねっ!!」
「そんな大振りで・・・っ!?へぇ・・・やってくれるじゃないか・・・そういやアンタには、天狗のガキの能力が行ってるんだったね。すっかり忘れてたよ」
割って入った椛の攻撃を手枷で受け止め、そのまま中段蹴りを返す。椛も急いで剣を引き、剣の腹でそれを受け止めるも、勢いに負け、1メートルほど押される。しかし、その返しに、一歩踏み込みながらの大振りの剣戟。これを萃香さんが悠々と避けるも、当たらなかったはずの二の腕から血が流れる。どうやら、私の能力を使い、自分が振った剣の風圧で切り付けたみたいですね。椛にしてはよくやったと言えるでしょうね。さて、椛が上手くやってくれたんです。私もそろそろ頑張りませんとね。
「休ませませんよ!突符『天狗のマクロバースト』!」
「この範囲は避けられそうに無いねぇ・・・いいよ!受け切ってやる!!」
「私がいることをお忘れなく!!」
「忘れてないとも!!アンタともども捌いてやるって・・・」
「秘術『一子相伝の弾幕』!」
「っ!!ここでかい!!」
二人の真上に移動しスペカを発動。この位置からなら範囲から逃れるのは厳しいはず。そして椛の援護に加えて、早苗さんからのダメ押しのスペカが追加される。椛も無事では無いでしょうが、これなら少しはダメージが入るはず。後は、ここからどうするかですね・・・。やがて、弾幕で巻き起こった土煙も晴れ、そこにはかなり負傷した椛と、無傷とは言わないものの、まだまだと言ったところの萃香さんの姿があった。いやはや・・・そう簡単では無いとは分かってましたが、よもやこれさえその程度になるとは・・・やはり末恐ろしいですね・・・。
「味方もろともでここまでやるとは・・・やるようになったじゃないか」
「その程度で済ませた貴女が言えるセリフですか・・・。椛、まだいけますか?」
「任せてください!」
「よろしい。早苗さん、ここからは貴女もドンドン攻めてください。やり方は任せます」
「はい!奇跡の力をご覧に入れましょう!」
今度はこちらから仕掛ける。一気に動き、萃香さんの後ろへと回り込む。もちろん、さっきまでの通り読まれてるのは百も承知なので、寸前で攻撃を止め、一気に後ろに跳び下がりながら弾幕を放つ。萃香さんは、こちらが逃げたのを見てしっかりと弾幕をかわし、そのまま今度は椛を狙う。しかし、ここで早苗さんから弾幕と共に、炎、水、電撃が飛んでくる。どれもこれも致命傷にはならないものの、食らうわけにもいかず、萃香さんがこれを横っ飛びでかわす。様々な弾幕と共に魔法を放つ早苗さん。しかし、それも長くは続かず、魔法の勢いは失速してしまう。好機と見た萃香さんは、今一度椛へと距離を詰める。そろそろ頃合ですかね・・・。
「させませんよ!!」
「相変わらずすばしっこいねぇ・・・でも、いい加減見飽きたよ!」
「文様!」
「大丈夫ですよ椛。萃香さん、まだ私の攻撃は終わってませんよ」
「手を掴まれて、動きを止められて、お次は足でも飛んでくるかい?」
「いえいえ、そんなお行儀の悪い。ちょっとばかしお友達と協力を、ね」
「何を言って・・・っ!?そうか・・・アンタにはにとりの能力が入ってたんだっけね・・・さっきのはそれの伏線かい」
「ええ。いくら魔法とはいえ、水はすぐには消えたりしませんからね。いい連携だと思いませんか?」
「へっ、やってくれるじゃないか」
「お褒めの言葉と受け取ります。さぁ!ドンドンいきますよ!」
萃香さんに近付き拳を振るうも、やはりそれは掴まれてしまう。完全に目が慣れてしまったんでしょうね・・・。しかし、そこで第2の作戦を発動。先ほど早苗さんが魔法で撃ち出した水を操り、私の手を掴んでいる手に目掛けて水を飛ばす。にとりほど自在には無理なので、殺傷力は低いですが、傷を付けるくらいは出来そうですね。直前で気付くも腕を掠め、先ほどと同じ腕に新しい傷が出来上がる。さらに攻め立てるべく、自らの動きと水の動きで一気にかき回す。これなら流石にすぐには対応できな・・・
「甘いよ!」
「っ!掴まずに一気に反撃ですか・・・危ないですねぇ・・・」
「見えるってこたぁ何も捕まえられるってだけじゃあないんだよ。さぁ、お次はどうする?」
「仕方ありませんね・・・分かりました・・・どうやら小手先だけの技では無理なようですね・・・」
「文様・・・」
「どうする?諦めるかい?」
「まさか。やはり私は、速さで戦うしか無いようですのでね」
「でも、さっきまでのを忘れたのかい?」
「あれはあくまで何も無しで出せる最速でした。これからお見せするのは、今出せる本当の最速です」
「そりゃあすごいねぇ・・・いいだろう。そこまで言ったんだ。見せてもらおうじゃないか」
「もちろんです。早苗さん、スペカをお願いします。椛、合わせてくださいね?」
「で、でも・・・もし失敗したら文様が・・・」
「貴女は私の部下ですが、パートナーでもあります。貴女は誰よりも長く私と一緒にいたはずです。それを忘れないでください」
「文様・・・はい!!」
「早苗さんも、大丈夫ですね?」
「はい!いつでもいけます!」
これは、全員の能力が入れ替わった時、この三人での連携が必要になった際にと、あらかじめ決めていた作戦。勿論他のメンバーとの連携もありましたが、これに関しては一番危険な作戦。ですが、どうやらこれをしなければならない相手ですからね・・・。誰かに任せてというのは初めてですが・・・椛・・・任せましたよ?
「行きますよ!疾風『風神少女』!」
「行きます!大奇跡『八坂の神風』!」
「とんでもない風だね・・・なるほど・・・そういうことか・・・」
「分かったとしても、この速さに」
「っ!!」
「着いて来られますか!?」
「チッ!速い!」
「まだまだ行きますよ!」
作戦は単純、風神少女で私自信の速度を上げ、早苗さんのスペカで暴風とも言える風を巻き起こす、そして、その風を椛が操り、その風に乗ることで一気に加速する。最初に言ってたように、椛が少しでも調整を失敗すると、私はこの暴風を受け、無事ではすまないでしょう。ですが、成功すれば、誰も捉えることは出来ない、幻想卿最速の連携です。
「はっ!!」
「ぐっ・・・速いだけじゃない。重さもしっかりあるね・・・」
「速さは威力にも直結します。常人なら最初の一撃でダウンしてるところです・・・よ!」
「っ!とんでもない速さだねぇ・・・他二人を狙う暇もありゃしない・・・」
やはり鬼・・・この速さの攻撃をすでに十数発受けているというのに、まだ倒れない・・・。スペカの時間はまだありますが、この調子では・・・。
「椛!もっと速度を!!」
「あ、文様!!これ以上は危険過ぎますよ!!!」
「貴女はまたそうやって機を・・・!」
「違います!!!これは本当に危険過ぎます!!例え成功したとしても、それで勝てる保証も!」
「この機を逃せば可能性は0になります!!やるなら今しかありません!!」
「何で分かってくれないんですか!!?私は・・・私はこんな異変なんかで貴女にこれ以上無茶をして欲しくないんです!!」
「椛・・・」
「だから!!」
「取り消しな・・・」
「「「っ!!?」」」
椛と問答を繰り返してる最中、突如、凍りつくかのような冷たい声と共に、とてつもない殺気に身を包まれる。萃香・・・さん・・・?
「今、アンタは許せない事を言った。『こんな異変なんか』だって・・・?アンタに何が分かるんだい?」
「だ、だって!周りを困らせて、人を傷つけて、挙句力で支配するだなんて!!」
「黙りな!!!」
「っ!」
「アンタ達はアイツのことを・・・ミクスの事を何も知らない!!どうしてこんな事をしたのかも、何をしてきたのかも、そして何をされたのかも!!そんなアンタ達に、この異変を・・・ミクスの事を『なんか』だなんて言わせるものか!!」
「す、萃香さん・・・」
「で、ですが・・・だからと言ってこっちの世界で憂さ晴らしするみたいなことを許すわけには行きませんよ!」
「早苗・・・確かに普通ならそうかもしれないよ・・・でもね、それは普通の人間、普通の妖怪の考えなのさ・・・アンタ達は知らないんだよ・・・強すぎる者の辛さを、悲しみを・・・」
一体・・・彼にどんな過去が・・・萃香さんにここまで言わせるだなんて・・・。ですが、先ほどの早苗さんの言うとおり、ここで止まってるわけにはいきません!彼にどんな過去があろうとも、ここは彼の世界では無いんです!!
「椛!もう迷ってる時間はありません!!」
「やるしかない・・・みたいですね・・・」
「お二人とも!気をつけてくださいね!!」
「お任せを!さぁ、行きますよ!!」
「はい!文さ・・・」
「もっと楽しもうと思ったけど、気が変わった。もう終わらせるよ」
「がっ・・・!?」
「椛!?」
見えなかった・・・。私の目で、完全に追いきれなかった・・・。椛が一撃で吹き飛ばされる。それによって操られていた風が一気に吹き荒れ、回りを吹き飛ばさんと荒れ狂う。
「椛さん!!」
「次は早苗、アンタの番だよ」
「くっ・・・!させませんよ!!奇跡『ミラクル・・・』」
「遅い!!」
「きゃっ!!」
「早苗さん!!」
「さぁ、最後はアンタだよ・・・」
今度は早苗さんが吹き飛ぶ。今度もまた動きは見えなかった・・・幻想卿最速だなんて言われてたのに・・・やはり私なんかではまだまだだったみたいですね・・・。ですが・・・
「ただでやられるわけにはいきませんね!!」
スペカの最後の力を使っての全力の飛び込みと全力の蹴り。以下に早く動けたとしても、こちらとて最速を名乗る者。速さで負けっぱなしでいられるものですか!
「鬼相手に最後まで心を折らなかった事は褒めてやろう。でも、今度こそ逃がしゃあしないよ」
「あややや、まさかこれまでしっかり受け止められてしまうとは・・・。本当に、いつまで経っても勝てそうにないですね・・・」
「ハッハッハッ!まだまだアンタみたいなヒヨッコにゃあ負けないよ!」
「今回は身に染みて実感しましたよ。最後に一つだけ聞かせてください・・・」
「ん?なんだい?」
「貴女をそこまでさせるあの男・・・彼の真の目的は分かりませんが、何故貴女はそこまで肩入れするのですか?何が貴女をそこまで駆り立てるのですか・・・?」
「何故・・・か・・・。ふっ、簡単な事さ」
「?」
「最初に言わなかったかい?」
最後の一撃を掌で受け止められ、肩を掴まれて動きを封じられる。どうしようも無いと悟り、最後に本心を聞こうと問いかける。そして、彼女はそう言って少し顔を伏せる。私が意識を失う直前に最後に見て、聞いたものは・・・
「単なる暇つぶしだよ」
少女の姿をした鬼の、屈託の無い笑顔と笑い声でした。