第七章 見えないもの、見えるもの
■第七章 見えないもの、見えるもの
出会いから謎だった。
本来あり得るはずのない、外国人によるエミリア船籍の宇宙船の墜落事故。
そこから現れた、名前だけしか分からない少女。
事実、ディーンは、エレナの年齢さえ知らない。
それを詮索することは、始めは、彼の役得感情が邪魔をしていた。
もし二人の間に何かあったとしても、名前以外知らなかったという自身への免罪符になるだろうという計算さえあった。
すぐに、彼女の冴えわたる知性に、惚れ込んだ。
そして、彼女を深く知ることは、その美しく脆いものを壊してしまうような気がして、ますます彼女に触れ難くなってしまった。
考えてみれば、最初の襲撃のとき――エレナが徒手空拳でチンピラどもをなぎ倒したときにおかしいと気付くべきだった。
大富豪の娘ならあのくらいの護身術くらい? ――僕は馬鹿か、と罵りたくなる。
加えて、何か直感に似た示唆で、あの鉱石の在り処を示した。
今考えれば、あれは偶然ではなかったのだろう。エレナは何か確信があって鉱石を僕に掘り出させ、それをどうにかしようとしていた。
だから、あの鉱石を巡って手に負えない争いが起こることは当たり前のことだったのだ。
――それでも、あのサンプルケースを手放す気にはなれなかった。
さっさとどこかにやってしまえば、また平穏で怠惰な生活に戻れるというのに。
憧れが、あったのだろう。
刺激的で知的で、新しいものを切り拓き続ける人生に。
ソファを立って、本棚から地質学の学会誌を取り出す。
それは、エミリアのものではない。
たぶんリーザが間違えたのだろう、他の国のものもいくつか紛れ込んでいた。そこには、今までディーンが考えもしなかったような新しい調査対象や分析手法が当たり前のように使われている論文が山ほどあった。
それこそ、エレナに触れて、ディーンが憧れてしまった世界だった。
その世界への未練、とでも言おうか。
このサンプルケースを持っていれば、またエレナは帰って来るのではないかという思いがある。
エレナはディーンにとって、ただの女性ではなく、憧れた世界そのものだったのかも知れない。
サンプルケースは、そのわずかに残されたよすがだという錯覚に囚われたディーンは、それを手元に置き続ける。
間もなく、マリアナ行きの準備が整うという。
一つの惑星でたった一人の女性の正体を探るという、雲をつかむような話だが、なんとしてもやり遂げる必要がある。ディーンが前に進むために。
***
リーザは、これまでの小さな選択の一つ一つを何度も思い出し、後悔し、唇をかむ。
調査局に圧力をかけたのは、間違いなく悪手だった。
それは、ディーンのエレナへの依存を強めるだけだった。
アンティ・テゾーロが興味を持つだろうということを失念していたことも、悪手だった。
彼らが、リーザ自身に成果を献じようとしていることに、早く気が付けば、もっと強力な手が打てたはずだ。
ただ傍観し、ディーンの心変わりを待てばよい、と思ったのは、どうしてだっただろう。
そうではなく、何か、積極的に手を打てたはずだった。
結局すべてが、リーザ自身の弱さを原因としていた。
第七位王位継承権者というコンプレックス。
それが自分を包む殻だった。
それは、王族という外面の殻でリーザ自身を守りながら、リーザ自身が真に現実に向き合う瞳を曇らせ続けてきた。
椅子にふんぞり返って部下に指示を出し結果を聞き次の手を考える――という、貴族然とした貴族を演じてきてしまっていた。
その裏で、貴族社会で落ちぶれないよう必死で泳ぎながら。
必死で泳いでいたのだから仕方がないじゃない。
過去のリーザは、反論する。
自分自身の、未来と、自由と、幸福な人生を掴むために、第七位の王女は、必死で泳ぎ続けなければならなかったのよ。
そうね、と、今のリーザは、肯定する。
自分の人生だもの、他のだれの人生よりも、大切に決まってるわ。
木っ端貴族や嫌悪しか感じない大貴族や、ましてや平民が相手であれば、自分を優先にするに決まっている。
……でもね、リーザ。
一度、言葉を交わし合った人間を、見捨てるのは、難しいのよ。
その人の言葉には、その人の心が乗っていて。その心は、笑ったり泣いたりすることが出来る。
まるで自分と同じように。
隣人が同じものを信じているから、信頼し合える。
それって、きっと、こういうことじゃないかしら。
たとえ交わした言葉がわずかでも、同じものを信じ、同じものを見て笑い、同じものを見て泣くんだ、と。
もっと早くそのことに気が付けばよかった。
むざむざと、ルカやエレナの争いに巻き込ませたりしなかった。
――でも。彼を友人になろうとしたことだけは、決して、間違いじゃない。
だからこそ、彼を、笑い、泣き、その他ありとあらゆる私と同じ感情を持ちうる人間として、それを失うことを『恐ろしい』と感じることが出来た。
……だからこそ、私は知らなければならない。
私たちと全く違う構造の心を持っている、エレナというものを。
エレナは、ディーンの隣で、同じものを信じて、同じものを見て笑い、同じものを見て泣くのだろうか。
せめて、それを知りたかった。
これからも、私は、自分自身の人生のために、泳ぎ続けなければならない。
それが、ディーンに寄り添う未来か、ディーンを裏切る未来か――
それは、最初の一人なのか、その次の一人なのか、という問い。
……私は、それでも、大きな夢に向かう道を、取らなくちゃならない。
幼いリーザ。
私は、手を汚してでも掴みたい、私のありたい姿を、見つけられそうよ。
待っててね。
●●● 魔法と魔人と王女様:プリンセス・リーザ;The Seventh 第一部 完 ●●●




