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番外編:いつかきっと *クリス視点

時系列は3話の舞踏会後。

クリス視点です(*^_^*)


 





 残念さが溢れる舞踏会の後。

 結局アリーシアにプロポーズ出来なかった俺は、せめて距離を縮めようと彼女の元へと足を運んだ。週に一度は買い物に、更に余裕があれば舞踏会に。

 暇さえあればマメに顔を出す俺に、アリーシアは微笑みつつ『なんでこんなに来るんだ?』と、心の声を無意識に放っており、俺を落ち込ませたのは言うまでもない。


 せめて彼女の好きな事をと思い、遠乗りに誘ってみた。

 すると買い物や舞踏会の時より良い表情を見る事ができ、自分の判断を褒める。


 ただ残念なのは、彼女も乗馬上級者であるため、相乗りする事は無く。

 買い物や舞踏会と比べ、彼女に触れる機会がとても少なくなってしまったことだ。



「この辺りで休みますか?」

「ええ。そうですね」



 アリは体力があるから休みなど要らないだろう。

 でも、アリーシアの時はどうなのか分からないので、念のため。


 馬を手短な木に繋ぎ、アリーシアの為に草の上へと布を敷く。

 いつもは直接草の上へと腰かけるアリだが、これも念のため。



「ありがとうございます、クリス様」



 何度聞いてもくすぐったい様付の呼び方。

 もういっそ、クリスで統一してほしいところだが、彼女が様付を外す気配はない。



 彼女は腰かけると同時に大きな袋を手に持った。

 聞くまでもなくその中身が分かっており、()えて口出しする気もない。



「今日は随分と重そうな本ですね」

「ええ。今日は伝記を持ってきたのです」



 伝記。通りで分厚いわけだ。

 しかしまあ、どうしてデートの持ち物が伝記なのか……ああだめだめ。そんな事を考えても意味がないんだった。



「いま丁度、人類が二足歩行を……」

「それ、なんの伝記なんだ?」

「え? 人類創世記の伝記です」

「そりゃあ先が長いなあ……」



 二足歩行って。サルの方が近いし。



「何にでも始めはあります。そこからゆっくりと時間をかけて育んで行くからこそ、深みのある時間が生まれるのです」



 その言葉を聞いて、ふと、俺とアリーシアの事を思い浮かべた。

 最初は校内で会うだけ。次に縁談を申し込んで校外でも会う口実を作り、そして今、足しげく彼女の元へ通い、時を重ねている。

 俺の願いとしては、このままずっと一緒に時を重ねてゆきたいと思っているが、肝心の彼女はどう思っているのか。



「……あっ!」



 不意に彼女が声を上げた。

 その声で長考していたのだと気付き、顔を上げる。すると彼女はとても困った表情をしていた。



「どうかされましたか?」

「小鳥が……」



 そう言われ彼女の差す方角へと視線を向ければ、ムクドリが銀色に輝く何かをくわえているのが見える。



(しおり)……お気に入りなのに」


 

 彼女はムクドリから視線を外さず、すくっと立ち上がる。そして、慎重に歩みを進めようとするので、俺はその手を取った。



「私が取り返して来ましょう」

「え? いえ、自分で」



 キョトンとする彼女を押し止め、俺は静かに木へと歩み寄る。すると小鳥の奴、俺の足音に気が付いたのか、栞をくわえたまま羽ばたいてしまった。



「くそっ! ちょっと待てよ!!」

「あっ! クリス様!!」



 彼女が呼びとめるのも無視してそのまま小鳥の後を追う。

 小鳥は栞をくわえているせいか、遠く彼方へとは飛び去らないものの、決して追いつかれぬよう必死に羽ばたいている。

 いたいけな小鳥を追いまわすなんて、見栄えは良くない。でも俺にとっては彼女の栞が大切だった。



 俺の必死さが伝わったのだろうか。小鳥はこよなくして栞をくちばしから離した。

 ……が、それは運悪く、紐の部分が木の枝に引っ掛かり、ヒラヒラと風に舞う事になった。

 高さは登れないほどではないし、木自体もしっかりしている。

 俺は迷わず、木に登り始めた。その途中でアリーシアが追いついてきて、俺の名を呼ぶ。



「アリーシア、少し待っていて」



 心配そうに俺を見上げる彼女に笑みを浮かべ、そして、心配はしてもらえる(・・・・・・・・・)のだと嬉しくなる。



(どれだけベタ惚れなんだ俺は……)



 好きだから、嫌われたくなくて。愛しているから、その全てが欲しくて。

 本当は強引にでも全て奪ってやりたいと思う。


 でもそれは出来ないから、だから。

 彼女の瞳に俺が映るなら、十年ぶりの木登りだってきっと平気――……



「危ない!!」



 アリーシアが声を上げた。

 その意味を正しく理解する前に、俺の意識はふわりと浮いた。



◆◇◆◇◆◇◆



 薄らと目を開けると、そこには俺の顔を覗き込むアリーシアの顔。

 心配そうに俺を見つめて「良かった……」と、呟く。


 どうして上から見つめられているのだろうと考え、頭部に感じる痛みと柔らかさに気づき、慌てて身体を起こそうとした。



「動かないで。もう少し、このまま」



 そう言ってアリーシアは俺の肩に手を置き、自身の膝へと押しつける。


 直前の記憶、頭部への痛み。そして、後頭部に感じる柔らかな感触。

 確かな記憶があるわけではないが、木から落ちたのは状況から見て明らかだった。



「カッコが悪いな、貴女の前でこんな……」

「そんな事ありません。私の為にありがとう」



 普段より口数の少ないアリーシアを残念に思う。

 しかしそれは、俺が彼女をアリスンだと気付かないようにしている為で。

 どうしてそこまで隠すのか分からないが、指摘したらこの幸せが逃げて行く様な気がして――――未だ、言えずにいる。



「……(しおり)はどうなりましたか?」

「ええ。無事、手元にありますわ」



 見せてくれた銀の栞は若干くたびれていたが、破損していないようで安心した。



「アリーシア、私は大丈夫です。だから起き上がっても?」

「ダメです。絶対に」



 (かたく)なに反対する彼女に、少し前の事を思い出して。

 これ以上言っても無駄かと思いながらも、もう少し遠慮してみる。

 すると彼女は「私にはこれがあります」と、分厚い本を取りだした。



「私はこれを読んでおりますから、クリス様はゆっくりお休みくださいませ」



 じゃあお言葉に甘えて。

 こうして俺はアリーシアの膝枕を堪能する権利を獲得した。




 アリーシアは本を片手にページをめくり、俺はその音を聞き、静かに目を閉じる。

 最近はこうやって同じ空間に居るだけで心が休まり、これが安らぎなのだと実感している。



 彼女がこよなく愛しているのは読書の時間。

 その時間を邪魔する普段の俺は邪険に扱われる。しかし、最終的にはその時間を与えてくれる事が嬉しくて、ついつい邪魔をしてしまう。そしてアリーシアとして共に有る時も、邪険に扱う部分が少し減るだけで、やっぱり俺にその時間をくれる。



『君の時間を、全て俺にくれないか』



 そう伝えれば、きっと君は心の声を無意識に発して『迷惑』というのだろう。

 答えが分かっているからこそ、慎重に。でも、誰にも譲る気がないから少し強引に。

 そうやって俺は彼女の時間を浸食する。


 でもそれじゃあ、彼女は奪われるばかりで嫌になってしまうかもしれない。


 だったら、同じ空間に居させてくれないか?

 別に俺の相手をしなくてもいい。傍に居てくれるだけでいい。

 君の愛する読書の時間に、ほんの少しだけ俺の居場所を作ってくれないか?



(これなら――……ひょっとして)



 俺は目を開きアリーシアを見上げる。

 柔らかな感触を後頭部に感じつつ、ジッとのその姿を見つめれば、見えてくるのは彼女を形作るその身体。

 シュッとした細い身体なのに女性的な曲線を描き、普段は視線を向ける事さえ(はばか)られる柔らかそうな膨らみ。

 彼女の顔は分厚い本に遮られて、その美しい表情は窺えないが、きっと本の世界へ入り込んでいるのだろう。



「…………」



 声を、かけるかどうかを躊躇(ためら)った。

 折角、本の世界へ入り込んでいる彼女を呼び戻すのは気が引けるし、なによりこの美しい眺め。

 望んで見られるものではないこの絶景を手放すのは、男として愚行なのではないだろうか。

 

 しかし、見せつけられているだけと言うのは身体に毒だ。

 これはどうにかして、おさわりの許しを……って。おい、待て。



 ゴスン!!っと、響いた音で目の前に星が飛んだ。



「あ! ごめんなさい!!」



 痛ってぇっ!!!

 その分厚い本(凶器)を顔面に落とすって、どういう神経してんだよ!!



 本来ならそう叫んでやりたいところだが、アリーシアの時にそんな事は言えず。

 俺は専売特許のスマイルを浮かべ「大丈夫ですよ」と、伝える。



「ほんとにごめんなさい、クリス様。本が、ちょっと重くって」

「いえ、私の顔で良ければ本の支えに使って下さい」



 紳士らしく、アリーシアの失態を笑って許す。

 これが多分普通の令嬢なら、(もし普通なら、そもそも顔面に本が落ちては来ないが)恥ずかしそうに、はにかんで終わるところなのだろうが。



 そこはアリーシア。

 ブレない彼女は、ぱあっと笑顔になり。



「はい! ありがとうございます、クリス様!!」



 その声を共に、俺の額は彼女の本置き場になった。



                ・

                ・

                ・



 ――……ス! ……リス! クリス!!


 名を呼ばれハッと目を開ければ、視界一杯に愛しい彼女の顔。

 いつ見ても見惚れてしまう愛しい姿に、本当は今すぐにでもその唇を奪ってしまいたい。



「ああ……、すまないアリーシア(・・・・・)。熟睡してたみたいで……」

「何を言ってるんだ、クリス。俺はアリスン(・・・・)だ」



 そう言いながら、綺麗な顔立ちを全く意識してない彼女は、思いっきり無愛想面をした。



 いつもの彼女は髪が短く、服装も男性物。そして、とても無愛想。

 剣の鍛練の時に長髪は邪魔で、馬に乗る時にドレスは面倒。そして、もともと愛想がないという結果がこれらしい。


 まあ、俺にとっちゃあ些細な事で。

 一体いつまでその男装が俺にバレていないと思っているのか、突っ込んでやりたい気もするけれど、それはまだ先でもいいかと彼女の好きにさせている。



「ああ。そうだったな、アリスン」

「『そうだったな』じゃないだろう? い、()い人と俺を間違えるなんて、め、目が悪くなったのか?」



 両方とも自分だから、俺の『好い人』と発言するのに照れがあるのだろう。

 普段ぶっ飛んだ事ばかり言うくせに、こういう所は可愛い乙女でまた愛しさが込み上げる。



「視力は生まれてこの方ずーっと、良いままだぞ」

「へ、へぇー……。じゃあなんで間違えるんだよ馬鹿クリス」

「後半。また心の声が漏れてんぞ」



 以前、アリーシアに惚れた俺が、アリスンにも良い顔をすることを悩んでいたようで。

 アリーシアは変装後で、アリスンとは別人だからとか、良く分からん事を考えていたという事が最近発覚。全く。そういう所は物語の乙女みたいな発想をしやがって。



「今のあたしは髪も短いから同じだって分かるわけないのに……」



 引き続き心の声が漏れてる事に気が付かない彼女は、眉間にしわを寄せ、むうと唸っている。


 正直、俺にとって何でそんな事に首を傾げているのかが謎だし、髪の長さが違うだけで自分の恋人を間違えるわけがないと、どうして気付かないのかと思うけど。


 やっぱりそこは、キチンと言ってやった方がいいのだろう。



「――なあ。アリ」



 「ん? なんだ?」と、首を傾げる彼女に手を伸ばし、華奢な身体に腕を巻きつけ自分の方へと引き寄せる。そして俺は彼女の短い髪をそっと耳にかけ、囁くように呟く。


 俺が堕ちたのは――……大木の下でずっと本を読んでいた君が、ふと顔を上げ、微笑んだ瞬間なんだぞ。と。






『番外編: いつか、きっと』 おしまい



最後までお読みいただきまして、ありがとうございます!(*^_^*)


とりあえず用意していたお話はここまでとなりますので、本日をもちまして完結とさせていただきます!


また続きを思いつきましたら、番外編として更新しようと考えておりますので、もし見かける事がございましたら、よろしくお願いいたします<(_ _)>ペコリ


本当にありがとうございました!


12/25 追記

クリスマス小話を『恋人(未満)のクリスマス 《短編集》』に投稿しました!

時系列は4話の後です。お暇がありましたらよろしくお願い致します(*^_^*)


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