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魔法と魔人と王女様:プリンセス・リーザ; The Seventh  作者: 月立淳水
第二部

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第一章 二つ名を持つ少女(4)


 内務省での調査を終えて、事務処理、というよりは諜報が得意な女性の侍従の一人が瞬く間に船を手配し、リーザ一行六名は間もなく夜になろうというのに海に漕ぎ出していた。

 実のところ、海賊稼業を営むマフィアもあるのだと言うが、どうやらその心配は不要らしい。何しろ、マリアナ政府の海上警備艇四隻がリーザたちの船を遠巻きにしているのだから。大マカウ国に属している関係から公式な護衛はできないものの、間接的に恩を売っておきたいという彼らの複雑な利害意識が、そのような行動をとらせたのだろう。おそらく、大陸に上陸しても、同じようなつかず離れずの護衛が続くに違いない。

 一昼夜を経た明け方、大陸の中央を流れる大河『マリアナ川』の中流東岸に開かれた巨大な港に、船は入る。

 すぐ上流には長大な鉄橋があり、これが大河で分断された大陸の東西をつないでいるようだ。そして、この港が、大陸で産出される資源運び出しの玄関口ということなのだろう。

 港町は比較的治安が良いと見え、小さな繁華街には子供の姿さえ見えるが、この町から離れるととたんに治安が悪くなるのだと聞く。むしろ、リーザたちの目的は、そうした無法者の巣食うところで、旧式銃の出所を探すことなのだから、この町には用はないと言えよう。

 その町の小さな行政庁舎を訪れ、軽く目的を告げて了承だけをとると、すぐに一行は出発した。目指すのは、港町から東に五十キロメートルほどのところにある都市だ。マリアナの歴史の初期からある大きな町なのだそうだが、農業を除けばそれと言った産業もなく、農家を相手とした興業――つまりマフィアの()()()であるそれが、町を華やかにしているだけの場所になっている。

 あまり目立たないオフロード車両を借り、また、リーザも王女らしからぬ地元民のような格好に着替える。ボーダー柄の長袖シャツとデニムパンツにスニーカー、長い髪は結んで上げ、つばの広い日よけ帽の中にしまった。ディーンやほかの侍従も似たようなもので、一見、大学生の集団くらいに見えなくもない。もちろんオズヴァルドの巨躯はその雰囲気を見事にぶち壊しているのだが。

 道路ですれ違う車もなく、二時間ほどで彼らは東の街、かつて学問の街として栄えたらしい、ジューダ・デ・ラ・アカデミアと呼ばれるその都市に到着していた。


 安ホテルに宿を構え、夜を待ってから、ディーンとオズヴァルドだけで情報収集に出ることになった。学生ご一行様ではまるで相手にされないようなところ、つまり、ちょっとした色街に潜入するのである。そういったところこそ、マフィアの縄張りに違いないからだ。

 相手を警戒させない程度の人数で、十分な腕っ節とエレナの情報、という必要条件を満たす組み合わせは、ディーンとオズヴァルドしかなかった。だから、強面と優男というでこぼこコンビは、他の目にはずいぶんと奇異に映っているだろう。

 そうして彼らは、娼婦の取次ぎもしているらしい小さな酒場を見つけ、連れ立って入る。酒場のマスターの正面のカウンターに座ることは、そうした案内を始める合図らしかった。


「――どんな娘がお好みで?」


 マスターは変に笑いを浮かべたりせず、柔和で紳士的な態度で尋ねてきた。ここに来たものに恥をかかさない最低限の礼儀なのだろう。


「実は違うものを探してる」


 オズヴァルドが応える。マスターは、少し表情を変え、眉をひそめた。


「一応言っておきますが、ここでは酒と女以外は世話できませんよ?」


「だろうな、だが、どこに行けばいいのかくらいは知ってるんじゃないかと思う――こんどこいつを相棒にしようと思ってな」


 オズヴァルドは、あごでディーンを示した。


「相棒」


「ああ、まあ、その、稼業の、な。それで、こいつに、こういうやつを買ってやりたい」


 と、彼は右手の人差し指と親指を伸ばして、拳銃の形を作った。


「――あんた、よそ者だね」


 マスターの口調が冷たく変わる。


「ああ、ここじゃいい商売ができると聞いた」


 オズヴァルドは隠そうともしない。


「悪いことは言わない、やめときな。そういうはぐれ者は確かによく来るが、その後についていいうわさは聞かない。やるなら、どこかに入るのがいい」


「そうもいかねえのさ。次の約束があってね――さて、どうにかならんもんかね」


「マフィアの息のかかってない工房はないよ。どっちにしろマフィアに声をかけるんだ、仁義を切っておくがいい。俺のとこの上になら声をかけてやれる」


「そりゃご親切に。だったら甘えようか」


 オズヴァルドの目配せに、ディーンもうなずく。ともかく、どこかでマフィアに手がかりを得て、『若い女に銃を売った』という少しばかり珍しい体験談を聞かねばならないのだから、どこのマフィアであろうとよかろう。


「明日もう一度来い。そうしたら、どこで待っていればいいか教えてやろう。そこにあちらさんが現れるかどうかは――まあ五分五分だろうな」


***


 酒場での一幕のあった翌日、再び訪れたディーンとオズヴァルドに、マスターは、とある公園を指定した。公園と言ってもほとんど管理の行き届いていない雑木林に小道が通っているだけの空き地のような場所だ。

 その小道の一角の、ほとんど朽ちかけたベンチのそばにディーンとオズヴァルドが立っていると、後ろから低い声で呼びかけるものがあった。それが、マフィアの一員らしかった。

 振り向くな、という男の言葉に従って小道を歩き、乗れと言われた車に乗り込むと、すぐに車は走り出した。内側からは外が全く見えないように窓にはフィルムが張ってある。こうした『顧客』をよく相手にしているのだろう。


 やがて車が停まり、降りるように指示される。

 そこは、郊外のモーテルの成れの果ての廃墟だ。

 生活の気配はなく、彼らがそこに巣くっているのではないのは明らかだ。ただそこが、周囲から目立たないから、こうした取引場所に使われているだけに過ぎない。

 降りて見回したところ、彼らの取引相手となるのは、三人の男のようだった。特に黒尽くめの服をまとっているわけでもなく、健康的に日焼けした肌、ごく普通の暇な農民のようなチェック柄のシャツに作業ズボン、というような格好をしている。彼らがマフィアだと一目で分かるものなどいるだろうか、とディーンは思う。

 その中でもっとも背の低い男が、一歩踏み出して、オズヴァルド、ディーンの順ににらみつける。


「お前らか、俺らのシマで勝手に商売しようってのは?」


 ある程度予想はできていた言葉だった。当然ながら、彼らの基本的な行動原則として、縄張りの中でアウトローな稼業をしようとするものには何らかの楔を打っておこうとするだろう、と。


「そうだ、だが、大それたことをしようってんじゃない、ちょっと人探しをしてるだけだ、力づくでな」


「ふん、人探しか、それで金になるならこっちで請け負ってもいいんだがな」


 エレナのルーツを探しているのだという意味で言えば、オズヴァルドの言い分もあながち嘘ではない。とはいえ、それに応えたマフィアの男の言うとおり、彼らに請け負わせられるだろうか。


「参考までに聞こうか。若い女を一人」


「――二十万クレジット」


 男は間髪を入れずに法外な価格を示す。

 ディーンが思わず、いくらなんでも高すぎる、と抗議しかけるのを抑えるように、男が続ける。


「――安全保障料も込みだ。傷物でいいなら五万。死体でいいなら一万ってとこだな。うちの組織も一枚岩ではないからな、いいところのお嬢さんなら身代金で稼ごうって馬鹿も出てくる。そういうやつらを抑えることまで含めての値段だ」


「決裂だな」


 オズヴァルドは交渉のそぶりも見せずに切り捨てた。

 最初から彼らに請け負わそうという気はない。そもそも、エレナ本人は、今、エミリアにいるのだから。


「ふん、まあいい。拳銃は売ってやる。だが、もう一つ確認しないとな」


 彼が言ったとき、ディーンは突然右腕が後ろから取られ、ひねり上げられるのを感じた。あまりの痛みに、小さな悲鳴を漏らす。


「――拳銃一丁にこれだけの危険を冒す馬鹿。どうせ警察の犬だろう」


 彼らがこれだけ手間をかけて、郊外に二人を連れ出した本当の目的を、ディーンはようやく悟った。

 なんと言うことだ。警察の一味だと勘違いされ、ここで始末されようとしているのだ。


「ちっ、ちがう、僕らは本当に――」


「うるさいぞディーン。こんなことは分かっていただろう」


 痛みに顔をしかめながらも、オズヴァルドが落ち着いた声でディーンをたしなめる。見ると、彼も同じように腕をひねり上げられている。


「この方が分かりやすくていいってもんだ」


 言うが早いか、オズヴァルドは体をひねり、痛みをものともせず彼を押さえつけていた男を逆に押しのけ、よろめいた相手の鼻っ面にこぶしを叩き込む。

 その行動に驚いてディーンを締め上げる力がわずかに緩んだのに気付き、彼もオズヴァルドに教わった護身体術の身捌きを見せ、身体を大きくひねって腕の戒めからすり抜ける。あわてて取り押さえようとする男に対して、その手首を軽く取って自分の身もろともにひねりながら引き倒すと、相手はなすすべなく顔面を地面に打ち付けた。もちろん捨て身のディーンも倒れるが、受身を取ってダメージを減らす。

 正面にいた三人が銃を構えるのを見ると、オズヴァルドは倒した相手を引き起こし、盾にして突っ込む。途中で起き上がろうとするディーンを蹴飛ばすと、彼の体があった場所に火花が上がり、同時に銃声が耳に飛び込んだ。

 オズヴァルドは、仲間を撃つのを躊躇する一人に向けて気絶した男を叩きつけ、中央のしゃべっていた男の銃を蹴り上げると同時に肩から突っ込んで吹き飛ばす。あまりの体躯の違いに、小さな男は三メートルは吹き飛んで動かなくなる。最後の一人はオズヴァルドに向けて三度引き金を引いたが、わずか一メートルの目の前にいる相手に銃弾を命中させることができなかった。それほどに、オズヴァルドの戦闘能力に慄いていたのだった。

 結局、最後の男も難なく打ち倒され、ディーンが半分までしとめていた男にもとどめの蹴りを入れると、五対二の戦闘はあっけなく少数側の勝利となっていた。


 これだけの強さのオズヴァルドが、それでもまるでかなわないというエレナはいったい何者なんだろう、というようなことをぼんやりとディーンが考えている間に、オズヴァルドはしゃべっていた男を引き起こす。彼はすでに奪った拳銃を持っていて、それを相手のこめかみに突きつけている。どうやら、気絶するほどのダメージを与えなかったようだ。


「さて、せっかくだ、教えてもらおうか。あんたらは、若い女に拳銃と銃弾を売った覚えはないか?」


 オズヴァルドが凄むと、


「しゃべると思うか?」


 口の端の傷から血を流しながら、男はあざけるような笑いを漏らす。


挿絵(By みてみん)


「ああ、思うね。何しろ、こいつがある」


 言いながら、オズヴァルドは銃を下ろし、懐から無署名のクレジットクーポンを取り出した。額面は、五千クレジット。


「お前の命をもらってもこっちはうれしくもなんとも無いんだ。しゃべられることだけしゃべって小遣いを懐に入れるほうが賢いだろう?」


「ふん、相場の半分か、ま、俺の手取りになるなら悪くねえ」


 言いながら、男はクーポンをひったくろうとする。オズヴァルドの右手は、それをひらりと避ける。


「情報が先だ」


「……だろうな。だが、若い女と言っても思い当たるのはいくらでもある。名前か何か、わからねえとな」


「エレナ・ユーニス・エンダーだ。黒髪、肌は白い」


 とっさに、ディーンが告げる。そうしてから、果たしてそれが正しかっただろうか、と後悔するが――。


「……エレナだと? 拳銃使いのエレナという――そう、二十歳になるかならないかという女――そうだな?」


 男の顔色がにわかに変わる。


「ああ、そうだ」


 ディーンは自信を取り戻して、毅然と応える。


「――『不可触処女アンタッチャブルメイデン』。なんてこった、お前ら、あの悪魔を探してるのか」


「……悪魔だって?」


 ディーンは思わず問い返す。

 あの控えめな少女が二つ名を持つ悪魔だって?

 ――しかし、顔色一つ変えずに彼らを襲った敵を撃ち倒し切り裂いたのも、彼女だ。

 まさに、悪魔と呼ばれてもおかしくない所業。


「二つ名はいくらでもある。『戦う女神バトルゴッデス』『不死身の女傑イモータルアマゾン』――立場が変わるたびに呼び方を変えるやつもいる。業界じゃ有名な女だ。何しろ、俺たちでさえ、あの女に護衛を依頼することがある。危険なクライアントと会うときは、な。身内の始末の護衛に使うこともある。報酬は破格だ。それだけの価値がある。知らずにあの女を手篭めにしようとした売人が指を全部無くして帰ってきたなんて噂もある。なんてこった。おい、お前ら、どうしてあれを追ってるんだ」


「理由を言う必要はない。ともかくそいつ――エレナは、この大陸にいるんだな?」


「おい、まさかエレナを潰そうってんじゃないだろうな、え?」


「どこの何者かを知りたいだけだ」


「同じことだ、正体を探ろうとするやつはみな返り討ちにあったよ、おい、俺を巻き込むな」


 男は、震えながら座ったままずるずると後ずさる。せっかくのクレジットを受け取ることも忘れてしまっている。


「ねぐらくらいは知ってるだろう?」


「殺される」


「お前がしゃべったとは分からないようにするさ」


「無理だ、あの女は何でも知っている」


 その答えにオズヴァルドは、カチリと銃の撃鉄を起こす。


「生き延びたいなら悪くない賭けだと思うがな」


「助けてくれ」


「助けるとも。俺らとかかわったことをさっぱり忘れるといい」


 男は、起き上がった撃鉄と、どこか遠くの――『不可触処女アンタッチャブルメイデン』の空中の幻を、交互に見やるようなしぐさをしてから、観念したようにうなだれる。


「フィフスシティ」


 つぶやくように言って、続けて、


「知ってるだろう、鉱夫の町」


 ディーンは、予習したマリアナの地図を思い出す。フィフスシティ、『第五市』という味気ない名前のその町は、大陸の東端、小さな半島の付け根に位置する辺境の町。


「それ以上は?」


「しらねえよ、フィフスにいるってのも噂なんだ」


「そうか、ありがとよ」


 言いながら、オズヴァルドは、クレジットクーポンを男に向かって放り投げた。


「せいぜい、俺たちの無事でも祈ってろ」


 そして振り返り、ディーンを促して彼らを送ってきた車に乗り込む。運転席で震えている運転士に、町に戻るように命じると、それは驚くほどの速さで実行された。


***


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本作は三部作の「第3作」です。

第1作、第2作をお読みいただけるとより作品世界を楽しめます。

■第1作
魔法と魔人と王女様
本作の四百年後。ボーイミーツガールから始まる、王女と高校生の冒険! やがて、宇宙千年史に隠された、全知の知能機械・ジーニー、奇跡の反重力システム・マジック、星界を繋ぐ超光速航行技術・カノンの謎へたどり着きます。


■第2作
マリアナの女神と補給兵
本作の四百年前。荒廃し見捨てられつつある、惑星マリアナ。戦乱の混乱の中、一人の補給兵が出会った少女は、死を恐れながら戦う女神だった。全知の力はどこから始まったのか。「最初の二人の魔人」とは。千年に渡る罪と絆の原風景。

■第3作
魔法と魔人と王女様:プリンセス・リーザ; The Seventh
本作。政治と宗教の間で泳ぐ第七位の王女と、千年を生きる不死の伝説。譲れない信念のぶつかり合い、そして、裏切り裏切られる一人の科学者。やがてたどり着く歴史の真実、彼女が四百年後に繋いだものとは――ここから魔法は始まった
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